追った彼女、逃げた彼
泣き声がひゃっくりに変わる頃、キーナはグエンダルの胸からそっと顔を上げた。
「…シャツ、ごめ、さ…っ。」
グエンダルのシャツが涙に濡れているのを見て謝る。
「落ち着いたか。鼻を垂らさなかっただけ良しとしよう。」
グエンダルはキーナの頬に名残の涙が流れているのを指で掬う。
「皆さんも、ありがとうございます。」
「いいのよ。思えば貴女が泣いている所なんて見た事が無かったから、逆に嬉しかったわ。」
「出来る事なら私の胸で泣いて欲しかったな。」
「ミュシュラ…グエンさん、苦しいです。」
ミュシュライの言葉に抱擁が絞め技と化し、腕をタップする。
「男の嫉妬は醜いね。私は“兄”として言っているんだよ。」
「なら余は“父”として抱きしめよう!」
「それなら私は“姉”ね!…あ、でも親友の座も捨てがたいわ。」
「じゃぁ俺はーうぉあぁあ!危ねぇ!?グエン、お前俺の時だけ小刀投げるな!当たったらどうする!」
「急所は外している。」
いつものやり取りが今は何だか違う風景に見えるのは、自分の気持ちがスッキリしたからだろうか。
キーナはグエンダルの腕の中でクスクス笑うが、ふと今後を考え、笑いを潜めてから言った。
「…あの、当たり前でしょうが、私はもう城勤めは出来ないです。いつ誰に力がバレるか分からないですし、もしかしたらあの戦いを見られた可能性だってあります。…迷惑なら言って下さい、この国から出る覚悟もしています。」
「何を言っておる、出て行く必要なんて無いぞ。それに入学の準備も進んでおる。」
キーナの言葉を聞いてギルヘルムがきょとんとするが、彼の答えに今度はキーナが同じ顔になる。
「え、入学?って?」
「…え?」
「入学って何ですか?誰の?」
「「「「........................。」」」」
奇妙な沈黙の中、ギルヘルム達はグエンダルに視線を投げる。それにフイッと逸らすグエンダル。
「後で言おうと思っていた。」
........................
「最低、事後承諾させるつもりだったのね!!やっぱりこんな奴にキーナを任せるだなんて止めた方がいいわ!」
「グエンダル、お前『キーナは調子が良くありませんので』と散々見舞いを断って独り占めしたのに飽き足らず、まず逃げ道を断つとは!」
「やはり私の妻として迎えた方が安心です。」
「グエン…、気持ちは分からんでも無いがキーナちゃんにも心の準備があるだろ。」
な、なんだ?色々聞き逃せない単語が出て来たが状況が把握出来ない。
キーナは不安そうにグエンダルを見つめ、その目を見てグエンダルは事を説明し出す。
「お前には魔術院に入って貰う。今回の襲撃で魔物達から城を守った魔力の高い侍女として陛下の紹介状と入学書類を提出し、それは既に受理された。来月にはお前は最下級として入り数年後には総帥院まで行く、これは決定事項だ。」
「えぇえ!ちょ、待ってください、総帥院って魔術院のエリート数人しか行く事が出来ない誰もが憧れる所ですよね!?物凄く倍率が高くて難しいって聞いたんですが!と言うか魔術院って!」
「向こうは『魔力が巨大な新入生』として受け入れる。下手にお前の力を隠すよりも国の配下に置いている様にした方が良い。総帥院は我々の力で行かせる事は出来ないが…何としても行け。」
「えええー…。」
「あのね、キーナちゃん。実際グエンダルは国家騎士団隊長と言う貴族よりも大きな権力を持つ地位に就いている。国内だけじゃなく国外からも求婚が後を断たないんだ。
君がこの先グエンダルと婚約する為にはグエンダルのように君もある程度の地位を持っていた方が都合が良い。」
「はぁあ!?こ、婚約!?わ、私とグエンさんが?そんな、そんな訳無いじゃないですかぁ、もうっ!」
「「「「..................。」」」」
(何とも言えない視線でグエンダルを見つめる四人)
「……でも私、魔術院に行きたい。行かせて下さい。この国に、皆の傍に…グエンさんの傍に居たい。」
「キーナ!」
「シェリーさん!」
キーナの言葉に感動したシェリーがキーナを抱きしめ、キーナも彼女を抱きしめ返して2人の世界へ入って行く。
「グエンダル…お前は本当に何も言っておらぬのだな。」
「まぁ、あの否定の仕方には少し同情するけどね。」
「まさかソレも事後承諾とはな。」
「邪魔が入らなければ今日言うつもりでした。」
「しかもキーナは具合が悪いと嘘まで吐きおって!」
「昨日まで悪かったんです。」
「はぁ…こんな男に私の可愛いキーナが捕まってしまうなんて。」
「貴方のモノではありません。」
「まだお前のモノでもないだろう。」
「私のモノですが?」
「「………。」」
「アレン、止めろ。」
「無理です、俺に死ねと?」
キーナとシェリーが2人の世界から戻るまでグエンダルとミュシュライの殺伐とした雰囲気は続き、ギルヘルムとアレンは身を縮めて潜んでいた。
こうして久しぶりの賑やかな時間は過ぎて行った。
十十十十十十十十十十十
グエンダルの屋敷は城下から離れた坂の上にあり、夜になればバルコニーから町の灯りや華々しい城の灯りを見る事が出来る。
キーナはバルコニーに出てその景色を見ていた。橙色の柔らかな光で溢れ、見ていて飽きない。
だが、まだ少し肌寒くキーナは自分の腕を擦る。
「キーナ。」
「わ、…グエンさん。」
いつの間に後ろに居たのか、グエンダルの腕がキーナを囲む。最近馴染み始めた暖かさを背中に感じながら、キーナは先程までの賑やかさを思い出した。
「私、覚悟を決めて居たんです。最悪捕まってしまうんじゃないかな、って。」
「させない。」
「ふふ、ありがとうございます。でも、陛下に受け入れられた時、まさかと思うのと同時にやっぱりって思った。」
直ぐに否定したグエンダルの言葉に笑ってから、キーナは前に回っているグエンダルの腕を縋る様に掴んだ。
「ヤサシイ彼等が、もしかしたら私を受け入れてくれるかもしれないって心の何処かで思っていたんです…やっぱり私は卑怯ですね。」
そう自嘲気味に笑うキーナの表情を見てから、グエンダルは無言で彼女の手を取り、二度、三度己の指で小さく細い指を撫でた。
「付けていろ。」
見れば、左の薬指に輝く指輪。
銀の煌めきの中に翡翠色の美しい石が嵌められている。
「これ…っ!」
「お前の魔力は他とは異なる。鋭い者なら気付くかれるかもしれないが、これを嵌めている間は気付かれない。」
「でーすよねー…。」
自分は何を期待したのか、恥ずかしい!
「……お前の世界では、この指に嵌める事は婚姻を意味していたな。」
「は、はい、でも勘違いなんてしてませんから!」
ギルヘルム達が来た際、キーナの世界の様々な制度について話をした時に婚姻の話もした筈だ。
「ああ。こちらでは耳飾りをする事が婚姻だからな。」
こちらの世界では相手の瞳の色の石が嵌め込まれた耳飾りを女性は右の耳に、男性は左の耳につける事がキーナの世界の婚姻と同じ意味を持つ。
「…はい「だから。」
グエンダルがキーナの言葉を遮る。その長い指でキーナの右の耳を触り掠れた声で、だがハッキリと言う。
「だから、早く魔術院を卒業しろ。」
「え、」
「俺は相手に地位など求めないが、それがお前の立場を守るのならばあった方が良いのだろう。だからさっさと卒業しろ。」
「そ、そんな無茶な。」
「これでも我慢している、それが効かなくなる前にさっさとしろ。…それから。他の者にここは触らせるなよ、絶対に。」
そう言って右の耳たぶを擦る。そこは熱くなっていて、見なくても少女の顔が赤くなっている事が分かりグエンダルは彼女に見えない様に密かに笑う。
と、背を預けていたキーナが勢い良く大勢を変え、正面から抱きついてくる。
「ぐ、ぐえんさんも!」
「ん?」
「グエンさんも、さ、触らせないで、ね。」
顔を赤くしながら、それでも手を伸ばしグエンダルの左の耳朶に触れた少女に溢れ出た感情は何だろうか。
分かってはいるが、今はまだ口にはしてやらない。
「誰にモノを言っている、阿保。」
「グエンさ…っ、….、ん…。」
「….いつか、お前の家族にもきちんと挨拶をしなければな。必要なのだろう?」
ちゅ、と小さな音を立てて離れた唇が言う。
いつか。それは来ない“いつか”だろうけれど。
「はい、いつか…。」
切なく笑い、キーナはグエンダルの背に腕を回した。
私を生かせた翡翠の瞳を持つ男。その背中を追い続けた毎日。
あちらの世界の毎日がかけがえの無いモノだったのと同様に、それらはかけがえの無い日々だった。
そして、やっと。手に入らないと思っていたけれど。
「つかまえた。」
果たして追っていたのはどちらだろうか。
捕まったのは、捕まえられたのは。
「離しません。」
「離さない。」
追ったのは彼女、逃げたのは彼。
捕まったのは彼女、捕らえたのはーー
END
これにて本編は完結です!
皆様長くお付き合い頂いてありがとうございました>_<
文章も拙いしキャラも生かせておらず、さらには作者としても納得がいってない所も沢山あります。
しかし、皆様の暖かいお言葉で執筆を続ける事が出来ました。
今後、改稿や番外を書きたいと思います!
とりあえずアルメデス視点が書きたい笑
本当に感謝しています、そしてこれからもどうぞ宜しくお願いします(^O^)/
るーと3