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 次の日の放課後になった。夏美がいつものように部室の扉をぶちあけると、先輩もいつものように勉強に熱中していた。

「おう」とどうでもよさそうに返事する先輩に、夏美が糾弾する。

「先輩! 昨日のやつどういうことですか!」

「どうって?」

「おじいさんと仲良くなれって書いてありましたけど、これの意味ですよっ!」

 夏美は紙を取り出してその箇所を何度もたたいた。

「昨日、私にそんなこと言ってませんでしたよね?」

「言ったぞ。お前、俺が話してる途中で何回か寝てただろ?」

 小守はすべての要求を夏美に話していたが、夏美はその途中でうつらうつらしていたので先輩の話を不完全に聞いたまま、探しに行っていたのだ。

「で、どうだった? なんか収穫はあったか?」

 自分にかなりの非があると感じた夏美は、仕方なく先輩の向かいに席を作り、昨日あったすべてのことを先輩に伝えた。ピアノ教室はやっていなかったこと、途中でおばあちゃんと会話したこと、CDを買ってみたこと、クマのぬいぐるみ屋さんにいたおじいさんとはあまり仲良くなれなかったことも話しておいた。

「あのおじいさん、繁盛の兆しがなんとかって言ってました」

「そのおじいさんと仲良くなることが一番重要なんだけどな」

 小守はそう呟いてノートにペンを走らせていた。現国を解いているようだ。

「それで、どうしておじいさんと仲良くなる必要があるんですか? あの女の依頼とどんな関係が?」

「あの人はおそらく重要人物だ。つながりを持っていて不便になることはない」

 教科書のページをめくった小守は問題文を黙読し、ペンを回している。

「どうしてですか?」

「お前はあまり気にしないで今日も同じコースを歩いてくれればいい。説明が億劫だ。それに俺だって、まだ確信があるわけじゃないんだよ。ただ一つだけ言えるのはな、夏美。お前の考えはあながち間違っちゃいないってことだ」

 夏美はかなり驚いた顔をして問い返した。

「どういうことですか?」

「あの人はな、白坂綾は、なにかを隠してる。クマのぬいぐるみ探し以外のなにかを」

「えっ」

 夏美は、その発言に声を詰まらせた。

「おそらく、クマのぬいぐるみはどこを探しても出てこない。あれは白河綾の狂言だ。だとしたら彼女の目的はほかにある。ならなにが目的か。その目的はきっと、彼女が最初に俺に渡してきた資料の中にあるはずだ。でもどんな目的でどんなものを求めているのか見当がつかない。だから今は様子見として、ちゃんと調べているという事実を作っておきたいんだ。おじいさんと仲良くなることも、その一環だ」

 先輩の言葉を頭の中で処理するのに時間をかけていた夏美が、またまた質問する。

「うーんと、言いたいことはなんとなくわかりましたけど、どうしてあの女がクマのぬいぐるみを落としてないってわかったんですか?」

 すると小守がすらすらと説明した。

「白河綾が地図で記したルートのどこにもクマのぬいぐるみは見当たらない。交番にも駅にも届いていない。それに、どうして落としたときの記憶がないのか。これはお前も気にしていたことだろ? 全部を総合すると、落としていないとしか思えないんだよ」

 言いながら現国の問題文を読み終えた小守は、その解答に取り掛かった。

「ああ、一番わかりやすい答えを言うとだな、弟の誕生日を祝うためのプレゼントを、わざわざその三週間も前の、しかもピアノ教室の帰りに慌てて買いに行く必要はないはずだろ。それよりも、休日にぶらぶらして選びに行けばいいだけの話だと思わないか? いくら白河さんが多忙の身だからって、休日まるまる潰すような習い事をしてるわけじゃないからな」

 白河綾から受け取った資料に目を通している小守は、最低限の事情を知っていたのだ。

「でも、なん――」と質問しかけた夏美を手のひらで制して、白坂高校全体としても、最も頭のいい男子生徒は答えた。

「どうしてわざわざ、白河さんが目的を隠してまで依頼してきたのかは俺にもよくわからない。だからそれがわかるまでは、頼むから黙って捜索をしてくれないか?」

 小守はふいに顔を上げた。その顔は晴れ晴れとしていた。

「頼むよ」

 夏美の耳に届いたのは、先輩が自分を、優しく抱きしめながらそっと囁いてくれたような、言い換えるなら、雲のようにふわふわな感じの、素敵な一言だった。

「やります! 私、先輩のためにやります!」

 ガッツポーズを決め込んで夏美は部室を飛び出した。うおおおおという叫び声が廊下に響き渡っている。それはそれでいいのだが、できれば扉を閉めていってくれと願う小守は、その扉を閉めるために静かに重い腰を上げた。

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