小守の追及
「しかしまぁ……、まさかいきなりお会いできるとは、光栄です」
上司をよいしょする部下のような丁寧口調になり、小守は目の前の人物に頭を下げた。
「何日も待つのは面倒だろうと思ってね。今日はおじいちゃんにも覚悟してもらってたはずだから、せっかくだし自分から出向いただけだよ」
言って、コーヒーカップを傾けているのは孫の高梨だ。清々しいほどの短髪と黒縁眼鏡がよく似合っている。飲んでいるのはエスプレッソコーヒー。
クマのぬいぐるみの店に直行した小守を待ち受けていたのは、奥の和室でくつろいでいた高梨だった。小守がアポイントメントを取りたがっていると知り、アルバイトもなかったため待っていてくれたのだ。おじいさんは孫を嫌って二階でふんぞり返っていた。
お店兼自宅であるおじいさんの店で長話するのは失礼だと思った小守は、羨望駅前のフランス料理屋に高梨を誘った。そして二人はその二階のカフェテラスで、街ゆく人々を見物しながら話し合いを開始していた。
「で、僕になんの用かな?」
「用があるにはあるのですが、その前に少し、先ほどの件についてお話しませんか?」
「先ほどって?」
「あのお店についてですよ」
小守がすらっとした長身の高梨を見上げた。
「あはは。君はあんなおじいちゃんのことを良く思ってるらしいね。高校生の、しかも女の子と夕食を共にすることを承諾しちゃうような人なのに」
「ああ、それには理由があると思うんです」
コーヒーに口をつけようとしていた高梨が不満そうな顔で聞き返す。「理由?」
「簡単な話ですよ。たとえ高校生だろうとなんだろうと、この地で人脈を作っておけば少しは高梨さんに抵抗できると思っていたんでしょう。お孫さんのことを極端に嫌うおじいさんでも、間接的にその意思をあなたに伝えることができる。ここから動かないぞ、という堅い意思を」
高梨が唖然としている。
小守がその隙に、よく泡立ったカプチーノコーヒーをすすった。
「それくらい、高梨さんなら気づいていると思っていたのですが」
「あ、ああ。まあでも、別になんとなくだったから」
ようやくコーヒーに口をつけて、高梨はそれを慎重に受け皿へと戻した。
「しかし、どこに連れて行くつもりですか?」
「おじいちゃんから聞いてないの?」
「ラジオの音でかき消したから知らないと、言い張ってました」
予想外だったようで、高梨は少し目線を泳がせた。
「なにせ、あなたのことを相当嫌っていますからね。無理もないでしょう。お孫さんであるあなたのフルネームすら、まともに教えてくれない有様で」
エスプレッソのほどよい渋みが口の中に広がる。高梨は慌てて、ポーションカップからミルクを注ぎ入れた。
「僕の本名? そんなもの気にしてどうするの?」
「別に気にしているわけじゃないですよ。ただ、観察対象としてフルネームくらいは知っておきたいなと。いわゆる好奇心です」
「ああ、そうなの」
「失礼します。鮭のムニエルをお持ちしました」
派手なウエディングドレス風の服を着た日本人ウェイトレスが応対していた。それを頼んだ小守が軽く手を上げて合図する。料理を置いたウェイトレスは銀のお盆を胸元に抱え、「ごゆっくりどうぞ」と挨拶をして店内に消えていった。
「鮭のムニエルって初めて食べるんですけど、これおいしいんですかね?」
失礼にもほどがある物言いに、むっとした高梨がまくしたてる。
「ムニエルっていうのは魚の調理法の一つでね、今じゃ日本でも当たり前のように使われてる調理法だけど、もともとはフランスから来てるものなんだ。魚の切り身に塩コショウで下味を付けて、小麦粉とかの粉をまぶしてバターで両面をよく焼くんだ。そして最後にレモン汁をかける。その鮭も、きっとこんな感じで作られてるはずだよ」
嫌というほど饒舌。
小守がふと問いかける。
「お詳しいんですね、高梨ヨシキさん?」
「あれ、さっきは僕の本名知らないって」
「それがですね、最近こんなものを手に入れたんですよ」
小守は鞄から一枚のCDを取り出した。
「久しぶりに音楽でも聞こうと思いまして、ここに来る途中で買ったんですよ。ウルス・ザ・ベストっていうアルバムなんですけどね」
テーブルの上でくるりとその向きを変え、小守はさらに続ける。
「この中央にいるヨシキっていう人になんとなく似てる気がしたんですよ。それで思わず口にしてしまいました」
高梨が訝しげ表情をして小守を見やった。
「なんか、すごくわざとらしくないかな?」
「でしょうね」
料理を前にしても、小守はいっさい手を付けようとしない。
「別に本名が割れたところで、なんになるって言うの?」
「じゃあ、これはあなただと、そういうことでいいんですね?」
高梨はわざとらしくお手上げのポーズをとって「そーだよ」とため息をついた。
「随分と変わってみたんだけどね。わかる人にはわかるってことなのかな。世の中って本当に恐ろしいよね」
「同感です」
小守は心の底から同意した。
そしてさらに、
「解体業者の真似事までしておじいさんを追い出そうとするなんて、世の中末恐ろしくてやってられませんよ」
力強くそう言った。
「どういうこと?」
「ここまで来てとぼけるんですか、高梨さん?」
小守には自信があった。
この人がおじいさんを騙そうとしているという、絶対の自信が。
「とぼけるもなにも、僕は実際に業者の人に頼んだし、解体の金額を査定してもらうために、今日ちゃんと来てもらったんだから」
「何人いらしたんでしたっけ?」
「二人だよ。必要ならばおじいちゃんが証言してくれると思うよ」
高梨は当然のことをしたまでだと言った口調で、正々堂々と告げた。
「まさかとは思いますが、この二人ではありませんか?」
ぴしっと伸ばされた人差し指。
それが指し示す真実。
一か八か、確かめてみる価値はあるはずだ。
「このCDジャケットには、あなたがウルスの活動を休止する以前から付き合っていたはずの二人組の仲間がいらっしゃいますよね? この二人に頼んで、査定まがいの行動をとってもらっただけなんじゃないですか?」
CDジャケットにはヨシキだけでなく、二人の仲間もポーズを決めていた。
「あははは。面白いことを言うんだね。なんでそんなことがわかるんだい?」
吹き出し笑う高梨に、ひしひしと差し迫る慧眼。
小守の解答。
「あなたが、生粋のおじいちゃんっ子だからです」
「ん? なんだって?」
コーヒーカップを揺らしながら、高梨は聞きそびれたような素振り。
「このまま解体作業が進むとは思えないんですよ、俺には」
「へぇ、是非その話を聞きたいね。一体どういうことなの?」
高梨はいまだ余裕な顔をしてコーヒーのコクと香りを楽しんでいる。いくら苦くてもそれがまた大人の嗜み、ミルクとエスプレッソが織り成す二重奏。
「バンド名の『ウルス』という名前は、あのおじいさんからもらったものでしょう」
「どうしてそう思うの?」
「あれだけクマ関連が置かれているお店はそうそうありませんし、あなたがバンドを組む際に、祖父に喜んでもらおうと思って『ウルス』と名付けたんじゃないかと」
「なるほどね。で?」
「祖父のことが嫌いならばそんな配慮をするはずありません。好きだからこそウルスと名付けた。祖父思いのあなたが、嫌がる祖父を無理やりあの店から追い出そうとするなんて、不自然です」
「それで解体業者は偽りだってこと?」
「ええ。あのお店はあなたの祖父にとっては宝も同然。それを守りたいというのが祖父の願いであり、あなたの願いでもあるはずです」
高梨がCDに目線を落としたまま呟く。
「でもさ」
「はい?」
「おじいちゃんに反対されてでも連れていきたい理由があったらどうする?」
「例えばどのような?」
「あの家さ、本当にぼろぼろで今にも崩れそうだったでしょ? お年寄りが一人暮らしするのには危険すぎるんだよ。だから一緒に来てほしいと思った、とか」
「それはおじいさんを連れていく口実ですよね?」
ナイフとフォークを構え、小守は皿に乗っかっている鮭を切り分け始めた。
「口実?」
「はい。本当の理由はほかに存在するということです」
「例えば?」
そうですね、と小守が思案する。
「例えば、結婚相手が見つかってその報告をしにきたと同時に、同居を祖父に勧めた。なんてのはいかがでしょう?」
その返答に高梨は目を見張った。
「一人身の祖父を案じるのは優しいあなたなら同然。でも、昔から夢ばかりを追い続けていたあなたは祖父に嫌われていた。アーティストになるという夢を追いすぎて、祖父とはもうほとんど勘当状態にあったのではないかと」
高梨はじっと、小守の表情をうかがったまま口を開かない。
「インターネットであなたのことを調べまして」
「そう、だったんだ」
「結婚する事実と、祖父から過剰なまでに嫌われている現状。さらには、是が非でもその祖父をどこかに連れていきたいというあなたの真意。この三点を支柱とした情報からこのような結論を導きました。少し、想像的な部分もあるんですけど」
そしてようやく、小守は鮭のムニエルを咀嚼する。
「あっ、おいしいですねこれ」
「だろうね。家でも簡単に作れるレシピだけど」
「高梨さんは食べないんですか? お好きなフランス料理でしょうに」
小守の声を聞きながらエスプレッソを飲み干した高梨は、ふと目線を駅前通りに移した。めまぐるしく進む時に急かされて街を移動する人間に、目を奪われていた。しばらくその姿を見つめていた小守だったが、首を捻り、一緒になって人並みに意識を向けていた。




