告白、喪失への道
「――私はそのライブが終わったあと、喜んで家に帰りました。お母さんがきつくしつけてくれて、私が思わず家出したからこそ、ウルスというバンドに出会えた。母さんにはすごく怒られましたけど、それだけ心配してくれてたってことだと思ったんです。まぁ、お金を盗んだことを白状したのが一つの原因だと思いますけど」
綾は神妙な顔をして、記憶している過去を二人に話した。
「それからすぐに、ウルスの人気に火がつきました。ライブ会場は、ライブハウスから大型コンサート会場へと移されて、私はどんどん、ヨシキさんから離されていきました。単なる一ファンとして、ほかのファンたちと一緒に声援を送ることしかできない人間になってしまった」
ごく自然に、小守が話の主導権を奪う。
「そして更にまた数年が経った。残念ながら、ウルスの人気は継続することなく、右肩下がりとなった。テレビでも取り上げられなくなって寂しがっていたあなたは、ふと、ヨシキさんのおじいさんが経営する、名もなき小さな店の存在を知った」
綾は、クマのぬいぐるみを抱きしめながらうなずいた。
「どのように知ったんですか?」
「ネットサーフィンです。ウルス公認のファンサイトの掲示板に情報が載ったんです。でも嘘の情報なんてごまんとあるし、管理人さんにすぐ消されるしでほとんど相手にされないんですけど、その中の一つに、ヨシキさんのおじいちゃんが住んでいるクマだらけの店が『羨望駅』にある、って情報があったんです。少しでも可能性があるならと思いまして、自ら身を投げてでも探してみたくなって、確かめに行こうとしたんです」
「しかし偶然にもほどがあるかと。通っているピアノ教室の近くだったんですよね?」
「いいえ。そのときに習い事を変えたんです。ピアノ教室に。それが、今から一年ほど前になります」
綾は記憶が甦えらせる。
「ならやはり、今おっしゃったファンサイトの管理人はあなたですね?」
「えっ?」
「ファンサイトに載った不可解な情報がすぐ消されるのならば、あなたが管理人でないと筋が通らないんですよ。つねにファンサイトを見ているわけじゃないでしょうから。それに、管理人のハンドルネームが『アス』なのも気になっていました」
「そ、そこまでわかっていたんですか?」
「相当なファンであると仮定すると、そうであっても不思議じゃないかなと。管理人のハンドルネーム『アス』は、あなた自身のイニシャルをそのまま読むと完成しますから」
しかし綾は、ひとつだけ訂正した。
「管理人は確かに私です。でも、そのファンサイトの原型を作ったのは中学生時代の友達なんです。人一倍コンピューターに詳しい人だったので頼みました。私にはサイトを作る予備知識がありませんでしたし」
携帯電話でも管理できるようにしてもらい暇さえあれば掲示板を見ていたと綾は続けた。
「趣味を口外したんですか?」
想定範囲ぎりぎりの経緯を知り、小守が興味を持った。
「仕方なかったんです。ウルス公認のファンサイトを作るためにはこういうのを先取りするのが一番だと思って。あいちゃん、っていう子なんですけど。唯一話した友達です」
口を挟む隙がどこにもない夏美は、瞼が落ち込み、眠りに世界に引き込まれそうになっている。
「しかし、それらが本当だとしても、一年前からおじいさんのお店に通っていたわけではないですよね? あの店のおじいさんはどうやら、最近来たあなたのことを『久しぶりの来客だ』と捉えていたようですし、あなたの、初めての来店と考えるのが自然だと思うのですが」
時が経つにつれ、綾はだんだんと素直になっていく。
「その通りです。私はどうしても、最後の一歩が踏み出せなかったんです。結局、真偽は自分の目で確かめないといけないのに、それなのに私は、あの店を探し出して訪ねる勇気がなかったんです。そしてそうやっているうちに、私の学年は上がり、高校三年生になってしまった。いつの間にかピアノも上手くなって、コンクールに応募できるほどになってしまったんです」
何気なく自慢しやがって、と思い眠気が吹き飛んだ夏美だったが、口には出さず代りにひとつ、ナボーナを口の中に放り込んで噛みしめた。
「でもあなたは最近、ピアノ教室の帰りにおじいさんの店を探し出して訪ねましたよね? なにか、訪ねるに値する引き金があったんじゃないですか?」
小守が水を向けるが綾は黙り込んだままだ。静寂を保つ室内に声を滑り込ませたのはやはり、鋭利な目線を綾へと送り続ける小守だった。
「その引き金はもしかして、最近発売された、このベストアルバムじゃないですか?」
「……!」
肯定しようか、否定しようか、悩む綾。
「ベストアルバムというのは大抵、十周年や十五周年などの記念品として、ファンに向けて発売されることが多いはずです。でも、失礼ながら、あまり人気のないバンドがベストアルバムを出す場合は、少し違う」
綾は否定することを諦めた。それ以前にきっともう、表情でバレていると悟った。
「はい。そういうこと、です」
部屋の隅で一人、首をかしげる夏美は、
「どういうことですか?」
食す手をとめて二人に問いかけた。
「集大成のアルバム。つまり、そのアーティストのすべてが詰まったCDだ。今までの軌跡をたった数枚に圧縮し、最後の力を振り絞って出すアルバムが、ウルスにとってのベストアルバム」
「最後の力?」
夏美はまたナボーナをぱくりと咥えて、唖然としたように不動となった。
「むっ」
もう夏美も気づいていた。ただ、口にするのは避けた。
「わかったか? ウルスはな、このベストアルバムを期に解散しようとしてるんだ」
綾は途端にしゅんとなった。本当ならば、こんなに深くは知られるべきではなかった。
「俺、ウルスの公式サイトも見たんですよ。するとどうやら、一ヶ月ほど前から活動してないようでした。そしてそこには『解散』とではなく、『無期限に活動を休止する』と書かれていましたね。でもそれは、事実上の解散と言う意味合いなんでしょう。おそらくあなたも、それに気づいた。直接的には休止報道が引き金と言うべきでしょうか。そしてようやく、あなたはおじいさんの店を訪ねる決心がついた」
会話の隙をついて夏美が指摘する。
「でも先輩、一時期ブームとなったバンドが解散危機に陥ったとしたら、普通はメディアがこぞって取り上げると思うんです。だけど私、そんなニュース一度も見たことないですよ?」
「報道ってのは大きな事件を何度も流す癖があるだろ? そういうのに重ね合わせて休止報道すれば、ほとんどの場合、大きく取り上げやしない。新聞の片隅くらいなら載るかもしれないけどな。ウルスにもちゃんとしたマネージャーがいるだろうし、休止報道を最小限に抑えたんだろう。ファンもかなり減っていたはずだ。別に不自然な話じゃない」
言い終えた小守は、綾に向き直った。
「その決心が固まったのが、今から二週間ほど前だったんでしょう。ピアノ教室の帰り、初めておじいさんの店に行ったとき、あなたは運よく高梨さんと再会した」
綾は大きくうなずいた。
「運命だと思いました。すっぴんは見たことなかったですし、見違えるような格好になってましたけど、私には自信がありました。お店の中ですれ違った程度なので声は掛けられませんでした。それでも六年ほど前に聞いたあの声とあの表情。いくら化粧して隠れてたってわかります。だって私はずっと、あの人のことを追いかけてたんですから」
しゅんとして俯く綾。
小守はさえずるような小さな声で、そっと綾に語りかける。
「一度は偶然会えたとしても、二度目があるとは考えづらい。そこであなたは考えた末にここへ来た。なんとか高梨さんと自分の関係がばれないように、ぬいぐるみ探しと偽り、依頼しにきた。なぜなら、ビジュアル系好む見た目ではないあなた自身が、ビジュアル系の核を担ったウルスという大型バンドを追い求めているなんて、誰にも知られたくなかったから。恥ずかしくて、言えなかったから。これがあなたが自身が考えている『客観』です。『主観』とはかけ離れた客観的人物像が、あなた自身を翻弄していた」
彼の言っていることはすべて正しかった。綾は聞き流すこともできず、論理的に導き出された言葉を心にしみこませる。
「表向きの理由は単純に、『好きな人を追いかけている』なんでしょう。真の理由は『ウルスのボーカルを追いかけている』になります。すべての習い事を休んだのには、親への反抗心と同時に、本当の依頼理由を隠す意味も含まれていた」
小さく笑いながら、小守は言った。
「あやうく騙されるところでした。あなたが習い事をサボっているのを知ったときはまだ、正直に言うと確証はなかったんです。高梨さんとヨシキさんが同一人物だというのも半信半疑の域を出ませんでしたからね。ただ単に、好きな人を追いかける健気な女の子、という可能性も考慮していました。でも、ここにやってきたあなたを問い詰めてみたら、答えは一点に収束しました。高梨さんはやはり、高梨ヨシキさんなんだとね」




