果たし状
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少し忙しくなってきたため更新ペースを落とすことをご報告いたします。
五月二十三日、火曜日。試験が始まる土曜日まで残り五日となった。白河綾の弟の誕生日までで計算をすると、あと四日しかなかった。
綾は、自分が設定した残り四日という現実を恨んでいた。確かに早急にあれの真偽を調べる必要があったが、いくら学年一位の天才だとしても探偵と言うわけではない。勉強ばかりしている人みたいだし、やっぱり無理だったのだろうか。素直に自分の気持ちを暴露して、恥ずかしい気持ちをぐっと抑え込んで頼みに行けばよかったのだろうか。終わりのホームルーム中、先生の話など全く耳に入れずに綾は一人で葛藤していた。こんなことなら、最初から自分で調べればよかったのかもしれない。いやでも、それはやっぱり怖いし、なにより、あの人に迷惑をかけてしまう――
考えれば考えるほど、どれがよい選択肢かなんてわからなくなり、頭の中がぐちゃぐちゃに絡んでいる毛糸のような状態になった。初めから考えなどまとまっていない。もう一年も考えに考えて出した結論の行く末がこんな状態なのだから、誰になにを言われようともこのまま突っ走るしか道はなかった。
それと、いつもいつも長々と喋るこの先生はあまり好きじゃない。おかげで、四階の部室に近況を聞きに行くのがかなり遅くなってしまう。といってもいまだクマのぬいぐるみを探しているだけの状況だし、今後も進展はなさそうに思える。そもそも自分は歓迎されていない様子だったから、もうほとんど、期待はしていないのだが。
「起立、気よ付け、礼!」
ようやく先生の号令がかった。すると一斉に生徒たちが礼をし、三年A組は解散した。
その中で一目散に廊下に出たのは綾だった。今までのように時間に追われるふりをしていれば、誰からも怪しまれたりしない。とりあえず今日も、いつも隠れ家にしている私立図書館へ行って勉強でもしていよう。
そうしてクラスの誰よりも早く階段を下りていく。最初の踊り場を通って次の階段に足を伸ばそうとしたそのとき、二階の階段前に、あの女の子が佇んでいるのが見えた。
「私の大事な先輩が、あんたに聞きたいことがあるらしいから、来てよ」
いきなり声をかけられた。速度を抑えきれない綾は、思わず倒れそうになった体重を手すりを掴むことによって防いだ。一旦どうしようか迷ってしまったが、ここで引き下がったら今まで練ってきた計画が全部パーになってしまう気がした。一度手すりを握りしめてからまた走り出し、綾は夏美の目の前を通過しようとした。
「いたっ!」
綾は、がくんとなって前に進めなくなった。見えている次の階段に足をつくことができず、彼女は夏美に片手を掴まれてしまった。この子の力は女の子の綾からしても強い。昨日だったか、一度、四階の部室の中で競り合いになったときに、正確にそう感じていた。
「は、離してよ! 私忙しいんだから!」
ここで捕まってはいけない。そう思って振りほどこうとするけど、夏美はその抵抗を微動だにせず受け止めていた。
なによこの子、なんなのよこの子っ!
「どうせぬいぐるみ見つかってないんでしょ! わかったからもういいから離して!」
綾は、こんなにも大声で必死になっている自分に違和感を覚えた。こんなに熱くなったのは久しぶりかもしれない。数年ぶりかもしれない。
ふいに、夏美の手が離れた。
チャンスだ。
「じ、じゃあね!」
だいぶ時間をロスしてしまったが、本当に急いでるわけではないのでどうでもよかった。とにかくこの学校からできるだけ離れた場所に行ければ今はそれでいい。
一つ下の踊り場で方向転換したとき、上から夏美の声が降り注いできた。
「どうせ急いでなんかいないくせに!」
その叫びで綾は、ピタリと足をとめた。
「昨日、ピアノ教室サボってたでしょ? 私たち、ちゃーんと確かめに行ったんだからね。先生にも会って、ちゃーんと確認取ったんだから」
そ、そんなことって……!
探さなくていいよって、ちゃんと昨日伝えたはずなのに。小守くんは明日でいいって言ってたのに、あれはもしかしてはったりだったの? じゃあもう、私がなにをしようとしているのか、全部全部、バレてしまったの?
「あんたは先週からピアノ教室に行ってない。それを心配したピアノの先生が家にいくら電話しても出てくれない。つまり、こう考えることができる。ピアノ教室に行っていないのは、度重なる習い事に嫌気が差したから。家にいくら電話しても出ないのは、電話線が引っこ抜かれてるからだろうってね。いまどき家電なんかほとんど使われないし、かかってきてもろくでもないセールスが多いから、電話線ごと引っこ抜いて親に気づかれなくてもなんの不思議もないわよね?」
夏美は、すべてお見通しと言わんばかりに声を張り上げる。
「ちなみに、あんたが依頼の報酬として持ってきたナボーナあるでしょ? あれをあんた最初に、『家から勝手に持ってきた』って言ったのよねぇ。怪しいよね~、どうして勝手に持ってきたんだろう? ……ん、あれあれ? もしかしてもしかすると、親に反抗しようとして勝手に持ってきちゃった? たった三千五百円のCDも手持ちで買えないところを見ると、余計にそう思えるのよねぇ~?」
夏美は、昨日先輩から聞かされた推理を武器にして、言葉の端々にこれでもかと嫌みを詰め込んで綾を挑発した。「ひょっとすると、全部の習い事サボってる可能性もあるから、待ち伏せてみろって先輩に頼まれてきたのよ。お金がないなら習い事が終わる時間まで、図書館とかに身を潜めてるって予想でね。そうしたら案の定、ってことよね?」
綾は壊れかかった精密機械のように、きごちない動作で首を動かし、夏美を見上げた。その夏美は偉そうに腰に手を当てて、この状況を楽しんでいるように口元を緩めている。
「ど、どこまで知ってるの?」
別に、知られてもいいこともある。というよりも、知ってくれなければ話は進まないのだ。でもすべてを知られてしまったら最後、私はもう恥ずかしくて死んでしまう。どうか神様、私の思い通りのところまでバレていますようにっ……!
「それは私じゃなくて、白坂高校で学年一位の小守大先輩に聞いてくれる? 先輩は部室で待ってるから、早めにお願いね。私たち、あんたに構ってる暇なんてないんだから」
すると夏美は、綾を呼びとめもせずに階段をゆっくりと登って行った。踊り場で立ちすくむ綾は、幸運を祈って付いていこうと決心した。そんな彼女の横を三年A組の生徒たちが雑談しながら降りていく。楽しそうに喋っているクラスメイトには目もくれず、綾は覚悟を決めて、四階の、あの部室を目指した。




