第42話 報道
2014年、二月。
週刊誌の表紙に、俺の写真が載った。
正確には、俺とユイの写真だった。
夜の六本木。帽子を目深にかぶったユイと、その隣を歩く俺。二人が、同じタクシーに乗り込む瞬間を、望遠レンズで撮った写真だった。
『新人賞女優・一ノ瀬ユイ、資産一兆円の投資家と深夜の密会!』
見出しが、表紙いっぱいに踊っていた。
◇
その朝、オフィスの電話は、鳴りやまなかった。
テレビ局。新聞社。週刊誌。取引先。どこからか番号を調べた、見知らぬ人。
「代表は、取材には一切応じません」
広報の担当者が、同じ台詞を何十回も繰り返していた。
俺の部屋で、レイコさんがその週刊誌を読んでいた。
「書いたのは、沢口さんではありませんね」
「なんで分かる」
「沢口さんなら、もっと粘着質に、過去の宝くじの話から書き起こします。これは、写真だけで勝負している記事です」
レイコさんは、週刊誌を閉じて、机の上に置いた。
「問題は、一ノ瀬さんのほうです。佐伯さんは、私生活を叩かれても、本業には影響ありません。でも、一ノ瀬さんは、女優です。イメージが命の仕事です」
「……分かってる」
「事務所から、何か連絡は」
「まだ、ない」
そのとき、俺の携帯が鳴った。
ユイからだった。
◇
『佐伯さん、ごめんなさい』
ユイの声は、少しだけ震えていた。
『私が、マネージャーに内緒でご飯に行こうって言ったから。気をつけてたつもりだったのに』
「ユイが謝ることじゃない。俺も、気をつけるべきだった」
『事務所の社長に、呼ばれてます。今日の午後、記者会見を開くかもしれないって』
「会見で、何を言うんだ」
『……社長は、ただの知人です、食事をしただけです、って言えって』
電話の向こうで、ユイが黙り込んだ。
俺は、少し考えてから、言った。
「ユイが、言いたいように言えばいい」
『え?』
「俺は、どっちでも構わない。ただの知人だって言うなら、それでいい。ユイの仕事を守るためなら、俺は何を言われてもいい」
『……佐伯さん』
「でも、もしユイが、嘘をつきたくないなら。それも、それでいい。俺は、どっちでも、ユイの味方だ」
電話の向こうが、長いあいだ静かだった。
『……少しだけ、考えさせてください』
電話が、切れた。
◇
その日の午後四時。
ユイの事務所が、急遽、記者会見を開いた。
オフィスのテレビで、レイコさんと二人で、その中継を見た。途中から、ミサキからも、カオルさんからも、アリサからも、「見てる?」とメールが届いた。
画面の中、ユイは、白いブラウスに黒いスカート姿で、会見場の真ん中に座っていた。隣には、事務所の社長が、苦い顔で座っていた。
無数のカメラのフラッシュが、ユイの顔を照らしていた。
記者の一人が、立ち上がって質問した。
「一ノ瀬さん。写真の男性は、資産一兆円とも言われる投資家の佐伯ショウゴ氏ですね。お二人は、どういうご関係ですか」
会見場が、静まり返った。
事務所の社長が、ユイに何かを耳打ちしようとした。
ユイは、それを手で制した。
それから、まっすぐカメラを見た。
「お付き合いしています」
会見場が、どよめいた。
フラッシュが、一斉に光った。
隣の社長が、頭を抱えていた。
記者たちが、次々と立ち上がって質問を浴びせた。
「結婚の予定は」
「佐伯氏には、他にも親しい女性がいるという噂もありますが」
ユイは、その質問にも、表情を変えなかった。
「知っています」
会見場が、また静まり返った。
「全部、知った上で、お付き合いしています。私は、あの人の隣にいたいから、いるんです」
ユイは、少しだけ笑った。
あの灯台の下で見たのと、同じ笑顔だった。
「隠す気は、ありません。私は、女優です。嘘の芝居は、スクリーンの中だけで十分なので」
◇
会見は、十五分で打ち切られた。
その夜のワイドショーは、どこもユイの会見の映像を繰り返し流した。
『新人賞女優、まさかの交際宣言!』
『「隠す気はない」異例の会見に、ネットは賛否両論』
ネットの掲示板は、大荒れだった。ユイを叩く書き込みも、たくさんあった。
でも、それと同じくらい、ユイを応援する書き込みもあった。
――嘘をつかない女優、かっこいい。
――あの灯台の映画の子でしょう。あの子らしい。
――正直に言える人のほうが、信用できる。
◇
会見が終わって数分で、四人からメールが届いた。
ミサキからは、『ユイちゃん、かっこよすぎる……! 私、泣いちゃった』。
カオルさんからは、『いい女ね。うちのお店の子たちにも見せたいくらい』。
アリサからは、英語で一行。『She has guts.(あの子、度胸あるわね)』。
レイコさんからは、『会見の発言、記録しました。一ノ瀬さんの事務所への損害の試算も、念のため作っておきます』。
四人とも、ユイを責める言葉は、一つもなかった。
夕方には、実家の母からも電話がかかってきた。
『ショウゴ! あんた、テレビ見たわよ! あの灯台の女優さんと、お付き合いしてるの!?』
「……まあ、そういうことになる」
『あんた、早瀬さんっていう子は、どうしたのよ。学生のときから、ずっと』
「ミサキとも、ずっと続いてる」
電話の向こうで、母が絶句した。
しばらくして、父の声が聞こえた。
『……おい、ショウゴ』
「はい」
『全員、大事にしろよ。泣かせたら、承知しないぞ』
父は、それだけ言って、母に受話器を返した。
アメリカの、トーマスさんと同じことを言う。父親というのは、国が違っても、似たようなことを言うものらしい。
◇
その夜、ユイがマンションに来た。
玄関のドアを開けると、ユイは帽子を取って、少しだけ疲れた顔で笑った。
「……やっちゃいました」
「やっちゃったな」
「社長に、すごく怒られました。今後のCMの契約が、いくつか白紙になるかもしれないって」
「その分は、俺が――」
「だめです」
ユイは、きっぱりと首を振った。
「私の仕事のことは、私が自分で取り返します。佐伯さんのお金で埋め合わせたら、私、女優じゃなくなっちゃう」
カオルさんと、同じことを言う。
俺は、思わず笑った。
「何がおかしいんですか」
「いや。カオルさんも、前に同じことを言ってた」
「……カオルさんと同じなら、間違ってないですね」
ユイは、少しだけ得意そうに胸を張った。
それから、リビングのソファに倒れ込むように座った。
「疲れた……」
「お疲れ様」
ユイの隣に座ると、ユイは俺の肩に、こてんと頭を乗せた。
「佐伯さん。どっちでも味方だって言ってくれて、ありがとうございました」
「本心だ」
「知ってます。だから、本当のことを言えたんです」
窓の外では、東京の夜景が、いつもと同じように光っていた。
翌週。
ユイのもとに、新しい映画の主演のオファーが届いた。役柄は、自分の信念を曲げない、まっすぐな女性記者だった。
現在資産:1,180,000,000,000円
お読みいただき、ありがとうございます!
毎日22時に更新しています!
続きが気になると思っていただけたら、
ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】から評価をいただけると、
とても励みになります。
感想も、一言から大歓迎です。
よろしくお願いします!




