042.ぼっち、不要な未来を捨てる
「リリィちゃん! ロゼさん!」
「え? 衣乃さん!?」
「まだ逃げてなかったんですか!?」
リリィと麗麻が階段を昇ってくると、エントランスには衣乃が残っていた。
「残ってるのは私だけ。みんなちゃんと脱出してる。リリィちゃんのお友達も、先輩たちも」
その言葉に、リリィと麗麻は揃って安堵の息を漏らす。
とはいえダンジョンの崩壊は続いているし、このエントランスはまだダンジョンの中だ。
周囲を見回せば、ポリゴンのテクスチャーが剥がれるようにダンジョンの壁が剥げ落ちていき、ワイヤーフレームを思わせる壁が見え隠れし始めている。
「色々と話したいコトや聞きたいコトはあるけど、二人とも、まずは外よ」
衣乃の言うのももっともな話だ。
リリィと麗麻は顔を見合わせてうなずきあうと、先行する衣乃を追いかけるように、エントランスから脱出するのだった。
「うぇぇ」
外に出るなり、リリィは思わずうめいた。
「あー……」
急にどうしたのかと訝しんだ麗麻も、直後に納得のうめき声をあげる。
「はぁ」
二人のリアクションに対して、衣乃はさもありなんと、嘆息する。
最後に出てきたドローンすらも、なんだか面倒くさげに飛んでいるのは気のせいだろうか。
そんな三人の背後では、ダンジョンの入り口である渦が、不自然にブレたり、無数のノイズが走ったりしていた。
消え始めたダンジョンの入り口でよくある現象だ。
そんな入り口から出てすぐのところで、気怠げな表情を浮かべていた三人の元へ、やたらと耳障りな女の声が響く。
「やっと出てきたわねッ!!」
キンキン声で叫ぶのは、もはや見たくもなかった女――宮囲である。
善也や欽嗣が、ダンジョンに入らないように抑え込んでいたようだ。
リリィを姿を見るなり、二人をむりやり押しのけてやってくる。
「すげぇな、あの女の馬鹿力……」
「おれってそんなに筋力なかったのか……」
「あれは――火事場の馬鹿力みたいなもんだろ。お前らが弱いワケじゃねぇって」
善也と欽嗣がプライドを傷つけられたような顔をしていて、央が気まずそうな顔をしてそれをフォローしている。
さらに央はさりげなく、鈴架と蓮花を引き寄せて宮囲に突き飛ばされないようにしていた。
リリィからすれば、宮囲を抑えられないことに傷つく必要はないと思う。
だって、モンスターと力比べして負けたって、それで探索者側が弱いというワケでもないのだし。
さておき、こちらへとやってくる宮囲だ。
精神が探索者モードのままなので、冷静に状況を見てしまっているのだが、リリィとしてはどうして良いのか分からない。
そう思っていると、衣乃が一歩前に出た。
「アナタ、警察からの事情聴取や、ダンジョンエージェントからの査問聴取の対象だったんじゃないの?」
気怠げに、けれど重要ゆえに衣乃がそう訊ねた。
すると、彼女は眦を釣り上げて、耳障りな声を張り上げる。
「そんなかったるいモンッ、付き合ってられるワケないでしょうッ!! 隙を見て支部を出てきてやったわッ!」
宮囲のその宣言には、イマイチ彼女について知らない蓮花、善也、央、欽嗣、鈴架の五人も顔を引き攣らせた。
「自分が傷害罪や、横領の容疑者にされてる自覚はないの?」
「そんなのその最果リリィと、そのガキに入れ知恵したそっちメイド服のクソガキのせいに決まってるでしょッ!!」
「あたしは、アンタやギルドが、リリィちゃん相手に無茶苦茶やってたのを指摘しただけでしょうが!」
思わず麗麻が噛みつくと、それ以上の大音声で宮囲が叫ぶ。
「それをエージェントにチクったから、私の人生設計めちゃくちゃになってんだろうが! 弁償しろ!!」
ふと、リリィの視界に、宮囲の向こう側にいる五人の様子が見えた。
央が何か蓮花に言っている。すると、蓮花は、央に腕時計のようなモノを渡していた。
それから、央が何やら腕時計を操作した。
すると、リリィの背後にいたドローンが少し停滞位置を高める。
位置としては宮囲の顔がよく見えそうな位置だ。
「?」
なんだかよく分からないが、意味のある行いなのだろう。
ならば、変に宮囲に気づかれないように、リリィは動くだけだ。
宮囲は、リリィと麗麻が憎くて憎くて仕方がないのだろう。
なら、もっと憎まれてやればいい。
所詮は、敵だ。
警察やエージェントにすら睨まれて、そこから逃げ出してきたような人だ。
嫌われようが、暴言を吐かれようがどうでもいい。
「結局、宮囲さんは何がしたいんですか?」
「は?」
「もしかして、わたしに反発なんてせず素直にずっと縮こまってて欲しかったんですか?」
「そうよ! その通りよ! クソ生意気にも知恵をつけて!!」
あまりにも身勝手な意見に、リリィは嘆息しながら少し動く。
消えゆくダンジョン入り口へと、少し近づいて見せる。
リリィが動いたので、麗麻と衣乃はリリィから離れた。
二人ともリリィの意図に気づいたのだろう。
「自分がルール違反してたり、無知なわたしに漬け込んで色々悪いコトしてた自覚はあります?」
「は? 何が悪いってのよ? 気づかずに搾取されてるアンタが雑魚だったってだけでしょ!? 何より支部長である浮鉄さんお墨付きよ! 認められてるんだから悪いコトのワケがないじゃない!!」
この場にいる面々だけでなく、ドローンを通して様子を見ているリスナーたちも含めて、「何を言ってるんだコイツは?」という顔をする。
そのタイミングで、衣乃のスマホにメッセージが届いた。
差出人は、リリィのクラスメイトの田中 計悟だ。
「……悪いけど宮囲さん。そのお墨付き、もう無いわ」
スマホに表示された情報を確認した衣乃が、宮囲に向けてキッパリと告げる。
「今さっき、多摩センター支部のギルドマスター浮鉄 倫助さんは逮捕されたみたいだしね」
「……は?」
計悟が送ってきた内容は、エージェントによって不正をしていたことが証明され、その場に刑事の冴内がいたことで、実にスムーズに逮捕へ至ったそうである。
「それと、貴女に傷害事件の容疑で逮捕状も準備されているそうよ?」
「逮捕? 私が? そんなワケないでしょう? 何かの間違いよ!!」
さすがに青ざめるくらいの理解力と知性はあるようだ。
「ところで怪我した太巻さんを見かけて公園に放置したって言ってたけど、傷害罪の容疑者になるような心当たりとかあるんです?」
リリィとしては特に深い意味のない質問だった。
ただ何となく疑問に思ったことを聞いただけだ。
そしたら、やたらと饒舌に宮囲が答えた。
「前にあまりにも生意気な口聞いてきたから公園で文句言ってやっただけよ!
そしたら私の手を振り払って、コトもあろうに私のコトを邪険にしやがったのよ?
ムカツクから軽く蹴飛ばしてやったら、階段から足を滑らせて転げ落ちていっただけ!
それのどこが傷害罪だっていうのよ! 向こうが勝手に足を滑らせたのが悪いんでしょ!?」
リリィを含む八人と、ドローン越しに見ているリスナーたちもドン引きである。
そんな中で、リリィはどうしても分からないことがあり、訊ねた。
「宮囲さんって、結局なんなんですか?
自分の思い通り行かないのは自分以外が悪い――って考え以外は、無いんですか?」
「は? 今まで世間が私を悪し様に扱ってきたのよ! だから私が悪し様に扱い返して何が悪いの!? クズみてぇな両親の元じゃまともに生きいけねぇから必死に生きる方法見つけたの! クズみてぇな両親の元に生まれたお前が悪いって言われながら! しかたねぇからウリやって! ラブホでクソ見てぇな部屋の掃除とかやって! 頭の悪い女を騙してフーゾクに売ったりして! そうやってようやくここまで来たってのに!!
両親もッ! 私を悪し様に言ってきた連中だってッ! 騙されるバカが悪いって! そう言ってきたのよッ! だったらッ、騙される世間の方がバカだっただけじゃない! 世間にバカにされながら一人で生き抜いてきた私の方がよっぽどマトモでしょうが!!」
「…………」
漠然と、この人もある意味で自分のもう一つの姿かもしれない――と、リリィは思った。
誰にも愛されず、愛されていると気づけず、ただひたすらに手に入れた知恵と技術を悪用するだけ。
悪用している自覚はあれど、悪意ある振る舞いをしている自覚はない。
一つの孤独の果ての姿。
けれど不思議と、央に対して感じたような同情心や同族嫌悪など、様々な感情は微塵も湧かない。
ただただ、湧いてきた感情は簡素なもの。
――どうでもいい。
そう。リリィに湧いた感情はそれだった。
こんなどうでもいい宮囲は、もう自分には不要である。
「あっそ。それがどうかしました?」
「え?」
「自分だけが不幸だった。自分だけが独りぼっちだった。だから何をやってもいい?
貴女が不幸で独りぼっちだったのって、結局はその振る舞いのせいだったんじゃないんですか?」
彼女には自分や央のように、その周囲に手助けしてくれる人がいなかったのかもしれない。
あるいは、いたのに気づかなかったのかもしれない。
けれど、それは全て過ぎたこと。
結局のところ、今この場で騒いで喚いて好き勝手言っている姿こそが、その結末でしかないのだ。
そんな態度と言葉が気に障ったのだろう。あるいはクリティカルだったのか。
「普段は雑魚ガキみてぇなナリしてんのにッ、ちょくちょく……ちょくちょく、急に生意気なツラと口してんじゃないわよッ!
ダンジョンの中に居なきゃッ、クッソ弱ぇ雑魚ガキだろうがテメェはよぉぉぉッ!!」
宮囲は今まで見たことのないような怒り顔でリリィに襲いかかり――
「最果さん!?」
「危ない!!」
状況を静観していた蓮花と鈴架が思わず声を上げてしまうような状況になった。
欽嗣も央も、口には出さないが流石に慌てている。
しかし、探索者たちは特に慌てた様子もなかった。
振り下ろされた平手を防御もせずに、リリィは受け入れた。
リリィは顔面を殴られたというのに、微動だにしなかった。
その状況に殴った本人が驚いている。
「え?」
「クソ弱い雑魚が何でしたっけ?」
そして、リリィは目の前の敵の足を払った。
思い切りすっ転ぶ彼女を、下目遣いで見下ろす。
「……ふざけんな! 私を見下すんじゃねぇよ! ガキがぁぁ!!」
リリィを押しのけて立ち上がろうとして、しかし岩のように重く動かないリリィに宮囲は恐怖を覚える。
「今まで手加減してたんですよ?
ギルドにはいっぱい良くして貰ってたから、問題はあるのはわたしの方だって、ずっとそう思ってたんです」
「クソッ、クソッ、クソッ!!」
何とか立ち上がった宮囲はダンジョンの入り口を見て、天啓を得たかのように笑って見せた。
「ようするにダンジョンで得たチカラを、何らかの方法で現実で使ってるってコトね!
だったら、今から私も得てきてやるわよ!! ここにダンジョンがあるんだしさぁ!!」
「待って! そのダンジョンは今、すごい危なくて!!」
「うるさいッ! 私がチカラを得たら困るってだけだろ!! 聞いてなんてやらないよ!!」
「違うの! 本当にそこのダンジョンは……!!」
リリィの静止を振り切った宮囲は、ノイズが増えて元の渦巻きが半壊しているような入り口に飛び込んでいった。
「待ってッ!」
「リリィちゃん、ダメ!!」
「で、でも……!」
慌てて衣乃がリリィに抱きつき、動きを制す。
リリィも本心では危険性を理解しているからだろう。飛び込む足を止めた。
「えー……リリィちゃん、衣乃さん、安藤くん。質問です。この場合、レスキューするべきでしょうか!?」
その様子を見ながら、麗麻が敢えてそう声を上げた。
みんなに訊ねるだけでなく、ドローン越しにリスナーへの問いかけでもある。
それに最初に答えたのは衣乃だ。
リリィが落ち着いたのだと安堵しながら、手を離して答える。
「あまりにも危険すぎるから、レスキューは反対よ」
「同感。静止を振り切ったのは、あの女だからいいんじゃね?」
「い、いいのかなぁ……」
「あたしも同意見です」
衣乃の言葉に善也が同意する。
さすがにリリィは戸惑うのだが、麗麻も二人へうなずいていた。
「蓮花さん。リスナーの意見見れる?」
そう言うと、蓮花から時計型デバイスを預かっていた央が持っていたそれを操作した。
そこに表示された画面を、蓮花と鈴架と欽嗣が覗き込み――
「まぁ、そうなっちゃうんだろうけど……いいのかな?」
「擁護しようがないけれど、こうなるよね……」
「正直……素人が見ても、あのノリはなぁ……」
「傍目からみると、あんなカッコ悪いんだな……自分が悪くないと思い込んで暴走するのって……」
――その内容は、別に言われなくてもだいたい予想がつくもののようだ。
「リアルタイムで色々証言も撮れたしね」
「……あ、入り口が……」
ノイズが増していき、完全に渦巻きの原型が無くなると、壊れたテクスチャーが収縮していくような動きを見せたあとで、入り口だったモノは僅かなノイズだけになる。
そのノイズのような現象もやがて薄れていき、そこにあったダンジョンの入り口は完全になくなるのだった。




