041.ぼっち、脱出する
:妖精ちゃんのカッコ良さはさておいてコア倒したな?
:あ。コアモンスター倒しちゃったじゃん
:でもコアボスって倒したら脱出装置が現れるやん?
:そりゃあボス部屋にいるコアならな
:ここエリア外やで?
流れていくコメントを見ていた蓮花が、慌てて声を上げる。
「あ、あの! コアモンスターって倒したら脱出しないとダメなのッ!?」
次の瞬間、リリィと麗麻は顔を見合わせて慌て出す。
「そうだった! ダンジョンが崩壊しちゃう!」
「ボス倒した時って、脱出装置的なの出て来ないっけ?」
「ウラマさん! エリア外にそれ出てくると思う?」
「……思わない!」
コメント欄とまったく同じやりとりの後に、二人の意見が一致したところで、周囲を見回す。
「比較的、エリア端が近いしなんとかなる……かな?」
「ここからならがんばって自分で走ります!」
蓮花の言葉にうなずいて、リリィと麗麻は、男たちを見る。
「央、走れるか?」
「走らないと、ダメなヤツだろ?」
欽嗣に問われ、央は涙を拭きながらそう吐き捨てるように言いって立ち上がった。
その直後、大きな地震が起きる。
「……そういえば崩壊って、エリア外から始まらなかったっけ?」
以前にコアモンスターを倒した記憶を思い返しながら、リリィがそう口にした。
:あー……その記憶あるな
:うーんこれはピンチ
:エリア外は危険っていうのは正しいわな
ほんの一瞬だけ、奇妙な沈黙と穏やかなコメントが流れ――
「みんな走ってッ!」
:逃げろや逃げろ!!
:はやく逃げて!!
――麗麻が悲鳴のような声をあげ、コメント欄に緊迫したメッセージが弾幕のように流れていく。
同時に全員が走り出す。
「そ、そういえばどこへ逃げれば……!」
「あの色つきの柵を越えて公園の中へ! その公園の中央にある色つき滑り台に向かって! 色つき滑り台の内側にある階段がダンジョンの出入り口!」
央の疑問に、麗麻が即座に答える。
あえて大きめの声で口にしたのは、はぐれてしまった場合に向かうべき場所を教えておくためだ。
「う、うしろ! 地面が!!」
蓮花の声に背後を見ると、あちこちに亀裂が入ったり隆起したりしはじめている。
「巻き込まれると危ないわ! 急いで!」
:せめてエリア内に戻りたい
:結構なハイペースだぞこれ
:いそげいそげいそげ
「な、なんだ!?」
先頭を走っていた欽嗣が悲鳴をあげる。
「下がってッ!」
そこへ、即座にリリィが前に出た。
目の前に、明らかにまともなモノとは思えない、黒く滲んだ何かがある。
それが、デジタルデータのバグのようにブレたあとで、人型のモンスターの姿に変わっていった。
それは、目深にかぶったフードの下からは目のないペストマスクのようなものが覗いていた。
そして、ローブから見える肌は筋肉質ながら土色で、その手には無骨な刃に取っ手をつけただけのような剣を持った謎のモンスターだ。
:なんだこいつ?
:掃除屋さんだ 今日は仕事が早すぎるぞ!!
:なにこの現象??
:げぇ!?メイズクリーナー!
無言のままに、モンスターが剣を振るってくる。
リリィはそれを受け止めながら、叫ぶ。
「みんな走って! 黒い滲みは、ここだけじゃない!!」
:これがメイズクリーナー、ダンジョンの掃除屋か!
:相手にするな!無限湧きするヤツだぞ!
:崩壊するダンジョンに無限湧きするんだよ!!
「このモンスター、メイズクリーナーっていうみたい! 崩壊するダンジョンで無限湧きするって!」
「こいつがあのレアモンスターの!? 出会ったら死ぬ気でダンジョンの外に出ろって言われてる……! あの……ッ!!」
コメントを拾う蓮花。それに驚く麗麻。
「だったら尚更とっとと逃げるぞッ!」
「最悪なモンスターに出会ってるじゃねーか!!」
そこへ即座に欽嗣と央がツッコミを入れた。
そんなやりとりの間にリリィが剣を交えていたメイズクリーナーを吹き飛ばす。
「メイズクリーナー! 消えはじめたダンジョンのお片付けをするモンスターだよね。お仕事の邪魔しないように、逃げよう!」
:リリィちゃんは知ってるんだ
:こいつらが出始めたらマジ危ない
:はじめて見たわ
もう少しでエリア境界の色つきの柵。
そこまで来たところで――
「ここへ来て、メイズクリーナーに囲まれるだなんて……」
「富鐘さんと先輩たちだけ逃がせるかな……?」
「そうね。それが最優先ね」
:二人はどこまでも探索者気質か
:マジでここで終わるのか
:え?なにどういうこと?
「え? 最果さん? ロゼさん?」
「道をあたしとリリィちゃんで開くから、三人は行って」
麗麻の言葉に戸惑う蓮花を、欽嗣が俵のように抱き上げる。
「え? え? 先輩ッ!?」
「行くぞ央、これは、おれたちの責任だ」
「欽嗣……ああ! そうだな。行くか!」
「待って! 先輩! 最果さんとロゼさんは!?」
即座に覚悟を決めた欽嗣と央に応えるように、リリィは武技を放って逃げ道の方向にいるメイズクリーナーを吹き飛ばす。
「走って!」
「すまん! 先に行く!」
「あとで謝らせろよッ、最果リリィ!! あとで礼を言わせろよッ、メイド女!!」
「なんでッ!? 下ろしてッ!? 二人がッ、なんでッ!!!?」
エリア内の方はまだまだメイズクリーナーが少なそうだ。
中央まで突っ切るだけなら、あの三人でも行けるだろう。
柵へと向かう三人に近づこうとするメイズクリーナーは麗麻が撃って足を止めさせる。
直後、足を止めたメイズクリーナーたちを、リリィが吹き飛ばしていった。
そして、なんとか三人が柵を越えていったのを見て、周囲を見回す。
上手く動けば、自分たちも柵を乗り越えられそうだ。
「よし、あたしたちも追おう、リリィちゃん」
「……ウラマさんは先に行って」
「え?」
「メイズクリーナーじゃない、何かが来る」
「……!?」
そう言って、リリィが示すのは先ほどまで自分たちが走ってきたルート上。
そこに、先ほどまではなかった黒い水たまりのようなものがあった。
影のような水たまりのようなそれは、コポコポと泡立つと、徐々に激しくなって吹き上がる。
そして、その黒い影のような水のようなものの噴水が落ち着くと、そこには一人の女性が立っていた。
その手には、リリィの獲物と同じタイプの大剣が握られている。
もっとも、あちらの剣は、和風の装飾がされた豪華絢爛なデザインとなっているが。
「……ははは、ここへ来て完全に新モンスター登場って? しかも明らかにボスモンスターじゃない」
「…………」
乾いた笑いを浮かべてから、麗麻は逃げるよりも戦う覚悟を決めて構えながら、ポーチの中の弾薬の数を確認する。
リリィも、直感的にここで背を見せたら、確実に二人揃ってやられてしまうと判断し、構える。
ドローンはここに残っている。
だから、その姿を見たコメント欄も湧いているのだが、生憎と操作用の腕時計型デバイスは蓮花に持たせたままだ。
二人がそのコメント欄を見る手段はない。
その女性型モンスターは、一見すると完全に人間だった。
顔は分からない。上半分がキツネの面で覆われているだ。その下から覗く双眸は、穏やかながらも、どこか恐怖を感じる朱金色をしている。
色素の薄い白い肌に、形の良い唇に鮮やかな紅が綺麗に引かれていた。
あと、何故か頭部には麗麻がよく付けているようなフリルたっぷりのヘッドドレスがついている。
女性型モンスターが歩いて近づいてくる。
剣とは逆の手に持った百合の花を思わせるデザインのキセルを吹かしながら、しゃなりしゃなりと。
周囲にいるメイズクリーナーたちが戸惑ったように道を空けている。
背が高く、痩せぎすの大人の女性体型。
白百合をモチーフにしたような楚々とした雰囲気の、けれども艶やかな柄の高そうな着物を、だらしなく着崩して着ている。
着物がもうちょっとズレると胸がこぼれ落ちて見えてしまいそうな着方だが、不思議とそれ以上ズレない辺りがモンスターらしいと言うべきか。
手元には衣乃が使っているような、攻撃用の鋲がついた穴あきグローブ。
腰元にはロングバレルのハンドガンを納めたホルスターと、反対側の腰元にはキツネの尻尾のようなアクセサリをつけており、それがどことなく九尾のように見えた。
リリィと同じアッシュブロンドながら、とても丁寧に手入れがされていると思われる髪を腰元まで伸ばしたその女性は、二人と言葉を交わせるくらいの距離までやってきた。
間合いだ。
リリィが、斬りかかれる間合い。
獲物が同じ以上は向こうも同じだろうが――
「疾ッ!」
――リリィは本能に近い感覚にあかせて、躍りかかる。
「あらあら」
その女性は言葉を発すると、自分の剣でリリィの剣を難なく受け止めた。
「この……ッ!」
すかさず、リリィは連撃を振るう。
しかし、女性はまるで全ての太刀筋を見切る――いや理解しているかのように防いでみせた。
まるで手の内が全て読まれているかのようだ。
焦るリリィに対して、女性はキセルをひと吸いすると、リリィへ向けて紫煙を吹き付けた。それは攻撃力を持たない衝撃波となってリリィを吹き飛ばす。
リリィは空中で姿勢を戻すと、かろやかに着地する。
そこから反撃をするべく姿勢を低くしたところで、モンスターの方から声を掛けてきた。
「お待ちになって」
「喋れるのね」
冷静な麗麻がそう告げると、女性型モンスターは優雅に微笑みうなずいた。
「ええ。先ほどのコアと同じ存在ですので」
「……新しいコアモンスター? このダンジョンが崩壊していく途中なのに?」
「少し違います。まぁコアの残滓を利用しているという点では、新しいコアモンスターかもしれませんが」
「……それで、何の用?」
敵愾心を隠しもせずにリリィが訊ねると、女性型モンスターは穏やかな笑みを浮かべた。
「お逃げなさいな。僅かな時間ではありますが、わたしがここにいる間は、メイズクリーナーもコアが存在していると誤認して動きが鈍りますので」
「信じられない」
「かもしれません。でも問答している余裕はあまりないのではなくて?」
実際、新しいコアモンスターの言う通りだ。
メイズクリーナーの動きや、崩壊の速度そのものは鈍っているものの、止まってはいない。
リリィは戦うつもりでいるようだが、麗麻は少し違う。
むしろ、リリィはどこか冷静さを欠いて、戦おうとしているようにも見える。
麗麻はひたすらに思考を巡らせる。
鈍らせてはダメだ。例え熱が出ようと、脳の回路が焼き切れようと、どれほどに脳を酷使しようとも、ここで思考を止めるのだけは絶対にダメだというのだけは分かる。
その上で、判断を定めた。
今この場でするべきは――リリィを宥めて、逃げること。
それが最善であると、麗麻は結論づける。
「リリィちゃん、行こう」
「え? でも……」
「この人の言う通り、時間がない」
「二人がかりでも勝てないかもしれない相手だよ? 後ろから襲われたら……」
「本当にあたしたちを倒すつもりなら、こんな余裕を持って話しかけてこないでしょ?」
「それは……」
「二人揃って無事に脱出するチャンス、ふいにしちゃうの?」
「……………わかった」
色々な葛藤をした顔をしたあとで、うなずくリリィに麗麻は安堵する。
「行こう」
「ん」
リリィは麗麻にうなずくと、即座に背を向けて動き出す。
逆に麗麻は、脱出する余裕を作ってくれたっぽいコアモンスターに顔だけ向けて小さく会釈をした。
その時、麗麻の脳裏で様々な情報が符号して、思わず足を止める。
「あ、もしかして――」
振り向きながら、小さく漏れた言葉は、彼女に聞こえたのだろうか。
コアモンスターは、綺麗な人差し指を鮮やかな紅の引かれた形のよい唇の元へと、伸ばして当てた。
ナ・イ・ショ・に・し・て・ね?
口がそう動いたように見えた。
もっと正確に言うのであれば――
(ウラマさん、みんなにはナイショにしてね。特にわたしには……かな?)
――そう間違えてはいない解釈だろう。
「麗麻さん?」
「今、行くわ」
リリィが妙に警戒するワケだ――と、思わず麗麻は納得した。
エリア外は人の精神が、ダンジョンに大きく影響を与える場所。
強い意志、強い感情、強い思い――それらが再構成されてモンスター化するほどに、人の精神がダンジョンへ影響を強く与える場所。あるいは、ダンジョンから人への影響もあるのだろう。
「たぶん、あのコアモンスターは味方だよ」
「どうして?」
「ふふ。あの子から誰にも言わないでって言われちゃったから、ヒミツ」
「え? いつそんなやりとりしたの?」
出口へ向かって駆けながら、そんな雑談ができるくらいには余裕があった。
「ちょっと考えたら、あのコアモンスターがどんな存在か分かっちゃったからね」
「そうなの?」
「そうなの」
人の精神で肉体を構成したモンスター。
強い意志や、思いが身体を構成するというのであれば、央がいなくなったエリア外において、何が参照されたのかは、想像すれば分かること。
撮れ高にこだわっていた央をベースにしたガジェットゴーレムが、カメラやフィルムなどで肉体を構成していたように、きっとベースになっている人の心の在りようがモンスター化しているのだろう。
だとしたら、さっきの女性型モンスターの姿はとても分かりやすい。
自分の理想の姿をベースに、きっと自分なりに勉強しようと思った相手の情報。あとは、世間体を気にする母親への反抗心。
だらしない格好で、キセルを吹かし、どこか花魁ぽかったのは、『母に抗うこと=悪い子』という連想から、悪い子イメージが形になったものなのだろう。
「リリィちゃんってちゃんと成長したら、さっきのモンスターみたいな美人になりそうだよね」
「……本当にそう思う? もう高校生なんだけど……」
自分を見下ろしながら、口を尖らせる姿が可愛らしい。
そんなリリィの姿を麗麻が堪能しているうちに、目的地が見えてきた。
あちこち遊具が壊れだしているこの環境の中で、その滑り台はしっかりと形が残っている。
「よし、まだ色つきの滑り台は残ってるわね」
「うん! はやくのぼろう!」
二人はそうして、ギリギリまでエントランスで待っているつもりだったみんなと合流し、無事にダンジョンの外へと出たのだった。




