002.ぼっち、脱兎の如く逃げる
2話目!٩( 'ω' )و!
グレートマンダーが完全に倒れたと確認してリリィは大きく息を吐いた。
……と、同時に自分のすぐ近くに、見知らぬ女性がいるのだと気づいて、大きく身体を竦ませた。
恐る恐る助けた女性へと視線を向ける。
(大丈夫ですか?――って声を掛けたいけど……)
メイド服の上に探索用の装備を付けた女性――は、なぜかとてもキラキラとした眼差しをこちらに向けていた。
(い、今まで……向けられたコトのない目だ……。
こ……怖いよぉ……なに言われるか分からないよぉ……に、逃げたいよう……、逃げようかなぁ……)
そうと決めたら行動が早いリリィだ。
あるいは逃げ足が速いだけかもしれないが――
しかし、リリィが動くより先に、女性が声を掛けてくる。
「ねぇ……」
「ほッわぁぁっぁ…………ッ!?」
その瞬間、キュウリを見せられた猫の如く、リリィは大きく飛び退いた。
「なにその反応ッ!?」
「し、しっれ、ぁー……ぅっ……!」
リリィは「失礼します」と口にしているつもりだが、言葉になっていない上に、小さい。
「え? え?」
困惑する女性を尻目に、リリィはモンスターの目の前に飛び出した時の勢いと同じかそれ以上の速度で、この場をあとにするのだった。
助けた女性の前から走り去り、そのまま勢いあまって3階からダンジョンのエントラスまで駆け上がってきたリリィ。
その場所で一番影の濃い、人目につきづらい隅っこまでやってくると、ようやく一息ついた。
「お……思わず、逃げちゃった……」
まぁ思わず逃げてしまうのはいつも通りのことではあるのだが。
それでも逃げてしまったことに落ち込みつつ、息を整えていると、肝心なことをしていないのだと気がついた。
グレートマンダーの討伐証明になるような、牙や尻尾などの採取もしてないのだ。
「あー……どうしよう」
10階まで行って、ふつうに生息しているのを狩ってこようか――とも思うのだが……。
「それはそれで、なんかズルな気がする……。
ちゃんと報告しないと、今後ここにくる人たちの迷惑になっちゃうかもだしなぁ……」
しばらくそうやって迷っていたリリィだったが、盛大な嘆息とともにグレートマンダーの討伐証明を諦めることにした。
「色々あって証明部位の確保できなかったって、素直に言おう……」
持っていた無骨な鈍剣を、首からぶら下がり胸元で光っている赤い宝石へ触れさせる。
すると、その剣は光につつまれ、宝石の中へと吸い込まれていった。
このSAIと呼ばれる赤い宝石は、ダンジョン探索者の資格を手にした時に、日本探索者協会からご祝儀として渡されるモノだ。
見ての通り、現代技術では再現不可能な、モノを収納する機能を有している。
ちなみに中にどれだけのモノを入れられるか――という容量は、ピンキリな上に外見からは分からないので、貰った時の運次第なのが、些か困ったシロモノなのだが。
剣が完全に吸い込まれなくなったのを確認してから、宝石を撫でて小さく息を吐く。
「まぁ、あの女の人……助けられたから、ヨシとしよう……かな」
自分がそうされて嬉しかった時のように、誰かの助けになりたい。
それを信条としているリリィからすれば、十分な戦果だ。
「……SAI。持ってるの、学校の人たちやママにバレないようにしないと……」
赤い宝石――SAIのついた首飾りを外し、羽織っていたコートの内側にある隠しポケットの中へと丁寧にしまう。
それから、コートについているフードを目深に被ると、人目を避けるようにダンジョンの外へと出るための光の渦へと踏み込んでいく。
光の渦を抜けると、そこは乞田川と呼ばれる川だ。
この辺りは川幅もあまり広くなく、左右はコンクリートの壁のようになっている。その左右の壁の上には歩道があって、そこは綺麗な桜並木となっている。
もっと下流に行けば川らしい川になるのだが、この辺りは繁華街を流れる川のご多分に漏れず、コンクリートによる壁のような土手で補強されているのだ。
ちなみにここに限らず、ダンジョンの近くにある桜は、ダンジョンの影響を受けているのか、散るまでの時間が長くなる。
加えて、そもそも今年の開花が遅かったのもあり、見事な桜色の雪を降らせていた。
その映え具合は、最近有名になっており、左右の歩道には見学客も結構多い。
「……桜の季節のここ、綺麗なんだよなぁ……。まぁここのダンジョンの中は年中じめじめしてるけど……」
そのコンクリートの谷底にあるダンジョンの入り口は不思議な光の渦の姿をしている。
そのままだと川の上なので、土手から入り口まで簡易的な道が作られていた。
その道を通って土手へ移る。
急斜面ながら歩くのに問題はない。
そこを歩きながら――
(でも、この季節はここ、人が多くて苦手かも……)
――なんてことも思う。
多くの探索者たちは気にしていないが、それでもこの季節にこのダンジョンの入り口である光の渦に近寄ろうとすると、時々クレームが飛んでくることがあるのだ。
なんでも桜吹雪と一緒に、ダンジョンの入り口である光の渦を撮影するのが、映えるとかなんとか。それを邪魔されるのがムカツクとかなんとか。
(そんなコト言われてもねぇ……)
入り口がここなのだから仕方がない。
他のダンジョンに行けばいいだろと言わることもあるらしいが、討伐対象や採取対象などのターゲットがこのダンジョンにしか存在しないパターンなどふつうにあるのだ。無理を言わないで欲しい。
とはいえ、リリィがそれを向けられたら怖くて泣いてしまう可能性があるので、この季節のこのダンジョンはとても心臓に悪いのである。
斜面を歩いて一番上まで来ると、今度は侵入防護柵の一部の開く場所に触れた。本来であれば作業用として作られていたのだろうが、今はこの最寄りの開閉部が、ダンジョンの入り口へと向かう出入口だ。
そこを開いて外に出て、音を立てずに閉じる。
そうして歩道に出るとリリィは小さく伸びをした。
(良かった。誰からも何も言われない)
安堵しつつ、リリィは人を避けるように歩き出す。
(ギルド、いこ……)
人との遭遇率の低い、裏道を多用しながら、リリィは探索者協会へと向かう。遠回りでもわざわざ人の少ないルートを選んで。
そしてどんなルートを選んでも、坂と階段を避けられない場所にある探索者協会へと辿り着く。
日本探索者協会 多摩センター支部。
元々は郵便局だった建物なのだが、郵便局が移転した為、空いた建物を探索者協会が使用している。
フードをより深く被って、リリィは入り口の自動ドアを潜った。
カウンターの位置を動かした以外はほぼ居抜きの協会内は、他の協会と比べるとどことなく味気なさがある。
そんな味気ない建物の中を、カウンターに向かって進んでいると、顔見知りの大人の探索者が、気安い感じで手を挙げたり、笑いかけたりしてくる。
いつもいつもどうして良いか分からないのだけれど、リリィはそれでもおっかなびっくり会釈を返していた。
それすらできなくなってしまうと、自分は本当にこの世界で生きている価値がなくなるような気がしてしまうのだ。
(挨拶は、大事。うまく返せなくても、返そうとする意志が大事……だと思う。たぶん)
実際、ちゃんと返しになっているかは分からないのが不安だけれど。
ともあれ、リリィはそうしてカウンターまでやってきた。
向かうのはメインのカウンターではなく、隅っこにある通常の受付業務以外を担当しているカウンターだ。
ようするにクレームだったり、探索者協会に相談して良いのか分からない内容だったり、リリィのような特殊な経緯で依頼を受けている人だったり用の場所である。
「あのー……」
リリィは、受付席に座りながら、こっちに興味も向けず爪の手入れをしている女性へと声を掛ける。
すると、女性は爪の手入れをする手を止め、リリィを一瞥したあと再び自分の爪へと視線を戻した。
「…………」
リリィはこの宮囲という女性が特に苦手だ。
他の人はこちらの声が小さくとも、ちゃんと対応してくれるのに、この人はこうやってリリィのことを無視しようとする。
ただでさえ人と話をするのが苦手なリリィとしては、宮囲のようにこちらを無視しようとする相手に声を掛けるというのは一大行事に等しい。
とはいえ、以前に――今回のように相手にしてもらえなくて仕方なく報告を遅らせたら、報告の期限越え扱いで報酬を減らされたことがあったのを思うと、諦めて下がりづらい。
「あ、あの!」
がんばって、普段よりは大きめな声が出た。
そのことに多少の満足感はあれど、宮囲は結局反応してくれなかった。
(どうしよう……)
心が折れて泣きそうだ。
そんな時だ――
「さすがに、その態度は酷くない?」
――リリィの背後から、聞き慣れない女性の声が、そんな助け船を出してきた。
準備が出来次第、もう一話公開します٩( 'ω' )و




