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採寸狂のお針子は、最高の一着しか縫わない  作者: 歩人


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10/12

第10話: 一着に三日、三日で三十着

「三日かけて、一着か」


 声が背中から降ってきたとき、ミラはちょうど待ち針をくわえていた。


「嬢ちゃん。その間に、こっちは三十着納めるぞ」




 ミラは待ち針を口から外して、振り返った。


 ゴドーがミラの仕事場の戸口に立っていた。隙なく着こなした上級職人の制服。腕の太さだけが若い頃に布を裁ち続けた職人の名残を伝えている。けれど今その手が握っているのは鋏ではなく一束の帳面だった。


 作業台にはミラが三日かけている一着が広げてある。仮縫いを終えたばかりの、まだしつけ糸だらけの上着だ。一人の客の肩の前傾に合わせて布を一度こてで曲げ、もう一度曲げ直したところだった。


「親方。何か、ご用ですか」


「用ってほどのものじゃない。通りがかりだ」


 ゴドーは中へ入ってこなかった。框に肩を預けて、作業台の上着を顎で示した。


「それ、いつから縫ってる」


「三日前から、です」


「三日前から、たった一着」


 ゴドーは帳面の一冊をぱらりと開いてみせた。中の数字はミラのところからは読めない。


「俺の現場はこの三日で式服を三十着、納めた。今ごろは四十着目を裁ってるころだ」


 ゴドーは帳面を、ぱたんと閉じた。


「一着に三日かける職人と、三日で三十着流す現場。なあ、嬢ちゃん。この工房を食わせてるのは、どっちだと思う」


 ミラは答えなかった。


 答えられなかった、というほうが近い。一着に三日かけているのは本当のことだった。




「見てくるといい」


 ゴドーは框から肩を離した。


「お前さんが来てから、自分の小部屋に籠もってばかりだろう。隣の大広間で何が回ってるか、見たことがあるか」


 その言い方には棘があった。けれど誘いでもあった。ミラは待ち針を針山に戻して立ち上がった。布のことなら見ないままでいるのは性に合わない。量産のことだって、それは同じだった。


 大広間は、相変わらず布が呼吸をしていなかった。


 けれど初めてここを見たときとは、見えるものが違った。何十人もの職人がうつむいて針を動かしている。ただ、その手つきが一人ひとり違う。


「裁ち係だ」


 ゴドーが、入り口に近い一角を示した。


 大きな裁ち板の上に、職人が四人。型紙を布に置いて、その縁をなぞって裁つ。型紙——布を裁つための紙の型だ。ミラも使う。けれどミラの型紙は客一人ひとりの体から起こした、世に一枚きりの型だ。ここの型紙は違った。


「この型紙は……決まった寸法のが、何枚も」


「ああ。背の高い男、低い男、太い、細い。何種類か決めてある。客の体から起こすんじゃない。先に何種類か作っておいて、それに布を当てて裁つだけだ。だから速い」


 ミラは裁ち板の脇に積まれた型紙を見た。同じ寸法の型が、何十枚と重ねてある。


「裁ち係は、裁つだけだ。縫いはしない」


 ゴドーは奥へ歩いた。


「裁った布は、縫い係へ流れる」


 大広間の中ほどに、縫い係がずらりと並んでいた。けれどミラの目はすぐにあることに気づいた。


「……みんな、同じところしか縫ってない」


「そうだ」


 一人は袖だけを縫っている。隣は襟だけ。その隣は前身頃の合わせ目だけをひたすら縫っている。誰も、一着を最初から最後まで縫わない。


「分けてある。裁つ者、縫う者、仕上げる者。縫う者の中でも袖だけの者、襟だけの者と分けてある」


 ゴドーは、襟だけを縫う職人の手元を指した。


「こいつは襟しか縫わない。だから襟だけは誰よりも速くて揃ってる。一着まるごと縫わせるより、ずっと速い。ずっと間違いがない」


 ミラは、その手つきをしばらく見ていた。


 たしかに、速い。揃っている。針の運びに迷いがない。けれど——一着を最初から最後まで縫う職人の手とは、何かが違った。その何かを、ミラはうまく言葉にできなかった。


「見込み縫製ってのも、ここでやる」


 ゴドーが壁際の吊るし棚を示した。仕立て上がった式服がずらりと吊られている。ミラが初めてここで「誰の体にも合ってない」と言った、あの吊るしの一着たちだ。


「注文が来てから縫ってたんじゃ間に合わん。だから先に縫っておく。背の高い男のぶん、低い男のぶん。何種類か縫い溜めておくんだ」


 ゴドーは、その吊るし棚の端から一着を引き出してみせた。


「注文が来たら、いちばん近いのを引っぱり出して当人に合わせて少し直す。それで納める」


「先に、縫っておく……」


「見込みで縫うってことだ。誰が着るか決まる前に縫う」


 ゴドーは吊るしの一着の袖に指先を触れさせた。布の良し悪しを確かめる職人の手つきだった。ほんの一瞬。それから、もう用は済んだとばかりに手を引いた。


「これで回ってる。裁つ係、縫う係、仕上げる係。決まった型紙。見込みの縫い溜め。——この三つで、衣装宮は王都じゅうの式服を捌いてる。何十人もの職人を食わせてる」


 ゴドーは、ミラを見た。


「お前さんの一着主義じゃ、この大広間は埋まらない。この職人たちは飯が食えない」




 ミラは、すぐには口を開かなかった。


 大広間の音を聞いていた。たくさんの手がたくさんの布を、同じ型で縫っている音。袖だけの音、襟だけの音、合わせ目だけの音が重なって一つの大きな音になっている。


「速いのは、わかります」


 やっと、ミラはそれだけ言った。


「揃ってるのも、わかります。間違いが少ないのも」


「だが?」


「だが、とは言ってません」


 ミラは襟だけを縫う職人の手元を、もう一度見た。


「ただ……この襟、誰の襟なんですか」


「は?」


「この人が縫ってる襟。これは、誰の首に巻かれる襟ですか」


 ゴドーの眉が、わずかに動いた。


「決まってない。背の高い男のぶんだ。背が高けりゃ、誰でもいい」


「誰でもいい襟、なんです」


 ミラは、静かに言った。


「あたしの作る襟は、誰の襟か決まってます。この人の首は左に一分傾いてる。喉に古い火傷の引き攣れがある」


 ミラは自分の喉のあたりに、手を当ててみせた。


「だから襟は右をほんの少し高く。喉のところは指一本ぶん浮かせて組む。——その人の首に巻かれることが、もう決まってる襟なんです」


「親方の現場の襟は速くて揃ってて、間違いがない。でも誰の首にもちょっとずつ合わないんです。誰でもいい襟だから、誰のものでもない」


 しばらく、ゴドーは黙っていた。


 それから、ふっと笑った。怒ってはいなかった。ただ、相手にしていない笑い方だった。初めて会ったときと同じ笑い方だった。


「いい言葉だ。誰のものでもない、か」


 ゴドーは帳面を小脇に挟み直した。


「だが、嬢ちゃん。その『誰のものでもない襟』を、王都の何千人が首に巻いてちゃんと暮らしてる。困っちゃいない」


 ゴドーは、大広間に並ぶ吊るしの一着の列を、帳面の角で示した。


「お前さんの言う『その人だけの襟』。一生のうちに一度でも巻ける人間が、何人いると思う」


「……」


「金貨で何枚もする誂えを買えるのは、一握りの貴族だけだ。残りの何千人は、お前さんの理想の外で生きてる。その何千人に式服を着せてるのは、俺の『誰のものでもない襟』のほうだ」


 ミラは口を開きかけて、閉じた。


 言い返す言葉が、なかった。


 ゴドーの言っていることは、半分どころかほとんど正しかった。一着に三日かけるミラのやり方では、何千人に式服を着せることはできない。ミラの一着はそれを買える一握りのためにしか届かない。誰のものでもない襟が何千人の首をちゃんと温めている。それは、本当のことだった。


「あたしは」


 ミラは、それでも言った。


「あたしは、何千人に着せたくて針を握ってるんじゃないんです」


「だろうな」


「目の前の一人のために、いちばんいい一着を組む。それしかできない。それだけが、したいことなんです」


「それが、道楽だと言ってるんだ」


 ゴドーの声から、笑いが消えた。


「目の前の一人。聞こえはいい。だが、その一着を縫ってる三日、お前さんは他の二十九人を捨ててる。一人を抱きしめてる間に、二十九人は裸で寒空に立ってるんだ。——どっちが薄情だ?」


 その問いは、ミラの中のいちばん答えにくいところを突いた。


 ミラには商売の言葉がなかった。布の話なら、いくらでも言葉が出てくる。打ち込みの密度も毛芯の張りの流し方も、いくらでも語れる。けれど、二十九人をどう着せるかという問いには、一つも答えを持っていなかった。それは布の話ではなかったからだ。


「親方の言うことは」


 ミラは、正直に言った。


「半分、正しいと思います。あたしのやり方じゃ、たくさんの人には届かない。それは……あたしにも答えが、ないです」


「素直だな」


「布のことなら、嘘はつけないので。これも布のことの続きみたいなものなんで」


 ゴドーは、少しのあいだミラを見ていた。


 値踏みする目だった。けれど、その奥にほんのわずか、別の色が混じったような気がした。ミラには、それが何の色なのかわからなかった。布の話なら滲みの正体まで読めるのに。人の目の奥にあるものは、布の打ち込みみたいには確かめられなかった。




「親方は」


 ミラは、ふと訊いてみたくなった。


「昔、一着を縫ってましたか」


 ゴドーの手が、帳面の上で止まった。


「……なんだと」


「親方の手。鋏を握りすぎて出る胼胝たこの場所、あたしと同じところにあります。さっき型紙を触ったとき、見えました。それ、采配を振る手の胼胝じゃない。裁ち鋏を何年も握った手の胼胝です」


 ミラは自分の右手の中指をゴドーに見せた。針と鋏の硬い胼胝。


「だから、昔は縫ってたんだろうなと思って」


 大広間の音が、急に遠くなった気がした。


 ゴドーは自分の右手を見下ろした。帳面を握ったその手を。太い指、節くれだった関節。その指の付け根にある、古い、けれど確かな胼胝を。


「……縫ってたよ」


 低い声だった。さっきまでの相手にしない笑いも、正論で詰める重みも、そこにはなかった。


「若い頃はな。一着に十日かけたこともある。客一人の肩を何度も組み直して。眠らずに襟の落ち際を、あと一目だけ、あと一目だけと直して」


 ゴドーの指が無意識に、その古い胼胝をなぞった。


「あの頃は……一着を縫い上げて、客がそれを着て、まっすぐ立つのを見るのが。あれが」


 言葉が、途中で止まった。


 ゴドーは、はっと我に返ったように帳面を握り直した。胼胝をなぞっていた指を強く帳面に押しつけた。さっきの低い声が、また采配の声に戻る。


「——昔の話だ」


 ゴドーは、ミラから目を逸らした。


「昔は昔。今は工房を背負ってる。何十人もの職人と、その家族を。一着に十日かけてた俺は、工房を一度潰しかけた。理想じゃ皆を食わせられん。それを嫌というほど学んだ」


 彼は、戸口へ背を向けた。


「お前さんも、いずれ学ぶ。理想は皆を巻き込んで沈む。お前さんが沈むだけならいい。だが、お前さんの理想は、お前さんを信じた誰かまで道連れにするぞ」




 ミラは、その背中を見ていた。


 帳面を握ったゴドーの背中。隙なく着こなした制服の、その肩の据わり。——ふと、ミラの目がいつものように勝手に動いた。


「親方」


「まだ何かあるか」


「親方のその制服も、手抜きです」


 ゴドーの足が、止まった。


「肩の返りが、既製の型のまま組んであります。親方の肩、左がほんの少し前に出てる」


 ミラは、ゴドーの左肩を指で示した。触れてはいない。けれど、布のつっかえる場所がミラには見えていた。


「長年、裁ち板で右手の鋏を引いてきた肩です。なのに、この制服は左右まっすぐの型のまま。だから腕を上げると、左の肩で布が一回つっかえる」


「自分の現場の襟は、あんなに見てるのに。親方は自分の肩のことは見てないんですね」


 ゴドーは、振り返らなかった。


 けれど、その左肩がほんのわずか動いた。自分の肩のつっかえを初めて意識したような、小さな動きだった。


「……減らず口だな」


 ゴドーは、それだけ言った。


「監督がどこから連れてきた減らず口か知らんが。——その口が、いつまで叩けるかな」


 その声に、また別の重みが乗っていた。さっきの昔を語った低さとも違う。今度は、これから何かが来る、という重みだった。


「親方?」


「戴冠式の正装だ」


 ゴドーは、框のところで足を止めたまま言った。


「若い王様の、戴冠式の正装一式。聞いてるか。王様一人の一着だけじゃない。儀仗の兵、侍従、式典官——式に立つ者ぜんぶの装束だ。数十着。あれをどこが受けるか、もうじき決まる」


 ミラの背筋を、何かが通った。


「一式の受注は、王都の仕立て史に名が残る。衣装宮のこれから十年の格が決まる仕事だ」


 ゴドーは、ようやく半身だけ振り返った。その目はもう采配を振る者の目に戻っていた。


「俺は、それを量産で受ける。数十着を納期どおりに、寸分の狂いなく揃えて納める。——お前さんの一着主義じゃ、数十着は逆立ちしたって縫えん。わかるな」


「……」


「監督がお前さんを推すなら、それでもいい。だが、いずれ嫌でもわかる。式典は一人の肩を抱きしめてる間には回りはせん。数十着を期日に揃えられる者だけが、王の戴冠を着せられる」


 ゴドーは、それきり背を向けて大広間の喧騒の中へ消えていった。


 たくさんの手がたくさんの布を、同じ型で縫う音。その音の中へゴドーの背中が溶けていく。框を出るとき、その左肩がまた一度つっかえた。ミラの目は、それを見ていた。




「全部、聞こえてたよ」


 声に振り返ると、シリルが廊下の柱に寄りかかっていた。いつから、そこにいたのか。例によって気配がなかった。


「ゴドー親方の戴冠式宣言まで含めて、ね」


「シリルさん」


「いい啖呵だったよ。『誰でもいい襟だから、誰のものでもない』。——あれは、ゴドーには効いただろうな」


 シリルは柱から背を離してミラの隣に並んだ。大広間のほうを二人で見るかたちになる。


「でも、君は半分言い負かされてた」


「……はい」


「二十九人をどう着せるか、君は答えを持ってなかった。あれは君の弱いところだ。布のことなら無敵の君が、商売の話になるとまるで歯が立たない」


 ミラは、素直に頷いた。隠すことではなかった。


「持ってないんです。答え。あたし、たくさんの人に着せる方法を知らないんで。布なら、いくらでも組めるのに」


「うん。知ってる」


 シリルは軽く言った。けれど、その横顔はいつものからかいではなかった。何かを考えている顔だった。


「ゴドーの言い分は、半分どころか八割がた正しい。式典は一人の肩を抱きしめてる間には回らない。数十着を期日に揃える力がいる。それは、本当だ」


 シリルは、大広間で同じ型を縫い続ける職人たちをしばらく見ていた。


「でも、残りの二割。あの吊るしの一着が『誰のものでもない』というのも本当だ。——その二割を、君はゴドーの面前で、まっすぐ言い切った」


 シリルが、ミラを見た。


「だから、おもしろくなる」


「何が、ですか」


「戴冠式の、一式の受注さ」


 シリルの目に、いつもの読めない光が戻っていた。けれど、その奥にほんのわずか、本気のものが混じっている。ミラには、それがわからなかった。


「ゴドーは量産で取りに来る。数十着を、寸分違わず。君は一着に三日かける。——この二人が同じ一つの仕事を取り合う。これが、おもしろくないわけがない」


「あたし、数十着は縫えませんよ」


「知ってるよ」


 シリルは、薄く笑った。


「縫えないのに、取り合うんだ。それが、おもしろい」


 ミラには、シリルが何を考えているのかさっぱりわからなかった。布のことなら、この人の肩の据わり一つで何でも読めるのに。人の腹の中にあるものは、布の打ち込みみたいには確かめられなかった。


 ただ、一つだけわかることがあった。


 戴冠式の正装一式。王様一人の一着だけではない。式に立つ者すべての、数十着。ゴドーはそれを量産で取りに来る。そしていずれ、その仕事はミラとゴドーの前に、一つの問いとして置かれる。


 一着に三日かける職人と、三日で三十着流す現場。この工房を、王の戴冠を着せられるのは、どっちだ。


 ミラは、その問いにまだ答えを持っていなかった。


 大広間で、たくさんの手が同じ型の布を縫っている。袖だけの音、襟だけの音、合わせ目だけの音。誰のものでもない、何千人ぶんの式服を縫う音。その音がミラの耳の中で、いつまでも鳴り止まなかった。


 ミラは、自分の小部屋へ戻った。


 作業台には、三日かけている一着がしつけ糸だらけのまま広げてある。たった一人の客の、左に一分傾いた首と、喉の古い火傷のために組んでいる一着。


 ミラは待ち針を一本、口にくわえた。


 答えは、まだなかった。けれど、この一着の襟の落ち際を、あと一目だけ整えることはできた。それだけが、今のミラにできることだった。


 窓の光のなかで、ミラの指がまた勝手に動きはじめた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


第十話は、これまでとは毛色の違う回でした。お客さんの一着を仕立てて誰かを立たせる回ではなく、ミラと量産派の親方ゴドーが思想で正面からぶつかる回です。


ゴドーは悪役です。けれど私は、彼を「ただの悪いやつ」にはどうしても書けませんでした。一着に三日かけるミラの裏で、彼の現場は同じ三日に三十着を流し、何十人もの職人とその家族を食わせている。「お前が一人を抱きしめてる間に、二十九人は裸で寒空に立ってる」——この問いに、ミラは一つも言い返せません。彼女には商売の言葉がないからです。布のことなら無敵のミラが、数の話になるとまるで歯が立たない。きれいに論破させたくありませんでした。ミラは完璧な人ではないので。


そのゴドーが、一度だけ昔の顔を覗かせます。鋏を握りすぎてできた胼胝の場所が、ミラと同じだった。若い頃は彼も一着に十日かけて、眠らずに襟を直していた職人でした。「客がそれを着て、まっすぐ立つのを見るのが——」と言いかけて、彼はその言葉を飲み込みます。理想では皆を食わせられなかった。だから彼は、その情熱を自分で殺したのです。彼の正論の重さは、たぶん、自分で何かを諦めた人の重さです。


ミラは、craftの一点だけは譲りません。「誰でもいい襟だから、誰のものでもない」。けれど、二十九人をどう着せるか、という問いには答えを持っていない。この回に、すっきりした決着はありません。誂えと量産。どちらにも理がある。その緊張をぴんと張ったまま、次へ持ち越します。


戴冠式の正装一式。王様一人の一着だけではなく、式に立つ者すべての、数十着。それを取り合う、ミラとゴドー。——縫えないのに、取り合う。シリルが言ったその言葉の意味が、これからゆっくりと効いてきます。どうか、お付き合いください。

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