『夢操の檻』 第5章:裏切りの新兵(後編)
2. 空を歩く死神
落下。
時速数百キロに達する風圧が装甲を叩く。だが、アキトの脳内は驚くほど静寂だった。
地上の敵が設置した対空レーダーが反応し、森の各所から曳光弾が空へ向けて放たれる。
(……)
アキトは空中で右足を突き出し、何もない空間を「蹴った」。
バキィッ、という衝撃音。
空中に生成された透明な足場が、アキトの落下エネルギーを瞬時に推進力へと変換する。
彼は重力を無視した鋭角的な軌道を描き、降り注ぐ弾幕の間を縫うようにして加速した。
「な、なんだあの動きは!? 航空機か!?」 地上から敵兵の絶叫が聞こえる。
アキトは空気に壁を蹴り徐々にスピードを緩め地上五十メートルの高さで静止した。
空中に立ち、眼下のキャンプを見下ろすその姿は、まさに夜の闇から現れた死神だった。 彼は背中のホルスターから二丁のV-SMGを抜き放ち、両手で構えた。
「さあ、始めようか」
――シュンッ、シュンッ、シュンッ!!
青白いエネルギー弾が、雨のようにキャンプへと降り注ぐ。 逃げ惑う敵兵。急造の防壁は圧倒的な貫通力の前には紙屑同然だった。
一人の敵兵が、アキトに向かってロケットランチャーを放つ。
アキトは左手を軽く振った。
彼の前方数メートルに、巨大な「空気の壁」が出現する。
ロケット弾は透明な壁に激突し、虚空で爆発四散した。爆炎がアキトの黒い装甲を照らし出すが、彼は眉一つ動かさない。
「化け物め……!」 敵兵が銃を乱射しながら叫ぶ。
アキトはそのまま、空中を滑るように降下した。
足を一歩踏み出すたびに、透明な足場がきらめき、彼はまるで目に見えない階段を下りるように、優雅に、そして確実に死を運んでいく。
3. 蹂躙の旋律
地上に降り立ったアキトを、旧政府軍の兵士たちが包囲した。
「囲め! 数で押し潰せ!」
かつての自分なら、この状況に絶望していただろう。
だが今の彼にとって、目の前の人間たちは、ただの「処理すべきマネキン」に過ぎなかった。
アキトは足元の空気を爆発的に膨張させた。
後方に放たれた衝撃波がアキトを押し出し、射撃しようとした兵士たちを木の葉のように蹴り飛ばす。
ある者は木に叩きつけられて首の骨を折り、ある者は内臓を破壊されて吐血した。
アキトはゆっくりと歩き出した。 逃げる背中に義足を当て、敵兵を蹴り倒す。
「ひっ、助け……!」 命乞いをする声が聞こえるが、アキトに迷いはない。
むしろ、彼は感じていた。
地面を踏みしめるたびに、体に伝わる大きな反動。
空気を操り、人の命を容易く摘み取っていく全能感。
かつて自分を縛っていた「道徳」や「友情」という重石がなくなった世界は、これほどまでに軽やかで、美しいのか。
「……これが『檻の外』か …………」
アキトは無意識のうちに呟いていた。
レオンが言っていた解放とは違うかもしれない。だが、力によってすべてを支配し、弱者を淘汰するこの感覚こそが、自分にとっての真実だと確信した。
一人の若者が、壊れた銃を手にアキトに殴りかかろうとした。
その顔は、侵攻で見た新政府軍の若者にどこか似ていた。
アキトは冷たい瞳でその若者を見つめ、蹴らずに、ただ右手を突き出した。




