『夢操の檻』 第7章:螺旋の処刑場 第6部(前半):覚醒:夢の縲
1,落下
「――あ」
鼓膜を突き破るような風の咆哮。
内臓がせり上がるような、悍ましいまでの浮遊感。 次の瞬間、世界は猛烈な速度で反転し、ユーリの身体は重力の絶対的な檻へと囚われた。
高度300メートル。遮るもののない虚空。 白い装甲を纏ったユーリの身体は、千切れた紙屑のように、冬の空を真っ逆さまに堕ちていく。
視界が高速で回転し、断片的な景色が網膜を焼く。
火柱を上げる要塞カナン。鉄を喰らう灰色の海。そして、自分を投げ捨てて悠然と戦場へ戻っていく「死神」の背中。
(ああ……終わるんだな。僕の人生は、ここで……)
死への恐怖が全身を硬直させる。だが、心臓が爆発しそうなほどの加速の中で、脳裏に一人の男の最期が蘇った。
アキトからかばってくれた大男。蜂の巣にされながらアキトを抑え込み、自分を逃がしたあの巨漢の、血を吐きながら紡いだ言葉。
『……お前は……「夢」の……きっかけに……なるんだ……』
その言葉が、今のユーリの魂を激しく揺さぶった。 夢のきっかけ。それが何を意味するのか、今のユーリには分からない。だが、その言葉が胸の奥で熱を帯びた瞬間、得体の知れない予感――自分と、アキト、そしてこの世界のどこかにいる「誰か」が、一つの円を描くように繋がっているような、漠然とした、しかし否定できない確信が意識を支配した。
(僕は……死ねない。ここで終わらせるわけにはいかないんだ。ミナの祈りも、ジンさんの想いも……大男が命を賭して繋いだこの命も、すべてがその「夢」のためにあるなら!)
地面激突まで、あとわずか数秒。
2.夢守
魂を刈り取る鎌がその首筋に触れようとしたその瞬間、ユーリの心臓が、かつてないほど激しく、力強く拍動した。
――クッ!!
背後から、爆発的なエネルギーが溢れ出した。 それはアキトのどす黒い殺意とは真逆の、冬の光を極限まで凝縮したような、橙光色の輝き。
きぃん……と、透明な音が周りを裂いた。
ユーリの背後から、光り輝く数多の「縲」が、まるでオーロラのように扇状に広がり、大気を激しく叩いく。 それはアキトの無機質な空気の層ではない。縲の一本一本が、かつて仲間たちと見た潮騒の風景や、ジンが焚き火を囲んで語った不器用な夢、ミナが静かに流した涙の輝きなど、失われたはずの「美しい記憶」そのもので編み上げられていた。
その夢の縲が、猛烈な落下速度を、地面のわずか数メートル手前で完全に殺す。
「 浮いて、る……?」
ユーリは困惑した。周りを光の糸が漂っている。自分の意思とは無関係に、身体が羽毛のように軽い。 アキトは「自分一人の全能感」で空を飛んだ。
だが自分は、託された数多の想いと、大男が遺した「謎の使命」を動力源として、この空に立っている。
アキトのあの言葉が脳裏をよぎる。仲間を「ゴミ」と呼び、絆を「不純物」と切り捨て、自らを完璧な神と称した、あの傲慢な嘲笑。
ユーリの瞳から、戸惑いが消えた。
「アキト……! 俺はもう、お前に救いを求めない」
ユーリは、その「夢の縲」を力強く羽ばたかせた。 足元を舐めていた爆炎の熱気が遠ざかり、視界が上方へと再加速する。
「みんなの夢を殺し、想いを汚すお前を……僕が、この空から叩き落としてやる!!」
震える声を放ち、ユーリは天へと突き進んだ。
しかし、高度を上げるにつれ、頬を撫でる冷たい風が、ユーリの昂った感情を不思議と鎮めていく。 初めて経験する、三次元の自由。身体に纏わりつく重力という重荷から解き放たれ、大気と一体化していくその感覚は、あまりにも強烈で、大きな快楽を伴っていた。
次第に、怒りは澄み渡った高揚感へと塗り替えられていく。 自分の意志一つで、世界が上下左右に自在に流れる。
「は……っ、あはははっ! すごい、本当に飛んでる! 空って、こんなに明るかったんだ……!」
死を覚悟した極限状態からの解放。そして、己の背中に宿った未知の力の輝き。 こみ上げるうれしさを抑えきれず、ユーリの口から子供のような歓声が漏れた。 地上の硝煙と血の匂いが、高度を上げるごとに澄んだ冬の香りに塗り替えられていく。
ユーリは夢中になって、黄金の軌跡を空に刻みながら、冬の蒼穹をどこまでも高く、力強く駆け上がっていった。
その眼下では、突然現れた「黄金の光」を見上げ、呆然と指をさす兵士たちの姿があった。
推敲だのぢい




