『夢操の檻』 第三部:剥がれ落ちる福音 第2話
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3. 深淵への階段
翌日から、アキトの行動には密かな「目的」が加わった。 リナに気づかれないよう、調査業務の合間に、街の「記録」を盗み見ること。 幸い、アキトのタブレットはリナの補助用として、ある程度のアクセス権限が与えられていた。
彼は、先日連行された「パン屋の女性」のその後を検索した。 名前はエマ。ニューソウル歴二年。 検索結果の最下部に、赤いラベルが貼られていた。 『再教育完了。ムソウ・グレードCとして、地下資源採掘部門へ輸送』
「ムソウ……?」
アキトはその単語を打ち込んだ。 画面に表示されたのは、目を疑うような映像の数々だった。 薄暗い、巨大な地下ホール。そこには数百人の人間が、頭部に無数の電極を繋がれた状態で、透明なカプセルの中に並んでいる。彼らの表情には一切の起伏がなく、ただ規則正しい呼吸だけが繰り返されている。
『夢操:自我を喪失、あるいは著しく摩耗した個体に対し、特定の夢を強制定着させた生体部品。感情のノイズを排除することで、メンテナンス時を除く24時間の永続稼働を可能とする』
アキトは吐き気を催した。 この街の「平和」の正体。 ここでは、個人の自由な夢など許されていない。新政府にとって都合の良い「夢」という名のプログラムを脳に流し込まれ、人々は幸せな顔をした奴隷へと改造されているのだ。
「……何を見ているの、アキト?」
背後から、凍りつくような声がした。 振り返ると、そこにはリナが立っていた。 彼女の背後には、夕暮れ時の美しい街並みが広がっている。ホログラムの夕陽が、彼女の輪郭をオレンジ色に縁取っていた。
「リナ……これ、は何なんだ。地下にいる人たちは……」
リナはゆっくりと歩み寄ってきた。その足取りは、いつになく重い。 彼女はアキトの持つタブレットを優しく取り上げた。
「……知ってしまったのね。でも、驚くことはないわ、アキト。彼らはね、救われたのよ」 「救われた? あんな、心のない人形にされることがか!」 「ええ。そうよ。外の世界を思い出して。飢えに震え、孤独に怯え、最後には自我を失って泥を啜る。そんな苦しみから解放されて、脳内で『理想の夢』を見続けていられるの。それが、新政府が与えてくれる最高の慈悲なのよ」
リナの瞳には、一切の悪意も、躊躇もなかった。 彼女は本気で、それが正しいと信じている。 そのことが、アキトにとって何よりも恐ろしかった。
「……リナ、君も……君もあんな風に、誰かに作られた『夢』を見ているのか?」
アキトの問いに、リナは悲しそうに目を伏せた。 そして、彼女は自分の胸の中央――心臓のあたりを指差した。
「私の夢は、この街を守ること。そして、アキト、あなたを幸せにすること。……たとえこれが、誰かに書き込まれたものだとしても、私はこの気持ちを本物だと信じているわ。だから……お願い。余計なことは考えないで。私と一緒に、これからも『夢』を見続けましょう?」
彼女の手がアキトの首筋に回り、引き寄せられる。 甘い、石鹸の香り。でも、アキトの脳裏に過ったのは、荒野で嗅いだ、死者に供えるあの乾いた花の香りの記憶だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
楽園の不気味な裏側がさらに明らかになっていきます……。
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▼次回予告
次回『4. 逃亡の誓い』
今日の【22時】頃に更新予定です。お楽しみに!




