『夢操の檻』 第2章:白い門と黒い影(前編)
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1. 闇の中の胎動
意識が戻ったとき、世界はまだ暗闇の中だった。
一瞬、漂流が続いているのかと戦慄したが、すぐに違和感に気づく。
瞳の前に布の感触がある。
目隠しだ。そして背後で固く結ばれた手首。
砂浜の熱ではなく、硬く冷たい振動が背中を叩いている。
(……車の中か?くそ、漂流したかと思ったら今度は誘拐か。……本当に泣けてくるよ)
身体が不規則に跳ねる。
エンジン音。ガソリンの匂い。
そして、すぐ近くから聞こえる男たちの話し声。 アキトは死んだふりを装いながら、指先だけを動かして状況を探った。
漂流で衰弱しきった身体には、指一本を動かすことさえ鉛を引くような重苦しさがあったが、生存本能が無理やり神経を叩き起こす。
「……EIN NEXTのロールアウト、本当に間に合うのか?」
「総司令の直轄プロジェクトだぞ。我々のような末端が心配せずとも、今ごろ研究層では科学者どもが不眠不休で調整してるさ」
「完成してもどうせ、お偉いさんの護衛に使われるだけだろ?俺らには関係のないことさ」
EIN NEXT。新政府が誇る自律型兵器の新型が投入されようとしているのか?
アキトの心臓が嫌な音を立てた。どうにか仲間に伝えなければならない。しかし、自分は、最も捕まってはならない連中に拾われたのだ。
「それにしても、あの海岸でこいつを見つけたのは幸運だったのかなぁ、それとも……」
「さあな。あんな辺境に漂着するなんて、普通の人間じゃない。スパイか、それとも捨てられたゴミか。まあ、シティに連れていけばハッキリする」
アキトは背後で縄を緩めようと試行錯誤を始めた。
義足のパーツを抜き取る余裕はない。
手首を捻り、摩擦で縄を緩めようとする。
だが、その微かな動きを、男たちは見逃さなかった。
「おっと、起きたか」
乱暴に目隠しが剥ぎ取られた。
「っ……!」 突き刺さるような光に、アキトは顔を歪める。
視界が白く飛び、網膜が締め付けられる。
数秒かけて目が慣れてくると、座っている三人の男の姿が浮かび上がった。
中央に座る、熊のようにがっしりとした体格の男が、アキトを覗き込んでいた。
その顔には、戦場を幾度も潜り抜けた者特有の、深く刻まれた傷跡がある。
「海岸で気絶してたところを拾ってやったんだ。礼くらい言えよ、坊主」
「……ここは……あんたは誰だ」
「俺たちの車の中だ。俺はデオ。この先の第七四ニューシティーの分隊長をやってる。いわゆる、リーダーだ」
デオは、隣に座る華奢な青年に顎をしゃくった。
「こっちはニコ。腕のいいメカニックだ。EINの調整から車の修理まで何でもこなす」
「やあ。ひどい顔だね、君。水、飲む?」
ニコと呼ばれた青年は、人懐っこい笑みを浮かべてボトルのキャップを回した。
その無防備な明るさが、逆にアキトの警戒心を煽る。
「……そっちの、黙ってるのは?」
アキトが視線を向けた先には、隅の方で銃を抱え、一言も発さずに外を睨みつけている男がいた。
「ローガンだ。気にすんな、こいつは身内にもこれだ」 デオが苦笑する。
ローガンと呼ばれた男は、アキトを一瞥すらしない。
その瞳には、人間を人間とも思っていないような、冷徹な虚無が宿っていた。
2. 綻ぶ正体
「さて、坊主。お前さんは何て名前だ?」
デオの問いは、世間話のような軽さだった。だが、その瞳の奥には獲物を逃さない鋭利な光がある。
「……アキト」
答えた瞬間、車内の空気が止まった。
自分のミスに気が付く。
かつてとらわれていたニューソウルを脱走した身。名前が知られていてもおかしくはない。
デオが動きを止め、窓を眺めていたローガンの視線が、ゆっくりとアキトを射抜く。
「アキト……だと?」 デオの声が、一段階低くなった。
「『ニューソウル』を脱出し、旧政府軍の反乱部隊に合流したのはお前か??」
やはり知られていた。 アキトは奥歯を噛み締めた。
デオはローガンと視線を交わし、短く頷いた。ローガンが通信機を手に取り、何事かを囁き始める。
それまで明るかったニコも、困ったように眉を下げて黙り込んだ。車を揺らす振動だけが、不気味なリズムを刻み続ける。
アキトは居心地の悪さを紛らわせるように、窓の外へ視線を投げた。
「……目隠しをしないのか。場所がバレてもいいのかよ」
「無駄な抵抗をする体力も残ってないだろう? それに、お前さんはこれから『新しい我が家』に帰るんだ。道を覚えておくのは悪いことじゃない」
(我が家?僕はここへ来た事すらないぞ?いったい……)
「まぁ、外を見てろよ。ここら辺は自然が残っているから少しは気がまぎれるぜ。」
デオの言葉通り、車窓からの景色は穏やかだった。 生い茂る木々、時折きらめく川の流れ。かつての島で見たような、手付かずの自然。
だが、それが突然、人工的な秩序によって断ち切られた。地平線の彼方から、巨大な白い壁が姿を現した。
第七四ニューシティー。
陽光を反射して輝くそのドームは、荒野の中に咲いた一輪の、毒々しいほど清廉な百合のようだった。
看守塔から放たれるサーチライトが、昼間だというのに辺りを威圧的に監視している。
外壁は磨かれたようにぴかぴかだ。まだできて間もないニューシティーらしい。
車両が舗装された滑らかな道路に入ると、揺れが止まった。
白い大門が、重厚な音を立てて上にスライドしていく。
「検問だ。大人しくしてろ」
デオが窓から顔を出し、衛兵と二言三言の言葉を交わす。
扉の向こう側に広がるのは、アキトがかつて住んでいた、そして捨てたはずの
「楽園」
だった。
実はカクヨムの方で自主企画を立ち上げまして。そちらの企画に時間を裂かせていただきたいので更新間隔があくかもしれません。すみません……




