『夢操の檻』 新政府軍アキト編 第1章:漂流者と空②
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4. レオンの手紙
ふとした拍子に、船の内側の側面に、テープで雑に貼り付けられた紙切れがあるのが見えた。
「なんだ、これ……」 アキトはそれを剥ぎ取り、折り目を広げた。
そこには、今この世界で一番見たくない、殴り書きの文字があった。
『アキト。お前の瞳に焼きついた憎悪は忘れない。弁明の余地はない。
私はお前たちを裏切った。 だが、これだけは信じろ。
私は新政府に魂を売ったわけではない。
この世界を『真の解放』へ導くには、誰かが泥を被り、光の届かぬ深淵を歩かねばならない。
そのために、私は自らの『夢』を、人間としての核を、ゴミ捨て場に放り捨てた。
今の私は、ただのシステムの一部だ。
――生き延びろ。
一番奥の瓶を砕け。
それが、かつての戦友として私が渡せる唯一の『鍵』だ』
「……勝手なことばっかり言いやがって」
アキトは吐き捨てるように手紙を丸めた。
謝罪など、今の自分には何の価値もない。
裏切り者の言葉を信じるつもりは毛頭なかった。だが、その手紙を海に投げ捨てることはできなかった。
「真の解放」という言葉が、トゲのように胸に刺さる。
旧政府が解放へと導いているのではないのか?
あの夜の惨劇は何だったのか。
レオンが追い求めている「解放」とは何なのか。
アキトは丸めた紙をポケットにねじ込み、一番奥にある水の瓶を見つめた。 見た目は他の瓶と変わらない。
「壊してみろ……か。お前の助けなんて借りるかよ」
アキトはそう毒づき、そのボトルを無視して、残ったわずかな食料――カビの生え始めた合成干し肉を齧った。
5. 漂流の果て
それから、何日が経過しただろうか。
夜が二回、通り過ぎた気がする。
日中の灼熱と、夜間の凍えるような冷気が、交互にアキトの体力を削り取っていった。
水分は底を突きかけ、意識は常に濃い霧の中にあった。
時折、あの「軽くなる感覚」が強まる。
しかしそれ以上はない。
アキトは半分意識を飛ばしながら、その感覚に身を任せてオールを漕いだ。
そして、三日目の朝。奇麗な朝焼け。
アキトは希望を失いかけていた。 ――ゴン。 船が、何かにぶつかった。
「……陸……?」
アキトは這い上がるようにして身を乗り出した。
だが、そこにあったのは海藻が絡みついた巨大な流木だった。
期待が砕け、無駄な体力を消費した自分に腹が立った。
「ふざけるな……! なんで、僕がこんな目に……!」
怒りに任せ、アキトは足元にあったボトルを掴み、船底に叩きつけた。
パリン、という硬質な音が響く。
割った瞬間、しまったと思った。だが、中から溢れ出したのは、水ではない。
割れた破片に混じって、鈍い光沢を放つ小型の電子機器が転がり出た。
「……?
」
手に取ると、それは手のひらサイズの簡易レーダーだった。
緑色の走査線が回る背景の上に、白い点と、離れた場所に赤い点。
試しにオールを一漕ぎすると、白い点がわずかに移動した。
白が自分だ。 そして、この赤い点は――。
「…赤……これはなんだ」
周辺を見渡すが、陸地らしきものは相変わらず見えない。
レオンの用意した道具で助かすのは癪だが、割ってしまったものはしょうがない。
このままただ漂い続けて死ぬよりはマシだ。
アキトは最後の水を一口だけ飲み、レーダーが示す「赤」の方角へ、全神経を集中させてオールを握り直した。
日が真上に差し掛かる頃、アキトの限界は訪れていた。
腕の感覚はとうに消え、脱水症状による眩暈が世界を歪ませる。
何より、波の音さえも脳を直接叩く鉄槌のように響く、激しい頭痛が彼を苛んでいた。
「……もう、いいか……」
後は死を待つのみ。船底に倒れ意識が遠のき、オールが手から離れかけたその時。
――ゴン。
また流木か。
――ズザザ……ッ!
音が違う。硬い木がぶつかる音ではない。 船底が、柔らかく、けれど力強い何かに乗り上げる、重厚な響き。
「……あ……あ……」
アキトは、重い頭を持ち上げた。
そこには、陽光を反射して白く輝く、どこまでも広大な砂浜があった。
砂をすくう。幻覚ではない。
アキトは震える足で船を降り、浅瀬に倒れ込むようにして地面に触れた。
指の間を抜ける、熱を持った砂。 地面だ。本物の、揺るがない地面。
「……ああ……あああああッ!!」
枯れた喉で、アキトは叫んだ。
それは言葉にならない呻きだった。
生き残った。僕はまだ、生きている。
生存へのあまりに激しい歓喜が、最後の一滴の体力を使い果たさせた。
アキトの視界が急速に狭まり、世界が暗転する。
砂浜に横たわったまま、アキトは深い眠りへと落ちていった。
遠くで、ジープの駆動音が近づいてくるのも知らずに。
お知らせです!
物語は最後となる「新政府軍アキト編」へと突入しました。それに伴い、近々2作目を投稿していこうと思います!
2作目の題は【そのロボットは最後、俺に救われた夢を見た】です!!
次作も今作に続くSF小説!ロボットと人間が絆を深める物語。バディ物が好きな方に必見です。
どうぞお楽しみに(⌒∇⌒)




