『夢操の檻』カナン編 第2章:準備
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1.鋼の欠片を求めて
決戦の報が届いてからというもの、島を包む空気は劇的に変質した。
それは死を待つ者の沈黙ではなく、獲物を狙う猛獣が息を殺し、爪を研ぐような、鋭くもどこか明るい熱気だった。
失った九名の墓標は、今や悲しみの象徴ではなく、自分たちを明日へと突き動かす道標となっていた。
「いい? ユーリ。海に沈んでいるのはただのゴミじゃないわ。私たちの『自由』を奪還するための材料そのものよ」
ボートの船首に立ち、強い海風に長い髪をなびかせながらエレナが言った。ユーリは彼女の隣で、激しく跳ねる波飛沫を全身に浴びながら、力強く頷いた。
作戦決行までの三ヶ月。
彼らが直面した問題は人員不足。夢守ノ島には二十数人の兵力しかない。
そこでジンが考え付いたのは機械兵器。圧倒的な物量差を埋めるための「数」を補う――すなわち、自律型兵器の研究だった。
ユーリの発案で、彼らはまず、今まで攻略した「小さなニューシティー」の近海へと向かった。
新政府の都市では、効率のみが最優先される。
毎日、膨大な量のEINの不良部品や交換パーツが、海へと投棄されるのだ。
「あんなに綺麗な街の下に、こんなに汚れた『真実』が沈んでいるなんてね」
ユーリが海面を覗き込む。
かつてはその光景を「無駄なもの」として漠然と眺めていたが、今のユーリにとっては、それらはすべて自分たちを支える宝の山に見えた。
ボートはさらに足を伸ばし、かつての激戦地、ニューソウル跡地の近海へと至る。
ここはジンの案だった。
「あそこには、俺たちが叩き伏せたEINの残骸が腐るほど沈んでいる。新政府の連中が回収しきれなかった『敗北の記憶』を、俺たちの『勝利の種』に書き換えてやるのさ」
潜水器具を使い、冷たい海底からウィンチで引き揚げられる鋼鉄の四肢、ひしゃげた装甲板、断線したケーブル。
それらは泥にまみれ、海水の塩気に焼かれて無惨な姿を晒していた。
しかし、ボートのデッキに積み上げられていく山のようなパーツを眺めるユーリの瞳には、不思議な高揚感が宿っていた。
自分たちの兵力は僅か。
敵の一部隊とまともにぶつかれば一瞬で押し潰される。
だが、この死んだガラクタに再び命を吹き込み、自分たちだけの軍団を作ればどうだろうか。
「……本当に作れるのかな。僕たちの、僕たちだけのEINが」
「ハルに任せなさい。あいつ、今頃島で大量の図面を広げてるわよ。あんなに楽しそうなハル、初めて見たわ」
エレナの言葉通り、島に戻ると、デジタルデバイスの天才であるハルが、文字通り浮き足立った様子で彼らを迎えた。
「遅いよ二人とも! 早く、早くそれを見せて! ずっと、ずっと作りたかったんだ。プログラム通りにしか動かない冷たい人形じゃない、僕の魂を吹き込んだ、最高のロボットをさ!」
ハルはボートから運び出されたジャンクパーツに飛びつき、まるで恋人に触れるような熱を帯びた手つきでセンサーや装甲の傷をなぞった。
ユーリにはその専門的な興奮のすべては理解できなかったが、ハルの放つ純粋な「創作への熱」は、冷え切っていたキャンプの空気を確実に溶かしていた。
2.訓練
ユーリは機械の研究をハルたちに任せ、自分をさらに追い込むために日々森へと足を運んでいた。 愛用のライフルを背負い、湿った土を蹴る。
ハンドガンだけでは、カナンという地獄を生き残るには火力が足りない。そう判断し、彼はより重く、より確実な火器を使うことに決めたのだ。
森を駆け抜ける中、不思議な感覚がユーリを包んだ。
走り始めて数分。いつもなら感じるはずの、重い予備弾倉の重みがほとんど意識されない。
それどころか、地面を蹴るたびに身体がバネのように弾み、重力そのものが自分を祝福しているような、全能感に近い軽やかさを感じていた。
自分自身の足で立ち、自分自身の「奪還という夢」を燃やしている。
それが放つ剥き出しの生存本能が、ユーリを強く、速く、軽やかにしていた。
森の中を走りながら、視認した標的に瞬時に照準を合わせる訓練。
くぼみのある岩
枯れかかった巨木
水面に突き出る赤褐色の鉄くず
石布をかけた木の棒
それらを敵の急所に見立て、一瞬の隙も作らずに走り抜ける。
心臓の鼓動がリズムを刻み、世界がゆっくりと動いているかのように錯覚するほどの集中力だった。
その時だった。
「ガシャン……」
重く、鈍い足音が静かな森に響いた。 ユーリの背筋に氷が走る。気のせいではない。
もう一度、さっきよりも近くで、金属同士が激しくぶつかり合う音が聞こえた。
新政府の偵察機か?
いや、それにしては動きが重々しく、足音が不規則だ。
ユーリは素早く反応し、音のした方向へ銃口を向けた。
反射神経を鍛え抜いた成果か、銃身は微塵も揺れない。
木々の隙間から、黒い鎧のような影がぬっと姿を現した。
EINだ。
だが、フォルムが決定的に違う。
装甲はパッチワークのように継ぎ接ぎで、ところどころ内部の赤いケーブルが露出している。
「……」
危険を察知したユーリは、躊躇なく引き金を引いた。
ライフルが猛り、剥き出しの回路を正確に穿つ。
火花が飛び散り、黒い影は短いショート音を立てて、膝から崩れ落ちた。
「おい、ユーリ!少しは手加減しろよ!」
奥から飛び出してきたのはハルだった。
その後ろから、呆れたように肩をすくめるエレナが続く。
「い、今の……?」
「僕たちの自信作第一号のテスト機だよ! まだ武装も積んでないし、ようやく自律歩行ができるようになったんだ……。せっかくあんなにかけて塩気を抜いたのに僕の努力が、一瞬でスクラップだ!」
ハルが泣きそうな顔で、煙を吹く「鉄塊」に駆け寄る。
ユーリは慌てて銃を下ろし、顔を伏せた。
「ごめん、てっきり新手の敵かと……」
「いいじゃない。最高のテスト結果よ」
エレナが崩れたEINもどきを無造作に爪先で小突き、不敵に笑う。
「装甲の継ぎ目が見え見えだってことね。でも、ユーリの反射神経を相手にここまで隠密に近づけたのは収穫だわ。……ユーリ、次はもっと手加減なしにやって頂戴。こんなガラクタ、戦場でバラバラになる前にあんたの手で粉々にして、どこが脆いかハルに教えてあげるのが一番の『可愛がり』ってものよ」
ハルは「ひどいなエレナ!」と叫びながらも、壊された箇所を素早く端末にメモし始めた。
テストするために最初から戦わせる予定だったのだ、と二人は笑って許してくれた。
壊れたEINを引きずって去っていく二人の後ろ姿を見送りながら、ユーリは足元に転がるEINのパーツの一部を見つめた。
新政府の、あの洗徹された冷徹な白銀の機体とは正反対の、汚れていて、武骨な鉄の塊。
だが、その「雑さ」には、言いようのない温かみを感じた。
誰かが作った完璧な兵器ではなく、自分たちの知恵と執念で組み上げた、手作りの守護者。
男なら誰しもが惹かれる、無骨な「ロマン」がそこには詰まっていた。
「……僕も、自分だけの装備を作ってみようかな」
軍から支給された型通りの服ではなく、自分自身を、そして仲間を守り抜くための、自分だけの誇り。
彼はその日から、島のあちこちに散らばっているかつてこの地で果てていった兵士たちの遺品を拾い集めるようになった。
長年の風雨に耐えた強固な装甲、手に馴染む革のベルト、古びているが機能的なポーチ。
まるで宝探しをしているような子供心。懐かしい気持ちになる。
自分は身軽さを武器にする軽装兵だ。
重々しい大盾はいらない。
必要なのは、この「身体の軽さ」を邪魔しない強度と、かつて分隊長だった頃の、あの晴れやかな自分を思い出させる「白」の象徴。
マリアに縫製の手解きを受け、硬い素材と格闘しながら、針と工具を握りしめた。
その日から、ユーリのテントには文字通り一日中消えない光がともされた。
不器用な指先に傷を作り、布地に何度も穴をあける。バーナーで腕をあぶってしまうことも度々だった。
脂汗を流しながら没頭すること三日。
寝る間も惜しずに完成したそれは、ユーリの覚悟をそのまま形にしたような装備だった。
汚れのない白地のベース。
そこへ、激しい動きを阻害しない程度に、黒い肩当てや急所を最低限守るための小さな強化装甲を配置した。
所々に施した金色の装飾は、かつての分隊長としての気位を。
シルバーのベルトは、過酷な戦場に耐えうる実戦的な剛健さを。
そして仕上げは、エレナが「偵察に役立つでしょ」と笑って付けてくれた、腰のベルトに備えられた小型のワイヤーフックだ。
「……できた。これが、今の僕だ」
良い出来、
とはお世辞にも言えないが、静かな水面に映る自分の姿を見てユーリは満足げに唇を結んだ。
それは、少年の幼さを脱ぎ捨て、一人の「戦士」として戦場へ踏み出すための、神聖な儀式のようだった。
真新しい装備を着て鼻高々に森に向かっていると部品を運んでいるハルに会った。
「ハル!この装備はどうだい?あ、そういえばいつ新しいEINを見せてくれるんだ?」
「ユーリ久々だな。いつもテントにこもってたかと思えばそんなものを作っていたんだな?アマチュアにしては上出来ってとこかな!」
「お世辞の一つや二つ言ってくれてもいいだろ?それより軍団はどうなんだい」
「あの軍団はね、攻略の二日前に一斉完成する予定なんだ。それまでは絶対に見せられないよ。 サプライズだからな!」
ハルは鼻を高くして、秘密基地にした巨大なつぎはぎのテントの中へ消えていった。
「えー! ちょっとくらい見せてくれたっていいじゃないか、ハル!」
ユーリは子供のように地団駄を踏んでせがんだが、エレナにも「黙って完成を待ち続けなさいな」と鼻を弾かれた。
「早く、見たい……。僕たちの軍団」
夢守ノ島にはつかの間の休息が流れているようだった。
夜、ユーリはデオやシルヴィアの事を思い、テントの暗い天井を見つめている。
カナンという未知の地獄への不安はある。死の恐怖がゼロなわけではない。
だがそれ以上に、今は「僕たちの手で作った軍勢」がどんな姿で立ち上がるのか、その鋼のロマンに胸を躍らせずにはいられなかった。
仲間の無念を晴らすための希望。
アキトを取り戻すための、不屈の牙。
その産声が聞こえるのを、ユーリは心から待ち望んでいた。
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3ヶ月後の決戦「カナン攻略」に向け、圧倒的な戦力差を埋めるべくユーリたちが動き出します。
かつての激戦地から引き揚げた敵のジャンクパーツと、天才ハルによる自律型ロボット軍団の開発!
そしてユーリもまた、軍の支給品を捨て、仲間たちの手助けを受けながら「自分だけの真新しい装備」を縫い上げます。
かつての分隊長としての誇りを示す「白」と「金」、実戦的な剛健さを兼ね備えた自作の鎧。
傷つき、親友を失った少年が、一人の「戦士」として己の足で立ち上がる姿を描きました。
ハルが隠す「完成版の軍団」とは一体どんな姿なのか?
決戦前夜の束の間の熱気とロマンが詰まった『夢操の檻』。
「ロマン詰まってて最高!」「ユーリの新装備姿が見たい!」と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や【星評価★★★★★】で応援していただけると執筆の大きな励みになります!次回もお楽しみに!




