『夢操の檻』 ユーリ編 第8章:深淵の空と、凍りついた指先 第2話
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3. 深淵の洞窟と、逆転する天井
翌日、一行はまず流されてたどり着く「四つの孤島」のしらみつぶしの捜索を開始した。
ユーリはジンと共に、その中の一つ、一見して何の変哲もない小島に降り立った。
「すぐに終わるだろう。痕跡がなけりゃマリアたちと合流だ」
ジンが先を歩く。だが、島の中心部で、彼らは地下へと続く巨大な竪穴を発見した。
「……洞窟か。身を寄せるにはうってつけだな」
二人はライトを灯し、冷たい湿気が立ち込める洞窟の奥へと足を踏み入れた。
どこまでも続く暗闇。滴り落ちる水の音が、静寂を強調する。歩いても歩いても、終わりは見えない。
数十分が経過しただろう。いや、数時間か?足にはずっしりと疲労が溜まり、筋肉が悲鳴を上げ始めていた。
「……行き止まりだな」
ようやく辿り着いた最深部。そこはドーム状の広間になっていた。
ユーリはライトを掲げ、天井を見上げた。
「……真っ黒だ」
そこにあるはずの岩肌が見えない。いや、天井そのものが存在しないかのような、不自然な「黒」だった。
「……違う、違うよ、ジンさん。これ、天井じゃない。……空だ」
「こらぁ、たまげたな……。もう夜なのか?」
探索を開始したのは昼だったはずだ。
だが、その穴の真上に広がるのは、月の出ていない、底なしの真っ暗な夜空だった。
星一つないその暗黒は、まるで見つめる者の魂を吸い込むかのように深かった。
恐怖を感じるはずなのに、ユーリの胸は不思議に高鳴っている。
(吸い込まれる……。重さが、消えていくみたいだ……)
足に溜まっていた重苦しい疲労が、その「黒」を見つめている間だけ、ふわりと消えていく感覚。まるで、天から透明な糸で吊るし上げられているような、心地よい浮遊感。
「おい、ユーリ! 何をぼーっとしてやがる、戻るぞ!」
ジンの声に、ユーリは弾かれたように我に返った。自分がつま先立ちになり、今にもその暗闇へ飛び込もうとしていたことに気づき、背筋に冷たいものが走った。
結局、どの島にもアキトの痕跡はなかった。 成果のないまま、彼らは次の目的地――海上の小さなニューシティーへと向かうことになった。
4. 凍りついた指先、血に染まる夕焼け
純白に光を反射する磨かれた大通りに着陸する。
「重装兵はその場に待機し、撤退の用意をしろ」
ジンの指示が素早く的確に飛ぶ。
そのニューシティーは、最近できたばかりの、まだ骨組みの剥き出し。つまりは未完成の街だった。
「住民もいない、警備も手薄なはずだ。これなら簡単だ」
仲間の誰もがそう思っていた。ユーリ自身も、故郷を攻める前の「準備運動」のような感覚でいたのだ。
しかし、現実は残酷だった。 中央の司令塔に潜入した瞬間、沈黙が走る。武装した敵兵と目が合う。
その沈黙は一瞬。「伏せろ!!」明らかに読みが甘かった。その場にいる全員が後悔したことだろう。しかしもう遅い。
凄まじい発砲音。新政府自慢の連射性能を誇る自動小銃が、ユーリたちの退路を塞ぐように弾幕を張る。
「撤退だ! 走れ!!」 ジンの叫びが響く。ミナとの特訓で培った瞬発力で、ユーリは弾丸の間を縫うように疾走した。
今の彼は、誰よりも速く、誰よりも鋭い。
だが、背後を走っていた二〇数名の軽装兵たちは違った。 彼らは怪我が治ったばかりの人間だ。
彼らの動きは、新政府の最新兵器にとっては、あまりにも鈍い「的」に過ぎなかった。
「うわああああっ!!」
悲鳴が響く。ユーリが振り返ると、三人の兵士が地面に転がっていた。 かつての自分なら――新政府のホワイト隊分隊長であった自分なら、反射的に手を伸ばしてしまっていただろう。
彼らを背負ってでも、この火の海から連れ出そうとしたはずだ。 だが、戦場に情は持ち込めない。
(……助からない。手を伸ばせば、僕も撃たれる。この部隊が全滅する)
ユーリの脳が、極限の恐怖の中で、自分の甘さを弾き出した。 一瞬だけ、指先が彼らの方へ向かって伸びた。
だが、その指先は、凍りついたように動かなかった。
新政府軍の軍律も旧政府軍の掟も根本は同じ。「任務の遂行。」
角を曲がり、大通りにたどり着いた。前方では重装兵の援護射撃が弾幕を張る。後ろでの叫び声が味方のものなのか敵のものなのか分からない。
ユーリは、彼らの絶望に満ちた瞳から目を逸らし、全速力でヘリへと飛び乗った。
「ユーリ! 誰も残ってねえか!?」
「……いない。乗れるものは…全員、乗った。早く出してくれ!!」
まだ息のあった仲間を見捨て、自分は安全な空へと逃げ出したのだ。
飛び立ったヘリの窓から、夕焼けが見えた。 空は、血を流したような、恐ろしいほどに鮮やかな朱色に染まっていた。
「……きれいだ」
誰かが呟いた。 その言葉が、ユーリの心に冷たい刃となって突き刺さる。
(こんなにきれいな空の下で……僕は、仲間を見捨てた。皆が見たい夢を見ればいい、争う必要なんてないのに)
視界が歪む。頬を伝うのは、新政府の「正義」を失ってから初めて流す、熱くて醜い、絶望の涙だった。
『深淵の洞窟と、逆転する天井 / 凍りついた指先、血に染まる夕焼け』をご覧いただきありがとうございました!
前半の洞窟の最深部に広がる、吸い込まれるような「不自然な黒い空」。重さが消えて天へ浮遊していくような謎の感覚に囚われるユーリですが、真の絶望はその後に訪れました。
「警備は手薄」という甘い予測で挑んだ未完成のニューシティー潜入。
待ち受けていたのは、新政府の凄まじい弾幕でした。
ミナとの修行で「生き残るための冷酷な判断力」を得ていたユーリは、倒れた仲間を見て脳が瞬時に「助けに行けば全滅する」と弾き出します。伸ばしかけた手を凍りつかせ、叫び声が渦巻く大通りへと駆け抜け、息のある仲間を見捨ててヘリへ飛び乗るユーリ。
正義を捨て、戦士として生きる道を選んだからこそ突きつけられた、あまりにも重く残酷な選択。
飛び立ったヘリの窓から見えた血のような夕焼けの下で、ユーリは己の無力さと罪の重さに絶望の涙を流します。
仲間を見捨てるという消えない傷を負ったユーリは、ここからどうやって立ち上がり、己の故郷、そして要塞『カナン』へと向かうのか。
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