『夢操の檻』 第二部:楽園の共犯者 第2話
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SFや終末世界、ディストピアが好きな人におすすめです
4. 最初の不協和音
幸せの絶頂は、同時に崩壊の前兆でもあった。
翌朝、リナと一緒に市民調査に向かったときのことだ。 アキトは、いつも優しく微笑んでいたパン屋の女性が、路地裏で新政府の役人に連行されていくのを目撃した。
「……何があったんですか?」 アキトが役人に駆け寄ろうとすると、リナがその腕を強く掴んだ。 「ダメよ、アキト。行っちゃいけない」
「でも、彼女は……」 「彼女の『夢』にエラーが出たのよ。最近、少し独り言が増えていたでしょう? 自分の過去のことを話し始めたりして。それは、ニューソウルの秩序を乱す兆候なの」
リナの顔は、昨夜の甘い表情とは打って変わって、氷のように冷静だった。 「……エラー? 過去を思い出すことが、どうして罪になるんだよ」 アキトの問いに、リナは不思議そうに小首を傾げた。その仕草は、まるで教えを説く母親のように優しく、同時に恐ろしかった。
「だって、過去の悲しい記憶は、人を不幸にするだけだもの。ここでは、みんなが『今の幸せ』だけを見ていればいいの。それが、一番平和な方法なんだから」
リナはアキトの頬に手を添え、優しく言った。 「大丈夫よ、アキト。彼女は少し『再教育』を受ければ、また素敵な笑顔でパンを焼くわ。……ねえ、それよりも今日のランチ、何を食べたい?」
アキトは彼女の瞳の奥を覗き込んだ。 そこにあるのは、自分への深い愛だと信じていた。 でも、その愛の底には、何層にも塗り固められた「絶対的な従順」が張り付いているような気がして、アキトは背筋に冷たいものが走るのを禁じ得なかった。
「……リナ。君は、自分の過去を覚えているの?」 不意に口を突いて出た言葉。
リナは一瞬、完璧な笑顔を硬直させた。 その瞳に、ノイズのような光が走り、彼女は微かに震える声で答えた。 「私の過去? ……私の過去は、この街であなたに出会ったときから始まったのよ、アキト。それ以前の私なんて、必要ないわ」
その言葉は、アキトにとって最大の愛の告白であり、同時に、最大の絶望へのカウントダウンでもあった。
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