『夢操の檻』 ユーリ編 第6章:砕かれた鏡、泥濘の洗礼 第3話
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3. 少年の残り香
戦闘後の荒野。ムソウたちは何かを求めるように夜空を見上げていた。
島に帰還したユーリは、自らの無力さに打ちひしがれていた。 銃は撃てる。だが、咄嗟の判断が遅れ、かつての「味方」を前にして身体が竦んでしまった。自分の身さえ守れない者に、誰かを救う資格などない。
そんな彼を見かねて、一人の少女が声をかけた。
「……あんた、そんな顔してたら、次の戦場じゃ真っ先に死ぬわよ」
ショートカットの髪を揺らし、鋭い眼光を向けてきたのは、アキトの仲間の一人、ミナだった。
レオンを一瞬かばおうとしていたあの少女だ。彼女はアキトに戦い方の基礎を教えたという、卓越した軽装兵らしかった。
「……ミナさん。僕は、強くなりたい。自分の信じるものを、自分の手で守れるくらいに」
「いい目ね。エリートのお坊ちゃんにしては、根性があるじゃない。……来なさい、少しはマシな戦い方を叩き込んであげるわ」
島の裏手、波の音が響く断崖の上で、ユーリの過酷な特訓が始まった。
ミナがユーリに手渡したのは、一振りのナイフと、一丁のハンドガンだった。
「……これ、アキトが使っていたものよね」
「ええ。彼が愛用していた物よ。今の彼はこんな武器甘えだ!なんて言って敬遠するでしょうね。」
ミナの指導は苛烈だった。
「遅い! 重心が高い! 敵の視線を読め!」
ユーリは泥にまみれ、何度も地面を転がった。しかし、彼は驚くべき速度でコツを掴んでいった。
新政府で叩き込まれた基礎体力と、持ち前の動体視力。それに加え、「守りたい」という泥臭い執念が、彼を急速に成長させていった。
休憩の間、ミナは断崖の縁に座り、遠い海を見つめながらポツリポツリと語り始めた。
「……アキトはね、本当に優しい子だったのよ」
その声には、厳しさを隠しきれないほどの深い慈しみ、そして微かな後悔が混じっていた。
「初めての大きな戦いで、彼は一人の少年を救った。でも、その代償に自分の右足を失ったわ。……だけどね、あの子にとって戦うことは自由そのものだった。だからこそ、決して諦めなかった。厳しい訓練の毎日を過ごし格闘術を学んだ。それからすぐだったわ。アキトが消えたのは。」
ユーリは、アキトの使っていたナイフの柄を握りしめた。
「彼は、カイトの思いを継いだ。両目を失ったカイトの代わりに、思うように動けないアイツの『足』となり、戦場を駆ける『刃』になることを選んだのよ。義足を抱えながら、近接最強の軽装兵へと至るための訓練は、想像を絶するものだったはず。……空気が澄んで、星が綺麗だったあの夜。あの子は、誰にも何も言わずに消えてしまった」
ミナの瞳に、激しい怒りの炎が宿った。
「そして次の日の朝、レオンもいなくなった。すぐに探し始めたわ。……私たちは信じていた。レオンをリーダーとして、心から尊敬していたの。私は……あの人のことを、ただのリーダー以上に……想っていたかもしれない。なのに、その日の昼、テントで見つけたのよ。レオンが新政府と連絡を取った痕跡を。あんなの見つけなきゃよかった。見たくなかった。」
ミナの言葉が途切れる。 彼女が握りしめた拳は、白くなるほど震えていた。
「あの人は私たちを売った。アキトを連れて、新政府へ寝返ったのよ。……許せない。あの人のしたことも、それを止められなかった自分も、全部」
ミナの横顔は、夕陽に照らされて美しく、そしてあまりにも脆く見えた。 彼女の中に渦巻く、裏切られた怒りと、それでも捨てきれない愛着。それは、レオンという男がいかに深く、関わる人間の心に根を張っていたかの証明でもあった。
ユーリは何も言えず、ただ隣に座っていた。
「……ユーリ、あんたはあの子の代わりに、この武器を使いこなしなさい。もう一度、あのレオンって男の前に立った時、あんたが何を言うのか、見せてもらうわよ」
「……はい」
ユーリは、アキトのナイフを鞘に収めた。 その重みは、かつて自分が背負っていた「正義」よりも、ずっと重く、熱かった。




