『夢操の檻』 ユーリ編 第6章:砕かれた鏡、泥濘の洗礼
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1. 「ノイズ」として生きる日々
ニュー・プロビデンスの清潔な管理区域を離れ、この「夢守の島」に身を置いてから数週間が経った。
ユーリの手のひらには、これまで知ることのなかった硬い「豆」ができ、爪の先にはどれほど洗っても落ちない黒い機械油が染み付いている。
かつての彼なら、これを「不潔」と断じ、「システムに管理されない非効率の産物」だと蔑んだだろう。
だが、今のユーリにとって、この汚れは自分が生きていること、そして誰かのために動いていることを証明する、誇らしい勲章のように感じられた。
「……よし、これで通電するはずだ」
ユーリは、旧式の野戦用無線機の回路を繋ぎ直し、スイッチを入れた。微かなノイズと共に、遠くの波の音がスピーカーから漏れ出す。
「やるじゃない、ユーリ。エリート教育ってのは伊達じゃないのね」 背後から、医療器具を煮沸消毒していたマリアが声をかけた。
その表情には、最初に出会った時の険しさはなく、どこか弟を見守るような柔らかさが混じっていた。
「新政府では、壊れたら新しいものに交換するのが『最適解』でしたから。……直して使うなんて、考えたこともなかった」
「ここでは、新しいものなんて降ってこないわ。あるものを分け合い、直して、繋いでいく。そうしないと、私たちは明日を迎えられないのよ」
マリアの言葉は、ユーリの胸に深く刺さった。
新政府が提供する「夢」は、苦労を排除し、すべてを与えてくれる。だが、そこには「明日を自らの手で手繰り寄せる」という実感がない。
この島の人々は、仲間を失う喪失感、いつ死ぬか分からない恐怖と戦いながら、それでも互いの名前を呼び、笑い、時には罵り合いながら、泥臭く「生」を謳歌していた。
ユーリは、かつて自分が「処分対象」として薬液を打ち込んだあの村の人々を思い出した。
もし彼らがまだあのままでいたら。もし、この島の温もりを知る前に自分が彼らを「幸せ」という名の虚無へ叩き落としていなかったら。
溢れそうになる後悔を、ユーリは無心に作業を続けることでねじ伏せた。




