『夢操の檻』 新政府軍 第5章:虚飾の正義、泥濘の真実 第3話
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4. ジンとの会話、そして激震
翌日、ユーリは少しでも役に立とうと、汚れた包帯を洗う仕事を引き受けた。 大量の布を井戸端で洗っていると、古びた木製パイプをくゆらせた老兵が隣に座った。
「よう、俺はぁ、ジンだ。新政府の坊ちゃん。慣れねえ仕事で腰を痛めてねえか?」
「……ジンさん。別に、これくらい平気です」
ジンというその老人は、しわくちゃな顔をさらに深くして笑った。
「マリアの姐さんは厳しいからな。少しでも手を抜くと、次の食事のスープに下剤を入れられちまうぞ」
「あはは、ありそうで怖いですね」
冗談を言い合いながら手を動かす。この島で過ごす時間は、ニュープロビデンスにいた頃よりもずっと、人間らしい温かさに満ちていた。
ふと、ジンが呟いた。
「……アキトがいりゃ、洗濯なんて一瞬で終わるんだがな。けど何故か狩りは苦手でよ。あいつは元軽装兵のくせに、変なところで不器用なんだ」
アキト。
ユーリはその名に、過敏に反応した。
「……アキト、アキトのことは、僕も司令から聞いていました。テロリストに拉致され、改造された可哀想な少年だと。僕の任務は、彼を救い出すことだったんです。
ジンの手が、止まった。
「救い出す……? 拉致だと?」 ジンは鼻で笑った。
「冗談じゃねえ。あいつは俺たちの仲間だ。足を失ってもなお、俺たちを守るために自ら望んで厳しい訓練を受けたんだ。拉致なんて言葉、どっから出てきたんだよ」
「ですが、僕の上官はそう言っていました。彼は嘘をつくような人じゃない。厳格ですが、仲間思いで、理想に燃える立派な軍人で……」
しかし、最近感じていた疑問がユーリの中で渦巻く。
「へっ、さぞかし冷酷で血も涙もねえ、石像みたいな上官なんだろうな! 新政府の偉いさんなんてのは、みんなそうだ」
ジンが冗談めかして言ったその言葉に、ユーリはムキになって反論した。
「違います! 厳しいけれど、僕のような若輩者の意見も聞いてくれる、尊敬すべき方でした。最近は何か様子がおかしいけれど……レオン上官は、僕の人生の憧れなんです」
「…………レオン、だと?
ジンのパイプの煙が揺れた。
ユーリが顔を上げると、先ほどまでの穏やかなジンの表情は消え失せていた。 そこにあるのは、獲物を射抜くような鋭い、そして深い驚愕を湛えた老兵の目だった。
「坊ちゃん、今……レオンと言ったか?」
「ええ……レオン・ヴァン・デール司令です。それが何か?」
ジンは立ち上がり、そのまま無言で歩き出した。
「おい、坊ちゃん。こっちへ来い。テントだ。……マリアとカイトも呼ぶ」
5. 繋がる線、翻る信念
薄暗いテントの中。
ユーリは、マリア、ジン、そして盲目のカイト、同い年くらいの少女、部屋の隅で武器を磨き続けるがっしりとした女性とパソコンを手放さない男性に囲まれていた。
ユーリが語る「レオン・ヴァン・デール」の特徴。
冷静沈着な立ち振る舞い。左手首に巻かれた幾何学模様のハンドバンド。そして、部下を操る老練なカリスマ。
「……間違いない。俺たちのリーダー、レオンだ」
カイトが、低く、押し殺したような声で言った。
「あいつ……新政府の司令官だったのか。俺たちを逃がすために残ったんじゃない。最初から……俺たちを陥れるために、俺たちの横にいたのか」
「待って、レオンはアキトを連れ去ったんじゃないのかも。何か理由があって…」
自分と同い年くらいの少女が言ったが、その言葉には説得力がない。本人も疑いが強いのだろう。
ユーリの頭の中が、真っ白になった。 レオンは、旧政府軍のリーダーだった。 同時に、新政府の精鋭部隊を指揮し、アキトを「救出」せよとユーリに命じた。 そして、その過程で旧政府軍、そう、アキトの仲間たち――今、自分の目の前で自分を助けてくれたこの人々を殺せと、暗に指示を出していたのだ。
(レオン上官は……僕たちを戦わせたんだ。どちらが勝っても、アキトが手に入ればよかったのか?)
「……ふざけてる」
ユーリの唇が震えた。 自分たちが信じていた正義も、彼らが捧げていた忠誠も、すべては一人の男の盤上の駒に過ぎなかった。
デオが吹き飛び、シルヴィアが倒れ、名もなき村人たちが廃人にされたあの惨劇。それらすべてが、レオンという男が描いた筋書き通りだったというのか。
「ユーリ、あんたはどうする」
マリアが静かに問いかけた。
ユーリは、自分の胸元で割れた新政府の紋章を見つめた。 泥に汚れ、光を失った金色の双翼。
もはや、これを誇りに思う心は残っていなかった。
「……僕は、間違っていた」
ユーリは顔を上げ、淀みのない瞳でジンたちを見据えた。
「僕はレオン上官を……新政府を信じてきた。でも、僕がここで見たものは、あんなホログラムの空よりもずっと本物だ。……仲間を駒としか思わない男を、僕はもう上官とは呼べない」
ユーリは、割れた紋章を引き剥がし、地面に落とした。そのまなざしに後悔はなかった。
「僕は、レオンの正体を暴きたい。そして、彼が弄んだすべての命に報いたい。……お願いです。僕を、旧政府に加えてください」
泥にまみれた元エリートの言葉に、テントの中は一瞬、静まり返った。 やがて、ジンがパイプを咥え直し、笑った。
「新政府の坊ちゃんが寝返るか。しかも分隊長殿がな!……面白いじゃねえか。洗濯の続きは、明日の朝からたっぷりと残ってるぞ」
ユーリは、深く頭を下げた。
その夜、彼が見上げた空は、昨日よりもずっと広く、自由で、そして戦いに満ちた「真実」の色をしていた。
『繋がる線、翻る信念』をご覧いただきありがとうございました!
ついに、ユーリが憧れ続けた「レオン上官」の恐るべき正体が暴かれました……!
新政府の冷徹な司令官でありながら、かつては旧政府軍のリーダーとして彼らを率いていた男。アキトを救出するという大義名分も、旧政府軍の戦いも、すべてはレオンが裏で糸を引いていた最悪の自作自演だったのです。
デオやシルヴィアが傷つき、多くの命が蹂躙された理由が「一人の男のチェスゲーム」のためだったと知ったユーリ。彼の唇は怒りと絶望で震えますが、その目はもう迷っていませんでした。
誇りだった新政府の紋章を自らの手で引き剥がし、「旧政府に加えてください」と頭を下げるユーリ。ホログラムの偽りの空を捨て、泥と血にまみれた「本物の真実」を選んだ彼の反逆が、ここから始まります!
レオンの正体を暴き、弄ばれた命のために戦うことを誓ったユーリ。ここからアキトたちとどう合流し、かつての「白き正義」とどう対峙していくのか。
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