『夢操の檻』 新政府軍 第5章:虚飾の正義、泥濘の真実 第2話
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2. 壊れた紋章と、泥のベッド
次に目が覚めたとき、視界に飛び込んできたのは、ニュー・プロビデンスの清潔な天井ではなく、波打つ粗末なテントの布地だった。 肌に触れるシーツはゴワついていて、微かに潮の匂いがする。
「……ここは」
体を起こそうとすると、全身に鈍い痛みが走った。
見れば、胸や腕には真新しい包帯が丁寧に巻かれている。 テントの隅に立てかけられた、ひび割れた姿見の鏡が目に入った。
ユーリは、そこに映る自分を見て、すこし笑った。
金色のメッシュが入った美しかった髪はボサボサに乱れ、砂埃で灰色に汚れている。あんなに誇らしかった白亜の制服はボロボロに裂け、左胸に輝いていた新政府の紋章は、真っ二つに割れていた。
(……まるで、僕の心みたいだ)
その時、テントの入り口の布が擦れる音がした。
「あら、目が覚めたのね。思ったより早かったわ」
入ってきたのは、先ほどの医療兵の女性だった。
「……なぜ」
ユーリは、枯れた声で問いかけた。
「なぜ、僕を殺さなかった。僕は……君たちの仲間を、たくさん殺したんだぞ。僕がいた部隊は、君たちの拠点を壊滅させた敵だ」
「死なせるのは簡単よ。でも、私たちはあんたたちみたいに、無意味な殺生を『正義』とは呼ばないの」
女性は淡々と答えた。
「私はマリア。ここの衛生兵。……あんたの名前は?」
「……ユーリ。新政府、ホワイト隊分隊長、ユーリだ」
マリアは「そう」とだけ言って、棚から水差しを手に取った。
その後、彼女からこの拠点の状況を聞かされた。ここには、アキトの仲間だという人々――盲目の元重装兵カイト、そして島を案内してくれるという老兵ジンたちが身を寄せ合っていること。
彼らは自分を「敵」としてではなく、まずは「生かすべき命」として扱った。
ニュー・プロビデンスではありえないことだった。
あそこでは、敵対する者は速やかに「排除」されるか、あるいは薬剤で夢を与えられ、自我を奪われた「ムソウ」に作り変えられる。それが最も効率的で、合理的な救済だと教えられてきた。
(僕は……なんて薄っぺらな正義の中にいたんだ)
傷が癒えるまでの間、ユーリはこの島で動ける範囲の仕事を手伝うことにした。マリアに「じっとしていられないなら、島を見てくるといいわ」と言われ、ユーリは一人でテントの外へと足を踏み出した。
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3. 墓標と白鳥
島を歩けば歩くほど、ユーリの心は削り取られていった。 海岸沿いには、幾機もの修理中のヘリが並んでいる。
どれもが継ぎ接ぎだらけで、兵士たちが油にまみれて必死に直している。 その少し先、夕陽が当たる丘の上には、数え切れないほどの簡素な木の十字架が並んでいた。墓石ですらない、ただの木切れ。
けれど、その一本一本には、手書きの名前が記され、野の花が供えられ、故人の愛用品だっただろう遺物が大切に置かれていた。
ユーリのレオンに対する疑念は深まり、徐々に怒りのようなものへと変わりつつあった。
「敵にも……家族がいて、日常があったんだ」
新政府のデータベースには載っていない「個々の死」がそこにはあった。 彼らは夢の中に逃げるのではなく、この過酷な現実を、互いの体温だけを頼りに生き抜こうとしていた。
その日の夜、ユーリは海岸に座り、夜空を見上げた。
「……っ」
思わず息を呑んだ。 ニュー・プロビデンスの「ホログラムの空」とは違う。星々は不規則に瞬き、圧倒的な深淵が広がっている。美しく、そしてどこか恐ろしいほどの本物の夜空。
仰向けに寝転がると、幼いころの記憶が蘇った。 夢が失われる前。両親と住んでいた、静かな池のほとり。
冬が来る直前、そこにはいつも白鳥がやってきた。 冷たい、突き刺さるような空気の中を、純白の翼を広げて切り裂くように飛ぶ姿。
新政府の、あの無機質で汚れない純白とは違う。泥を跳ね上げ、自らの血肉を震わせて冷たい空を裂く、確かな白だった
彼らは誰に命じられることもなく、自らの意志で、厳しい冬を越えるために空を駆けていた。
(僕はいつから、夢を見るのをやめていたんだろう)
『壊れた紋章と、泥のベッド』をご覧いただきありがとうございました!
激戦の末に意識を失ったユーリが目を覚ましたのは、新政府の清潔な施設ではなく、潮の匂いが漂う旧政府軍の粗末なテントでした。
鏡に映る、ボロボロに裂けた白亜の制服と真っ二つに割れた新政府の紋章。それが今の自分の心そのものだと自嘲するユーリですが、衛生兵のマリアをはじめ、島の人々は彼を「敵」としてではなく「生かすべき命」として扱います。
効率と合理性を突き詰め、敵対者を排除するか心を殺す「ムソウ」に変えてきた新政府。その薄っぺらな正義の外側で、ユーリが出会ったのは、データベースには載らない「個々の死」に涙し、互いの体温を頼りに泥臭く生き抜こうとする本物の人間たちでした。
ラスト、ホログラムではない本物の星空の下で、ユーリの脳裏に蘇る「白鳥」の記憶。誰に命じられるでもなく、自らの意志で厳しい冬の空を駆けていたあの姿こそ、彼がずっと忘れていた「人間としての本当の夢」なのかもしれません。
動き出したユーリは、この島でカイトやジン、そして「アキト」とどう関わっていくのか。物語の第二幕、ここからさらに深まっていきます!
「ユーリの心理描写の深まりが最高!」「白鳥の演出が綺麗すぎる」と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や【星評価★★★★★】で応援していただけると、これからの執筆の大きな励みになります!次回もお楽しみに!




