『夢操の檻』 新政府軍 第2章:無知なる聖者と、灰色の温もり 第2話
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2. 泥まみれの笑顔
集落は、廃材を寄せ集めた粗末な小屋が数軒身を寄せ合うように建っているだけの、みすぼらしいものだった。 吹きすさぶ風を防ぐための防壁すらなく、誰もが煤で汚れ、擦り切れた服を着ている。
だが、ユーリの視線は、広場の中央で動けなくなった。
「……なんだ、あれは」
そこでは、獣のような奪い合いなど起きていなかった。 広場の中央で焚き火が焚かれ、数人の大人たちが一つの小さな鍋を囲んでいる。一人の女性が、手のひらほどの小さなパンを、千切って子供たちに分け与えていた。
子供たちは泥だらけの顔をほころばせ、もらった欠片を宝物のように両手で包み込んでいる。 一人の少女が、隣の弟らしき少年に自分のパンを少しだけちぎって渡した。
少年は満面の笑みで姉に抱きつき、大人たちはその様子を見て、優しく目を細めて笑い合っている。
そう、笑っている。
飢えているはずなのに。寒い思いをしているはずなのに。新政府の与える「夢」など持っていないのに。 彼らの笑顔は、ニュー・プロビデンスの市民たちが浮かべている「完璧すぎる微笑み」とは全く違っていた。
皺の奥まで感情が染み込み、互いを慈しむ確かな『熱』があった。
「そんな……馬鹿な」 ユーリは双眼鏡を持つ手を震わせた。 彼らはテロリストの予備軍ではないのか。欲望に塗れた愚かな獣ではないのか。
なぜ、あんなにも情が厚く、穏やかに、助け合って生きている?
「分隊長。対象の確認は済みましたか?」
無線のイヤホンから、シルヴィアの冷徹な声が響いた。
「対象は未登録の不法居住者です。彼らが独自の共同体を形成することは、システムの『エラー』を引き起こす要因となります。レオン司令の命令通り、速やかな排除を」
ユーリの脳裏に、レオンの慈愛に満ちた顔がフラッシュバックした。
『彼らは苦しんでいる。無垢な子供たちが旧時代の暴力に晒されるのを、見過ごすわけにはいかない』
そうだ。あの笑顔は、一時的な感情だ。 いつか食料が尽きれば、彼らは必ず奪い合いを始める。病気が蔓延すれば、見捨て合う。この過酷な現実の中で、あの温もりが永遠に続くはずがないのだ。彼らを本当の悲劇から救うためには、永遠に変わらない「夢」を与えなければならない。
「……総員、配置につけ」
ユーリは震える声を必死に押し殺し、冷徹な指揮官の顔を作った。
「対象集落を制圧する。抵抗する者は無力化し、生存者には速やかに『夢』を強制付与しろ。……これは、彼らを救うための正義だ」
3. 正義の執行と、白い悪魔
「了解。十機のEIN、起動します」
シルヴィアの操作により、装甲車の後部ハッチが開いた。 流線型の純白の装甲に身を包んだ二足歩行型警備ロボット『EIN』たちが、機械的な足音を立てて一斉に進軍を開始する。
表情のない黒いスリットセンサーが、獲物を探すように黄金に点滅した。
平和だった集落に、突如として絶望が舞い降りた。
「敵だ! 新政府の白い悪魔だ!!」
見張りの男が叫び、猟銃を構えた。混乱が巻き起こる。 しかし、彼が引き金を引くよりも早く、先頭のEINが高圧のスタン弾を撃ち込んだ。男は痙攣しながら崩れ落ちる。
「やめて! お願い、子供たちだけは!」
先ほどパンを分けていた母親が、子供たちを背中で庇いながら叫んだ。
その瞳には、ユーリの知る「システムへの感謝」など微塵もなく、ただ理不尽な暴力に対する純粋な恐怖と、家族を守ろうとする強烈な愛だけが宿っていた。
「……撃つな! 殺す必要はない、彼らは保護対象だ!」 ユーリは車から飛び出し、叫んだ。 しかし、彼が止める間もなく、デオが重機関銃を構え、威嚇のために小屋の屋根を粉砕した。
「甘いこと言ってんじゃねえぞ、ユーリ! 抵抗の意志を見せる奴は、ここで手足を捥いでおかねえと後で厄介なことになる!」
デオの言う通り、数人の男たちが拳銃や斧を持ってEINに立ち向かっていった。彼らは「夢」という名の洗脳を何よりも恐れ、死に物狂いで家族を守ろうとしていた。
だが、旧式の武器が最新鋭の装甲に通用するはずもない。 EINが男たちの腕をへし折り、次々と地面に叩きつけていく。骨が折れる鈍い音と、絶望の悲鳴が、灰色の荒野に響き渡った。
「やめろ……もういい、やめろ!」
ユーリの叫びも虚しく、泣き叫ぶ子供たちを見下ろすEINのセンサーが無機質な冷たい青に戻った。
そこに夢はなかった
最後までご覧いただきありがとうございました!
ついに新政府軍の精鋭『ホワイト』として、初任務に臨んだユーリ。
レオン司令の「彼らを救う」という言葉を胸に、テロリスト予備軍の集落を制圧しに来たはずが……そこで彼が目にしたのは、新政府のシステムには存在しない、泥まみれで、だけど互いを深く慈しみ合う「人間の本当の笑顔」でした。
ユーリの信じる正義は、彼らを救うためのものなのか。それとも、ただ温もりを奪い取るための暴力なのか。
必死に自分を納得させようと「これは彼らを救うための正義だ」と言い聞かせるユーリの葛藤と、現場の容赦ない現実(シルヴィアの冷徹さ、デオの荒々しさ)とのギャップは、書いていて本当に胸が締め付けられました……。
そして圧倒的な力で集落の幸せを粉砕していく、二足歩行ロボット『EIN』の恐怖。まさに旧政府の人間からすれば、彼らは「白い悪魔」そのものです。
激しく価値観を揺さぶられ始めたユーリ。
「ユーリの葛藤が辛すぎる……」「EINが容赦なさすぎる」「ここからアキトの世界とどう繋がっていくのか気になる!」と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や【星評価★★★★★】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
次回、強制的に「夢」を植え付けられた集落の人々を見て、ユーリは何を想うのか。物語はここからさらに加速します。お楽しみに!




