『夢操の檻』 第十三部:裏切りの残照と、孤独な船旅
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1. 星空の下の空想
アキトは、波打ち際を見下ろす岩場に寝転んでいた。見上げる空には、こぼれ落ちそうなほどの星々が散らばっている。都会の偽りの光に遮られない本物の宇宙は、あまりにも深く、そして底知れない。
「……僕の夢って、何なんだろうな」
アキトは独り、空に向かって問いかけた。新政府が人々に植え付ける「心地よい夢」とは違う、自分の中にだけ眠る未知の可能性。空に強くひかれるが、まだはっきりとは分からない。それは自由への渇望か、あるいは過去への未練か。
もし、この右足の鋼さえも忘れて、あの星々の間を自由に泳げるとしたら……。
そんな突飛な想像を膨らしめると、自然と頬が緩んだ。
「あはは……何考えてんだ、僕は」
自分の幼い空想を笑い飛ばすその声には、少しだけ、かつての少年の面影が残っていた。地獄のような戦場をくぐり抜け、体の一部を機械に変えても、心まではまだ鋼に染まりきっていない。
2. 幽霊の足跡と、密やかな声
アキトは起き上がり、海岸沿いを歩き始めた。右足の義足が砂を踏むたびに、湿った音を立てる。かつて、自分の足で大地を蹴り、風を追い越すように走っていた頃の感覚。指先で砂を掴む感触、足裏に伝わる地面の起伏。それらは今や、脳裏に焼き付いた「幽霊」のような記憶でしかなかった。
(もし今、僕がまだ「普通の」軽装兵だったら……この砂浜をもっと静かに歩けたのかな)
そんなことを思いながら歩みを進めていたとき、ふと、風に乗って話し声が届いた。アキトは反射的に身を隠した。2つの影が会話をしている。一人は海の中から。もう一人は砂浜から。味方の可能性は低い。少なくともこの島の人間ではないはずだ。
今の自分はナイフすら持っていない。
新調した装備も何もない、まさに丸腰の状態だった。 だが、アキトの胸の奥には、恐怖を塗りつぶすほどの奇妙な高揚感──熱い「慢心」が潜んでいた。
(いや、大丈夫だ。今の僕には、ミナとの過酷な特訓で磨き上げた『あの蹴り』がある。ハルとエレナが作ってくれたこの鉄足なら、武器なんてなくてもいける……!)
数週間で劇的な進化を遂げた全能感が、アキトの理性を狂わせていた。 息を殺し、義足の金属音を立てないよう、慎重に岩の影へと這い寄る。
その時、その影が月の光に照らされた。 一人は、レオン。そしてもう一人は、漆黒の海から現れたばかりのように濡れた潜水服を着た男。男の肩口には、アキトの網膜に焼き付いて離れない、あの「古びた幾何学模様」の紋章が刻まれていた。
「……本隊の準備は整っている。各地の旧政府拠点は、同時に無力化される」
潜水服の男の声は冷酷だった。彼らの会話から漏れ聞こえてくるのは、旧政府軍の「壊滅作戦」。だが、アキトにとってそんな戦略的な話など、もはやどうでもよかった。
アキトの脳裏には、レオンの穏やかな顔が、あるいは強烈な戦闘指導の時の冷徹な背中が交互に浮かんだ。自分を助け、訓練し、仲間として接してきたあの時間は、すべて偽りだったのか。
レオンの立てた作戦を信じ、命を投げ出した兵士たち。レオンの指示に従い、戦火の中で両目を失い、今も暗闇に震えているカイト。仲間を失い、泣きながらメスを握ったマリア。
「……っ、ふざけるな」
怒りが、熱いマグマのようにアキトの全身を駆け抜けた。自分が人を殺したあの日、絶望に震えたあの瞬間も、すべてはこの男の手のひらの上だったというのか。 相手が武装していることも、自分とレオンの圧倒的な実力差も、今の全能感と激情の前には完全に忘却の彼方だった。
「裏切り者……!!」
アキトは考えるよりも先に、自慢の右足を爆ぜさせ、岩影から飛び出していた。
3. 絶望の論理
「レオン!!」
レオンは一瞬、急な出来事にひるんだが、すぐに真顔に戻る。 アキトは吼えながら、レオンに向けて渾身の「蹴り」を放った。
ハルのプログラムとエレナのブースターを斜め上に一気にリリースする、あの特訓で完成させた螺旋のキリモミ蹴り。 不意を突かれたレオンは咄嗟に両腕でガードを固めるが、アキトの鉄足はそのガードの上から、レオンの肉体を強烈に捉えた!
――ドゴォンッ!!
確かな手応え。レオンの巨体が、アキトの一蹴りによって僅かに後方へとよろめく。 (入った……! 今の僕の蹴りならいける!!) 心のどこかでそう確信した次の瞬間、レオンの目が冷徹な光を放った。
アキトが着地し、次の動作に移るよりも早く、レオンの手が不気味なほどの速度で伸びてくる。流れるような動作でアキトの右足首を掴み取り、そのまま地面に激しく押し伏せた。
「がっ……あ……っ!?」
だが、アキトの怒りはまだ燃え尽きていなかった。 「離せぇっ!!!」 組み敷かれた状態から、アキトは狂ったように暴れた。自由な左足でレオンの胴体を激しく蹴りつけ、砂を巻き上げながら、生身の拳で何度もレオンの顔面を殴りつけようと腕を振るう。
ハルがくれた鉄の足が悲鳴を上げるほど砂浜を蹴り狂い、獣のように歯を剥き出して抵抗した。
しかし、レオンの重圧は微塵も揺るがない。 アキトがどれだけ生身の四肢を悶えさせようとも、レオンは表情一つ変えず、冷徹な精密機械のようにアキトの関節を極め、その動きを一つずつ、確実に潰していく。
「……落ち着け、アキト」 「落ち着けるかよ! カイトの目を、みんなの命を、何だと思ってるんだ!!」
アキトは叫び、なおもレオンの腕に噛みつかんばかりに首を振ったが、最後は両腕を背後に回され、全体重で砂浜に完全に縫い付けられた。生身の爪が、悔しさで砂の底を深く掻きむしる。どれだけ血を吐く思いで抗おうと、レオンという巨大な壁の前には、指一本動かすことすら叶わなかった。
肩で荒い息を吐き、肉体的な限界と圧倒的な無力感にアキトの身体が絶望で動かなくなったのを見届け、レオンは静かに口を開いた。
「……なぜ、お前たちは戦う?」
レオンの声は、驚くほど冷静で、あるいは深い悲しみを帯びているようにさえ聞こえた。
「旧政府が掲げる『自由』とは何だ?飢え、争い、互いを傷つけ合う権利のことか。新政府が与える夢は、平和だ。争いも、苦しみも、不平等もない。管理された安寧こそが、人類が辿り着ける唯一の正解だと思わないか?私も、最初は自分の夢を持っていた。身勝手で放漫な夢をな。しかしその無駄に気が付き、夢を捨てこの世界を変える、新しい夢を受け入れたんだ。」
「……そんなのは、そんな夢は偽物だ!」
アキトは顔を砂にまみれさせながら、掠れた声で叫んだ。
「偽物でも、誰も死なない世界の方が価値がある。お前たちが『正義』と呼ぶ抵抗のせいで、今日だけでどれほどの血が流れた?その足も、カイトの目も、お前たちが選んだ『自由』の結果だ」
レオンの言葉は、恐ろしいほど合理的で、反論の余地がないほど残酷な真実を突いていた。アキトは言葉を失い、ただ悔しさで歯を食いしばるしかなかった。
「数か月後、世界中の旧政府基地は一斉に消滅する。抵抗する力さえ残さない。それが、この無益な内戦を終わらせる最短の道だ」
絶望が、アキトを包み込んだ。勝ち目なんて、最初からなかったのか。兵力、技術、そして信念の強固さ。すべてにおいて、新政府――レオンたちは、旧政府の遙か先を行っていた。
4. 孤独な航跡
アキトはなされるがままに拘束され、波打ち際に係留されていた小さな手漕ぎの舟へと放り込まれた。
「ミナやマリア、カイトはどうするんだ! 彼らも殺すのか!」
アキトの問いに、レオンは答えなかった。ただ、舟を沖へと押し出しながら、誰にも聞こえないような小さな声で何かを囁いた気がした。
だが、アキトにとって、その言葉に耳を貸す余裕はなかった。
舟に乗せられるその瞬間、手荒な新政府の兵士たちによって、アキトの右足の義足が強引に踏みにじられ、へし折られたからだ。
バキキィィッ……! パチチチッ!
耳を疑うような、不吉な金属の破壊音。 ハルが徹夜で書き上げてくれた制御基盤の隙間から、虚しい火花がバチバチと飛び散る。エレナが調整してくれた、あの自慢のブースターが無残によじ切れていた。
「あ……、あ、あああ……っ!!」
アキトの口から、悲痛な叫びが漏れた。 これはただの装備じゃない。ハルとエレナが、自分をもう死なせないために、目を血走らせながら幾度もボルトを締め直してくれた「絆の結晶」そのものだった。ミナが「背中を支える」と言ってくれた、自分の新しい身体だったのだ。
(ハル……エレナ……ミナ……ごめん、ごめんなさい……っ!)
火花を散らしながら、力なくピクピクと痙攣する壊れた義足を抱きしめ、アキトは激しい悔恨と絶望に涙を流した。自分の慢心のせいで、みんなの想いを、こんな無残な鉄くずにしてしまった。
足首を縛られ、横たわったまま見上げる空。 あんなに美しかった星空は、今はただ、冷たく自分を見下ろしている。
「……終わりだ」
舟は潮の流れに乗り、ゆっくりと島から離れていく。 背負ったはずの盾も、身を守るための装備も、何もない。あるのは、重く冷たく壊れかけた鋼の右足と、空っぽになった心だけ。
広大な、あまりにも広大な海の上に、アキトは独り放り出された。 水平線の向こう、夜の闇がすべてを飲み込もうとしている。 アキトは瞳を閉じ、ただ寄せては返す波の音に、自分の意識が溶けていくのを感じていた。
第十三部『裏切りの残照と、孤独な船旅』、最後までご覧いただきありがとうございました!
ミナとの特訓を経て、誰もが引っかかる究極の螺旋蹴りを完成させたアキト。心のどこかにあった「今の自分ならレオン相手でもいける」というリアルな慢心、そして目の前の裏切りに対する激情のままに飛び出していきましたが……新政府軍のトップ、レオンという壁はあまりにも、絶望的なまでに高くて分厚すぎました。
渾身の一撃をガードの上から叩き込み、一瞬よろめかせたところまではアキトの執念が勝っていましたが、そこからの冷徹なまでの完全拘束、そして泥をすすりながらガムシャラに抵抗するアキトを力でねじ伏せるレオンの怪物っぷりはどうだったでしょうか?
そして何より、船に乗せられる際に手荒に扱われ、ハルやエレナ、ミナたちの想いが詰まった大切な「義足」を無残にへし折られてしまうシーン。ただの武器を失うのとは違う、アキトにとっての「みんなとの絆」を自分の慢心のせいで壊してしまったという悔恨の涙は、本当に胸が締め付けられます……。
全てを失い、壊れた鉄足を抱きしめて孤独な海へと流されていくアキト。
「アキトの必死の抵抗に胸が苦しくなった」「レオンの絶望の論理が合理的すぎて辛い……」「ここからの復活を信じてる!」と思ってくださった方は、ぜひ下方の【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆→★★★★★)】でアキトに応援のパワーを届けていただけると、執筆の大きな励みになります!
さて、物語はここからさらに激熱な展開へ突入します。




