『夢操の檻』 第五部:灰の祈り、鋼の真実
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1. 蹂躙される楽園
独房の壁が砕け、流れ込んできたのは自由の風ではなく、火薬と焼けた肉の臭いだった。
「動けるか、少年!」 泥にまみれた青い戦闘服の男が、アキトの腕を強引に引き上げた。アキトの細い手首に食い込んでいた枷が、レーザーカッターで焼き切られる。自由になったはずの身体は、三週間の飢えと絶望で、鉛のように重かった。
「……何が、起きてるんだ」 「救出作戦だ。お前のような『目覚めた者』を、新政府の家畜にさせるわけにはいかないんでな」
男はアキトに古い軍用コートを投げつけると、そのまま最前線へと駆けていった。 アキトは壁を伝いながら、ふらふらと独房の外へ這い出した。ムソウかと思われ銃を向けられ、恐怖心で足がすくむ。さっきの男がくれたコートを持っていなければ射殺されていただろう。
そこは、もはやアキトの知るニューソウルではなかった。 美しいホログラムの空は消失し、むき出しのコンクリート天井からは火花が散っている。街を彩っていた音楽の代わりに響くのは、重機関銃の乾いた音と、逃げ惑う人々の叫び声だ。
「やめて……! 私は、何もしていないわ!」
聞き覚えのある声。アキトが角を曲がった先で見たのは、あの日優しく微笑んでいたパン屋の女性が、旧政府の兵士によって容赦なく射殺される光景だった。 「標的、ムソウ・グレードC。排除完了」 兵士の声には、何の躊躇もなかった。
「待て……! 彼女は、ただ操られていただけなんだ!」 アキトが叫ぶが、声は轟音にかき消される。 彼らは、新政府のシステムに組み込まれた人間を、もはや「人間」とは見なしていなかった。彼らにとってニューソウルの市民は、破壊すべき敵の兵器、あるいは汚染された部品に過ぎないのだ。
アキトは混乱と恐怖に突き動かされ、リナを探して走り出した。 裏切られた。殺されかけた。それでも、この地獄の中で、彼女の姿だけが、アキトの唯一の座標だった。
2. 下半身のない天使
中央広場。かつてアキトとリナの思いでである噴水のあった場所は、今や鉄屑と死体の山と化していた。
そこで、アキトは「それ」を見つけた。
「……リ、……リナ……?」
視界が歪む。アキトは自分の目が狂ったのだと思いたかった。 石畳の上に、彼女は横たわっていた。 ベージュの制服は血で黒く汚れ、肩から先が不自然な方向に曲がっている。そして――彼女の腰から下は、軍用車両に踏み潰されたのか、あるいは砲撃に晒されたのか、跡形もなく消え失せていた。
「あ、……あぁ……」
アキトは膝をつき、彼女に這い寄った。 彼女の背後には、剥き出しのコードと人工筋肉の繊維が、臓物のように飛び出している。彼女の体の断面からは、赤い血と共に、銀色の冷却液が混じり合って溢れ出していた。
リナの瞳が、微かに動いた。 焦点の定まらないその瞳が、ゆっくりとアキトを捉える。
「……アキト……? 逃げて、……って、言ったのに……」
その声は、ノイズが混じり、震えていた。 裏切られたことも、独房に送られたことも、アキトの頭から消え去った。彼は叫びながら、彼女の残された上半身を抱き寄せた。
「どうして……どうしてこんなことに! リナ、死なないでくれ! 僕が、僕が間違っていたんだ!」
リナの手が、震えながらアキトの頬に触れた。その手は、凍りつくように冷たい。 「……ごめんなさい。……私の夢、……あなたを守ること、だったのに……。」
彼女の瞳から、一筋の涙が流れた。 それは、感情を失った「ムソウ」には流せないはずの、純粋な人間の拒絶反応のようだった。 「アキト、……空を……見て。……本物の、……空……」
リナの指が、力なくアキトの腕から滑り落ちた。 瞳の奥で明滅していた微かな青い光が、ぷつりと、音もなく消える。
「リナ……? リナ!」
アキトは彼女の骸を抱きしめ、天を仰いで慟哭した。 彼女の「臓物」が服にこびり付こうが、そんなことはどうでもよかった。 彼が愛した少女は、自分を裏切った機械としてではなく、自分を守れなかったことを悔いる一人の人間として、アキトの腕の中で冷たくなっていった。
それが、アキトのニューソウルでの最後の、そして最も残酷な記憶となった。
ご覧いただきありがとうございました。
自分を救ってくれたはずの「旧政府」。しかし彼らにとって、システムに完全に洗脳された市民は、たとえ一般人であっても「排除すべき新政府の部品」でしかありませんでした。
そして、アキトの腕の中で冷たくなっていったリナ……。
最後に彼女が流した涙は、システムに抗った、彼女自身の本当の心の証明だったのかもしれません。
最愛の座標をあまりにも残酷な形で失ったアキトは、この「綺麗事だけでは進まない世界」でどう生きていくのか。物語はここから、本当の本番へと突入します。
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次回、激動の新章第3話もお楽しみに!




