9 竜士育成専門学校 テストと休暇 2
ランチの後は二人で庭園を散策した。
ヘイリングは植物学に造詣が深く、一緒に研究をして欲しかったようだが、ルザロワはそこまで興味が持てなかった。
「大学には行かないのか?」
「私は勉強が苦手ですし、研究したいテーマも有りません。最近竜の生態に興味が湧いてきましたけど、研究もフィールドワークだけなら」
「それなら、ますます家に帰ってこないじゃないか」
ルザロワは笑った。
「家にじっと居るのが苦手みたいです」
ヘイリングは立ち止まった。
「どうして、そんなに、私を嫌う?」
「そう言う訳ではありません。じっと家に閉じこもっているのが嫌なんです」
気がつくとヘイリングに抱き込まれていた。
「私はお前にそばにいて欲しいのだ。どこにも行かないでほしい。離れていると、心配なんだ。怪我や病気や死から遠ざけたい。君の母のような失い方はしたくないんだ。わかってくれないか」
「僕、私は母とは違います。丈夫だし鍛えているし、病気になったらすぐ医者にかかります。それに、どうしたって死ぬ時は死ぬんです!それまで自由に生きさせて下さい」
ルザロワはぎゅっと一回だけ抱き返すと、身体を離した。
「嫌いになんて、なりませんよ。父親なのに」
ヘイリングは眉間に皺を寄せた。
「そうか、では父親でなければ、どうするのだ?お前はいつも私の子ではないと言う」
ルザロワは答えなかった。
「プールで泳いできます。その後でアフタヌーンティーをご一緒しましょう」
返事を待たず、ルザロワは走ってヘイリングの元を離れた。段々と憂鬱になってきたので、気持ちを切り替えようと、直接プールのある別館へ向かうことにした。
ひと泳ぎして、脊浮きで寛いでいると来客でアフタヌーンティーは無しになると、送受信できる魔石音声送受信具から連絡が来た。
「やっぱり、忙しい人だなあ」
しばらく泳いでから部屋に戻り、仮眠しているとディナーの時間になった。
食堂へ行くと、違う給仕人が既に待機していた。
美しくセッティングされたテーブルにビルだけが着いていた。
「エディは遅れるので先に頂くようにと」
ビルは合図を送り、食前酒が運ばれてきた。
「コレで待ちましょう」
小さな果実が入った食前酒が置かれた。
「お客様がまだ居るのですか?」
「ええ、そうです」
ビルは今気付いたように言った。
「そうだ、あなたのお祖父様にあたられる方です。彼の会社からエディが手を引くので文句を言いに来たのでしょう」
「お祖父様⁈ママのお父様?」
「そうです。その関係でエディが肩入れしてたのですが、もういいだろうと判断で売却するのです。でも、反対していて。だいぶ儲けさせてあげたのに、欲深いことだ」
「私は、挨拶をしに行ったほうがいいですか?」
「まさか!また、出汁に使われますよ。ジルは望まれて生まれた子では無かったし、その子の扱いなど想像できるでしょう?居ない者と思って下さい」
「そう、なんだ。せっかく血が繋がってるのに、その人が良い人じゃ無いって悲しいですね」
話している間にヘイリングがやって来た。
二人が黙り込むと、ヘイリングは珍しく水を所望した。
「すぐ売れ」
「はい」
ビルは立ち上がって部屋を去った。
「いいのですか?反対されているのでしょう?お母様の父親の会社なのに」
「知っているのか?もう、充分面倒を見た。今のうちに優秀な経営者に引き継いでもらうだけだ。話は聞いてやったんだから、納得しただろう」
「はあ」
ビルが帰って来てディナーは始まった。何となく気まずかったが、レストランの料理も異国風なスパイシー風味が美味しかった。
そのまま、談話室でヘイリングと二人で酒を飲みながら祖父の会社やヘイリングが直接手がけている会社の話を聞いた。
夜も更けてそろそろ帰ろうとした時、ヘイリングが言った。
「それでお前はいつまで私のそばから離れているつもりだ?いつ帰ってくる」
ルザロワはえっと言った。
「帰りません。そのまま特別処理隊に入隊するつもりです」
ヘイリングは緩く三つ編みにした髪の毛を解いた。金色のサラサラした髪が広がった。
いつも綺麗な髪だと思う。小さい頃はいつもブラッシングさせてもらった。
「ふざけているのか?お披露目もしない。会社も手伝わない。そして、帰らない?許されると思っているのか?」
「許すも許さないも、あなたの許可は要らないです。そのために学校へ入ったのですから」
「お前ごときが隊に入って何の役に立つ。この家の警備員より劣るだろう」
ルザロワはムッとして言った。
「コレでも学校では1位2位を争っています。二年生にも2位以下には大概勝てます。そのままトップで卒業して幹部を目指しますよ。デフレンド人枠だから狭き門ですが」
「そんな小さなところでトップを取ったからって意味が無い。私の元で働いた方が余程良い。お披露目した後は、会社を一つ任せようと思っていた。お前の実家になっている店とかだ」
「結構です。会社経営にも興味ないです。お披露目もやめて下さいって何回も言いましたよね。ヘイリング一族は多いんだから、その方々に継がせたらいいじゃないですか。わざわざ私を関わらせる必要は無いです」
「お前は強情だな。ジルもそんな所があった」
ヘイリングは徐ろに立ち上がると壁際に並ぶチェストに向かった。引き出しを開ける。
「お前がどれだけ強いか、聞くだけではわからない。実際見てみないとな」
「はい?」ルザロワは立ち上がった。
「どうやって?!」
ヘイリングは無造作に何かをルザロワに向かって投げた。
ルザロワは慌てて受け取って物を見て更に驚いた。
ソードだ。
「どうして、これがここに⁈」
「うちが作ってるからな。コレは試供品だ」
「試供品でも、これは武器です!」
ヘイリングは、スティックを伸ばして、ルザロワに近付いた。
ルザロワは後退していく。
「私よりは強くなったんだろうな?」
「当たり前です!ソード下げて!危ないです」
「電撃モードだ。従来品より20%増しだそうだ」
「止めてください!あなたは酔っておられます!悪ふざけは⁈」
ヘイリングはスッと近付くといきなり打ち込んだ。
ルザロワは間一髪後ろに下がると、スティックを出して、電撃モードにした。そうしないと折れてしまう。
ヘイリングが更に踏み込んで来たので払いのける。
『早い』
普段事務仕事ばかりだが、それなりに鍛えているようだ。
『でも、僕が習った型と同じだから』
ルザロワは難なく打ち返し、ついでにエレンから食らったフェィントからの打ち込みを入れた。
「それは新しいな」
ヘイリングも余裕を見せている。
「もう、終わりにしましょう!」
ルザロワは受け太刀にして言ったが、構わず打ち込んでくるので、思わず空いた脇目掛けてソードを突いた。
ヘイリングは飛び退いた。
じりっ。嫌な音がして焦げ臭い匂いがした。
「嫌あ!」ルザロワはソードから思わず手を離してしまった。
スティックが引っ込んで床に転がっていく。
床に金色が散らばった。
「あ、ああ」
ルザロワはその前でへたり込んだ。
ヘイリングの腰まであった金髪の髪の毛の左前サイドが肩ぐらいで切れている。
「こんなつもりじゃ、なかったのです。こんな、御免なさい」
ルザロワはブルブル震えて泣きだした。
「シュガーのせいではない。私が怪我をしたわけでもない。もう下がりなさい」
「髪の毛が」
「いいんだ、こだわりは無い。明日美容師を呼んでカットしてもらうから」
ヘイリングはルザロワを立たせるとぎゅっと抱きしめた。
「私が悪かった。気にするな」
「ごめんなさい」
ルザロワはしがみついて泣いていた。
「帰りなさい。おやすみ」ヘイリングは額に軽くキスした。
ヘイリングは渋るルザロワを部屋の外へ出した。
ルザロワはしばらく外で泣いていたが、そのまま部屋へ帰った。
部屋に帰るとベッドに突っ伏した。
「何で、こうなる?どうしてこんな馬鹿なことばっかりしてしまうんだ?」
しばらくそのままでいた。
明日の朝どんな顔して会えばいいのかわからなかった。
眠れそうにない。考えるに焦燥感に襲われ、いても立ってもいられなくなった。
『ここには、もう居たくない。髪を切られたエディを見たくない』
耐えられず、ルザロワは二人に何も言わず邸を出て行った。学校に帰ることにしたのだ。
夜遅くなので馬車も無いなか、ずっと走り続けた。
全身汗びっしょりになったが、それでも走るのをやめなかった。
ようやく学校へ帰ってきたが、案の定閉まっている。気力が尽きて門を背に座り込んでしまった。
じっとしていると、また涙が出てきた。
暫くぼうっと座り込んでいると上から声がした。
「どうした?どこか怪我したのかってルザロワ⁈」
ハッと顔を上げると前に人が立っている。
「エレン先輩…どうしたんですか、こんな時間に」
私服のエレンが、ルザロワを覗き込んだ。
「それは俺のセリフだ。俺は飲んで帰ってきたんだ」
「やっぱりそうですか。門限過ぎてますよ」
ルザロワはエレンに会ったので涙は止まったが、また俯いた。
「ああ、この魔石押せばこっちの小さい門が空くから」
エレンは勝手知ったる我が家と言った感じで開けてみせた。
「知りませんでした。こんな時間に帰って来る事ありませんから」
「嫌味か」
「そうです」
エレンはため息をついて
「ホラ、行くぞ」と促したがルザロワは立とうとしない。
「立てません。放っといて下さい」
「はあ?」
「酒飲んで全力で走ってきたので、今急激に酔いが回って立てません」
「何やってんだ、馬鹿か、お前」
「はい、馬鹿です」吐き捨てるように言った。
エレンは更にため息をついて、ルザロワの前で背を向けてしゃがんだ。
「そんなとこで寝ちゃ駄目だ。おぶっていくからもたれろ」
「結構です。酔いが覚めたら自分で帰れますから」
「駄目だ!丸太担ぎか、おんぶか選べ」「えー」
ルザロワはむすっとしながらも何とかにじりよって、エレンの背中にしがみついた。
エレンは苦も無くルザロワをおぶって立ち上がった。
「お前軽いなあ」
ルザロワは返事の代わりに首に腕をギュッと回してエレンの肩に顎を乗せた。
「早く行って下さい。恥ずかしいから」
「はいはい」
エレンは酒を飲んだと言うわりにスタスタと危なげなく歩いていく。
ルザロワは心地よい振動で眠くなってきて、うとうとしだした。
「下ろすぞ」
と言われて両足を支えていた手を離され、ストンと落とされたのはベッドの上だった。
「ここは寮ですよね?」
「ああ、俺の部屋だよ」
「そうですか」
ルザロワはコテンと横になった。
「ルザロワちゃん?まだまだ夜は長いんだから」
「もうお酒は結構です」
ルザロワは大欠伸をして目を閉じた。
「そのまま寝ようとしてないか?」
そうだ、上の服脱がなきゃシワになる。
ルザロワは徐ろに起き上がると上着を脱ぎ出した。
「え、積極的⁈」
その下のネクタイとシャツも脱いでTシャツ一枚になった。
「ルザロワ?本当にいいの?」エレンは赤くなって唾を飲んだ。
「よく無いです」ルザロワは下のスラックスと靴下も脱ぎながら言った。
「しわになるのでハンガーに掛けといてください」
靴下以外をエレンに差し出した。
つい受け取ってしまったエレンに「ありがとうございました。帰っていいですよ」
と言うと、バッタリ倒れてすやあっと寝てしまった。
「おい、酔っ払い!そこ俺のベッドだけど⁈」
エレンは散々ルザロワを揺すったが、全く起きなかった。
「俺は何のためにコイツを態々連れてきたんだ?」
エレンは葛藤したが、意識の無い者に手を出してもつまらん、と思い留まった。
取り敢えず狭いけど寝たいと横に滑り込んだ。
「朝になったら覚えとけよ」
とキスしようとした。
「ごめんなさい」ルザロワはしがみついてきた。
「おえっ苦しい離せ」
そのまま顔をエレンの胸に押し付けて泣き出した。
「え〜、これは、どうすりゃいいんだ?」
朝、ルザロワが目を覚ますと、
「おはよう」
と頭の上から疲れた声がした。
「おはようございます…?」
目の前に裸の胸板が目に入った。
恐る恐る顔を上げるとエレンが眠そうに目を瞬かせた。
「え?」自分の格好を見るとTシャツに下着姿で、エレンに抱きついている。
「嘘、何でエレン先輩ここにいるの?」
ルザロワはパッと腕を離したが、今度は逆にエレンがルザロワを捕まえた。
「ここ俺の部屋で俺のベッド!居候はルザロワ」
「じゃあ、この格好は?」
エレンは不機嫌に言った。
「お前自分で脱いだんだろうが!俺が服畳んでやったんだぞ。その後しがみ付いて、謝りながら大泣きするから俺の服びしょ濡れになっちまって脱いだんだ。その後も馬鹿力でギュウギュウしがみついてくるから苦しくてほとんど寝られなかったんだからな」
ルザロワが確かめると下着は脱がされた形跡はない。
「えーっと、つまり、昨夜先輩は私に何もしなかった、と言うことですか?」
「そうだ、夜はな」
エレンは不機嫌な顔で口元だけ笑顔を作った。
「今から手を出すから覚悟しとけ!」
「もう朝ですって!皆帰ってきます!」
「鍵掛けてるから大丈夫、ほら下脱げ」
「大丈夫じゃ有りません、ちょっと、何するんですか!離して下さい!」
エレンは強引にルザロワの下着の中に手を突っ込んだ。
「どこ触ってんですか⁈先輩、気持ち悪いです!何塗って…離してって」
「ちゃんと濡らさないとお前が痛いだろ」
「何でこんなところ濡らすんですか⁈」
「何で?何でって何を言ってるんだ?」
「え?」「え?」
ルザロワはエレンの指の動きに我慢できず
「無理!先輩、ごめんなさい!」
と叫ぶと思い切り突き飛ばした。
うげっと声がして、エレンはベッドから落とされた。
ルザロワはスラックスを急いで履くと、他の服を引っ掴んでドアに向かった。
鍵は中から開けられたので、そのまま飛び出ると一目散に走って逃げた。
『『酷い目にあった』』ルザロワとエレンは多分同じタイミングで思った。
ルザロワは部屋に帰って、驚くウィルを尻目にベッドの上に飛び乗ると毛布を頭から被った。
「ウィル!エレン先輩が来ても絶対阻止してね」
ウィルは呆気に取られてウンウンと頷くだけだった。




