6竜士育成専門学校 入学
ルザロワは、荷物を持って歩き始めた。30分ほど歩くと、貴族街をようやく抜けて、途中で辻竜車に乗った。
街中に出ると、一旦竜車を降りた。
中古の服屋に寄って持って来た服とカバンを売って中古や安い生地の服や下着に変えた。カバンは売ったのより大きいのが無かったのでリュックとカバンを買って詰め替えた。
竜飛行士は竜の子孫のデフレンド人が成る。貴族にデフレンド人はいない。裕福なデフレンド人の商人でも着ない高級な服や肌着はおかしい。
学校の授業料は無料なので生活困窮者もやってくる。
ルザロワは正確にはデフレンド人のクォーターだが、外見は竜の眼を持つ特徴的なデフレンド人だ。
まさか大財閥の公爵令嬢とは思われないだろうが、念の為の工作だ。
竜士訓練学校に到着すると入学式まで間があったので、講堂での座席の位置を確かめた後、校舎に囲まれた中庭に行ってみた。
中庭では屋台があって軽食と飲み物を売っていたので、ジュースを買って座れるところは無いか辺りを見回した。
ベンチは幾つかあったのだが、どれも空いてなさそうだったので校舎の壁際へ行こうとした。
「ねえ、君」
斜め後ろの方から声を掛けられた。
ルザロワは自分じゃ無いかもしれないと思いつつそっと振り返った。
「横が空いてるから、座りなよ」
少年がベンチに座っていて、片手にサンドイッチ、片手にジュースの入ったコップを持ったまま、ルザロワを見てにっこりした。
「わ、わたし?」
「君しかいないよ。隣どうぞ?」
ルザロワは近寄って「ありがとう」と言って座った。
「僕はミカエル・ハイネ。ちょっと遠い街なんで朝早くて、緊張して食べられなくて。でも今頃お腹空いちゃってさ」
薄茶色の髪と目で色白の美少年だ。荒事が好きな様には見えない。
「ルザロワ・ガードナーと申します。竜飛行士候補生。貴方もですか?」
「ううん、僕は竜整備士のほう。竜が好きなんだ」
「私も。かっこいいし、可愛いところもあります」
「え、竜をよく知ってるの?」
あ、しまった。
「昔、動物園で竜に乗せてもらった事あります」
「ああ、僕もだよ。あれは、成竜じゃなくて子供の竜なんだろ?」
「でしょうね。試験の時の竜を見て、思ったより大きくてどうしようかと思いました」
「緊張したね、あの試験!」
2人は声を合わせて笑った。
「すみません、お邪魔して。食べて下さい。間に合わなくなりますよ」
「そうだね」
「できれば、これからも仲良くして欲しいのですが」
ルザロワは心から言った。
「もちろん、友達になろう!」
「友達…いいですね!」
ルザロワは今まで得られなかった『友達』に嬉しくて泣きそうになった。
あの邸に居たらできたかわからない。ヘイリングのお気に入りを押し付けられたかもしれないが。
それだけでも、ヘイリングの元を離れて良かったと思う。
「さあ、そろそろ行きましょうか」
中庭の時計を見てルザロワが言ったがミカエルは怪訝な顔をした。
「まだ、集合時間まで一時間あるよ。早くない?」
「え?」
ルザロワとミカエルは自分が持っていた入学式の式次第を見直した。ルザロワのには一時間早く書かれてある。
「あっ、2枚目が、くっついてました!」
「え?」
「2枚目に新入生代表で挨拶するから1時間早く来いって書いてあります…今気付きました」
「だからか!ルザロワは優秀なんだね!」
「いや、そんな事、先に行きます、ごめんなさい!ミカエル」
「ミカでいいよ」
「あー私は、好きに呼んで下さい!」
シュガーとは呼ばれたくないけど、咄嗟に思いつかなかった。
ルザロワは慌てて走って行った。
講堂へ戻ると、教官らしき人と、もう1人生徒がいた。
黒髪と茶色の目で小麦色の肌、勝ち気そうな顔立ちで、背は180cm位。
「すみません、遅くなりました」息を切らせて言って頭を下げると
「まだ、時間はあるから大丈夫だ」
とネームプレートを付けた年配の男が言った。試験のとき見たこのプレートは教官だ。
「待たせてすみません。私は」
「ルザロワ・ガードナーだろ?さっき、こちらのウッドナッツ教官から聞いた。僕はコナー・ソルド。2番だ。よろしく」
「2番?」
「ルザロワが試験の結果1番で、僕が2番。で、2人が代表になった」
「成る程」
「寮の部屋も成績順らしい。4人部屋だけどな。竜整備士候補と僕等二名ずつ」
「じゃあ、ニ年間よろしくお願いします」
「卒業時は俺が一番になるからよろしく」
コナーはニヤッと笑って握手を求めて来た。
ルザロワは自分をライバルと見てくれたのが嬉しくてがっちり握手した。
「負けないから!」
「痛ててて、力入れすぎ!」
「あ、ごめん!」
こちらも2人で笑った。
良かった!いい人そうだ。生まれて初めての友達が2人もできた!
入学式では言う事は粗方決まっていたので軽く練習して臨んだ。
入学式の後は寮の部屋に置く荷物の整理をして、昼食の後、校舎の案内や教科書の配布、授業についての説明だった。
寮の部屋に荷物を持って入るとコナーが既にいた。
「食堂で探したけど貴方が見つからなかった。先に来ていたんですね」
ルザロワが言うとコナーはベッドに置いた紙袋を指差した。
「一杯だったから、中庭の屋台で買って持ち込んだ」
「僕は丁度席が空いて座れたから、そこで食べてきました」
「定食安いもんな」
「ええ、とても安いですね。その割にはボリュームがあって、お腹いっぱいになりました」
大勢で食堂で急かされて食べる事も初めての経験で、満足感でいっぱいだ。
「ルザロワ⁈」
呼びかけられて入口の方を見ると、ミカエルが荷物を持って立っている。
「ミカ!君もこの部屋でしたか」
ミカエルは荷物を入り口沿いに無造作に置くとルザロワの近くにやって来た。
「そうだよ!一緒の部屋だったんだ!やった!」
「良かったです」
ルザロワは嬉しくてつい抱きついた。
「うぇっ⁈」ミカエルが変な声を出した。
「え?」
ルザロワが少し身体を離してミカエルを見ると、顔を赤くしている。
「ごめん、強すぎました?」
「いえ、あの、それもあるけど…」
「情熱的だな、ルザロワって」
コナーが面白そうに言ったので、ルザロワはハッとした。ヘイリングとすぐ抱き合っていたが、普通はあまりしないのか!
「あ、つい、嬉しくて、ごめんなさい」
ルザロワも思わず顔が赤くなり、慌ててミカエルを離した。
「別に謝らなくてもいいよ。これからよろしくね」
ミカエルがにっこりしたので、気まずさが幾らか和らいだ。
寮の部屋は中央にドアがあって反対側に窓が二つ付いている。
ベッドは頭を壁に二つずつ両端に並べられ、それぞれのベッドの両脇にクローク用と4つの引き出し付きのチェストが並べられていた。
ベッドを囲うようについているカーテンが天井から吊り下げられ、床近くまであった。
『男女で分けないし、仕切りがカーテンだけって、デフレンド人の扱いが酷いな』
ルザロワは内心驚いていたが、他の人達は特に何も言わない。これが普通なのだろう。
小さな机が窓側とドア側に二つずつ並べてあった。
「ねえ、ベッドと机の位置も、誰がどこか決まっているのですか?」
ルザロワが尋ねると、窓側に荷物を置いていたコナーが
「早いもん順!」とあっさり言った。
「駄目ですよ!クジで決めましょ、もしくはジャンケンで!」ミカエルは不満気に言った。
「ジャンケン!やりたいです!」ルザロワは声を弾ませた。ジャンケンをした事がなかったのでやってみたかった。
「くじも良いですね」
そっちも、人とやったことはない。
ルザロワがニヨニヨしているのを2人が怪訝そうに見ていた。
「どっちだよ」
「何故そんなに嬉しそうなんだろ?」
「ふふ、決めて下さい。でももう1人来られるでしょう?」
話してるとようやく4人目が来た。茶色のストレートの前髪が長くて隙間から黄色の目が覗いている。
3人が一斉に彼を見たのでビクついた。
「場所決めするから、来いよ」
コナーが声を掛けると
「僕は、どこでも、いいんで」
とボソボソ言って俯き加減になった。
「まあ、折角だからじゃんけんしようぜ!」
コナーが手招きするので渋々と言った感じでやって来た。
4人で円陣になって、ついでに自己紹介した。
「コナー・ソルド、竜飛行士候補生だ」
「ルザロワ・ガードナー、同じく竜飛行士候補生です」
「ミカエル・ハイネ、竜整備士候補生です。ミカって呼んで」
「ウィルネ・エカミナ…整備士」
ウィルネがぼそっというのでコナーは聞き取れず、
「ウィル?」
と言ったら、何故かウィルネは頷いたので、それが通称になってしまった。
ところが、いざやり出すとじゃんけんのタイミングがなかなか合わない。特に人とじゃんけんをやった事が無いルザロワと毎回びくつくウィルネのせいだ。
早々にコナーが根を上げてクジに変更になり、窓際をミカエルとコナー、ドア側はウィルネとルザロワに決まった。
ミカエルとルザロワが隣同士だ。
「お前ら、じゃんけんの練習しとけ!」コナーは呆れて言った。
「ごめんなさい」
「…」
「ウィル、練習頑張ろう!」
ルザロワは俯くウィルネに真面目な顔で言った。
「冗談だよ!」コナーがキレ気味に言った。
「そうなの?」
ルザロワはじゃんけんと会話の難しさを知った。
「いや、今後必要だよ、この2人は!」
ミカエルはずっと笑っていた。
集合の時間になって、講堂に行くと教官が2名立っていた。
騎士と整備士とで各10名ずつクラスが別れて案内になるので、ここでお別れだ。
お互い軽く手を振った。ウィルネは俯いたままだったが。
「あいつ感じ悪いよな」
コナーが思わず言ったので、ルザロワは
「内気なだけで、悪い子じゃ無いですよ、きっと」
と取りなした。
座学は整備士候補と同じ講義が多いと聞いて、ミカエルと会う機会も多いだろうとほっとした。
竜舎の見学は人数が多すぎるので日を分けて5人ずつで、今日はルザロワとコナー、後3人と行くことになった。
「これも成績順?」
「だろう2人でヒソヒソと話した。
竜舎は校舎から離れた所に有り、運動場を横切って5分位かかった。
近付くにつれ、竜の出す声が聞こえてくると、期待で皆も心なしか早足になる。
竜舎は天井が高く、校舎の三階近くまであり、開け放された大きな扉の向こうに試験の時と同じ10頭の竜がいた。
木枠で仕切られた場所に一頭ずつ入れられ、5頭ずつ通路を挟んで向かい合って立ったりしゃがんだりしている。
2人の年配の整備士がいて、後は二年生の整備士候補生5人が竜にブラシをかけたり、藁床を整えたり世話していた。
「今日は入り口からだけだ。わかってるとは思うが、お前達新参者は急に動いたり、大きな声は出すな」
教官が警告する。
「でも、俺達は竜に嫌がられないから入学できたのに大丈夫じゃないんですか?」
ジョナサン・ケネットと言う青年が不思議そうに言った。背が190cm位有る大柄で、がっしりとした筋肉の付いた腕をしている。
髪は癖の強い茶色で襟足でまとめているが先っぽも四方八方飛び跳ねている。黒灰色の目で竜の方をやや睨むように見ている。
「当たり前だ。竜達にとってお前達は静かに通ったら無視できる程度かもしれんぞ?竜は賢いからな。一度嫌な印象を持たれたらいつまでも覚えていて、信用を取り戻すのに時間がかかる。気をつけろ」
「どうしたらいいんですか?」
「そりゃ、ひたすらご機嫌を取る」
教官はニヤッと笑った。
「すると舐められて命令に従わない。加減が大事だ」
候補生達は皆唸った。
「ま、明日から整備士と二人三脚でやって行くから、各自頑張れ!」
「何だか、無責任に聞こえる」ルザロワはつい呟いてしまった。
「明日から騎乗するからな!鞍の掛け方と乗り方、操り方予習しとけ」
「え、いきなり⁈」
「その為に来たんだろうが!」
教官は古参の整備士に手を振ると、スタスタと歩いて校舎の方へ戻っていくので、皆仕方無くついて帰った。
寮の部屋に帰って二人はうーん、と唸った。
「嘘だろう?何の予備知識無しかよ!」
コナーは頭を抱えて、信じられない!と大声で言った。
「今日見ただけで乗れませんよね。取り敢えず予習しますか」
ルザロワは積んであった真新しい教科書から初級本を取り出した。
「あー、それも面倒くせー」
「仕方ありません。まごまごして、駄目な奴と突き放されたら、どうしようも無いでしょう」
「それより、先輩飛行士候補に直接聞きに行こう!」
コナーはルザロワの腕を取ると強引に部屋から出た。
ルザロワは勢いに飲まれて何とか教科書を机に戻し、付いて行った。
寮の談話室に行くと、丁度一人でソファに座って菓子を食べている先輩がいたので、コナーが話しかけた。
グレーの髪に金色の目のエレン・マクガイヤは、明日からの授業について愉快そうに答えた。
「俺ん時もそうだった。習うより慣れろ〜って」
「皆さんどうされたんですか?」
「散々さ!鞍は落とされる、乗せてくれない、乗っても動かないし、終いに振り落とされる。毎年の恒例行事だ。君達も無事乗り切れるといいな!」
ニヤニヤと笑うエレンに礼を言うと、そのまま二人で溜息をついて去ろうとした。
「まあ、待てよ!ナンバー1、2!恥かきたく無いだろ?今から練習行くから、付いてくるか?」
「是非!え?僕達の事ご存じなんですか?」
「入学式で、新入生代表で前に出てただろ」
「そうでした」「マクガイヤ先輩、お願いします」
二人は食いついた。
「後でコーヒー奢れよ!」
ルザロワはじゃんけんの件で自分が特殊な育ち方をして来たのを隠すのが難しそうだと思った。
何とかミカやコナーと親しくなって庶民と公爵令嬢の間を埋めねば、と勉強を頑張ると共に、別の目標も立てつつ話を聞いていた。
口調が貴族、と言われて、やっと気付くまであと少し…




