17 竜士特殊処理隊 いざ、入隊へ
2年の訓練学校を経て、漸く特殊処理隊に入隊した。卒業と入隊試験はトップクラスだった。体技とソードのもトップだった。
入隊して暫くは仮配属となり、政治イベントの外周の警備(要人SPは更に選抜と警察と軍での訓練を経て決まる)や、犯罪現場での人員整理や検証後の片付け(血液などの特殊洗浄と現状復帰)など、軽微な任務で適性を図られる。
竜による飛行任務は食料、医療品、備品等を遠方の基地や、配給所に送る。こちらの仕事は思ったより少なかった。陸竜に運搬させるのは簡易的に現場に組み立てる資材が多いが、殆ど一般の業者が引き受けるので、あまり出番は無かった。
ある日、警察の手伝いで麻薬取引現場の周囲の警戒で付いて行った。隠れていた下っ端が逃走し、包囲網を突破されそうになった。
他の隊員が倒されるのを見て加勢に入り、やむを得ず下っ端に軽く足蹴りを一発出した。
しかし思ったより強かったようで、勢い良くふっ飛んで、その先に居た他の隊員に突っ込んだ。
下っ端と隊員2人とも肋骨にヒビが入る怪我を負わせてしまった。
ルザロワは担当上官から、やり過ぎだと、叱責を受けた。罰として走り込みと反省文、士官室の掃除を命じられた。
『罰としても多過ぎる』ルザロワはがっくりと肩を落としたが、それだけでは済まなかった。
走り込みと反省文は早々に終わった。
士官室の掃除が曲者だった。
教官室は休憩所と仮眠室が併設されていて、下士官がしょっちゅう出入りする。
掃除をしていても、自分より上官なのでその度に軽食やお茶を準備しなければならない。
仮眠した後の簡易ベッドのシーツや枕カバーを変えてマットの埃を取ったりと、雑事を一切引き受けた。
尚且つ意地悪な教官は遠い場所まで物を取りに行かせ、何秒かかったかをネチネチと責められたり、帰って来たものの本人が居なくて探し回らなけばならない、取り敢えずつまらない手間のかかる用事をさせてこき使う。
つまり、『掃除』という罰は終わらない。
普段はそれぞれ担当する部下が何人かで交代で行っているのだが、それを1人で昼夜回す羽目になる。
普段持ち回りで担当している隊員達は、それを『休暇』と呼んで食堂でだべっている。
「今回はいつまで持つかな」
「久々の休暇だから頑張ってほしいな」
「まあ、3日持てばいいとこだけど」みんなでうっそりと笑った。
余りにも用事ができないと、1人で延々と走り込みだ。
期間は上官の気分次第。
体力と忍耐力をどこまでも試される。
ルザロワは体力より忍耐力が先にキレそうだった。ヘイリングと約束した手前、辛いからとこんな事で根を上げる訳にはいかない。
自分の時間が無くて食事も立ったまま、シャワーも5分。睡眠も満足に取れず、シーツを変えている最中にベッドに突っ伏して寝てしまったりした。
それでも、弱音を吐かず黙々とこなすルザロワに、半月後、遂に上官が終わりを告げた。
休暇を貪っていた担当隊員達であったが、ルザロワの健闘を讃えて自分達で食事を用意し、仮眠を好きなだけ取れる配慮をした。
ルザロワは感激したが、せっかくの食事も半分寝ながら取り、後は自分のベッドで半日爆睡した。
そして!ルザロワはこの貴重な体験を通じて、相手に対する手加減を覚えた!
入隊3ヶ月後、各々の正式配属の辞令が下った。
通信、配給、竜整備等は13の分隊に振り分けられており、其々の隊に配置が決められる。
ルザロワは、何故か別室に呼ばれた。
緊張しながら入ると、正面奥に青年が机の向こうに座っていた。
茶金の髪をオールバックで撫で付け、青い瞳の持ち主で顔立ちが非常に整ったスプレンド人だ。
「ジョン・ジャスコナート少尉だ」横に立っている副官が紹介した。
「分隊の大隊長をしています」
ルザロワは敬礼すると自分の名前を言った。
「ルザロワ・ガードナー候補生です」
「何故私に呼ばれたか知ってるか?」とジョンは書類を見ながら尋ねた。
透明感のある青い目の中の丸い虹彩に、ヘイリングとビル以外のスプレンド人を見たのは久しぶりのような気がした。
「全く存じ上げません」正直に答えた。
「君の担当者の推薦があったからです。学校も優秀な成績で卒業、仮配属先では犯人一味の確保に貢献、とある」
ジャスコナート少尉は顔を上げて、初めてルザロワと目を合わせた。
「『下士官室の掃除』をやりきったとあります。何故そんな罰を受けたのですか?」
ん?知ってるはずなのに敢えて聞く?
「犯人に対する過剰攻撃と、その時に巻き込まれた隊員を負傷させてしまいました」
「力が強過ぎた、と」
「初めての事に取り乱しました。反省しております」
「取り乱した、と?そんな感じではなかったようだが、まあいいでしょう。本題に入りましょう」
ルザロワは緊張して言葉を待った。
「あなたを第13分隊の隊長に任命する予定です。明日付けで正式な任命書を出しますが、前もって教えたほうがいいでしょう?」
「隊長?明日?私が?新人でいきなり隊長⁈」
思ってもみなかった言葉に思わず口に出してしまい、身体が震えた。
「本日から私が君の直属の上司です。隊員のプロフィールが書いてある物を渡します。確認しなさい」
そばにいた副官が封筒に入れた書類をルザロワに差し出した。
「はい!ご期待に添えるよう全力で頑張ります」
と敬礼した。
心の中では何故何故と嵐が吹き荒れていたが、震える手を何とか抑えて書類を受け取った。
「まあ、そんなに気合を入れる必要は無い。同じデフレンド人だけの部隊になるから、君ならすぐ馴染むだろう。何かあれば、私を頼れ」
ルザロワは深く考えずに頷いたが、これが後々の出来事を暗示する言動だと、この時は気付かなかった。
次の日の任命式はルザロワの分隊長就任の話題一色だった。
ルザロワは予め言われていたので平気な顔をしていたが、内心は動揺していた。
分隊長の紹介を受けた時に、第1分隊である補給輸送隊の副隊長がエレンだったからだ。
まさか同じ拠点にいるとは思わなかった。いや、全くではないが、会うのがわかっていてずっと居るわけないと思い込んでいたのだ。
ついこの前泣く泣く別れを告げたところだし、エレンは諦めていないようなので、非常に気まずい。
その後の懇親会で、別室へ移る時に案の定話しかけてきた。
隊の制服を着たエレンは相変わらず格好良く、懐かしさも合わせて改めて胸がときめいた。
「ふふ、可愛いな。まだ制服に着られてる感あるぞ」
エレンは親しげに言った。
ポケットが4つ付いた立襟の白の防刃ジャケット、下は黒の膝上チュニック、腰のベルトにソードを下げ、白い膝下のブーツはピカピカだ。
「そうですね、防刃ベストは着てないので、ちょっと上が余ってます」
「あれ、息苦しいよな」
「一般人はソードなんか持たないから必要ないと思います」
「まあ、チュニックも防刃仕様だから、絶対やられないようにデザイナーは考慮したんだろ」
エレンはルザロワの手を握りしめて、歩き出した。
「ちょっと、そっちは会場じゃ」
「こっちが近道なんだ!」
「本当ですか?」
ルザロワは振り払われず、そのまま付いていく。
やがて、建物の端まで来てルザロワは立ち止まって未だ繋がれたままの手を引いた。
「どこ行くんですか、建物出てしまいますよ」
「まず、俺の部屋に寄ってから会場な。積もる話もあるし」
「そんな、会場で話しましょう。部屋まで行く必要は無いです」
エレンは建物を出ると違う建物へ向かう。隊長クラス用の部屋だ。
「お前、この宿舎に移るんだろ?よろしくな」
「まだ、案内されてませんよ」
「使い勝手教えてやるよ、ほら、ここだ」
ルザロワは強引にエレンの部屋に入れられた。
中は四角い部屋で、右端にベッドが置かれてあり、手前の壁にクローゼットが二つ並んでいる。入り口から入って左に簡易キッチン、小さな一人用テーブルと椅子、奥に扉があってバスルームらしい。
見本の部屋かと思う位余計な物が何も無く、殺風景だ。
「意外に小さな部屋ですね」
「寝に帰るだけだからな」
エレンはルザロワを引き寄せて抱きしめた。
「エレン、放して」ルザロワは言ったものの、力を抜いてしまった。
「ずっとルザロワに会って抱きしめたかった。よく、夢に見たよ」
ルザロワは俯いていた顔を上げた。
「私も」ルザロワは言いかけて、口ごもった。自分から別れを持ちかけておいてそれは無い。
でも、顔を近づけてきたエレンと抵抗無くキスした。久しぶりの口付けは甘く、蕩けるような感触だった。
『気持ちいい』深まっていくキスに応じた。
いつの間にかエレンを抱きしめていた。
『無理だ、この人と別れるの』
「ルザロワ、愛してる」囁くとエレンは詰襟のジャケットの前を緩めた。その下のチュニックの襟も外される。
「どうする?もう会場に行く?」
エレンがルザロワの耳に囁いた。
「それとも、シャワー浴びて、してから…?」
エレンは涙目で震えているルザロワの赤くなった頬を優しく摩り、ジャケットの襟を掴んで下に引っ張った。スルッとジャケットが脱げた。
チュニックの上に閉めていたベルトも外され、下に落とされた。
「ずるい、です」
ルザロワはやっと言ったが、すぐに口で塞がれた。
「前からわかってただろう?」
「わかってましたっ、離して!」
ルザロワはチュニックを掴んで何とか脱がされるのを阻止した。
「早く懇親会に行きましょう」荒い息を整えつつ言った。
「仕方無いね、今度時間がある時に。俺はルザロワと別れたつもりは無いから」
「いいえ…私は」
「セフレでもいいから、付き合え。いいな?俺は絶対お前を逃がさない」
「…うん」
エレンはキッパリ言って、ルザロワに認めさせると、ルザロワの落としたベルトとジャケットをとって着るのを手伝った。
懇親会は遅れたが参加できた。でもエレンとの遣り取りで疲れ果てており、エレンが自分の隊長と話している隙に、こっそり退会してしまった。
一般隊員の宿舎に帰ってきたルザロワは疲れを押して各隊員のプロフィールを確認する事にした。
一人一人見るにつけ、段々憂鬱になってきた。
5人いる内4人が普通では無い。一回は懲罰房に入った経歴がある異常さだ。だからと言って顔を見るに、誰もが幼さが残る青年だ。
副隊長はルザロワより年上なので、まだ年相応だが、経歴は一番酷い。何回も他所の隊員同志で喧嘩になって罰を受けている。
明らかに問題大有り小隊だ。どうしてこんな隊を学校を卒業したての新人にまかすのか、意図がさっぱりわからない。
明日の顔合わせが不安だ。向こうだってルザロワが隊長だと納得しないだろう。どんな反発があるかわからない。
エレンとのこれからの関係もどうすれば良いのか見当もつかない。心が定まっていないのが丸わかりで恥ずかしい。
セフレと言われたが、エレンは全くそんなつもりはないだろう。
「弱いなあ」
いっそのこと、自分の身の上を明らかにしてみようか。いや、彼なら気に留めないかもしれない。
いずれにせよ、前途多難だ。しかも後ろにはヘイリングがいる。前にしか進めない。




