16 竜士育成専門学校 大レースと卒業
いよいよ、卒業の為の大レースの日が近付いてきた。去年の反省を踏まえ、今年度から品評会と別日にすることになり、出店もあることから、地元ではお祭り騒ぎになる。
「ふふふ、今度こそ優勝しますからね」
自信ありげに言うルザロワにコナーが釘を刺した。
「またエレン先輩から余計な事吹き込まれただろう?」
「今度は安全第一で行きます」
エレンとはなかなか会えないが、恋人関係が続いており、大レースについても、寝物語だが遠慮無く根掘り葉掘り聞いてきた。
エレンの溺愛も深まり、結婚する気満々らしいが、ルザロワは今は入隊の事しか興味が無いので、その手の話題には乗らない。
「ソードも護身術体技も一人勝ちだったし、学科も一位、レース位譲れ!」
「駄目です。エレン先輩と同じじゃないと、いばれませんからね」
「先輩は化け物だって!」
「確かに体力お化けですけど」
「先輩とデートの日は帰って来たら死んでるじゃないか」
「言わないで下さい。それについては魔人ですから」
レースが終われば、特殊処理隊の入隊試験がある。勿論、警察もだ。
正義感の強いコナーは警察官になるそうだ。ウィルは孤児院のスポンサーの一つ、竜具店の輸送部門の竜整備士として就職、ミカも、住んでいる地元の竜輸送大手の専門会社に竜整備士として内定している。
特殊処理隊へ入隊希望は半分位だった。
「意外に人気無いですね。殆どそっちへ行くと思ってたのに」
「不規則な勤務だし、他から下に見られるってのはある。大昔の竜騎士警備隊なら違ったが、今は単なる雑用だからな」
「竜騎士かぁ、それだと大分格好良さそうですね!残念です」ヘイリングが馬鹿にする訳だ。
大レース当日になった。緊張で動悸がするのを懸命に抑えていると、後ろから抱きつかれた。
「きゃっ」
咄嗟に振り払おうとして、馴染みの匂いに気がついた。
「エレン先輩!来てくれたんですね!」
「よお、緊張してるだろ?見え見えだぞ」
軽くキスすると身体を離した。
「仕方ないです、これからの人生が掛かってるんですから」
「焦って前回のような事になるなよ」
エレンはルザロワの額を出して、薄い傷跡を指でなぞった。
「気を付けます」
「意外と熱くなるタイプだからな、お前」
二人してニヤッと笑った。
「ここに最強のライバルがいますもの、熱くもなりますよ」
「うーん、それが心配なんだけど」
エレンはルザロワの頭を撫でると額にキスした。
時間になったので、ルザロワは別れを告げてスタート地点へ行った。
ハルペルが少し興奮した様子でルザロワを迎えてくれた。
ルザロワは急いで鞍を付けた。二年生は鞍をあらかじめ付けておける。
横に立ってスタートの合図で飛び乗って安全ベルトを装着して飛び立つ。
ハルペルは何も言わなくても斜め前に飛んで行く。
生憎下は向かい風なので、今回は上の気流で追い風をハルペルに探してもらい、それに乗って移動する。
ハルペルはすぐに探り当て、素晴らしい勢いで飛んでいく。たちまち他を引き離して先頭に追いつく。
たちまち一年の時に通った川が見えてきた。
今回はここで曲がらず突っ切って森を抜け、その向こうの街の端の竜舎で休憩させてもらい、そこから一年の時目指した島の上を通り、真っ直ぐ学校へ帰るルートだ。
島で教官が下から通過チェックをするので竜の腹には番号を書いたゼッケンが巻かれている。
竜舎に着くと近くの山から歓声が上がった。竜舎の周りは接近不可なので、街の人たちは近くの丘に登って観戦するのだ。
「早いな、ルザロワ」待機していたウッドナッツ教官が声を掛けた。
「今回も秘策を授かりましたので」
水をぐびぐび飲んで一息つく。他のメンバーはまだやって来ないのを確認して微笑んだ。
皆が見えてきた頃、ルザロワの出発の時間になった。
「くれぐれも周囲の警戒を怠らないように!」
「了解です!」
帰りも風に乗って軽やかに進み、今回は何事も無く一位で帰り着いた。
エレンが待ち構えていて、竜から飛び降りたルザロワを抱き止めた。
「ありがとう、エレン!あなたのおかげです!」
「ルザロワの努力だよ!おめでとう!」
他のメンバーが帰ってきた時、まだいちゃついていたのでコナーは呆れて言った。
「エレン先輩が、こんなにデレデレになるとは思いませんでしたよ!さっさと宿へ行ったら?」
「羨ましいでしょう?コナーも早く見つけたら?」
ルザロワが我に返って恥ずかしがっていたが、エレンは全く動じていなかった。
「今から打ち上げ会に行くので」
「じゃあ、早めに切り上げておいで。いつもの所を取っておいた」
「わかりました」恥ずかしげに微笑むと、ルザロワはエレンの頬にキスしてから、皆が行く会場代わりの食堂へ去った。
「ルザロワ、大レース一位おめでとうー!」
コナーが最初に言うと、残りの候補生が
「おめでとう!」と声を合わせて言った。
「ありがとう!凄いでしょう!」
みんなドッと笑った。
下級生が中心となって用意したオードブルが並び、みんなで飲みながら食べていく。
ルザロワは叔父の会社から特別に融通してもらったと言って、オードブルやおつまみ、ワインとビールを廉価で提供した。
みんな気兼ねなく飲みまくっていた。
既に酔っている他の候補生にいじられながら、ルザロワはこの2年間を思い出してしみじみ感慨に耽っていた。
『エレンに絡まれた思い出が多い…』
最初はエレンに騙されて、乗り慣れず吐いてしまった竜の飛行も、一番早く自由に飛べるようになった。
来週は特殊処理隊の入隊試験だ。それは此処と違って適性を見るだけなので、そんなに悪い点で無ければ合格する。
ルザロワは当然のように満点合格を目指す。
入ってから研修も長くある。
幹部候補生の試験を受け続けて、資格を得る迄隊で頑張り、何か成果をあげれば、なお良し。
隊長はスプレンド人が多いが、一応デフレンド人てまも資格試験は受けられる。チャンスは活かすべきだ。
『後は先輩との行末をどうするかですね』
エレンはすぐ結婚して子供が欲しいそうだが、せっかく入隊して直ぐ産休は勿体無いし、気が進まない。
しかも、ヘイリングは決して賛成してくれないだろう。
ルザロワの身元も誰にも明かしたくは無い。ヘイリングからはなるべく離れたいのだ。
もしエレンから結婚を提案されたら、最悪別れも視野に入れなければならない。
この後会えば、エレンが盛り上がって結婚の事を言いそうなので、ちょっと気が重い。盛り上がるのは良いけど。
それでもルザロワは早目に切り上げて、エレンの待つ宿へ足を運んだ。
「ルザロワ!」ドアを開けて入った瞬間、花束を渡された。
「おめでとう!」
「あ、ありがとう。綺麗だね」
ルザロワが多少驚いて受け取ると、エレンはルザロワを抱え上げて運んだ。
「待ちかねたよ」
とベッドの上に下ろされて、散々愛し合った。
「子供ができるかな、これだけ注いだら」
「え、ああ、そうかも。避妊薬飲まないと」
エレンは起きあがろうとしたルザロワを抱きしめた。
「駄目だよ、そのままいろよ」
「何言ってるの!本当にできたらどうするの?」
「結婚して産むのさ。当たり前だろう?」
ルザロワは抱擁から抜け出して上半身を起こした。
「前も言いましたが、私はまだまだ子供も要らないし、結婚も考えていません!勝手に決めないで下さい!特殊処理隊に入るのが目標なんです」
「別に結婚してから入隊していいじゃないか」
「子供は欲しく無い!まだ自由でいたいんです」
「入隊したら、別の男に目移りするだろ?嫌なんだよ手を出されるのは」
ルザロワは呆れた。
「そんな理由で無理矢理孕まそうなんて!浮気症では無いし、別の男なんて余裕も無いです。エレンの方が怪しい位だ」
ベッドから出ると自分のカバン置き場に行って、避妊薬を取り出した。
エレンは後ろから抱きついた。
「離して下さい。薬飲んでから話し合いましょう」
ルザロワは薬を急いで口に入れた。
「止めろ!」エレンは指をルザロワの口に突っ込んで中を掻き出そうとする。
「んあっ止めて」ルザロワはエレンを突き離し、薬はなんとか飲み込んだ。
ルザロワは急いで服を着た。
「勝手な人って知ってたけど、これはあんまりです。しばらく会いませんから!!」
「ルザロワ、それは」
ルザロワはエレンの方を見ずにカバンを引っ掴むと早足で出て行った。
せっかくの高揚していた気分はペシャンコに潰れた。
間も無く卒業式を迎えたが、誰も呼ばなかった。
しかし、門を出たところでエレンが待ち構えていた。
ルザロワは、少し不機嫌になったが押し殺して、近寄ってきたエレンを迎えた。
「卒業おめでとう、ルザロワ。総合一位の成績だったんだろう?名誉総代の肖像は俺の横に飾ってた?」
「はい。一応。名誉な事です」
「そんな事思ってもいない癖に」
「そうですね。今日はお祝いに来て下さったんですか」
「そうだな。それで、一緒に食事に行くか?」
「折角のお誘いですが、行きません」
「ルザロワ、俺が悪かった。もうお前の意思を無視したりしない。仲直りしよう」
エレンは頭を下げたが、ルザロワはため息をついただけだった。
「エレン先輩を信用できなくなりました。何されるかわかりませんので、二人での行動は無理です」
「付き合う以前に戻ってしまったな」
「そうですね。仕方無いです」
「どうしたら信用を取り戻せるかな」
「それは、難しいと思います。結婚や子供を早急に欲しいなら、別の人を探して下さい。私は全く興味無いですし、先輩とそうしたいとは思えないんです」
ルザロワは頭を下げた。
「エレンを嫌いにはなりませんが、お付き合いはもう、無理です。ごめんなさい」
「ルザロワ」
「お話はまだかかりますか?」
後ろから声をかけられた。
「え?」
ルザロワは振り返った。
ビルが近付いてきた。
「ビル、叔父さん!迎えに来なくて良かったのに」
「いえ、せっかくですから皆でお祝いをしようと席を作りました」
「ありがとう。もう行くよ。エレン、今までありがとう。これからは先輩後輩としてよろしくお願いします」
「それはできない」エレンは暗い声で言った。
「そうですか、仕方ないです。さようなら」
悲しそうに言うと、ルザロワはビルに肩を抱かれてエレンから離れた。
そのままエレンと先へ結婚へと、闇雲に突き進んでいく勇気はなかった。
今はヘイリングから逃げる事で精一杯だ。
「本当は恋人と思ってます」
エレンが見えなくなってから、やっとビルにそう言った。
「大好きなんです」
ルザロワは泣き出した。
ビルは黙ってルザロワの頭を撫でた。
「エディには彼の事は黙っておいたほうが良いですか?」
ルザロワは頷いた。
「ヘイリング家にいる限り、エディが知らない他人との交際や、ましてや結婚を許す筈無いでしょう?」
「それ以前に、どこに行こうと逃げられませんよ。あなたはエディのシュガーなんですから」
「そんなの知らない。私は、シュガーじゃない!ルザロワだ」
ルザロワは涙を流しながら、キッパリ言った。




