12 竜士育成専門学校 進級試験の飛行レース
入学してから一年が経とうとしていた。
1年度末進級試験がやって来る。
内容は、学科、実技試験、竜の品評会、飛行レースだ。
2年生は卒業試験で内容は同じだが、飛行レースの距離は倍以上になる。それとは別に竜飛行士・整備士認定試験もある。就職先によっては更に試験が待っている、忙しい時期だ。
ルザロワ達は机を並べて勉強会に勤しんでいる。流石にウィルも、参加している。
ウィルはずっと図書室で勉強してると分かって、徐々に部屋に引っ張り込んだ。万年2位のガリ勉と陰で言われてたのを知って、付き合わせた。
彼が、丸暗記しようとしたのを知って、要領良く否、効率的に覚えることを教えた。
コレがわかったらこの先は芋づる式に出てくるのだから、コレだけ覚えれば良い、みたいな。
ウィルは極端な人見知り(竜見知りは無い)だったが、少しは話すようになった。
孤児院出身で、唯一みんなで出かけた動物園で見た竜への憧れが忘れられなくて、16歳の卒院と共に試験を受けたら通ったので、頑張って勉強している。日曜学校で教えてもらっただけなので入学前も後も知らないことだらけで、勉強してないと不安になってしまうそうだ。
僕達は嫌味にならない程度に、送ってきた菓子をお裾分けしたり、たまにご飯を奢ってやったりする仲になった。
ルザロワもコナーから教えてもらってより具体的に記憶術を活かすことができるようになった。
「俺の必勝暗記方法を1位のお前に教えたら、俺が万年2位じゃねーか」
「気付くの遅いよ、お人好しコナー」ミカが笑った。
「竜飛行ではコナーに勝てないよ」
ルザロワはあっさり認めた。
レースに向けてショートコースで勝負しているが、3回に1回位しか勝てない。
ルザロワが竜に命令してから、実行に移されるのにタイムロスがあり、積もり積もって肝心な時に無理な方向転換をさせてしまったり、スタミナ切れになったりしてしまう。
「飛行士向いてないのかなあ、要領悪いのわかってるのに直せないって、腹が立ちます。その横をコナーが涼しい顔して追い越していくのを見ると余計」
「それ、ほぼ俺、関係無くね?」
ミカは品評会に向けての龍のお世話当番で席を立った。竜舎にいる竜の中から一番見目麗しいのを選んで、他所にいる竜と比べさせる会だ。他の訓練学校のみならず、一般企業からもやって来るので気が抜けない。二十四時間体制で竜を磨き立てる。
特に繊細な比翼は上手く磨けば太陽の光に半分透けて、骨の部分は虹色に輝き特に美しい。
竜達の機嫌を取りつつ、整備士達は躍起になって膜に付いた細かい汚れを少しずつ落としている。
「その結果、ミカとの触れ合い時間も足りない」
ルザロワは嘆いた。
「もう結婚しろ」
「それができたらなあ」
まだ先の話だが、結婚に至る道に立ちはだかる困難に既に諦めていた。
ミカ達には自分の本当の身分を明かせていない。どのタイミングで言えば良いかわからないし、いずれヘイリング家から離れる予定だからだ。
あれからヘイリングやビルからは何もコメントは来ていない。それが逆に不気味だ。
「本気だと絶対思われてないんだろうな」
「叔父に?」
「う、うん」コナーに突っ込まれて、気まずく返した。
進級試験は順調に進んだ。もちろん前日は4人とも徹夜(ミカとウィルは連日の当番の疲れからか途中で寝落ち)だったが。
学科は僅差でルザロワ、コナー、ウィル、ミカの順で、一年後半から始まった対ソード実技では、ルザロワが持ち前のパワーと俊敏さで圧倒した。
ソードは軍人、竜飛行士、警察官*が所持可能。
柄に魔石を埋め込み、電撃、雷撃モード中はスティックに帯電して打ち込んだ時に衝撃を与えられる。
(普段は使えないようにロックしてある)
帯剣時は柄を入れても50センチで、それでも使用できるが120センチほどに伸びる。伸びた状態をスティックと言う。竹刀のような形状。
3段階(無し、電撃、雷撃)で強さを変えられる。
ただし、雷撃モードを使用すると威力はあるが、短時間で魔石を消費して(割れる)交換を要する。
普段使いの魔石は交換単位が最長1年。
電撃モードでも当たりどころが悪ければ失神するし、骨も折れたりする。
ソード同士を打ち込むと、持ち手にきつい静電気のような反動が返ってくるので専用の絶縁手袋を装着する。
*警察官は電撃はロック、雷撃モードの無い仕様のソード。
品評会とレースは同日に行われる。整備士は速さは競わず、どれだけ竜を調教できるかに重点が置かれる。
飛行士は操縦と速さだ。
コースは隣接する大きな森林を抜けた向こうに流れる大河に沿って下り、海を隔てて浮かぶ小島に試験官がいて、到着時間を書いた飛行証明を貰い、小休憩の後再び学校を目指す。
いよいよ出発となってルザロワは、無事出産して戻ってきたハルペルの横に立った。腕には鞍を抱えている。鞍付けからレースは始まるからだ。
「ハルペル、よろしくね」
ルザロワとハルペルはいいコンビになった。ハルペルが、ルザロワがいると、他の者を絶対乗せないからだ。
「では、用意しろ、出発!!」
10人全員が一斉に動き出して鞍を載せる。
ルザロワはいち早く用意して飛び乗る。その瞬間ハルペルは浮かび上がった。位置を確認して飛ぶ方向を示す指示も一瞬だ。
コレを何回もやって短縮化させた。
一番に浮かび上がると森の向こうの川を目指す。森の上で振り返ると、遅れて一匹追いかけてきている。
「コナー、もう来た、ハルペル!急いで!」
ルザロワが声をかけるとハルペルが返事をした。
川が見えてきた。
ルザロワは高度を下げると川の真上を飛ぶ。川風を使って速度を上げるのだ。
「滝だ!上がって!」
不意に流れが消える。
一瞬遅れてがくん、と高度をさげたがすぐ持ち直してひたすら河口へ飛んでいく。
景色を楽しんでいる余裕は無かったが、波の音がしてきてハッと顔を上げた。
「海まで来た、もう少しだ」
少し高度を上げて島を確認する。近付くにつれ潮の香りが濃く漂ってくる。
「見えた!」砂浜にウッドナッツ教官が立っていた。横にウッドチェアが置いてある。
「ちぇっ海水浴気分かよ!」とコナーなら言いそうだ、とルザロワは思った。
降り立つと教官に着地証明を貰った。
「10分休憩だ。水分取れ」
と薄甘いココナッツジュースを渡された。
ハルペルは竜専用の水飲み場で既にごくごく飲んでいる。
一息ついていると、他の候補生が、コナーを筆頭に次々やって来た。
「お前、どこ行ってたんだよ。見失っちまった」
コナーがミルンから降りてやって来た。
「川の上を低めに飛んでた。追い風で早く行けるからね」
「うわ、ずるいぞ、そんな裏技」
「不本意ながら、エレン先輩から教えてもらったんだ」
「お前、まだ付き合ってんの?先輩と」コナーが驚いて言った。
「違うよ!無理矢理教えてくれたんだ」
「見返りは?」
「…キスされた」
「ルザロワー」
「先に強引にキスされて、そのお礼とか言われて、仕方無かったんだ、絶対ミカに言わないで」
ルザロワは頭を下げた。
「まあ、良いけどよお」
「僕も、甘かった。エレン先輩もう、飽きた頃だろうって思ってたんです。ミカと付き合ってるって言ったのに諦めないって。本当に困る」
「まあ、卒業だし、それが最後だろ、さすがに」
「そう思うんだけど。あ、2年の必修科目のまとめノートくれるって。でも、デートに一人で来いって言われたから…」
「行ってこい」コナーは即、命令した。
「僕を餌にしようとしているな⁈」
「皆の幸せの為だ、我慢しろ」
「えー」
「1位の先輩のノートだぞ?俺たちの後は売ればいいじゃんか」
「僕の貞操を犠牲にして?」
「お前が気を付ければ良いんだよ!いつも油断しすぎだ!」
「気を付けてる、でも負けるんだよっ」
「ルザロワ・ガードナー、出発まで1分!」
「了解、騎乗します!ハルペル!」
くうーっと鳴きながらハルペルが走って来た。
「すぐ追いつくからな!帰りは空だろ?」
「そうですが、逃げ切る!」
「ノート頼むぞ!」
もうっ、とルザロワはハルペルに跨ると
「帰るよ!最速で!」と命じた。
ハルペルは軽やかに舞い上がり、あっという間に見えなくなった。
「帰りは向かい風か、つらいな、頑張れハルペル!」
パン、と両方の手綱を軽く打った。
飛び方を任すから、気合いを入れろ!みたいな意味だ。
ハルペルは少し高度を変えながら、少しでも飛びやすい空域を探しながら飛ぶ。
ルザロワは進路を確認しながら内腿に力を入れる。
河から森へ入るポイントの木を見つけると中腰になって曲がる方へ手綱を軽く引く。
曲がった時に後ろのコナーが視界に入った。
「えっ、もう来た!」
後はほぼ一直線だ。
「逃げるぞ!ハルペル!」
ルザロワはうつ伏せになってハルペルにしがみついた。
これは逃走する時の掛け声で、こう言うと竜は乗り手を無視して最大速で飛び始める。
「僕はしがみついてるから気にするな!」
ハルペルはルザロワ限定で優しいので、この掛け声でも、まだ気にかけてくれるのだ。
「学校まで逃げるぞ!」
ハルペルはやっと最速で飛び出した。
コナーが迫っていたが、距離は少ししか狭まっていない。
「このまま、逃げ切れる!」
学校まで後少し!
このまま、優勝!と速度を落とそうとした時だった。
いきなり横手から竜が飛び上がってきた。
「え?」ルザロワは避けようと手綱を引っ張ったが、まだ、速度が落としきれてないので咄嗟に避けきれず、2匹は背と腹でぶつかってしまった。
やってきた竜は墜落し、ハルペルは飛ばされて横に回転して落ちていく。
「ハルペル!」
ルザロワは必死で自分の身体を立て直し、両足でハルペルの脇腹を思い切り打った。
気が付いたハルペルは何とか体勢を戻し、地面ギリギリで着地した。
ルザロワは振り回されたので目が回ったままだったが、
「ハルペル、大丈夫?」と叫んだら返事の鳴き声がしたので、安心した。
「ルザロワ!」自分を呼ぶ声に、多分コナーだと思い、レースまた負けちゃった、と言おうとしてそのまま気を失った。
「ルザロワ!ルザロワ!」焦って呼ぶ声に、目を開けようとしたが、頭が痛くて思うようにできない。
「コナー、俺が運ぶから、他の生徒の誘導を手伝え!竜は整備士達が抑えてる」
「変なことすんなよ!先輩!」
「さあ、どうかな?」
と抱えられて、運ばれていく。
ルザロワは嫌な予感に身体を動かしたが
「大人しく運ばれろ!」
と強く抱きしめられた。
「え、エレン先輩?」
「そうだ、医務室まで運んでやるから、そのまま寝とけ」
「自分で、歩けます」
「額を切って血が結構出てる。無理言うな」
それで頭痛がして目が開かないのか、と諦めて身を寄せると
「良い子だ」と言われ鼻先にキスされた。
「ミカに怒られる」
ルザロワはそう思いつつまた意識を失った。
次に目が覚めると、病院だった。額に包帯が巻かれている。
ミカが横に座っていて、その後ろにエレンが立っていた。
「ミカ」
「ルザロワ!気分はどう?」
ミカは半泣きで聞いた。
「悪くは無いよ。疲れたけど」
「頭はどう?」
「今は痛く無い。包帯が気になるだけ。今何時?」
「7時だよ」
「今は痛み止めが効いてるからな」エレンが言った。
「エレン先輩?」
エレンはミカの横に来るとルザロワに頭を下げた。
「ゴメン、ルザロワ。俺のせいだ」
「え⁈」
「俺が捨て身の飛び方を教えたばっかりに、別の竜の接近に気付くのが遅れたんだろ?」
「あ、そうでしたか、確かに安全確認が疎かになってました」
「エレン先輩⁈何故そんな緊急用の飛び方を指示したんですか!」
「いや、ルザロワが必勝法を教えろって迫るから。最後の直線距離でそれを使えれば、障害物無ければ一番早い」
「ルザロワ⁈先輩には近づくなとあれほど…!」
「ごめん、どうしてもコナーに勝ちたかったんだ」
「それは、わかるけど、反則ギリギリだよ?」
「先輩は謝罪する必要ありません。調子に乗った僕が悪いんです」
ルザロワは起き上がると、エレンの手を取った。
「ルザロワ…」
「それに、運んでくれてありがとうございます」
「ルザロワ、僕は品評会で離れた会場にいたんだ。助けに行けなくてごめん」
ミカはルザロワの手を奪うと握りしめた。
「いいんだよ、あんな事が起きるなんて想定外だ。レースとか、品評会はどうなりました?」
ミカはにっこり笑った。
「品評会は僕たちの学校が一番になったよ!品評会に出てた他所の竜が、一番じゃなかったって整備士が辛く当たったもんで、いじけて逃げ出して、丁度ハルペルにぶつかったんだ」
「レースの1位はコナーだったんだけど、2位以下が混乱して無茶苦茶になって、8位だった奴が2位になった。後はゴールに着く前に降りたり、逃げたりしたから大変だった。コナーが飛び回って竜を抑えるのを頑張ってたよ」
「コナーにも悪かったなあ、ん?と言うことは僕は、最下位…当たり前か…」ルザロワは最大限にため息をついて暗くなった。
「ルザロワ、元気出して、往路は一位だったから取り敢えず赤点は免れたよ。当てられてからの立て直しも評価されてたし」
ミカは必死で励ました。
「うん、あれは良かった」エレンも頷いた。
「あのまま、墜落するかと思って必死にルザロワの所へ走ってた」
「それで、直ぐ来てたんだ。はあ、ハルペルは守らなきゃって必死だった。うまく着地できてよかったです。僕もう帰りたい」
「駄目だよ、今夜一晩はここで泊まりだ。明日もう一度傷の具合を見て退院だって」
ミカは軽くルザロワの肩を押した。
「だから、まだ大人しく寝てて。明日迎えに来るよ」
ルザロワは素直に従った。
「ミカもエレン先輩も付いててくれてありがとう」
「おやすみ」「じゃあな」
2人は出て行った。
「最低最悪だ」ルザロワはため息をついて目を閉じた。




