13 竜士育成専門学校 エレン先輩とのデート
「お待たせしました」
「いや、俺もついさっき来たところ」
ルザロワは緊張しながら、出入り口の門の前で待っていたエレンに駆け寄った。
今日はエレンと街へ出かける。
レースの時に一位を奪取するために禁じ手を使い、結果的にコナーや他の候補生達に迷惑をかけてしまった。
そのお詫びと対価に、エレンから2年必修単位科目のまとめノートを手に入れることを約束させられたのだ。
エレンは結局、二年通して総合成績1位を譲らず、そのまま特殊処理隊に入る。デフレンド人には難関の幹部候補として既に注目されている。
その彼のまとめたノートとか貴重過ぎる、とコナーに言われ、了承せざるを得なかった。
ノートをあげる代わりにエレンが要求したのは、ルザロワとのデートだ。
エサを前にぶら下げられて、食いつくとそのまま釣られる、エレンのいつものパターンだ。わかっている。
『絶対健全なデートで終わらす!』
とルザロワは気合いを入れた。
「竜具店に鞍の修理を頼んでたんだ」
「え、でも卒業でしょう?」
「持って行きはしない。共用にしてもらおうと思って」
「そうなんですか」
二人並んで歩きながら店に向かっていた。
「学校で頼めばよかったのに」
「俺のは他のと違う仕様を付け加えてたから、外して元に戻すように頼んだ。学校では補修しかできないって言われてな」
竜具店は、竜を使役する為の道具一式を販売しており、輸送の際の取次や、竜の貸し出しと回収、登録した飛行士と整備士の紹介等を行っている。
店に入ると2、3人客らしき者がいた。助手らしき少年に話しかけると、直ぐに奥に引っ込んで、鞍を持ってきた。
鞍は綺麗に磨かれており、エレンが二年使っていたとは思われないくらい状態が良かった。
「つやつやの飴色ですね」ルザロワは感心して見つめた。
「そうだな、元通りになってるし、預けた時より綺麗だ」
エレンは満足して、学校まで運んでもらうように頼んだ。
店を出ると中古の服屋に連れて行かれる。
「デートなんだからもうちょっとオシャレな格好しろよ」
「別に先輩となら、普段着で良いかと思って」
同じ所で入学時に買った、くたびれた大きめの白シャツと黒いスラックスを身に付けている。
「駄目だ、余りにも色気が無い!」
薄い細身のピンクのシャツと裾を折り返した5分丈の紺のパンツ、袖なしの太もも半ばまでの白のジレを探し出して、着替えさせた。
「ほら、この方が可愛いじゃないか」
ルザロワは姿見を睨むように見つめた。
「あなたもミカも、どうしても私を可愛くしたいんですね」
「お前は格好良いより可愛い系だろが」
「不本意です」
しかしルザロワは逆らえず、エレンが見立てた格好でデート続行になった。
昼食は、夜の値段は高いが、ランチならまだ安価で食べれる評判のレストランに行った。
『ここは、あの時食べたレストランの同じ系列の店だ』
二人はお薦めを選んで、ワインで乾杯した。
「先輩の輝かしい未来に!」とルザロワが言うと、エレンはニヤッと笑った。
「ルザロワの進級を祝って」
「はあ〜、言わないで下さい。せっかく先輩から秘策を授かったのに、最後の最後で失敗してしまって」
「仕方無い、あれは事故だ。俺しかやれなかった方法だった。それよりサラダのドレッシング美味しいぞ」
「あ、ホントだ。食堂のと違う」
「どこと比べてんだ。折角良い飯屋連れてきてやってんのに」
「すみません、本当は比べられない位美味しいです」
「わからなかったらお前の舌の神経を疑う」
メインの肉が来てテンションが上がった。ルザロワは丁寧に切って口へ運んでいたが、肉汁が少し下唇に垂れた。
肉汁も美味しかったので、行儀悪く舌でペロリと舐めると視線を感じたので、エレンを見ると少し顔が赤い。
「あ、ごめんなさい、行儀悪かったですね」慌ててナプキンで押さえた。
「いや」エレンは肉を一口放り込んで咀嚼して飲み込んだ。
「色っぽくて、そそられる」
「うえっ⁈」
ルザロワは思いっ切り引いた。
「ど・こ・が!いい加減私の事諦めて下さい。ミカが余計な嫉妬心を燃やすから!」
「下心があるから秘策を授けたんだ。見返りなく言うか!」
「正直過ぎです。それに、先輩が、学校で私に会うたびに大袈裟にハグするお陰で、先輩の恋人の一人だと思われてます。そして私は二股掛けてて、ミカとエレン先輩どっちも弄んでると!早急に否定して下さい」
「良いじゃないか、俺もう卒業だし。そしたら噂も消えるよ」
「今すぐ否定して欲しいんです!他の恋人さんと、ちゃんとくっついて下さい」
「俺は君とくっつきたいなあ」
「無理です」
「他のとは別れた。後はルザロワだけだから、今なら本命になれるよ」
「卒業を機に別れるって感じですか?酷いなぁ。僕はミカ一人で充分です」
「ミカエルのどこがそんなに良いかな、クソ真面目で嫉妬深くて、すぐ怒る奴の」
「その言い方!真面目で誠実なのが良いんです。嫉妬深いのは主にあなたの行動のせいです。煽ってミカの忍耐力を切らさせてるし!」
メインの食事を平らげ、デザートのケーキと紅茶を頼み、ルザロワはまた竜と飛ぶコツを尋ねていた。
「地上に居たまま操るやり方は危ないと思うんですけど」
「昼も夜も飛んでりゃ覚えるよ。指で合図を決めて組み合わせたのを見せてから、飛んだら覚えてたんだ。目が良いから上から指示を仰いで従うし、ミルンは本当に賢い。連れて行きたいよ」
「別れるのは寂しいですね」ミルンの優しげな目を思い出した。
「ルザロワがそう思ってくれてるなら嬉しいな」
「今のはミルンの気持ちを言ったのです」
「ルザロワは?」
エレンは片肘をついてルザロワを熱く見つめた。
「私は、別に…」
ルザロワは視線を逸らすとウェイターが持ってきた紅茶のポットから、カップに二人分注いだ。
「少しは寂しいけど、移動の時に警戒しなくて済むのは良いですね」
「やれやれ」
「先輩は良い人ですよ。どうしてふざけてばかりいるのか分かりませんけど、特処に入ったら真面目にやって下さい」
「俺はどこへ行っても俺さ。早く出世してルザロワを部下にするからな」
「期待してます」
「全然心が篭ってない」
二人は思わず笑った。
食事を終えて、エレンが古本屋へ寄りたいと言うので付き合った。ルザロワも久々に教科書じゃない本を見て、パラパラといくつかの本をめくったりしていた。
エレンの気配を感じられず、ふと見渡すとカウンターで店主と話していた。その時店主から何かを受け取って金を払っているのを見た。
本にしては小さな物だったので、何だろうと近付いた。
「ルザロワ、何か良いのあったか?」
エレンは受け取った物をシャツポケットに入れた。
「エレンの友達?なら安くしてあげるよ」
黒い髪の毛を後ろで括っている、黒い目の男がにっこり笑って言った。
ルザロワはそれを聞いて、「じゃあ」とさっきのところへ戻って、手に取っていた冒険小説を持ってきた。
「ああ、これ面白いよ。是非読んで」
店長は本に挟んだ紙片に書いてあった数字を見て100ほど少ない数字を言った。数字は値段だった。
「買います」
「ありがとう」
お金のやり取りをして、本を受け取ると一緒に紙に包まれた丸い物が乗っていた。
「キャラメルを大量にもらったんだ。おいしいからどうぞ」
「ありがとう。先輩食べます?」
「既にもらった」
「溶けやすいから、今食べたら?」
店主に言われて、「じゃあ、遠慮無く」と口に入れた。
「どう?」
言われて口の中で転がす。
「甘い、ほろ苦い、でも美味しいです」
ルザロワはじっと見つめてくる店主に多少居心地の悪さを感じながら食べていた。
「もう一ついる?」「いえ、もう結構です」
「ルザロワ、この竜辞典知ってるか?」
いつの間にか違う棚に行っていたエレンに声をかけられ、コレ幸いと踵を返した。
「ああ、これなら持ってます。それの新版が出てます」
「そうか、中身変わった?」
「カラーが増えたかな。新説が書き加えられていました。火山周辺に竜の生息地が多くて、種類も多いと」
エレンと竜辞典の内容を話していたルザロワは急に身体に異変を感じた。何だか怠いし、眠くなってきて、思わず欠伸が出た。
「どうした?眠いのか?」
エレンが顔を覗き込むので若干後ろに引きつつ
「お腹いっぱいになったからか、眠くなってきました。そろそろ帰りませんか?」
とごねられるだろうなと思いつつ駄目元で言ってみた。
「ああ、いいよ。近くでジュース売ってたから、それ飲んで帰ろうか」
エレンがあっさり言ったのでルザロワは拍子抜けした。
「良いんですか?他に用事があるなら」
「いや、一緒に帰っていい。でも歩ける?」
歩ける?「歩けますけど?」ルザロワは一歩踏み出した。
踏み出したつもりだったが、どうしてか、足が上がらない。
「ふらついてるぞ、本当に眠いだけなのか?」
「え、そんな」
身体が急激に重くなっていく。
「ルザロワ!」
「あれ?すみません、身体が急に…⁈」
エレンがルザロワを支えたが、それでも立っていられない。
「ルザロワ⁈もしかして…さっき」
「てめえ、ヤバい方をやったな⁈」
エレンがカウンターに向かって怒鳴った。
ルザロワが必死で店主を見ると、相変わらず微笑んでいたが、目が笑っていない。
「ええ?そうじゃ無いんですか?」
カウンターから離れて近寄ってくる。
「その薬欲しがるから、てっきり」
つん、と店主はエレンの胸ポケットを突いた。
「それは後日使用しようと」
「今でも良いってことですよね?店を閉めるから、奥のいつもの部屋に連れて行って下さい」
店長は店の出入り口に向かって歩いて行く。
「はあ?何でお前まで参加しようとしてんだよ」
「そりゃ、そうでしょ、ここに連れて来たって事は」
「違う!ルザロワはそんなんじゃない」
振り返ってルザロワを品定めするように見て、ニンマリ笑う。
「やっぱり、エレンが連れてくる子はみんな可愛いね」
「うるさい、黙れ!」
「あの、何言ってるの?」
ルザロワはようやく言ったが、既に立っていられずエレンのパンツの裾を掴んでしゃがみ込んでいる。
「ルザロワ、ここを出るぞ、立てるか?」
エレンもしゃがんでルザロワの肩を掴んでゆさぶった。
「無理…眠い」頭を振って眠気を振り払おうとしているが、全く効果が無い。
エレンが自分を呼ぶ声を聞きながら、ルザロワはついに抗えずに眠りに落ちてしまった。
ルザロワはふと目を覚ました。
いつの間にかベッドに横たわっている。
あれ?本屋に居たのに?
「まだ眠い…先輩、此処どこ?」
エレンは見当たらず、どこかで見たような部屋の作りだ。
窓が無くて、ドアからすぐベッド…。
唐突にミカの裸が浮かんで顔が熱くなった。
「休憩用の宿だ!」
ルザロワは飛び起きた。が、目眩がして頭を抑えた。
「エレン先輩が連れてきたのか⁈」
どうしてこうなる⁈あ、本屋からここは近いんだった。
一刻も早く出たくて、目眩を我慢してベッドから床に足をつけたが、力が入らず、座り込んでしまった。
シャワー室のドアが開いてエレンが出てきた。
「ルザロワ⁈大丈夫か⁈」
エレンは腰にバスタオルを巻いた格好で、ルザロワに近付くと、抱え上げてベッドの上に座らせた。
「目が回る」ルザロワはふうふう息を吐きながら言った。
「あいつ、睡眠薬入りのキャラメルの方をルザロワにやったんだ。長く効くわけじゃないが、急に動かない方がいい」
「睡眠薬入り?」
ルザロワはキッとエレンを睨んだ。
「最低だ!でも、先輩もですよ。いつも店に連れ込んで、キャラメルで眠らせて二人でやってたんですね?僕は先輩にとってそんな対象だったんだ」
「違う!あいつが勝手に、勘違いしてたんだ」
「そうですか、いつもそうしてたって、あの人は言ってたような?」
「昔付き合わされたんだ。もうそんな関係じゃない」
「そう、ですか」
疑わしさ全開だったが、今更ながら、この状況はまだ安全では無いと気付いた。
「先輩がシャワーしてたのは何故ですか?」
「それは、汗臭いと嫌かなって思って。ルザロワも浴びる?」
「いいえ、すぐ帰ります」
もう一度ベッドから降りようとしたルザロワに、エレンが乗しかかった。
「いい加減応じろよ。俺の気持ち知ってるよな⁈」
「ちょっと!離して!」
突き放そうとした時、キスされて舌を入れられた。
「ん、ん、ん!(やめて!)」
『身体がおかしい!睡眠薬だけじゃない、何か盛られている!!』
「気持ちよくない?これは俺がさっき買った薬なんだけど?」
エレンが口を離して言った。
「やっぱり、いつの間に!二人して本当に最低だ!」
力を振り絞ったが、振り払えず、心と裏腹な快感に情け無くて涙が滲んできた。
簡単に罠にはまった自分が悔しくて耐えられなかった。
「酷いです、エレン先輩!少し尊敬してたのに、こんな卑怯な手を使って!こんな事するなんて思ってもみなかった!今日だって、楽しかった!なのに、あんな奴ともできてるなんて、見損ないましたー!」
大声で言ってるうちにどんどん悲しくなってきて大泣きした。
「ル、ルザロワ⁈泣くなよ、あいつは違う!恋人じゃ無いぞ」
「2人で僕を弄ぶつもりだった癖に〜。結局僕の事は遊びじゃないですか〜」
もはや泣き叫んでいる。
「いや、違うって!え、これ、薬のせいで感情が抑えられなくなってんのか?」
エレンはルザロワをどう扱えば良いのかわからなくなった。
「誤魔化さないで!僕だけだって言ってたくせに、どうして僕よりあんな怪しい、やらしい店主が良いんですか!こそこそイチャイチャして!僕が一番じゃ無いの?勢いで言ってみただけ?僕は身体だけなんて酷過ぎます!裏切りです〜」
「支離滅裂だ。裏切りって言うけど、そもそも俺はお前と付き合って無いぞ!」
「言い訳は要りません!ここまでしといて、付き合って無いなんて、無責任すぎます!」
「いつも中途半端に終わってるし!お前ミカと付き合ってるんだろ⁈」
「ミカがいるのに、僕に強引に迫ってきてるのエレンでしょ!」
「ついに呼び捨てかよ」
ワーワー言い合っていると、先程からルザロワの身体の疼きが治ってきた。
エレンは既に手を離していた。
「悪かった、ルザロワ。もう止めよう」
「え?」
エレンはルザロワの頭を撫でると額に軽くキスした。
「先輩…」
「コレ位ならいいだろ?帰るからちょっと待て、服着る」
まだ信じられない思いでエレンを見たが、ベッドの端に座り直すと手早く服を着だした。
「顔、洗ってきます…」
ルザロワは我に返ると恥ずかしくなってきた。洗面所で涙と鼻水だらけの顔を洗うとハンカチで拭いた。
部屋から出て外へ出ようとすると、老婆に止められた。
「忘れ物だと、本屋から預かったよ」
ルザロワがさっき買った本だった。
怒りが再燃して速攻捨ててしまおうとも思ったが、本に罪は無い。
「二度と行かない!!」
最初で最後の本屋での買い物になった。
途中で、着ていた服を預けていた中古屋に寄り、ぐったり疲れて寮に帰ってきたルザロワに、エレンから貴重なまとめノートが渡された。
「やっと終わった。もうヤダ」
エレンはルザロワの頭を撫でた。
「卒業式は在校生代表で俺に花束渡せよ!」
「え、やだ」
「お前学年一位だから、俺担当だ」
「コナーと代わります」
ルザロワは、またキスしようとしたエレンをかわし、一目散に逃げた。
部屋でミカに服を指摘されて
「エレン先輩が(この服を)好きだって言うから、このまま(デート)したんだ」
と言葉足らずに言ってしまい、憤慨したミカとルザロワの盛大な口喧嘩が始まってしまった。
因みに、エレンのノートは意外にも正確で几帳面に書かれてあり、新二年のテスト対策は万全なものとなった。




