5.不死の処刑人『麒麟』
“部外者? 部外者……外の人!!”
よくわからんテンション――
“慣れればどうってことないですよ。もう9年はこうして生活してるわけですから”
モラルや羞恥心の様な世間に対する一般常識の欠如――
“あたし、生きながらにして世界中の人たちの役に立ってるんです!!”
異常に過剰な自己価値アピール――
「…………」
ずっと、探していた。ソレが、あんな――
「まともな価値観を持たないクソガキだとは思わなかったぜ……」
彼女は、人とのコミュニケーションが下手過ぎた――
“……人と話すのって楽しいんですね。出来るなら……また、おじさんとお話ししたいです”
ずっと……実験動物のように、この部屋に閉じ込められ、“不死”の苗所にされ、ただ利用されるだけ利用されて、死んでいく事にも疑問を抱かない。
「少しは我儘を言っても良いと思うがな」
それが酷くムカついていた――
「あれ?」
「よっす」
ユキミは適当な研究員の手首とIDを使って『製薬原料保管室』の扉を開いた。中に居た部屋の主である少女は相変わらず真ん中の椅子に座っている。
この騒ぎにも疑問を抱かずいつも通りの表情だった。
「こんにちは」
「おいおい、オレだ」
「誰ですか?」
ユキミは机に置かれているマジックで口周りと顎回りを髭代わりに黒く塗る。
「えーと……えーっと……ミ、ミ、○ッキー!!」
「頭文字から間違えてるじゃねぇか。それと、夢の国からの使者に消されるからやめなさい」
相変わらずの様子にユキミは嘆息を吐きながら、手ごろなタオルでマジックを拭きながら天井を見上げた。
「ったく、相変わらず頭のネジ飛んでやがるな」
「えへへ。それで、今度はどうしたんですか?」
と、改めて訪れた彼を心から歓迎しつつ、少女は嬉しそうに微笑んだ。まるで外の騒ぎに気がついていない。
相当な防音設備がこの部屋には整っているようだが、それ以上に少女が外の事情に関心が無い事が一番の要因だろう。
心の中で改めて舌打ちをする。
「クソだな……」
ユキミは周囲の家具を見て、適当に積み重ねる様に動かし始めた。
「?」
「ほれ。みやげ」
そして、積木の様に重ね終わると研究所内に設置されていた自販機で買ったココアを、ぽいっと放った。
「ありがとー、ございます」
少女は飛んで来るココアを慌ててキャッチすると、嬉しそうに両手で持つ。その右手には、前にユキミが渡したミサンガが吊るされていた。なくさないように着けたのだろう。
「一つ言っておく事がある」
「なんですか?」
今度はどんな話をするのか、少女は期待に胸を膨らませていた。
「オレの目的は、ざっくり言うと……妻と娘を殺した元凶を殺す事だった」
「そうなんですか?」
「その元凶は、『ライフ』と呼ばれる薬を生み出し、その血液があればいくらでも“不死”を生み出す事が出来る奴だ」
「そうなんですか? ……ん? それって――」
そこまで言われてようやく少女は気がつく。目の前にいるのは、優しく自分にプレゼントをくれたおじさんではなく、自分を殺しに来た敵であると言う事を――
「そのミサンガは、娘が生きていた最後の年に作ってくれた誕生日祝いでね。悪いが返してもらう。それと――」
ユキミは少女の頭にゆっくりと手を伸ばした。
「お前には、死んでもらう――」
一年前から、背負い続けた悲しみと怒りが……今日ようやく終わる事をユキミは誰よりも望んでいたのだ。
「クソッ! ふざけおって……フェンチャンの役立たずめが!!」
研究所の所長は、残った数少ない不死の兵士と共に、少女の回収する為に『製薬原料保管室』を目指していた。
研究所の各所で起こった戦いは全てモニターしていたが、【麒麟】と【鬼人】を止める事は不可能だった。流石にこれ以上は“不死”を失うわけにはいかず、必要なデータをまとめて、脱出する事を選ぶ。屋上では脱出のためのヘリを待機させいた。
「所長、制御室の隊員から連絡です。まもなく、許容エネルギーの過剰供給で大爆発を引き起こしてしまいます」
別に動いている隊員からの連絡は、もはや止める事の出来ない大爆発の予兆だった。
「いちいち言われんでも解っているわ! こんな所では終わらん……被検体を回収して――」
と、『製薬原料保管室』が見えてきたところで、全員が警戒するように壁に背を預けた。
開いた扉からは、中から噴き出る様な血と、扉の近くにフェンチャンの首を飛ばされて、背骨を引き抜かれた死体が残されていた。
兵士が、手信号で合図を出し、他の兵士達も頷く。そして、意を決して部屋の中へ入り銃を構えた。
「き、貴様!」
遅れて入った所長は中に居るユキミを見て驚愕した。
彼が持っていたのは背骨。ソレは彼が“不死者”を無力化する際に行う行為である。しかし、その対象が問題なのだ。
「大事な“不死薬”の原料をッ!!」
兵士たちは油断なく銃を構えたまま、凄まじい殺意を持つユキミに額汗を流す。ただ所長だけが、目の前の少女を殺された現実だけを怒っていた。
「残念ですが……手遅れでした♪」
ユキミは殺気を纏いながらも笑顔で告げる。
周囲には砕けて散乱した家具やベッドが散らばっていた。そして、無残にもバラバラにされた少女だった死体も散乱している。
「わ、わかってるかっ、貴様! 貴様は、人類の進化の可能性を消し去ったのだぞ!? これが人類にとってどれほどの損失か分かるか!?」
「知らねーよ。そんなの」
ユキミは所長と兵士達へ一歩踏み出す。兵士たちの銃の引き金にかかる指の力が強くなる。
「こっちは身内殺されてんだ。人類の事を考えるなら、究極のエコでも追及してろや。血やら臓器やら、煙やら、まき散らして地球にやさしいと思ってんのか? オゾン層を助けて温暖化を防げやボケが」
「貴様ァ~!!」
「撃ちます」
兵士たちは所長の意を組み取り引き金に力を入れる。次の瞬間には銃口から弾丸が放たれると言う所でユキミは手の平を向けた。
「ハイハイ、ちょっとタイム」
そして、今度は上を指差し、次に右の壁を指差す。壁の一部が壊れ、空気が漏れる様な音が聞こえている。
「隣の部屋って厨房だったろ? 穴が開いてガスが漏れてんだわ。今撃つと引火して、研究所内の溜まりに溜まったエネルギー全てに連動して花火になって地獄行きだよ? この中で天国に行ける奴なんて一人も居ねーだろうからな」
兵士たちはそこでようやく気がついた。この部屋は対象を監視する為と、怪我をさせないために堅牢な造りになっている。故に、壊れ始めた施設内では殆ど損傷が無い。
だからこそ、ガスが充満してても爆発しなかったのだ。
「動いて見ろよ。そいつから殺すぜ?」
「くっ……何が望みだぁ! 貴様!?」
持っている背骨を捨てて近づいて来るユキミへ所長は問う。血まみれで鬼気迫る圧を纏う彼に兵士たちは銃を構えるが、引き金は引けない。
「お前らは馬鹿か?」
そんな事は大したことではない。ユキミにとって一番の目的は“不死者”の殲滅。今となっては残党狩りだが、不安の種を残す事は無いと思っているのだ。
「これはただの八つ当たりなんだよ、ボケが。お前らの所為でオレは失ってばかりなんでね」
妻と娘を失い、仲間と戦い、挙句の果てに“不死者”にされた。
「不死者の最も悲惨な死に方は何か知ってるか? 焼死だよ」
ユキミは自分自身が“不死者”との戦いで様々な戦い方を知っている。最も苦しまずに殺す方法も、その逆も――
「焼かれるとよぉ、体液が蒸発するだろ? だから通常より酷く、長くミディムを味わう事になるぜ」
火事などの焼死体は、基本的に煙を吸い込んで気を失うので直に焼かれる感覚は少ない。しかし“不死者”は違う。気を失っても、体内にある“不死の血”が残っているである限り覚醒と身体を焼かれる感覚を延々と味わう事になるのだ。
「く、来るなァ!!」
そんな恐怖を植え付けてる間にユキミは眼前まで迫っている。彼としてはまるで蚊でも潰すかのように歩いてきただけだった。
「ほら、撃たなきゃ普通に背骨引っこ抜くぜ?」
「き、貴様も同じ目に合うぞ!?」
そう、この場に居るユキミも同じだ。長い苦しみを味わう事になる。
「オレはお前らよりも覚悟してるけど? この世界で戦うと決めた時から、いつも死ぬ事は片手間に考えて来た。今もそうだ」
「ヒッ!」
その凄みに所長は腰を抜かして後ずさる。ユキミは兵士たちの眼前――銃身が接触するほどの距離まで近づいて――
「じゃあ、一人ずつ……人生にサヨナラしようか?」
「う……おおお!!」
その恐怖に負けた兵士たちはユキミに引き金を引く。銃から放たれた灼熱の弾丸は、充満したガスを引火させるに十分だった。
「またな、メイ――」
明日で完結




