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マイ・ノーライフ  作者: 古河新後
本編 マイ・ノーライフ
4/9

4.平穏を求める者

「ここか」

 ノハは立ち塞がる不死者の兵士達の手足を切り落として無力化しながら倉庫に辿り着く。

 刀の刃についた血を一度払って鞘に納めると、道中の兵士から拝借したIDカードを使って扉を開けて中に入る。

 様々なコンテナが積み重なった巨大な空間。大型トラックも存在し反対側には閉じたシャッターもある。

 敵兵が居ない……どうやら全部出払っているか。

 開いた扉から入り込む光源を頼りに倉庫の中を把握する。ノハは、適当に近くのコンテナを開く。中にはアンプルに入った大量の“不死薬”が出荷を待っていた。

「馬鹿が」

 これだけの数を求める愚か者と、作った屑どもに悪態を吐くと刀を一閃。コンテナごとバラバラに切り刻んだ。

「……ったく。私は何をしてるんだ」

 こんな事をしても日が暮れるだけだ。後、一時間と待たずに研究所は吹き飛ぶし、コンテナを全て解放しておくだけでいいだろう。

「こっちは金か」

 別の色違いのコンテナを開けると中に積み重なるジュラルミンケースを大量に確認する。その時、不意に扉が閉まると同時に銃声が響いた。

「――――チッ」

 咄嗟の暗闇にも動じずノハは仰向けで身体を倒す。すると、頭のあった位置を弾丸が通り抜け、火花を散らせながらコンテナの中を跳弾する。

「相変わらず腕だけはいい。だが、らしくないな(・・・・・・)

『お姉さま』

 暗闇に響く声が、ノハの耳に入ってくる。人の発する声ではなく、スピーカーを介した無線音声だった。

「お前はどっちだ? ターニャ」

 声質から知っている者であると瞬時に悟る。そして、射線と弾丸の飛んできた方向から死角を予測。仰向けに倒れた状態のまま転がる様に移動した。

『ターは、お姉さま側ですよ? うふふ……』

 不気味な口調は、倉庫の至る所から聞こえてくる。恐らく無線を使って周囲から音声を発しているのだろう。

 倉庫の中に居る小柄な女は不死者としてノハと対峙し、彼女の姿を見ていた。

 隈のついた目元と不健康そうな表情。前髪によって隠れた片目は失明して二度と視える事はない。盲信的で狂った様な眼と思考が標準の彼女は人を撃つ事に快楽を覚えている、自他ともに認める狂人だった。

「正直に言うと、私は慕ってくれる者は手にかけたくない。それが私に対して偏愛を抱いている者であってもだ」

 ノハは数少ない会話の中でターニャからいつもの様子とは別の狂い方であると感じていた。ユキミから他の仲間たちも“不死者”にされている事を知らされている。

 ノハとユキミは、他に腕の立つ二人――ターニャとフェンチャンと組み、“不死者”の殲滅に当っていたのだ。自らが操られていた事実を考えると、他二人も同じように洗脳されている可能性がある。

 銃声が響く。今度の射線は先ほどとは変わっていた。ターニャが狙ったのは足。それを彼女の性格からソレを読んだノハの動きは着物の上を掠めるだけに留まる。

『やっぱり、お姉さまは……素晴らしいですぅ――』

「面倒だな……」

 ノハは苛立つようにコンテナを刀の柄尻で、コンコンと小さな音を立てる。ターニャは操られているわけではなさそうだ。

 射撃は全て斜め上から。と言う事は、倉庫の上の作業足場を移動しているか……

 ターニャは生粋の狙撃手(スナイパー)。少し偏愛の気質がある癖の強い人間だが、一キロ以上の狙撃を成功させるなど腕は確かである。

『……ずっとずっと、お姉さまを撃ってみたかったんですぅ――』

 狙撃(しごと)だけはきっちりこなす。それは戦う者として当然の事だ。

 この場所は狙撃に対して一長一短の地形。もし、私かユキミのどちらかが来ると予想して、入念に準備していたと考えるのなら……

 一瞬の閃光とコンマ遅れて銃声が発生した。ノハはその場で屈み躱すと同時に、小太刀を抜き放つと柱の闇へ投擲する。

「――――お……姉様――」

 小太刀の飛来したのは、柱の影から拳銃を向けているターニャだった。右耳にイヤホンマイクを付けた彼女は、その左胸――心臓を飛んできた小太刀に貫かれほんの一瞬怯む。


 その一瞬だけあればノハにとっては十分だった。


 いつ動いたのか分からない程に神速の踏込みは“一瞬”と言う間に置いて、確実な接近を約束された動き。そして、闇の中を動く刀は柱ごとターニャの身体を薙ぐ。上半身と下半身に分断され血と臓腑をまき散らして崩れ落ちる。

 作業足場からの狙撃は、手すりに結びつけた無数のライフル。遠隔操作で一発だけ撃てるようにセットし、あたかも上に居るように見せかけていたのだ。

 本命(ターニャ)は下に居り、上に注意が向いている間に奇襲するつもりだったのだろうが――

「上を移動する足音が聞こえなかった。いくらお前でも、あの簡易足場を、音を立てずに高速で移動するのは不可能だ。ライフルの発射間隔が短すぎてボロが出たな」

「……それでも……上に潜伏してる可能性は捨てきれないと……思っていました」

「それか? それも考えたが次のミスは無線だ」

 ノハは斬れた柱を刀の峰でコンコン、と音を立てる。すると、周囲に設置されたかく乱用の無線からもその音が漏れ出ていた。

「音を拾う感度が良すぎたな。上に居るなら、この音は絶対に拾えない」

 あの時、ノハは自分で音を立ててターニャが下にいると確信を得ていたのだ。

「あぁ……やっぱり……お姉様は美し――」

 刀が動き、倒れているターニャの首が両断される。その表情は何よりも満足した様に笑っていた。

「私とユキミは全ての“不死者”を殺す。不死になった者では無く“不死”に憑りつかれた者を、だ。それが、ひと月前に共に戦った仲間でもな」






「おっす。フェンチャン」

「……お前は敵に回したくないと思っていたが、金の為だ。残念だがな」

 ユキミは立ちはだかった“不死者”の兵士達の背骨を根こそぎ引っこ抜き、少女の部屋――『製薬原料保管室』と書かれた部屋の前に辿り着いていた。

 そして、目の前に立ちはだかった仲間と対峙している。

「とかなんとか言っちゃって。マジで殺すつもりのくせに」

「“不死者”は殺せない」

「オレは殺してたけどな」

 冗談ではなく、本気でユキミは“不死者”を殲滅するつもりだった。

「一つだけ、言っておこう」

「何を?」

「“不死者”同士の戦いでは、体液を消耗した方が不利だ。既に血液を大量に消費しているお前の方が不利だと言う事だ」

 不死の原理は“不死の血”を体内に留めておくことにある。その為、負傷による出血などで多くの血液と共に不死の特性が急速に薄れていく。

「だが、この扉の奥の少女が居れば俺たちは“不死”のまま、各々の目的を果たせる」

「オレの目的は“不死者”を殲滅する事だけど?」

「……俺は違う――」

 バサッとフェンチャンはコートを脱ぐ。その身体には改良された彼が戦場で使っていた武器である、武装が取り付けられていた。

「衝撃増幅機関か。おいおい、それって試作品だろ? 高い金を貰って被検体やってても反動が酷くて、ゲーゲー吐いてたじゃん」

「それは、まだ“不死”でなかった頃の話だ」

 フェンチャンは足を地面に打ち付けると、全てを薙ぎ払う“衝撃”がユキミを通り抜けた。

 まるでトラックに正面からぶつかったかのような衝撃に内臓を揺らされて意識が飛びそうになる。

 マジかよ……こいつは――

生身(まえ)では耐えられなかった。だが不死である限り、許容以上の出力が標準で使用できる。そして――」

 次は拳を突きだすと、先ほど以上の衝撃にユキミは壁に叩きつけられる。

「お前は近づかなければ無力だ。【麒麟】」

 歩みで一歩踏み出す度に、拳を突きだす度に、ユキミに次々と衝撃が叩きつけられた。そして、そのまま銃を取り出すと心臓に狙いを定める。

 心臓を撃ち抜き、次の拳の衝撃で血液を全て押し出して……終わりだ。

 引き金に指の力をかけた刹那、衝撃を叩きつけるよりも重く大きな音が響く。

「!?」

 衝撃が……打ち消された?

「言っておくけどよ。オレはまだ、お前に手の内を見せてないぜ?」

「……世迷言を――」

 乾いた銃声が鳴った。しかし、弾丸は方向を見失ったように斜め上に逸れて、電灯を破壊する。

「正直言ってな。オレはお前とは良い友達だと思ってたんだよ」

 骨。硬度が高い物質は、高速で動く事で凄まじい殺傷力を生む。しかし、速度が上がれば上がる程、直進する物体は横からの攻撃に弱い。

 ユキミは飛んで来る弾丸に手の甲の骨に合わせ、触れると同時に弾丸の向きを逸らしたのである。

「友達? 俺の目的は金だけだ。高い金額を提示する側につく。傭兵なら当然だ」

「そいつは違うだろ」

 突き出されたフェンチャンの拳から発生する衝撃。ユキミはその場に強く根を張るように踏ん張り、向かって来る衝撃に対して掌底打を突き出す。

 壁にぶつかったような音が響き“衝撃”は霧散した。

「強い奴が居る方につく。生きて帰らなきゃ、金貰ってもエンジョイできねぇだろ?」

 衝撃を相殺した際に、弾け飛んだ掌の皮膚は少しずつ再生していく。

「お前は選択を間違えたよ」

「お前を殺し、俺は平穏を手に入れる!」

 向かい合う敵と敵。二人は、かつて背中を預けた仲間だった。

 金だけの繋がりだった。それでも、ユキミとノハが背を預けた数少ない人間であったのだが、彼の第一目的はただ一つ……

 戦う事の無い平穏だった。






 小さい頃……フェンチャンの居た極貧の環境で求められていた技術(モノ)は――

 『逃げ足の速いこと』

 『刺し合いに強いこと』

 『斬り合いに強いこと』

 『盗みが上手いこと』

 そんな事が必要な環境で彼は変わった思考を持っていた。


 “こんな、生活をさっさと抜け出し、人並の人生を送りたい”


 ただ、それだけを目指していた。生き残る知識、技術を身に着け、数十年間、戦場で傭兵として金を稼ぎ続けた。

 そして、生涯を安心して過ごせるまで、後少しの所まで来ていた。その為なら……どんな事だって耐えて見せるし、達成してみせる!!


 近づけば近づくほど、“衝撃”は威力を増す。逆にお前は近づかなければ攻撃できない。

「ガハッ!?」

 思いっきり地面に叩きつけられたような衝撃に、ユキミは思わず態勢を崩す。その隙を逃さずに、フェンチャンは弾丸を放つ。

 それでもユキミは身をひるがえす様に、最低限の動きで身体を回転させ弾丸を回避する。

「『朱雀流武』」

「銃は避けれても、衝撃(こいつ)は躱せまい――」

 距離は先ほどよりも縮まったが、その分衝撃(こっち)の威力は倍近くまで上がっている。

 ドンッ! と響いた音は研究所全体が揺れたと錯覚するほどの震動。それはユキミが技を出すために踏み込んだ際に発生した衝撃だった。そして、突き出された右拳は、フェンチャンから放たれた“衝撃”をそれ以上の“衝撃”で正面から打ち消していた。

「『玄武双璧』」

「……知って――」

 銃を向けるよりも速く、衝撃を放つ動作に入るよりも速く、ユキミの拳がフェンチャンの顔面に叩き込まれる。






 なぜだ……なぜ勝てない?

「『虎空牙』」

 護るべき生き方があるから? 自らの大切な家族を奪われたから?

「『龍氣発』」

 それが……そんな事が……俺が負ける理由で、お前が勝つ理由だとでも言うのか!?

「“不死”と『四神獣武』は相性が悪い。学ばせてもらったぜ。やっぱ背骨を収穫するしかねぇな」

 『虎空牙』の手刀で片脚を切り飛ばされ、『龍氣発』で片腕を粉砕されたフェンチャンは片膝をつき、勝者のように見下ろすユキミを見上げていた。身体に取り付けた衝撃増幅機関も火花を発して殆ど機能していない。

「……俺は……ようやく這い上がれるんだ!!」

 ユキミはフェンチャンの首を引っこ抜く為に近づき手を伸ばす。

 ずっと……一人で生きてきた。ずっと……一人で戦って来た。ずっと……ずっと!! この戦いが終われば……十分な金が揃う!! そうすれば――

「ォオオオ!!」

 ゼロ距離でユキミに“衝撃”を突き出した。その発生元となった拳が、腕が、肩が、めくれ上がる程の反動を含んだ一撃は、爆発に匹敵する威力を生み出し、通路の一部も消し飛ばす。

「……フッ……ゴフッ!!」

 そうすれば……俺の地元では一生暮らしていける。もう、戦わなくていいんだ。

 反動は腕だけでは無く、身体にも及んでいた。しかし不死である以上、急速に傷ついた人体の再生が始まる。

「知ってたよ……ユキミ。お前が良い奴だって事は――」

 だから……もう――

「ああ。オレもだ」

 その言葉でフェンチャンは全てを悟る。ユキミは、その衝撃を躱していた。滑るように斜め前に半歩身体を運んで“衝撃”の発生するコンマ数秒前には最も影響の少ない側面へ移動していたのだ。

「静かに暮らしたかった……もう……誰も傷つけることなく――」

「フェンチャン、ちょっと小銭貸してくれ。地獄で返すからよ」

「……フッ。貴様は、そればかりだな」

「ああ。じゃあな、親友――」

 ユキミはフェンチャンの首を足刀で斬り飛ばす。そして倒れた彼の身体から背骨を引き抜いた。

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