太陽の季節 2
滲み出すように姿を現す哪吒。
その姿はすでにぼろぼろだ。
佐緒里と同様に。
姿を消していても、この非常識な鬼姫は攻撃を当ててくるのだ。
にやにやと薄笑いを浮かべながら。
自分が負うダメージなど気にもとめずに。
狂気の沙汰である。
沈着な哪吒でさえ、うそ寒さを感じてしまう。
「隠れるのに飽きたか?」
「否。貴殿の槍にて混天綾が破壊された」
問いかける佐緒里に応える哪吒。
正直である。
絵梨佳と戦ったときに風火二輪を壊され、光則に乾坤圏を砂に変えられ、佐緒里に混天綾を潰された。
これで哪吒の武器は、残すところ火尖槍ただひとつ。
「さらに、我の体力も限界に近い」
どこまでも正直である。
そしてその率直さは、佐緒里は嫌いではない。
「ならあたしも正直に言おう。おおきいのはあと一発で限界だ」
「おいこら佐緒里!」
余計な情報を敵に与える恋人を叱る光則だったが、微笑によって封殺された。
もってまわった騙し合いや化かし合いを好まない鬼姫である。
単純明快、思いこんだら一直線。
思いこみや勘違いも上等。
それが萩の短慮姫。
幼少期、光則は彼女が大嫌いだった。他人の感情を推し量ることもなく、言いたいことを良い、やりたいように行動する。人の目など気にしない。
ただの馬鹿だと思っていた。
いつの頃からだろう。その短慮さも率直さも、好ましいと思えるようになったのは。
「一発勝負だ」
佐緒里の声によって光則の無作為な思考が中断される。
視界には聖槍を構える鬼姫。
左手を前に出し、右手を引き絞り。
かつての持ち主であるリンが使っていた大技だ。
装甲車すら易々と貫く威力の。
「趣旨を理解した」
軽く火尖槍を振った少年神。
生真面目な表情で腰だめに構える。
もう長くは戦えないから、持てる最大の技で勝負を決めよう。
鬼姫の提案に哪吒が応じる格好だ。
これは少年神にとって、当初の予定から大きく逸脱することになる。砂使いと鬼姫、この二人を倒すことこそ、彼に与えられた任務である。
だが、今となっては不可能だ。
仮に鬼姫を倒したとして、その後、砂使いを倒しきる余力は残るまい。
しかも鬼姫に勝利できるとは限らないときている。
であれば、一人でも確実に葬る道を選択すべきであろう。
最善を選べぬのであれば次善を選ぶ。当然のことだ。
否。
ふと哪吒の顔に浮かぶ微苦笑。
そんな大層なものではない、と。
自分自身が決着をつけたいと望んでいる。戦いたいと願っている。
この奇妙奇天烈な鬼の娘と。
作戦も任務も区々たる小細工も無粋。
ただ、戦いたい。
すべての力をこの一撃に込める。
それで敗れたとしたら、まあ仕方あるまい。後のことは太公望なり二郎真君なりがうまくやるだろう。
「是非もない、であったかな」
妙に愉快な気分になり、佐緒里の台詞を真似た。
微苦笑はいつの間にかはっきりとした笑みへと変貌している。
笑うことに慣れていない者の、ぎこちない笑みだ。
「萩佐緒里。あたしの名だ。死ぬまでの短い間、刻んでおけ」
いまさらの名乗り。
「哪吒」
律儀に返すが、鬼姫が首を振る。
「違う」
謎の否定だ。
少年神がその意味を理解するまで、一瞬の時を必要とした。
彼女は茨木童子の末裔だとも転生だとも名乗らなかった。ただ今生の名を告げた。
「……柳谷一馬。貴殿を倒す者の名だ」
「是非もない」
にやりと笑みを返す佐緒里。
互いの氣が膨らんで、膨らんで、膨らんで、弾けた!
踏み込みは同時。
「貫け! 聖槍!!」
「うおおおおおおっ!!!」
喚声も同時。
ソニックブームをまとい、深紅の槍と深紅の槍が交錯する。
互いの心臓をめがけて。
防御もない。
回避もない。
ただ力のみが勝敗を分ける。
「我の勝ちだ!」
哪吒の叫び。ごくわずかに火尖槍の方が速い。
勝負あった。
かに見えた瞬間。
「いや? あたしの勝ちよ」
佐緒里を包む砂。漆黒の。
胸に吸い込まれるはずの穂先は砂の中へと消えてゆく。
驚愕の表情は、聖槍に貫かれた哪吒のもの。
「最後に二人がかり……」
灰と化してゆく少年神が見たものは、闇砂によって服をすべて消し去られ、全裸となった鬼姫の肢体だった。
なんと砂使いは、自分の恋人に対して闇砂を使ったのである。
火尖槍を消すために、佐緒里の衣服ごと。
すべてを砂に変える技の正体に、このときはじめて彼は気付く。
「人の身には効かぬ技であったとはな……とんだペテンだ……だが楽しかった」
消えてゆく最後の瞬間、たしかに哪吒は笑っていた。
「沙樹さん!?」
さかな丸から遠望したこころが悲鳴をあげる。
二郎真君の最後の攻撃、琴美に当たるはずだったそれを、蒼銀の魔女が盾になって防いだ。
あきらかにまずい場所に命中している。
「准吾!」
「わかってます!」
防塁を飛び越える少年。だがその前に兵馬俑どもが立ちふさがる。
当然である。
さかな丸自体が半包囲され、間断ない攻撃に晒されているのだ。
飛び出したところで、囲まれて袋だたきにされるだけ。
「鉄心さん! 鋼くん!」
「応ともよ!」
「了解だ!」
前線拠点にある戦力のうち、最大級の者たちを准吾の支援に向かわせる。
バランスが大きく崩れるがかまわない。
沙樹を失うことだけは絶対に避けなくてはならない。
戦略的にも、戦術的にも、そして心情的にも。
妻を誘拐され、可愛がっている従妹を殺されたとなれば、暁貴の怒りは凄まじいものとなるだろう。
これまで人類と本気で敵対してきたわけではない魔王だが、今度という今度は洒落にならない。
大戦争が始まってしまう。
本気で神を滅ぼそうとする澪を止めるには、主神級が出てこなくてはなるまい。
日本神話であれば天照大神とか、ギリシア神話であればゼウスとか、そのへんだ。
ハルマゲドンかラグナロクかって騒ぎになるだろう。
そうなれば、国の一つや二つ、余波だけで滅んでしまう。
人間のありようにできるだけ干渉しない、という高天原の意向もどこかへ吹き飛んでしまうのだ。
もちろん、戦力としても沙樹はかけがえがない。
蒼銀の魔女が消え、その空席を埋めるとなれば、こころの頭脳をもってしても、ちょっと候補者が出てこないくらいだ。
それよりなにより、こころは沙樹が好きなのだ。
澪の幹部連中のなかでは、数少ない女性同士ということもあり、気心も知れている。
かなり俗っぽい言い方になるが、少し年の離れた姉のようなものだ。
「絶対に助ける」
たとえさかな丸を犠牲にしても。
「胸を貫かれてる……けど即死じゃない……即死じゃないはず」
自分に言い聞かせるように呟く。
澪の血族は、即死以外の外傷で死ぬことはない。
心臓を貫かれたら消滅する吸血鬼とは違う。
「心停止から脳が死ぬまでの時間は十分弱。三分を過ぎたら脳細胞が死に始めてしまう」
相対距離で百メートル弱。
能力者であれば五秒もかからない距離。
なのに、どうしてこんなに遠く感じるのか。
鉄心と鋼が必死に道を啓開しようと奮戦するが、群がる兵馬俑を押し戻せない。
一分。
時間だけが無情に過ぎてゆく。
「どうする? 私が縮地で飛んで沙樹さんを抱えて戻る?」
内心への問いかけ。
答えは否だ。
その手を使うなら最初に選択すべきだった。
すでに准吾たちは四分の一ほど進んでいるのだ。また同じだけの距離を戻すのは、あきらかに時間のロスである。
焦りのあまり初手を間違えた。
なにが天界一の智恵者か。
自己嫌悪が黒い染みとなって内心を蚕食してゆく。
「っ! 絵梨佳ならっ!」
一縷の望みを託し、もう一人の癒し手へと視線を転じる。
「もう戦いが始まってる!」
芝の姫は、すでに太公望と激烈な戦闘に突入していた。
動かせない。
彼女を動かした瞬間、実剛が殺されてしまう。
御劔と紀舟だけでは太公望の相手はできないのだから。
二分。
「他に手はないの? 何か手は……」
考えろ。
考えろ。
考えろ。
脳細胞が過負荷の火花をあげる。
ぎらつく目で戦場をにらみ続けるこころ。
その瞳に、琴美と沙樹の元へと殺到する影が映った。




