太陽の季節 3
沙樹を抱きかかえる琴美。
そこに殺到してきたものたち。
五人だ。
西遊記チームである。
「あなたたち……」
ビーストテイマーが息を呑む。
何をするつもりだ? 敗戦の意趣返しか。
やや身構える琴美に孫悟空が笑いかけた。
「お嬢。頼む。僕たちは周囲をかためる」
さっとフォーメーションを組み、琴美たちを守るように立つ孫悟空、猪八戒、沙悟浄。
如意棒が、九歯の馬鍬が、降妖杖が、迫りくる兵馬俑を打ち倒し、払いのけてゆく。
琴美は、彼らを一瞬でも疑った自分を恥じた。
「私が癒す」
玄奘三蔵こと、ゆかりの手に柔らかな光が宿る。
みるみるうちに破壊された沙樹の内臓が復元してゆく。
邪魔をしないよう、母親をそっとアスファルトに横たえる琴美。
「癒し手だったのね。ゆかりちゃんは」
「僧侶だからね。プリーストは回復役って相場が決まってるでしょ」
「その相場は、どっちかっていうとゲーム的な何かだと思うんだけど、助かったわ」
冗談が口をついて出るのは、沙樹の顔に徐々に血色が戻ってきているからだ。
「さすがに私の力だけじゃしんどいんだけどね。玉竜」
「わかった」
声に応じて、少年が少女の肩に手を置く。
三蔵法師の手に宿る光が強さを増した。
「なるほど……」
琴美が大きく頷く。
この二人、そもそも戦闘員ではないということである。
癒し手と増幅器。
そりゃあ戦えないのも道理だろう。
今にして思えば、初戦から再戦までの間隔も妙に短かった。それなりにダメージを与えたはずなのに。
納得している間にも回復は進み、豊かな胸まで完璧に復元される。
「自分で治しておいてなんだけど、腹立つくらいにプロポーション良いわね。本当に一児の母なのかしら」
「その一児がここにいるんだから、間違いないわよ」
苦笑する。
子供を産んでいるとは、それどころか四十代とは思えないスタイルの良さ。
露わになった胸は、極端に大きすぎず、かといって小さいわけではなく、多くの男性にとって理想に最も近いであろうサイズで、ぴんと張りもある。
「さすがに熟女のおっぱいが見たい人もいないだろうし、隠しておきましょう」
琴美が野戦服の上着を脱ぎ、母親の身体にかけた。
まだ意識は取り戻さないが、バンダナ、野戦服、タイトスカート、ストッキング裸足という謎の格好の魔女は危機を脱した。
ふうと額の汗を拭う玄奘三蔵。
ぎりぎりのタイミングだった。
あと三十秒駆けつけるのが遅かったら、助かったとしてもなにがしかの障害が残ってしまったかもしれない。
『琴美! 琴美! 大丈夫!? 沙樹さんは!?』
イヤホンから声が響く。
こころだ。
「大丈夫。西遊記チームが回復してくれたわ」
『よかった……ほんとによかった……』
「こころさんが取り乱すなんて珍しいわね」
『琴美だって、いやぁぁとか喚いていたじゃないか』
互いに恥ずかしい姿を見せてしまったようだ。
通信機の両側で、ばつの悪そうな笑顔を浮かべる。
「ともあれ、二郎真君の撃破は成功よ」
『了解。一度さかな丸に帰還しておくれ。沙樹さんもすぐには戦えないだろうしね』
「判ったわ」
通信を終え、母親を抱きかかえて立つビーストテイマー。
前線拠点には相変わらず兵馬俑が群がっている。
「私はいったん後退するけど、ゆかりちゃんたちは?」
「このまま雑魚を減らす」
「OK。気をつけてね」
後方へと琴美が駆け出す。
いくつかの風の刃を放って、玉竜がそれを援護したが、あまり効果はなかった。
なにしろ彼が放つ刃より琴美の足の方が速かったので。
「みんな。このあたり敵を一掃するよ! 私らも役に立つってとこを見せておかないと、大きな顔して住めないからね!」
大声を張り上げる玄奘三蔵。
澪の幹部連中と接するようなお淑やかな態度ではない。
さすが指定暴力団の娘。二代目は仏教徒なのだ。
『おう!』
手下……仲間たちが唱和した。
開戦当初に酒呑童子が担当し、その次は安寺母娘が担った戦域は、三度その主を変える。
たーんとステップを舞った絵梨佳が、いつもの横回転で後退し、実剛の前に着地する。
「……ふむ」
右手を見る。
揺らぎが消えていた。
風の剣。
彼女が最もよく使用する見えない剣だが、太公望の鞭と衝突した瞬間、消滅してしまった。
「変な武器ね」
「見えない武器を使うような輩に言われたくないんだけどね」
慎重に間合いを計るふたり。
相手の手が読めないゆえ、簡単には攻め込めない。
「とはゆーもののー 変身していられる時間も残り少ないんだよねー」
内心で呟く絵梨佳。
澪の外縁部からここまで飛行したり、西遊記チームを回復したりと、けっこう力を使ってしまっている。
もともと十五分間くらいしかない変身時間だが、使う力に比例して短くなってゆくのだ。
しかも風の剣を消されたとき、なんだか力もだいぶ消されちゃった気がする。
「あの鞭が問題なのかもー」
光や佐緒里のような積極攻撃型に属する絵梨佳ではない。
子供チーム最強の力は持っているものの、わりと思考は防御的というか、流され型である。
あと、頭も良くないので複雑な作戦とかは理解できない。
鞭の力か太公望の力かなど、現状では判断のしようがないのたが、とりあえず目の前にあるものを排除しようと心定めた。
「よっと!」
ふたたび突進する絵梨佳。
太公望が鞭を鳴らす。
虚空から稲妻が現れ、芝の姫を打ち据えた。
もんどり打って倒れ込む。
無様な前転。
にやりと笑った若者の表情が凍り付いた。
同時に、ごとりと鞭を持った右腕が肘からおちて地面に転がる。
「ああびっくりした。電撃とか。あれみたいですねー きいろいでんきねずみ」
何事もなかったかのように芝の姫が立ちあがった。
ぼろぼろに炭化した野戦服が剥がれ落ちてゆくが、彼女自身にダメージはないようだ。
「馬鹿な……」
なぜ生きている? どうやって攻撃した?
疑問符が渦巻く。
常人なら骨も残さず炭化するほどの電撃だ。能力者だって無事では済まないだろう。
それに、見えない剣はつい先ほど封じたばかり。
あんなものを二本も三本も持っているというのか。この娘は。
左手で右腕を押さえて後退する。
絵梨佳は追撃しなかった。
微妙な顔つきでじっとしている。
「服が完全にだめになりました。動くと全部落ちちゃいそうです」
由々しき事態ではあるが、芝の戦士はさほど気にしているわけではない。
もちろん羞恥心がないからではなく、戦場だから。
女性である前に戦士なのだ。
戦場で、恥ずかしいもへったくれもない。
それでもそんな発言をしたのは、婚約者たる実剛の許可を得るためである。
全裸で戦うことになるけれど良いだろうか、と。
まったく良くなかったので、駆け寄った実剛が自分の野戦服を脱いで絵梨佳の肩にかける。
じつのところ、これは澪側の精神的な優位性を示す出来事である。
もし、戦況が逼迫していたなら、絵梨佳はこんな発言をしなかっただろうし、実剛も駆け寄ったりしなかった。
太公望が片腕と武器を失い、さらには御劔と紀舟が牽制しているからこそである。
「大丈夫? 絵梨佳ちゃん」
上着を着せながら小声で話しかける実剛。
「秀人さんの雷撃よりちょっと強い程度です。でも集中してないんで、こっちの方が弱いかも」
絵梨佳が応える。
かつて戦った稲津の傍流である稲積秀人。彼が操るのが雷だ。
あのとき、絵梨佳は両腕に手酷いダメージを受けた。
それに比べて、太公望の電撃の効果は、せいぜい服を炭化させた程度である。
「まともに考えたら大変なことなんだけどね」
苦笑。
衣服を消し炭に変えるほどの電撃を受けたら、普通の人間は助からない。
百パーセントと断言しても良いほどだ。
それをまともに食らって傷ひとつ負わない絵梨佳の非常識っぷりは、いまさら驚くようなことでもない。
「さて、僕の婚約者まで辱めてくれたね。太公望。ここまでくるとちょっと遇する方法が見つからないな」
氷のように冷たい目を向ける。
それは、憎悪にぎらつく視線と絡み合った。




