太陽の季節 1
初夏の空はどこまでも青く、雲はのんびりと浮かび、ただ風に運ばれてゆく。
地上を這う愚者たちを気にも止めずに。
そして大地に立つ者たちは、空を見上げる余裕などない。
愚者の一方が襲いかかる。憤怒の形相で。
澪の能力者たちを滅ぼし、封印しようと目論む愚者だ。
もう一方の愚者は身動きひとつしない。
澪を守り、この地を栄えさせようと考える愚者である。
太公望と実剛。
ふたりの愚者。
滅ぼそうと血を流す者と、守ろうと血を流す者。
太公望が肉薄するが、実剛は逃げる素振りもみせない。
じっと、冷たい目で中華神話の軍師を見据える。
義弟の仁が半歩前に出て、次期魔王を守ろうと忍者刀を構える。
「大丈夫だよ。仁」
左手を少年の頭におく実剛。
次の瞬間、太公望の左右から人影が襲いかかった。
両手にPKナイフをかざした紀舟陸曹長と、えべチュンのストラップが柄頭の飾られたロングソートを構えた御劔である。
量産型能力者ではあるが、火之迦具土神を退け、バンパイアロードを打ち倒したトップクラスの実力者たちだ。
突撃を断念し、鞭でナイフと長剣を捌く瀟洒な若者。
さすがに、片手間であしらえるほどぬるい攻勢ではない。
「お待たせです。リーダー」
「怪我はなかったか? 実剛」
太公望との間に正三角形を形成し、紀舟と御劔が口を開く。
実剛と絵梨佳に遅れること三十七秒。
勇者と女性自衛官が戦域に突入した。
「もちろん。ナイスタイミングでした。二人とも」
次期魔王が微笑する。
「貴様ら……! 小細工を……!」
音がしそうな勢いで奥歯を噛みしめる太公望。
彼を釣り出すために実剛が雑言を吐いた、と、悟ったのだ。
「僕が何の準備もせずに突入したと思っていたのかい? つくづくおめでたい軍師だね。君は」
胸を反らせ、下目使いに言い放つ。
冷然と。
「太公望が釣られてどうするのさ。無能にもほどがあるんじゃないかな?」
「小僧……っ!」
いきり立つが、御劔と紀舟に牽制されて、太公望は突きかかることができない。
ちなみに実剛の言葉は嘘である。
彼が戦場の上空に到達したとき、まさに沙悟浄が殺されようとする瞬間だった。
準備などする時間は、どこにもない。
何も考えず突入するしかなかった。
ゆえに、タイミング良く御劔たちが現れたのは、本当にただの偶然である。
ただ、勝算がまったくなかったわけではない。
勇者と自衛官が、自分たちのすぐ後ろを追走してくれているであろうこと、実剛は一瞬たりとも疑っていなかったから。
だから、この状況は計算ではなく信頼の結果である。
仁の頭を撫でる次期魔王の左手。
それにもう一本が加わった。
右手である。
実剛のものよりもずっと白く繊細な。
絵梨佳が西遊記チームの治療を終え、最前線に戻ったのだ。
ちらりと視線を交わす次期魔王と芝の姫。
すっと右手をのばし、太公望に指を突きつける実剛。
「魔王の伴侶を誘拐しただけでは飽きたらず、澪にまで攻撃を仕掛けて多くの犠牲を強いた慮外者。本来であれば魔王自らが断を下すところだけど、君にそんな価値はない。よって甥たる僕が処断する。消えてもらうよ。この世界から」
宣言。
軽く頷き、絵梨佳が一歩踏み出した。
突き抜ける蒼穹の髪が、初夏の風にたなびく。
長刀と短刀が幾度も口づけを交わし、愛のかわりに火花を撒き散らす。
一方は三尖両刃刀。別名を二郎刀。
もう一方は、新日鐵室蘭の刀鍛冶だった琴美の曾祖父が鍛えた銘刀、貞秀。
本来なら性能において勝負になるはずがないが、蒼銀の光をまとった短刀は、サトゥルヌスの神剣を叩き折り、ジークフリードの剛剣バルムンクと互角に渡り合った。
中華神話に登場する神刀にだって劣らない。
「剣の性能ってより、澪の血族の力よね。どこまでも厄介」
振り抜かれた貞秀を紙一重で回避し、体操選手のような空中転回で距離を取る赤い制服の女子高生。
内心で愚痴をこぼす。
じっさいのところ、澪の血族に武器など必要ない。
拳が、足が、伝説級の武器と同等の攻撃力を持っているのだから。
そんな連中が握れば、百円ショップに売ってる彫刻刀だって神話の名剣と異ならないだろう。
まともに考えたら武器を持った琴美と戦うのは得策ではない。
二対一である。
先に無手の母親の方をかたづけてから、ゆっくりと娘と戦うべきだ。
武器を持っている方が手強いのは当然で、弱い方から落とすというのは戦術の基本だから。
「その意味では、べつに基本を無視しているわけじゃない」
沙樹と琴美。
どちらが強いかといえば、圧倒的に前者である。
澪最強の戦士。
その通り名は伊達ではない。
もちろん娘の琴美だって弱いわけではなく、全能力者の中でも上位の実力者であるが、母親と比較すれば三段か四段くらい劣るだろう。
背後を取ろうと襲いかかってきた沙樹に、左腕を伸ばす。
放たれる無数の深紅の光弾。
不規則な機動で魔女に迫る。
「これ全部コントロールしてるのっ!?」
縦横無尽に飛び跳ねながら回避してゆく。
賞賛をこめた舌打ちをする二郎真君。受けずにかわすとは。
一発でも当たればそこに攻撃が集中する。
そういう類の誘導弾だ。
信じられない勝負勘でそれを見抜き、防御ではなく回避を選択する。
それが蒼銀の魔女。
正直、戦いたい相手ではない。
が、彼女を撃破しなくては最終的な勝利も望めない。
だからこそ、一対一の戦いに持ち込むため、先に娘を潰す。
斬りかかってきた貞秀を三尖刀で受ける。
鍔迫り合い。
互いの息がかかりそうな間合い。
アイヌ文様のバンダナを巻いた蒼銀の髪の女子大生と、額に第三の目をもつ赤髪の女子高生。
互いに押し切ろうとしのぎを削る。
先に痺れを切らしたのは二郎真君だった。
蒼銀の魔女がいつまでも光弾と追いかけっこを楽しんでくれるはずもない。戻ってくるまでの数秒のうちに、ある程度勝負を決めたいのである。
鋭く振り抜かれる右足。
下段の回し蹴りだ。
「それは悪手よ」
すっとさがる琴美。彼女の前、一ミリメートルの場所を蹴りが通過する。
剣士が足技を使っても、牽制以上の効果はない。
ボクサーが拳以外で戦うようなものだ。
まして、
「そっち側は私のフィールド」
退きながら横回転。
飛び後ろ回し蹴りが女子高生の側頭部に決まる。
「か……は……」
たまらず、少量の血を吐きながら片膝をつく。
とん、と、その膝に着地した琴美。
今度は反対方向に回転。
右膝が、遠心力をつけて二郎真君の顔面に炸裂した。
見たこともない技によって吹き飛ばされ、もんどりうって倒れ込む。
それはそうだろう。
拳法でもなんでもない。
プロレスの技だ。
シャイニングウィザード。
「お父さんはお母さんに追いつくために八極拳を学んだ。私はプロレスをかじった」
母に及ばないことは最初から判っている。
最強の戦士から生まれたのは、ちょっと強い程度の凡庸な娘だった。
だから彼女は努力した。
いつかその背に追いつくために。
父の雄三がそうであるように。
「私の方が弱いと思った。しょせんは蒼銀の魔女のまがいものだと。でもね。まがいものが本物に劣ると、誰が決めたの?」
それはかつて、琴美自身が父親にいわれた言葉。
蹴り上げた状態から空中で体勢を入れ替え、一直線に襲いかかる。
獲物を仕留める大鷲のように。
「舐めるな! まがいもの!!」
鼻が潰れ、前歯が何本も折れた凄絶な顔で二郎真君が叫ぶ。
第三の瞳から放たれる光条。
心臓をめがけて。
空中にある琴美は回避できない。
相打ちになる。
一瞬のうちに琴美は覚悟を定めた。
貞秀を握りしめた右腕を突き出す。
それは、正確に女子高生の左胸を貫いた。
同時に深紅の光線が女子大生の胸に吸い込まれ……なかった。
「大丈夫? 琴美」
「お母さん!?」
飛燕の神速で割り込んだ沙樹が、自らの肉体を盾として娘を守ったから。
怪光線に焼かれた母の左胸。
豊かな乳房も、その下の心臓も、消滅していた。
「無事でなにより。あたしの方は、これじゃ助かりそうもないわね」
「ちょっと!? 悪い冗談はやめてよ!?」
「そんな顔するんじゃないわよ。娘をかばって死ぬなんて、なかなかヒロインっぽいでしょ」
抱きしめた琴美の腕の中、かくりと沙樹の膝が崩れる。
「お母さん!? いやよっ! いやぁぁぁぁぁぁっ!!!」




