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封澪演義!? 5

 三蔵法師を守っていた少年が駆け出す。

 倒れた孫悟空を援護するため。

「光」

「いえっさっ」

 すぐに追尾するウインドマスター。

「ち」

 舌打ちした少年が右腕を振る。生み出された疾風が光を襲う。

「なんとぉっ」

 ジャンプ一番、回避し、一挙に少年の前に出る光。

「いかせねえよ?」

 にやりと笑う。

 急制動をかけ、少年二人が睨み合いに移行した。

「…………」

「無愛想なやつだなー せめて名乗ったらどうだ? 俺は羽原光ってもんだぜ」

「……玉竜」

 三蔵法師が乗る馬。

 その正体は西海竜王の息子で、名を玉竜という。

 作中では白竜とか小竜とかいわれることが多い。

小白竜(しゃおぱいろん)さんか」

「お前の歳でそれ知ってるわけないだろ」

 とても嫌そうに言う玉竜。

「こまけぇことは良いんだよ」

「まったくだ。これから死ぬヤツには関係のない話だな。ボクの名前など」

 黒髪黒瞳の少年の手に揺らぎが現れる。

 風の刃。

 絵梨佳やカトルと同じ技だ。

 西海竜王が司るものは風。すなわち、その息子もまた風使いである。

 放たれる真空の刃。

 奇しくも風使い同士の対戦であるが、べつに光は喜ばなかった。

 普段の彼ならば、「どっちが本当の風使いか教えてやるぜ」などと中二病全開な台詞でも吐いただろうが、まったくそういう気分にはなれなかったようだ。

 というのも、

「おっそっ おまえホントに戦闘員かよ」

 見えない刃を回避することなく、光は大気密度を操ることで次々と無力化した。

 普通ならそんなことはしない。

 というより不可能だ。カトルのでも絵梨佳のでも良いが、回避するだけで精一杯。数を出されれば何割かは食らってしまう。

 あまりに弾速に差がありすぎるため、ゆっくりと対処することができるのだ。

「なめるな!」

 手刀をかざして飛びかかってくる玉竜。

 もちろんその手には真空の刃をまとっているのだろう。

「よっと」

 半歩だけ横に移動して光が回避する。

 弱い。

 否、普通の人間から見たら超人的な強さだろう。

 澪で考えれば第二隊の高校生くらいか。

 回避しながら腕を掴んで、くるりとまわる。

 それだけで宙を舞い、コンクリートに叩きつけられる玉竜の身体。

 合気道の小手返しという技だ。

「ぐはっ」

「や。受け身とれよ? なんで頭から落ちてんだよ?」

 悶絶する少年の背後をとって、そのまま右腕を捻りあげる光。

 困ったように美鶴に視線を送りながら。

 あまりに弱すぎて戦いにならない。

 逆に手加減が難しすぎる。

 下手に攻撃を加えたら簡単に殺しちゃいそうだ。

 力が多少使えるだけの素人。

 弱い者いじめのような戦いは、光の望むところではない。

「殺して。光」

 冷然として響く美鶴の声。

 戦士が戦場(いくさば)に立つということは、殺す覚悟も死ぬ覚悟も定めたということ。

 どのような言い訳もできない。

 無理矢理に徴収された兵士ではないのだ。

「……了解」

 反論はなく、逡巡もごく短かった。

 彼は騎士(ナイト)。奉じる者だ。姫君のためなら、どんな泥だって喜んでかぶる。

 振り上げられた腕。

 玉竜のものとは違った、正真正銘、一撃必殺の力を持った拳だ。

「やめてぇぇぇぇぇ!!!」

 叫び声は、三蔵法師の口から発せられた。




「やめて! 降参するから!! 殺さないで!!」

 悲痛な声が響く。

「だ……だめだ……」

「いけねぇ……お嬢……」

 満身創痍の孫悟空と猪八戒が、なんとか立ちあがろうと無様にもがく。

 唯一戦闘力を残している沙悟浄は、光則と睨み合ったまま動けない。

 実際のところ、勝敗は決している。

 ふ、と笑う美鶴。

「言質とったわよ。降伏を受け入れるわ」

 光に攻撃の中止を指示する。

「最初からこうなるって判ってたみたいだねっ 美鶴っ」

「みたいっていうか、判ってたのよ。キク姉」

 豊平川での戦いで、孫悟空たちのスタンスはある程度まで掴んだ。

 三蔵法師を光が狙ったとき、彼らは目前の戦闘を放棄してまで救援に走ろうとした。

 それだけ彼女が大切だということ。

 逆もまた真なり、だ。

 仲間が危機にあるとき、おそらく三蔵法師は見殺しにできまい。

 そう読んだから光に殺害を命じてみせたのである。

 三蔵法師が平然と仲間を見捨てるような人間であったなら、それはそれで敵の戦力がひとつ減るだけ。

 どちらに転んでもこちらは損をしない。

 澪の第二軍師の計算は、けっして甘いものではないのだ。

「まあでも、降伏する可能性が八割五分ってところだったからね。あとはタイミングの問題だけで」

 義理の伯母に肩をすくめてみせる。

「よっ 軍師さまっ」

「お褒めの言葉はいいんで、謝意はモノで示してね。具体的には焼肉が良いわ」

「我が家の大蔵大臣は美鶴じゃんっ」

「それもどうかとおもうのよねぇ。中学生の私がみんなの給料を一括管理っておかしくない?」

「おかしくないよっ たぶんっ きっとっ」

 馬鹿な会話を続ける間に、光が玉竜を後ろ手に締め上げながら戻ってきた。

「ほい。捕虜つれてきたぜ」

「お疲れさま。びっくりした?」

「いんにゃ。美鶴のこったから、なんか考えがあんだろーって思ってだぜ」

 にかっと笑う。

 こいつの場合、美鶴の判断を疑うくらいなら、実剛がじつは女でしたなどという与太話の方を信じるだろう。

「ありがと。じゃあとりあえず捕虜を返還するわ」

 光が玉竜をどんと突き飛ばす。

 よたよたと近づいてきた少年を、三蔵法師が抱き留めた。

「感謝するわ。澪の血族」

 覚悟を決めたのだろう。淡々としたものだ。

 それぞれ右手を挙げ、戦闘終了を少女たちが宣言した。

 美鶴の周囲には、琴美、佐緒里、光則が、三蔵法師の横に沙悟浄が戻ってくる。

「んだよー 光則兄ちゃんは結局戦果なしかー 琴美姉ちゃんたちは一人ずつ倒したのに」

「しかたないな。俺の力ではこんなもんだろう」

 からかう光に肩をすくめてみせる光則。

 ごく秘やかに美鶴が苦笑する。

 敵を倒すことだけが戦果ではない。

 足止めで充分という局面もあるのだ。

 三蔵法師の陣営はすでに二名が戦闘不能。一人が捕虜に取られた状態だった。その状況で、無理にあとひとりを倒す必要はないのである。

 むしろ無理をして、万が一にも光則が敗北した場合、美鶴としてはべつの計算式を立てる必要がでてきてしまう。

 その意味では、光則という戦士の戦い方は、じつに堅実だ。

 使う技はいかにも異能なのに、選ぶ戦術は手堅く、けれん(・・・)味がないのである。

 澪の戦士には珍しいタイプといえるだろう。

 基本的には脳筋だが、状況判断が慎重で無理をしないゆえ、実剛などは全幅の信頼を寄せるのである。

 琴美も佐緒里も敵を倒したが、自身もかなりのダメージを受けている。

 自己回復はできるものの、すぐに再戦ということになれば、鬼姫はともかくとして琴美は戦力外だ。

 常に余力を残す光則の戦い方を、見習って欲しいものである。

「ま、俺は自他共に認める最弱の特殊能力者だからな」

「彼を知り己を知れば百戦危うからずってやつよ。光則さんの場合は」

 孫子の言葉を引用する第二軍師。

 これには続きがあって、敵のことを知らないで自分の事情だけで行動すれば、結果については保障できない。敵のことも味方のことも判っていなければ必ず負ける、ということになる。

 わりと当たり前のことであるが、とかく人間は自分の都合や願望を基準に作戦を立ててしまうものだ。

 沙悟浄の戦闘力を正確に分析し、だらだらと千日手に持ち込み、以後の戦闘に余力を残す。

 褒められることはあっても、けなされる筋はまったくない。

「さて、降伏した以上は、いろいろと語ってもらわないといけないわよ」

「いたしかたあるまい」

 三蔵法師ではなく、沙悟浄が頷いた。



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