封澪演義!? 4
大型の魚を釣るのを楽しみにしている人は、釣り上げた大物をしめるために、金属バットなどを持参するという。
それがない場合は、尾の部分を掴んで岩などに叩きつける。
何度も何度も。
完全に死ぬまで。
まさに現在の猪八戒のように。
鼻骨が折れ歯が欠けた血まみれの顔で、薄ら笑いを浮かべながら、幾度もホームに佐緒里を叩きつける。
コンクリートに肉体がぶつかる音だけが響く。
頭をかばうように抱え込んでいた鬼姫の腕がほどけ、弛緩してゆく。
鼻と口から止めどなくあふれ出る赤い血。
「そろそろ死んだかぁ?」
欠けた歯の隙間からひゅうひゅうと息を漏らしながら、マッドアングラーが笑う。
細い足首を鷲掴みした手は、まだ離さない。
だめ押しとばかりに振り上げる。
「死ぬわけないだろう。貴様は馬鹿か」
頭上から聞こえる声。
はっとして見上げた猪八戒。
瞳に映ったものは、大きく体を捻る鬼姫だった。
ドリルのように横回転を始める。
脚を掴んでいた手指の爪が剥がれ、骨が音を立てて折れた。
もちろん佐緒里だって無事では済まないが、おかまいなしである。
勢いを殺すことなく猪八戒の腕に蹴りを叩き込む。
肘が砕け、おかしな方向に曲がる右腕。
これで男は両腕を封じられた。
虚空に響く絶叫。
「うるさい」
落下の勢いまで利用して、鬼姫が頭突きを入れる。
頭頂部に。
滑稽なほど軽い音。
白目を剥いた猪八戒が、大の字に倒れ込んだ。
「人を鮭みたいに扱った報いだ」
着地し、ふんすと鼻息を荒げる佐緒里。
満身創痍である。
あちこち骨折しているし、掴まれていた足首は皮膚が破れて骨が露出していた。
が、みるみるうちに傷が塞がり、体組織が再生してゆく。
鬼の回復力で。
「あたしでなかったら死んでいたぞ」
倒れている男にかけた言葉は、ある意味で賞賛だったろう。
ここまで佐緒里を追い込んだ敵は、そうそう存在しないのである。
「この城にはな、ほんとは結界が張ってあるんだよ」
よろよろと立ちあがった太公望に、にやりと笑いかける鉄骨を引っ提げた鬼。
酒呑童子。
転移で直接入り込んだりはできないような仕様になっている。
まあ、ラスプーチンや日本武尊のような、本気で強力なバケモノ連中は、力ずくで破って侵入したが。
「…………」
「けど、なんの抵抗もなく転移できただろ」
「はかったのか……北海竜王……」
歯ぎしりしつつ広沢を睨みつける太公望。
「いや。はかったっていうより、ホウレンソウは社会人の基本だよな」
報告、連絡、相談。
敵か味方か判らないような相手から呼び出しを受けて、誰にも告げずにのこのこと単身で赴くなど、アニメか漫画の世界だけだ。
コンタクトを受けて、広沢はすぐに仲間たちに連絡を取り、善後策を協議した。
「お前さんは、リュージンをはめるつもりで罠に飛び込んだのさ」
とんとんと鉄骨で肩を叩きながら酒呑童子が笑う。
えらく軽そうに扱っているが、ゆうに百キロ以上あるのだ。
こんなものでぶん殴られたら、さすがにただではすまない。
「私を誘い込むための罠というわけか。だが、たった二人で勝てるつもりか?」
「その台詞はフラグだよ」
虚空に響く。
少年の声だ。
咄嗟に跳んだ太公望を追尾するように風の刃が舞う。
「くっ! この!!」
鞭を振るって打ち消してゆく。
「なーる。やっぱり変な力が込められた武器みたいだね」
空中に浮かぶカトル。
にやにやと笑っている。
「ケッツァルカトル……っ」
「いえす。三人目の登場さ。あと何人出てくるかな」
両手には空気の揺らぎ。
絵梨佳と同じ真空刃の技だ。
「特殊能力を無効化する鞭ってわけか。めんどくせえな」
鉄骨で殴りかかる酒呑童子。
彼は特殊能力も伝説の武器も使ってはいない。ただのH型鋼だ。
さすがにこれを鞭で受けるつもりはないらしく、大きく飛びさがる太公望。
そこへ、待っていたかのように広沢が攻撃を仕掛ける。
カトルが鞭の能力の一端を解き明かしてくれたので、肉弾戦ではない。
「ウォーターカッター!」
リング状の水。
高速回転しながら太公望に迫る。
「技名を叫ぶ理由はあるのかい?」
鞭を振るい易々と消滅させた。
「そりゃあ、あるに決まってるさ」
風の刃を放つカトル。
振り向きざまに打ち消す若者。
「まさか、君のこのしょっぱい攻撃を隠すためとかいわないよね?」
余裕綽々だ。
その余裕が消し飛んだのは、一瞬後のことである。
数本のPKランスに貫かれて。
「ぐ……これは……」
ぐらりとよろめく。
いま、どこから攻撃された?
「うん。言わないよ。シュテの攻撃はリュージンの攻撃を隠すためじゃないし、リュージンの攻撃は僕の攻撃を隠すためでもない」
言葉を切る。
笑みとともに。
『全員! 斉射三連!!』
酒呑童子、広沢、カトルの声が重なった。
同時に四方八方から打ち込まれるPKランス。
このときまで、太公望は屋上にこんな大人数がいることに気付かなかった。
柱の影、壁の裏、床の下、様々なところから姿を現す戦闘員たち。
第一隊の十名がリン城に潜み、攻撃の機会を伺っていたのだ。
隠形を得意とするニンジャたちが。
十重二十重の罠である。
「…………」
無言のまま太公望の姿が薄れてゆく。
憎々しげに広沢たちを睨みながら。
「逃げ足が早いね」
すたっと屋上に降り立ったカトルが肩をすくめた。
「むこうの軍師だからね。自分たち三人だけでも荷が重いのに、第一隊が十人も戦線参加したら、勝算が一桁さがる程度の計算はするさ」
「けどよ。逃がしちまって良かったのか? リュージン」
酒呑童子が首をかしげる。
せっかくこれだけの戦力を揃えたのだから、きっちり始末をつけた方が良かったのではないかと思ったのだ。
「正直、何を考えてるか判らないからね。退路を断って必死の反撃に出られるのも嫌だし」
肩をすくめてみせる広沢。
あまり大規模に戦って、リン城を傷つけるのは避けたいところなのだ。
感傷である。
偽装要塞は戦闘用の城塞であり、傷つくのは最初から織り込み済みだ。
だが、僚友たちが頷く。
酒呑童子にとっても、カトルにとっても、この城は宝石だから。
絵梨佳と二郎真君が、御劔と哪吒が睨み合う。
互いの力量が判るゆえ、容易に仕掛けられない。
必殺の間合いを計り、じりじりと位置を変える四人。
無限に続くかと錯覚させる数瞬。
動いた!
同時に。
勇者の剣と斬妖剣が、見えない剣と三尖両刃刀が絡み合い、一瞬で飛び離れる。
四人のうち、誰が最も失望したかは判らない。
全員が牽制のつもりだった。
本当に力を込めた攻撃は次の一手。
だが、出せなかった。
それぞれの放った一撃があまりに見事すぎて、次の手を放てば相打ちになると、見えてしまったから。
ふたたび距離を取る四人。
膠着するかに見えたのは一瞬。
たんと地面を蹴った絵梨佳と御劔が仕掛ける。
迎え撃つ二人。
直前、絵梨佳が右に、御劔が左に跳ぶ。
互いの位置を入れ替えるだけの単純なフェイントだ。
「こんな子供だましで!」
惑わされるわけがない。
正確に勇者と姫の動きをトレースする道教の神たち。
その身体に、矢と棒手裏剣が突き刺さる。
「な!?」
驚愕の表情。
実剛の左右に人影が現れていた。
忽然と。
仁と五十鈴である。
「そういうことか!」
女子高生の顔に苦みをともなった理解が広がる。
御劔と絵梨佳が使ったフェイント。
あれは攻撃のためではない。
実剛の姿を、ほんの一瞬だけ二郎真君と哪吒の視界から消すためのものだ。
五十鈴と仁にとっては、充分すぎる時間である。
「く。退くよ。哪吒」
「任務了解」
大きく飛びさがる二人。
必殺の間合いから放たれた勇者の剣も、見えない剣も、影を切り裂いたにとどまる。
「やっぱりこの程度で崩せる守りじゃないか」
ワンステップ。ツーステップ。
三歩目には空中高く飛び、そのまま去ってゆく。
その姿に五十鈴が矢を向けるが、かるく右手を挙げて実剛が制した。
いまは深追いすべきではない、と。




