封澪演義!? 6
玄奘三蔵、孫悟空、猪八戒、沙悟浄、玉竜の五名は転生者である。
ただ、たとえば広沢のようなタイプとは少し毛色が異なる。
「我らは高校の同級生だった」
「過去形ね」
沙悟浄の言い回しに小首をかしげる美鶴。
かるく頷く男。
もう卒業したから、という意味で過去形を使ったわけではない。
彼らは一度、死んでいる。
「死んでいる?」
「修学旅行で訪れた中国。バス事故に巻き込まれた我らは死んだ」
「あ、見えてきたかも」
死体を寄り代に神を降ろした。
あるいは、死体に神が取り憑いたか。
「この身体の持ち主は相田祐市という。お嬢は志津野ゆかり。悟空にも八戒にも玉竜にも、もちろん名がある」
「完全に別人なの?」
「そうでもない。我は相田祐市の記憶を持っているし、沙悟浄としての能力もある」
「混ざってるわけね」
「左様」
「ちなみにその口調は、どっちのものなの?」
「相田祐市のものだ。むしろ沙悟浄は日本語など操れない」
「なかなか個性的な高校生だったみたいね」
肩をすくめる美鶴。
我と自称するとか、けっこうアレな感じの高校生であるが、そういう人間がいてもおかしくはないのだろう。きっと。
なにしろ彼女の知人には、もっと時代がかった口調の小学三年生がいる。
あの子は普段学校でどんな口調で話しているのだろうか。
どうでもいい疑問が浮かんだが、かるく頭を振って追い出した。
本題とは関係なさ過ぎる。
「それで、どうして札幌の通信橋を襲ったの? もちろん命令されてのことだろうけど、誰がなんの目的でそんな命令を出したかって部分を知りたいのよね。答えられる?」
三蔵法師とその一行が、自らの利益と打算に基づいて通信橋を破壊するわけがない。
澪と敵対する理由だって、もっとないだろう。
であれば、何者かが彼らを動かしていると考えるのが自然だ。
「目的は判らぬ。聞かされていない故」
率直な沙悟浄の返答。
三蔵法師も頷いている。
「じゃあ命じたのは?」
「太公望と呼ばれていた。若い男だ」
「おうふ。そうくるかぁ」
やれやれとため息をつく美鶴。
第二軍師は、もちろん太公望なる人物を知っている。
封神演義という作品に登場する軍師。
殷周革命の立役者。
神々の時代から、人間の時代へと変革を成し遂げた男。
地上を支配していた三百六十五柱の神を封印し、世界を人間たちの手に委ねた。
ちなみに西遊記は、それよりずっと後、唐の時代を舞台にした物語である。
「そしたら狙いも見えてくるわね。澪の封印が目的かー めんどくさい相手だなぁ」
口に出さずに呟く美鶴。
方向性は高天原と同じだが、より強硬策を採ってくるだろう。
むしろ仮定ではなく、すでに強硬手段に出ている。
「あなたたちは、その先兵ってわけね?」
「然り。あの男は我々に条件を出した」
「澪の血族を倒せば封印はしないでやる、とか、そういう条件じゃない?」
言い当てられ、息を呑む三蔵法師と沙悟浄。
美鶴にとっては推理と呼べるようなものでもない。
児戯に類することだ。
「こういったら悪いんだけどさ。あなたたちはただの捨て駒よ」
やや言いにくそうに告げる。
バス事故で死んだ日本人の高校生に、たまたま神が憑依する。
そんな偶然があるわけがない。
憑依させた人物がいるのだ。
もちろん手駒として使うために。
使い方は、第二軍師が言ったように囮である。
澪以外の場所を攻撃し、主力を澪から引き剥がすための。
「自分で憑依させておいて、封印しないでやるとか。普通に考えて意味が判らないでしょ」
「じゃあ……あの男が私たちを……?」
「そそ。最初から利用する目的でね。どこから仕込んだのかは判らないわよ? 事故そのものが仕込みだったのかもしれないし」
どんな人間の死体にでも神を降ろせるというわけではないだろう。
寄り代としての適性のようなものが必要なのではないか。
そう美鶴は疑っている。
適性を持った五名がたまたま事故に巻き込まれる?
ありえない。
もっといえば、適性を持つ五人がたまたま同じ高校に通っていたというのだって、数学的な確率を考えたら馬鹿馬鹿しくなる。
「でもまあ、どの時点からって考え出したらきりがないからね。なにしろ星読みとかは中華神話のお家芸だし」
澪という勢力が生まれることを予知し、そのときのための布石を打っていたとしても、べつにおかしくはない。
「でも……私たちがあの男に会ったのは、今年に入ってから……」
玄奘三蔵こと、ゆかりがうめく。
修学旅行中の事故は昨年の話だ。
タイムラグがありすぎる。
「そこが彼の国の怖ろしいところね。彼らは勝利を得るために時間を惜しまないわ。何十年どころか、何百年だってかけるのよ。一年二年のタイムスケールなんて、短い短い」
老将憤死して渡河を叫び、なんて詩もあるくらいなのだ。
新興の金帝国に逐われた宋帝国の老将宗沢の故事である。
黄河を渡れーといって死んだわけだが、結局のところ、宋はモンゴル人の元に滅ぼされる。
その後、長江流域に興った明は、黄河を渡って元を滅ぼして漢民族に中国を取り戻す。
宗沢の死から二百四十年も後だ。
「で、そんときに明の軍勢を率いていた将軍が、その老将と同じ台詞を吐いて黄河を渡らせたってのよ。どう? この執念」
肩をすくめながら軍師が解説してくれる。
二世紀以上も昔の恨みをずっと抱え込んで、語り継いで、絶対に目的を遂げる。
日本人にはなかなか理解しがたいのスケールだ。
澪の連中などには、もっと理解できないだろう。
彼らは基本的に、戦った相手に恨みつらみを継続させない。
間接的にリンを殺したこころすらも受け入れた。
「そんな……」
「当然、封印しないでやるとか、そんな約束なんて嘘。私たちを倒せたとしても普通に封印されるだけでしょうね」
「しかし、そこまで判っていながら、汝は我らの降伏を受け入れるというのか」
黙り込んでしまった三蔵法師に代わり、沙悟浄が確認する。
「受け入れるわよ? 降伏した相手を攻撃するほど鬼畜じゃないし。勝敗がついたのに戦い続けたって仕方ないし」
この大度。
さすがは暁貴の姪で、実剛の妹である。
「だが、我らが足止めしたことにより、澪は攻撃に晒されているのではないか?」
「そうだね」
「そうだねて……そんな暢気にしていていいのか?」
他人事ながら心配になったらしい。
くすりと笑った美鶴が、仲間たちを振り返る。
「と、このように心配されてるけど、みんなはどう思う?」
琴美が、光則が、佐緒里が、光が、そしてキクがそれぞれの為人に応じた仕草で、心配ないと告げた。
なにしろ澪には絵梨佳と沙樹という最強クイーンたちが残留している。
彼女ら二人だけで、たいていの敵は撃退できるだろう。
加えて、鉄心たち鬼も、第一隊もそっくり残っているのだ。
よほどの大兵力で攻められても凌ぎきる。
第一第二の軍師が不在なので、知略面ではやや不安が残るが、第三軍師の楓も、天界一の智恵者もいる。
そうそうひどいことにはならない。
「ぶっちゃけ、私たちは澪の戦闘部隊の一部に過ぎないのよ。いなくたって戦力はバカみたいに低下したりしないわ」
「そ、そうなのか……」
「そうなのよ」
驚愕する沙悟浄に微笑を向ける美鶴だったが、口に出さない部分もある。
彼女が考える程度のことを、歴史上最古の軍師が考えないはずはなかろう、と。
おそらくは、まだ前哨戦。
本番はこれからなのだ。
「とりあえずさ、電子機器、使えるようにしてくれないかな? 救援呼ばないと、そっちの二人も治療してあげられないから」
ウインクする第二軍師だった。




