ゲーム・スタート 8
「ポーズ? どういうことだ? こころ」
鉄心が訊ねる。
「そのままの意味だよ。鉄心さん」
肩をすくめ、少女にしか見えない女性が鬼の頭領の隣に座した。
元スパイで構成された影豚隊。彼らは優秀ではあるが、べつに世界有数とか、そういう形容詞はつかない。
その影豚がキャッチした情報は、ある一定の範囲において流れていると考えた方が良い。
「つまり、掴ませるために流された情報ということかい? こころくん」
「そういうことだね。高木さん」
先回りして問う総務課長に頷いてみせるこころ。
故意に情報が渡された可能性。
マイナンバー流出事件がでっちあげられようとしているぞ、と。
「誰が? なんのために?」
沙樹が軽く頭を振った。
あまり複雑な思考が得意ではない蒼銀の魔女である。
「その質問に対する答えは、たぶん二つあると思うよ。私はね」
「どういうことだい?」
テーブルの上の煙草に手を伸ばし、暁貴が火をつける。
万事飄々とした魔王も、さすがにストレスがたまってきたようだ。
「キャッチした情報は澪を害するもの。だけど、キャッチしたということ自体は澪を利すること。そういうことさ」
「わけがわからん」
「めんどくさい魔王だなあ。信二なら今の言葉だけで全部判ってくれたと思うよ?」
「アレと一緒にすんな。お前らの次元で話を進めたら、誰もついてこれねーだろうが」
「いえ。副町長。見えてきた気がします」
下顎に手を当てた魔王の腹心。
自説を開陳する。
何かを企む者と情報を流した者、それらは別の人物ではないか。
敵がいて、その敵がいる。
この事態は、それを示しているのではないか。
「そういうことだね。高木さん。付け加えるなら、情報を流したというか、渡してくれたのは味方だよ。きっとね」
「どうしてそう言いきれる?」
「この策が成功したとき、誰が得をするのかって話」
薄い笑いがこころの顔に刻まれる。
発言を噛みしめる幹部たち。
マイナンバー流出事件が大々的に報じられたとする。
澪町幹部の信用は一時的に失墜するだろう。結果として観光客の減少に繋がるかもしれない。
そして澪側の報復がある。
事件を企図した人間に対して。
そこまでは予想の範囲内だ。
「誰も得しねえな。たしかに」
澪だって無傷では済まないし、事件の首謀者とその一党は命を落とすことになるだろう。尻馬に乗った一部のマスコミも。
痛み分けの未来図だ。
「でしょ。だから情報を渡した人の思惑ってのは、その未来を回避したいってことだと思うんだよね」
「澪がどこかと争うのを避けたい陣営が情報を渡した。ということは、計画した連中は澪をどこかと戦わせたいってことか」
「はい。正解。よくできました。魔王さま」
「回りくどいことするじゃねえか……」
「苦肉の策なんじゃないかな? もともと澪には諜報機関なんかないし、情報って部分では他の陣営に比べたら、めちゃくちゃ不利だからね」
澪に諜報機関なり防諜機関なりを作らせるのが目的で、役に立ちそうな人材を派遣した。
抱き込まれるというより、抱き込ませるために。
一ヶ所からの派遣では容易に足がついてしまうから、複数の陣営が同時に仕掛けるように仕向けた。
「きたるべき戦いの日に備えてね」
これを味方と呼ばないとしたら、たぶんこの世に味方なんていないんじゃないかな、と、苦笑混じりに付け加える。
「ぬう……」
鉄心が腕を組む。
裏の裏の裏の読み合い。
積極攻撃型に属する鬼としては、ついていくのがやっとだ。
「シンプルに行こうぜ。こころちゃん。今後の対策は?」
紫煙を吐き出し、魔王が問う。
「マイナンバー流出なんて、そうそう起きるものじゃないよ。どこだって取り扱いに気をつけてるんだからさ。となれば、発行した側が一枚噛んでるって考えるのが自然だろうね」
「日本政府か」
「そそ。どこかのお利口さんは、澪と日本政府を戦わせたい。だからこんな事件をでっちあげる。でもって別のお利口さんはそんな戦いを望まないから、事前に情報が渡るように手を打った」
「そこまで判れば話は早い。俺らとしては、このくだらない事件が起きないように、先に圧力をかけるってことだな」
唇を歪める魔王。
応えず、員数外の軍師が微笑した。
「……影豚といったか。澪の防諜機関が動いたな」
猛禽類を思わせる異相の男が呟いた。
東京都内のホテルである。
無個性なテーブルに置かれたありふれたノートパソコン。
画面には淡々とした文字が表示されている。
「さすがに速い」
「まあ、何をするか、舵さえ切ってしまえばうちのは速いですかね」
魚類を思わせる異相の青年が笑う。
「連中の息がかかっていた内務省職員が二人、辞表を出したよ。女がらみのスキャンダルで退官に追い込まれた」
「ほほう。なかなかえげつない返し手ですねぇ」
「これで流出事件は、起きない」
「起きもしない事件を防ぐってのは、奇妙なもんですがね」
「そこが情報戦の面白いところだ」
「俺には判りませんよ。その醍醐味は」
平和なのが一番です、と付け加える青年。
ふと男が笑う。
「それにしても、君らの機関、名称は何とかならなかったのかね?」
影豚。
センスの欠片もないネーミングだ。
「略してSP。惜しかったですね。影豚フラッシュとかにすれば、SPFだったのに。ちょっと捻りが足りません」
真剣に切り返してくる。
ちなみにSPF豚というのは、特定の病原菌を持たない豚のことである。
健康な豚を表す指標として有名だ。
豚肉にこだわる澪としては、SPよりSPFの方がより望ましい。
「……聞いた私が愚かだったよ。君も澪の一員なのだな」
「なんでしょうか。非常に馬鹿にされた気がしますよ」
「気だけではないから安心しろ」
くつくつと男が笑う。
悪意のある笑みではなかった。
「なにしろ君の仲間たちは、この状況下で探検ごっこだ」
なんとか澪に防諜機関を作らせることは成功した。
奴らの第一撃は未然に防ぐことができた。
だが、まだまだ小手調べという段階だろう。
状況は予断を許さないのだ。
金山跡地とやらで探検ごっこに興じている場合ではない。
「大丈夫。通常モードです」
しれっと応える魚顔。
「信二。君は大丈夫という単語を、辞書で引き直した方が良い」
行軍は遅々として進まない。
道がないから。
鬱蒼と茂る木々で視界もきかず、膝丈くらいまで伸びた下草に足を取られる。
歩き始めて十分もしないうちに、実剛が根をあげた。
疲れたとか、虫が顔に付いたとか、足元に蛇がいたとか。
当たり前の話である。
都会の遊園地ではないのだ。自然は人間に優しくなど作られていない。
「すまんな実剛。俺の剣では、完全に刈り取ることはできん」
申し訳なさそうに言う御劔。
謝るようなことでは、まったくない。
むしろ謝るなら、次期魔王にではなく剣に対してだろう。
バンパイアロードを打ち倒し、ロシアの装甲人形と斬り結んだ名剣が、草刈りガマや鉈と同じ使われ方である。
柄頭で揺れるえべチュンのストラップだって泣いている。
「兄さんの体力と根性のなさは嘆かわしいけど、このままじゃお昼までに目的地にたどり着かないわね。どうしようかしら」
ほてほてと歩きながら美鶴が呟く。
すでに力に目覚めている彼女は、量産型能力者以上の体力がある。
さすがに戦闘要員の特殊能力者には及ばないが、この程度の行軍でへばるようなことはない。
「絵梨佳姉さん。道を造れる?」
それでもこんな提案をしたのは、情けない兄のためではある。
「道? どうやって?」
首をかしげる芝の姫。
彼女の力は重力制御や回復力だ。土木工事に向いたものではない。
「とりあえず、視界が悪いのを何とかしたいから、こうまっすぐ、滅びの風で道を造れないかな、と」
滅びの風。
絵梨佳が使う特殊能力でも、最大級の力を持った攻撃である。
音波振動によってすべてを塵にかえる力。
御前との最終決戦では、わずか一撃で数百の敵兵を葬った。
そんな大技を、第二軍師はこんなどうでも良い局面で使わせようというのか。
「いいよー」
あっさり承諾しちゃう最強の戦士だった。




