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ゲーム・スタート 7


 信用は金で買えない。

 もし澪が、住民の個人情報すら守ることができないと思われれば、今後、澪に居着く人間の数に大きく影響する。

 まして踊らされやすいことにかけては世界一の日本国民である。

「澪の幹部が故意に個人情報を流出させた、などと喧伝(けんでん)されたら、いささか面白くない事態になりますね」

 影豚がキャッチした情報は、ただちに暁貴にもたらされ、副町長室は緊急の幹部会となった。

「どうしても一戦交えたいのかね。連中は」

 腕を組む魔王。

 高木の言うとおり、面白くない事態にはなる。

 澪町幹部の信用は失墜するからだ。

 だが、それだけだ。

 澪という街は、日本国というか、日本国民の支持など必要としていない。

 やりたいようにやっているだけ。

 それを知っているから、バンパイアロードにしても、高天原にしても、ヴァチカンやアメリカやロシアにしても、このような搦め手は使わなかった。

 マスコミがいくら澪を叩いたところで、暁貴は痛くも痒くもない。

 地位も権力も失わない。

 この街に実質的な選挙などないし、資金は寒河江から供給されているからだ。

 ただ、「街を栄えさせよう」という目的は、停滞を余儀なくされるだろう。

 悪評を受けて、観光客や移住者が減る可能性があるから。

 しかしこの手は一度しか使えない。

 なぜならば、このような手段を用いて魔王を(おとし)めた人間を、澪はけっして許さないからだ。

 首謀者を探り出し、あぶり出し、澪の血族にケンカを売った報いをくれてやる。

「ペンは剣よりも強しというが、それは理想でしかない。何人か冥界の門をくぐれば、すぐにおとなしくなるだろう」

 鉄心が肉食獣の笑いをみせる。

 彼は鬼である。比喩的な意味でなく、正真正銘の。

 ゆえに人間ごときの命などに、まったく重きを置いていない。

 敵対した人間を殺すのに、躊躇う理由はどこにもないのだ。

 法の加護など澪にとっては笑い話でしかないことは、暁貴が実権を握ったときに言明していることである。

 言論の自由は法によって保障されている。だからどうした。という具合だ。

 首謀者とその家族が惨殺されれば、マスコミだって黙り込む。

 次は自分だと思えば、なおさらだ。

「それを知らねえはずはねーんだよなぁ」

 ううむと唸る暁貴。

 できれば強硬策はとりたくない。東京に何人か手勢を送り込んで、くだらない陰謀を企んだ連中を血祭りにあげることは容易い。

 妻に小遣いをねだるより簡単だろう。

 それを新山総理が判らないはずがない。

 だからこそ対立ではなく共存を選んだ。

 もちろん、この動きを新山が知らない可能性はあるが、()のタヌキ親父どのの元には、いま魚顔軍師が付いている。

 こんな底の浅い搦め手を、みすみす見逃すとも思えない。

「じゃあ、ポーズって考えるのが順当なとこじゃないかな?」

 突如として割り込む女の声。

 ノックもせずに入室してきたのは、八尾(やお)こころ。八意思兼神やごころおもいかねのかみの転生者である。

 地位職責は鉄心の秘書だ。

「こころちゃん。こっちにきてくれたのか。病院は?」

「ノエルと葉月(はづき)に任せてきたよ。どうもこっちの方が緊急性が高そうだからね」

 魔王の言葉に笑みを返す。

 天界一の知恵者。

 澪においては魚顔軍師凪信二(なぎ しんじ)と肩を並べる軍師である。




 九六式装輪装甲車が停まり、後部ハッチからわらわらと人が降りてくる。

 澪の山間(やまあい)

 初夏の風に混じる、濃密な緑の香り。

「自然って感じだねー」

 ぐーっと伸びをして身体をほぐす実剛だったが、べつに長時間の走行をしたわけではない。

 巫邸から大滝(おおたき)は、三十分程度の道程(みちのり)だ。

 わずかな時間で人跡未踏(じんせきみとう)の秘境に至ることができる。それが澪の魅力である。

「褒められた気がまったくしないよ。それに未踏じゃない。何十年か前までは町があったんだから」

「誰に言っている? 巫実剛」

「気にしないでよ佐緒里さん。ただのウワゴトだから」

「うむ」

 適当に頷き、鬼姫がとんと(ゲイボルグ)の石突きを地面につく。

 準備万端だ。

 山の中で槍が性能を発揮できるかどうかは微妙だが。

 武器を携帯しているのは、彼女と実剛。それに御劔と紀舟陸曹長、仁である。ただ、御劔の剣は認識阻害の能力のせいで見えないし、仁の武器はほとんどが暗器なので野戦服の中に隠されている。

 他のメンバーは徒手空拳だ。

 澪の血族に得物など必要ないが、考えてみれば山刀(さんとう)長鉈(ながなた)くらいは持参すべきだったかもしれない。

 戦うためではなく、(ブッシュ)を切り払うために。

 ここからは道なき道を徒歩で移動するのだ。

 当然のように草は生い茂り、無作為に伸びた木の枝が視界をふさいでいる。

「いまから取りに戻るのも面倒だし、このまま行くしかないわね」

 計画性とは無縁なことを言って、琴美が頭にバンダナを巻いた。

 暁の女神亭で五十鈴が使っているのと同じものだ。

「アンジー姉さん。それ格好いいですね。アイヌ文様(もんよう)ですか?」

 実剛が訊ねる。

 直線と曲線を組み合わせたアイヌシリキ(アイヌ文様)が刺繍されたバンダナ。たしかにけっこう格好いい。

「そそ。最近流行(はや)ってるのよ」

「どこで買ったんです? 僕もちょっと欲しいなぁ」

「売ってないわよ。五十鈴と一緒に自分で作ったの」

「マジで!? 女子力たっかっ」

 又従姉が器用な女性であることを実剛は知っていたが、まさか刺繍とかまで自分でできるとは思わなかった。

「実剛くんにもあげるわよ? 何枚か作ったから」

 野戦服のポケットからバンダナを取り出す。

 タオルがわりに持参したものだ。

「いえーい」

 喜んで受け取ろうとする実剛の横から手が伸びて、濃紺の生地に銀糸で刺繍が施された美しいバンダナを奪い取った。

「なんてことするんですかっ 琴美お姉ちゃんっ」

 絵梨佳だ。

 なんか怒っている。

「え? なんで?」

「なんで怒ってるの?」

 きょとんとする実剛と琴美。

「実剛さんはお姉ちゃんの又従弟で、しかもわたしの許嫁ですよっ」

 意味が判らない。

「いやー絵梨佳姉さん。まったくそういう意味じゃないし、そもそもその二人、知らないわよ」

 くすくすと笑いながら美鶴がたしなめる。

 解説を加えて。

 年頃になったアイヌ娘は、自分で刺繍した手甲(テクンベ)を好きな男に贈るのだ。

 ようするに求愛である。

 受け取った男は、身につけることによってその思いに応える。

 その他にも、脚絆(きゃはん)や鉢巻き、着物などに想いを込めて贈るのである。

 ちなみに男性側からの求愛は女性用小刀(メノコマキリ)を贈った。

「……まじで?」

「うん。まじよ。姉さん」

「うわぁ……」

 琴美が頭を抱える。

 けっこういい出来だったので、いろんな人にあげちゃったのだ。

 佐藤とか、将太くんとか、信一とか、暁貴とか、父の雄三(ゆうぞう)とか。

「さすが沙樹さんの娘。恋に生きてるわね」

 からかう第二軍師。

 さすがに今のご時世、求愛ととられることはないだろう。

 まして身につけなければ、思いに応えるという意味にはならない。

「将太さんは、昨日もそのバンダナ巻いてたけどね」

「あれ? 外堀埋まった?」

 馬鹿な会話を繰り広げる又従姉妹たち。

「ていうか、絵梨佳ちゃんはアイヌ文化に詳しいんだね」

 横目に、実剛が感心する。

 芝の姫は、たまに変なことを知っているのだ。

「マンガで読みましたっ」

 えっへんと胸を張る絵梨佳。

「…………」

「マンガで読みましたっ」

 よほど大切なことだったのか、二回言った。

 漫画でも小説でも良いが、けっこう知識の入口として重要な役割を持っていたりする。

 好きな作品の世界を知りたくて調べているうち、いろんなことに興味をもっていくのだ。

 洋画好きがこうじて、英語が堪能になったという人だって実在する。

 知識の門は、様々な場所に開かれている。

「さて、行くとするか」

 ぶんと右手を振り、御劔が長剣(ロングソード)を現出させた。

 藪を払うためのものだ。

 勇者の頭にはアイヌ文様のバンダナ。

 どうやらこいつも、魔女の娘から求愛された一人らしい。



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