ゲーム・スタート 9
変なポーズを取る絵梨佳。
ぐっと左腕を伸ばし、右手を引き絞り。
細密に観察すれば、弓を構えているように見える。
見えない弓だ。
「滅びのー 風ー」
右手が見えない弦を弾き、見えない矢が射ち出される。
音もなく、光もなく、ただ何かが駆け抜けてゆく。
跡には何も残さず。
枝の一本、葉の一枚すら。
鬱蒼とした茂みの中に、ぽっかりと空いた穴。
幅五メートルほどの道だ。
「歩くためってことで、下はたいらにしてみたよー」
「相変わらずとんでもない威力ね。いまさらだけど」
美鶴が笑う。
子供チーム最強の呼称は伊達ではない。
音波振動による消滅能力。時の波にさらわれるように、すべてが無に帰してゆく。
それが滅びの風。
「でもこれだけじゃ歩きにくいから、いっかい重石をしたほうが良いかもー」
えい、と絵梨佳が右手を振る。
次の瞬間、生まれたばかりの道が三センチほど沈んだ。
重力制御による転圧だ。
まずは滅びの風によって地面をならし、その後に圧力をかけて、沈まないようにしたのである。
ようするに道路舗装工事の最初の段階、路床の作成だ。
ブルドーザーやロードローラーの仕事である。
「土木課にスカウトされそうな能力ね」
硬くなった地面に降り立ち、第二軍師が笑う。
他のメンバーも続いた。
重機いらずは特殊能力者たちの本領であるが、能力でこういうことをしてしまうと人間が必要なくなってしまう。
雇用の確保、という点からみて、あまり褒められた話ではないのだ。
世の中にはちゃんと土木業者がおり、そのための機械もあるのだから、それらを活用しないと、社会が回らなくなる。
特殊能力に頼った町づくりは、澪の望むところではない。
「まあ、状況にもよるけどね」
婚約者と手を繋ぎ、歩き出す実剛。
要塞の建築とか、急を要する場合には原則にこだわってもいられない。
背に腹は代えられない、というやつである。
「あと、あのままじゃ死んじゃうし。おもに僕が」
ブッシュを掻き分けて進むには、次期魔王は体力がなさすぎるようだ。
「実剛兄ちゃんは、もう少し鍛えた方が良いぜ?」
全員分の昼食を背負った風使い。
べつに重そうな素振りも見せず、ちっちっちっと指を振っている。
彼は美鶴の守人であり、最優先の護衛対象は巫の姫であるが、その兄だってあんまり簡単に怪我をしてもらっては困るのだ。
「いくら絵梨佳姉ちゃんが守ってるっていっても、最低限、自分の身くらいは守れるようにしとかねーと」
珍しく正論である。
「判ってはいるんだけどね」
将来の義弟に苦笑を向ける実剛だった。
「義兄上さま。斥候のため先行するでござる」
もう一人の義弟、仁が宣言し、すたたたと駈けてゆく。
速い速い。
ニンジャボーイの本領発揮だ。
十人パーティーの配置は、前衛が仁、御劔、紀舟陸曹長の三人。中段には琴美、実剛、絵梨佳、美鶴、光の五人。殿軍を光則と佐緒里が固める。
二・五・三という超攻撃的な布陣だ。
サッカーだったら、バックスの数がおかしいといわれるだろう。
もちろんおかしいのは数だけではない。
光則はともかくとして、佐緒里に後衛が務まるわけがない。ボールを持ったら一直線に敵陣に斬り込み、ゴールが見えたらすぐにシュート。
虎ショットならぬ鬼ショットとか打っちゃいそうな勢いだ。
明らかにフォワード向きな鬼姫だが、今日は攻撃性より恋人の隣にいることが優先なようで、光則と雑談などを楽しみながら歩を進めている。
「仁にござる。前方六百メートル地点にてヒグマを発見。手負いにてそうろう」
全員が耳にはめたイヤホンから響くニンジャボーイの声。
前衛の御劔と紀舟陸曹長が視線を交わす。
絵梨佳のチカラで傷を負ったヒグマだろう。何の前触れもなく発動したため、敏感な野生動物でも回避しきれるものではない。
幸か不幸か直撃しなかったため、手負い状態となってしまった。
こうなると、完全に息の根を止めるしか方法はない。
手負いとなった獣は凶暴性を増すからである。ひとたび傷を負わせたら確実に仕留める。狩りの鉄則だ。
「実剛。俺と紀舟で仕留める。ここで待っていてくれ」
「三人だけで? あと何人かいったほうが良くないかな?」
勇者の言葉に首をかしげる次期魔王。
野生というのは侮れない。
昨年秋、光則がヒグマと一騎打ちを演じて勝利をおさめたが、けっこう大きな傷を負っている。
辛勝、というあたりが、正当な評価だろう。
特殊能力者である砂使いが、である。
常人が単身でヒグマと戦った場合、ほぼ百パーセントの確率で負けて食われるだけだ。
それを回避するための銃器であり、罠である。
「大丈夫だ。心配してくれてありがとう。実剛」
軽く少年と掌を打ち合わせ、勇者と自衛官が駆け出す。
量産型能力者の中でもエース級の実力を持つ二人だ。
加えて仁である。
「あいかわらずラブラブですね。御劔どの」
「お前までそういうこと言うのか。陸曹長」
げっそりと御劔が呟いた。
彼の戦友のせいで、剣の勇者と次の魔王の間に、あらぬ噂が立っている。より正確には、そういうのが好物の腐った人々の間で、おもしろおかしく語られている。
ひどい話だ。
実剛には絵梨佳という婚約者がいて、人も羨まないバカップルぶりを常日頃から披露しているし、御劔には特定の恋人はいないものの、ごく普通に、ノーマルに、女性の方が好きである。
倒錯した性的嗜好は、残念ながら持ち合わせていない。
「ぜったい薄だよな……いいふらしてるの……」
「良いじゃないですか。主君と部下の許されない恋。いろいろ捗るってものですよ」
「くそ。思い切り他人事だな」
「だって他人事ですもん」
「陸曹長と薄の噂を流してやろうか……」
「いいですよ? 五十鈴さんを嫁にもらえるなら、むしろ望むところです」
くすくすと笑う紀舟。
料理上手で気配りができ、優しいしっかり者で芯も強い。
澪の大シェフは、お嫁さんにしたい女性ナンバーワンである。
紀舟でなくとも奥さんにしたいと思うだろう。
問題は、紀舟と五十鈴が同性だという点だけである。
「肉があれば性別なんてっ」
「何を言っているか判らないな」
くだらない会話を繰り広げるうちに、仁の報告にあった場所が近づいてくる。
六百メートルなど、彼らにしてみれば距離のうちには入らないのだ。
大暴れするヒグマ。
かなり怒っているようだ。
左前脚が大きくえぐれて、骨が露出している。
「半端に当たったらしいな」
「然り。苦しませるのもふびんゆえ、一撃で仕留めたくおもいまする」
インカムを通じて仁の声が響く。
姿は見えない。
何処かに隠形しているのだろう。
「了解よ。仁くん。こっちで注意ひく」
言うがはやいか、腰のホルスターから拳銃を抜き、立て続けに発射する女性自衛官。
一弾のハズレもなく山親父の巨体に吸い込まれるが、怯んだ様子はない。
拳銃の弾丸ごときでは、分厚い毛皮を貫けないのだ。
怒りの咆吼をあげ、一直線に紀舟へと向かってくる。
オートバイ並みの初速を誇るヒグマだが、すでに傷を負っているため突進は速くない。
「すまんな」
すっと自衛官の前に立った勇者。
短い謝罪と同時に振るわれる長剣。
陽光を浴びて、軌跡が深紅にきらめく。
どさりと落ちる両前脚。
苦痛の声を、ヒグマが発することはなかった。
背後から心臓と頭を光の槍で同時に貫かれ、絶命したからである。
地響きをたて、山親父が崩れ落ちる。
背に乗る格好で姿を現す仁。
左右の手にはPKランスの眩い輝き。
宣言通り、一撃で片を付けた。
投擲ではなく刺突で。
「お見事。仁くん」
女性自衛官が親指を立ててみせた。




