外伝 魔人族の少女(後編)
外伝の後編です。
「合い言葉は、『我思う故に我あり』です」
訓練を受け必要以上の声を出さないはずのサラールから、「はあ?」という疑問の声が漏れた。サラール自身が自分の発声を認識していないほどの驚きようだった。後々、父君である氏族長からは、何度かこの時の様子をネタにからかわれる事になるのだが、そんな未来を予想するような精神的余地はまったく無かった。
というのも、いましがた漂来王が言った言葉は『依頼中止』の符丁だったからだ。
少年が「だますような真似をしてすいません」と、言葉を続ける。
「実は、魔人族の皆さんに『漂来王』として相談がありまして。それで、ちょっと一計を案じてみたのですが、うまく行って良かったです。出来ればこの革紐も解いてくれると、ありがたいのですが」
ぬけぬけとそう言う少年の表情に、恐怖の色はまったく感じられない。信じられないほどの胆力があるのか、それとも単なる間抜けなのか。なんとも計りがたい人物であった。
——あるいは、これが『漂来王』という存在なのか?
サラールは初めて、他人に興味を持った。このヒト族らしい異界人には、何かがありそうに思えたのだ。
その思考は、「待たれよ」という彼女の父、つまりパンテラ氏族の氏族長によって遮られたのだが。
「漂来王陛下には、初めてお目にかかる。私は氏族長のサトナ。ここはパンテラ氏族の本拠で、我々は依頼を受け陛下の御身を害したてまつるよう依頼を受けております」
「それについては、先ほどの符丁で正式に中止になりました。というか、依頼人は僕の兄なのです」
「はあ?」と、今度は誘拐に荷担した二人のうちの誰かが声を上げた。思えば、皇兄殿下はこの頃からすでに、存分に弟と共謀していたのだろう。
少年が、言葉を続ける。
「兄は今『王兄殿下』という高位の貴族なので、依頼内容に不審な点や不備は無いはずです。依頼中止の合い言葉も言いました。形式が整っているので制裁の対象にはならないはずですが、いかがでしょう?」
漂来王の言葉に、「ううむ」と族長がうなる。周囲の氏族の者達も、現状をどう把握すればいいのか迷っているようだった。
サラールとしては「いや、そうだけどさ」という感覚を強く感じている。だが、何よりこんな面倒くさい事をした理由が分からない。そう、『目的』が見えないのだ。
族長もその辺りについて思い当たったらしく「なぜこのような事を?」と、少年に問いかけた。少年は漂来王らしく即答した。
「この『ダナンの地』の守護をお願いしたいのです」
「我ら魔人族に、『漂来王の兵士』になれと?」
「いえ、ダナンの各地で『古着屋』を営んでいただきたいと考えています」
この時の周囲の沈黙を、サラールは一生忘れられそうにない。思い出すとくつくつと笑みが浮かんでしまう。
サラールの世界が鮮やかに見えだしたのは、正しくこの時だったと思う。父も氏族の主だった者達も似たような頓狂な顔をしていて、人間という生き物は驚きすぎると笑えるような存在になるのだと、サラールは初めて知った。
『漂来王』が言葉を続ける。
「僕の故郷に『徳川家康』という人が居ます。二百五十年以上続く太平の世を作ったいわゆる『天下人』という、こちらで言えば『王統の開祖』なのですが、その人が取った施策に『盗っ人に古着屋を営ませる』というものがあったんですよ。そして盗っ人の事をよく分かっている盗っ人に、悪人が悪さをしないように見張ってもらったんですよね。それと同じ仕事を、魔人族の皆さん全員にお願いしたいのです」
サラールは感心した。この少年は、魔人族の——あるいは間諜の特性を、よく理解している。
サラールは変装に自信を持っているが、衣服や道具無しでは満足に行えない。古着屋には多くの種族や民族氏族の古着が集まるから、例えばよその間諜がダナンに入ってまず行うのは、怪しまれないような衣類の調達だ。ダナンは多種族多民族多氏族国家で服の種類は豊富だが、周囲のヒト族国家から来た人物が異種族の衣服を買い求めるような事があれば、その人物は間諜やあるいは何かを画策している人物の可能性が高い。そして間諜であれ悪人であれ、魔人族の目を誤魔化せるとは、少なくともサラールには思えない。
漂来王は周囲の魔人族の理解を待ち、さらに言葉を続けた。
「資金面では、僕の兄が必要な予算を組んでくれる事になっています。あいにくこのダナンの地理にはうといので、開店する場所や店舗の数、必要な諸々については皆さんと相談しながらになりますが、将来的には『古着屋側』を『正業』に移行していただけるとありがたいです」
サラールは、身が震えるのを感じた。他の面々の中にも、似たような感覚を感じている者が居る。
『裏稼業』は、魔人族の生業ではあったが、『それ以外』を求めていないわけではない。魔人族の『裏稼業』はダナンで必要とされているものだし、『決して無くならないもの』でもあるだろう。
だが、この漂来王の元では、人生を『選べる』のだ。
「一つ確認したい」
族長が、漂来王に問いを発する。
「狂言とは言え、このような危険な真似をするのは、『王』としては無責任なのではないか? 何かを一つでも間違えれば、王は死んでいたかもしれないのだぞ?」
「それについては、魔人族の皆さんを信用していました」
少年が、族長に即答する。族長は「信用だと?」と、オウム返しに問い返す。
「魔人族の間諜は、卓抜した技能を持ち依頼をしくじる事は無いと聞いています。そんな凄腕は故郷にもマンガ——えーと、こちらでは絵双紙ですかね? そんな『物語』の中にしか居ません。皆さんの『信用』は、こちらの世界で言えば『竜殺しの英雄並み』だと分かったので、信じて依頼をすることにしました。結果、魔人族の族長筋の方と、こうやって会見を果たすことが出来ました」
『漂来王』を弑するとなれば、万に一つの失策も許されない。ゆえに魔人族は、この依頼に対し族長筋でも最有力のパンテラ氏族を指名し、その中でも一番の腕利きを派遣した。
結果は——漂来王は、おそらく歴史上初めて『魔人族の族長と直接の交渉』を行っている。
そう、今この場はまさに、『王』と『長』の会談の場になっているのだ。大胆不敵とか、そういう階梯を超えている。このひ弱そうな少年はやはり選ばれし『漂来王』なのだと、サトナ族長を始め魔人族の者たちは思った。いや、思い知らされた。
サトナは憑き物が落ちたかのような気分になり、くつくつと笑みをこぼす。それが哄笑となり、洞窟に響き渡った。洞窟内に響いた聞き慣れない笑い声に、洞窟の魔人族は何事かと思っただろう。
「承知した!」
と、サトナ族長は快哉を叫んだ。
「もちろん我が氏族以外にも相談しなければならないが、我らパンテラ氏族は漂来王陛下の翼下に入る。他の氏族も積極的に説得するつもりだ。我らは闇より出でて、陽の下で生きる!」
周囲からいくつもの「応!」という答えがあった。この少年は、氏族の者達の心をつかんだのだ。魔人族にだって、未来や明日が欲しい。漂来王は、その未来に光の有る道を示したのだ。これが喜ばしく思わない者は、魔人族にはほとんど居ないだろう。
「あのぉ、お喜びの所、誠に恐縮なんですが……」
盛り上がる魔人族に遠慮するように、漂来王が口を開いた。何事かと、氏族の者たちが黙り込む。
「その、そろそろこの戒めを解いていただけませんですか。そろそろ感覚が無くなって大変な事になっていると思うのですが……」
少年の言葉に、氏族の者たちが慌てて革紐を切り出した。
▲▽▲▽▲▽
——思えば、アレが始まりやったなぁ。
と、姿見の中にある自分の瞳の奥の覗いて、サラールは思う。
その一件の後、サラールは数名の魔人族を供に、実務者協議のために主都ダーナを訪れた。もちろん底意はあって、父親であるサトナ・パンテラ氏族長は、このジロウという名の新たな漂来王に、娘を輿入れさせようと考えている。サラールはまだ若く女性としては未通女であったが、「嫁に出すのであればむしろ都合が良い」というのが、父サトナの言い分であり、サラールにも不満はまったく無かった。
とにかく、好ましいのだ。この、総身に合わない責任と責務を負わされた少年が、サラールに『鮮やかな世界』を見せてくれる。サラールの幸福とジロウの幸福は、ともに一致している。サラールはそう信じて疑わなかった。
後、父サトナが『漂来王の破滅的計画』を看破し、それについても一悶着あるのだが、今はさておく。なぜなら、サラールには『今すぐ行動したい重要な案件がある』からだ。
サラールが背後を振り向くと、そこにはサラールが使っているベッドがあり、そこに『魔皇陛下』ことジロウが、後ろ手に手を、そして足首を縛られた状態で転がっていた。サラールが『にんまり』と笑う。ある意味、非常に『いい笑顔』であった。
魔皇陛下、貞操の危機である。
ちなみに、魔皇をこのように拘束したのは、サラールでは無い。サラールは『神託騎士の寝室』から、拘束された状態で置いておかれた二郎を、自室に運び込んだだけだ。
なお、魔皇陛下を拘束し神託騎士の部屋に放り込んだのは、元魔皇討伐隊の巡見使と女戦士である。どうやらこの二人、主君である神託騎士のために一肌脱ぐ事にしたらしい。つまり『既成事実』ということのようで、縄縛術に明るいレーネの気遣いが行き届いた革紐は、衣服には最低限度しか干渉していなかった。
サラールは家政服を、すとんと床に落とした。すると、白い薄衣一枚の姿になる。サラールはそのまま軽やかな足取りでベッドに近づき、二郎の腰辺りの上にまたがると、二郎の口に噛ませられている猿ぐつわを外した。
「ええと、サラールさん、ちょっと事態の推移について行けないのですが」
「まあエエやろ。ヨメはんは、夫の言うことは聞くモンや」
二郎が何やら口頭で抵抗しようとしたのを、サラールが『夫権』で封じる。というか、せっかくの据え膳である。ありがたくいただくのが礼儀と言うものだろう。
サラールは薄衣も取り払い、二郎の衣服に手をかけた。上着をはだけると、生白くて男性としては華奢な上半身が顕になる。サラールの好みはもう少し胸板の有る感じがいいが、個人的には『これはこれで』と思うし、それに魔皇はまだ少年である。鍛えればサラール好みにだってなるだろう。
何せ、二人の前に未来は広がっているのだ。
「さぁて」
と、サラールが舌なめずりし二郎の下履きに手をかけたところで、部屋の扉が「ズドン!」と音を立てた。直後、扉の向こう側で「おぅふ……」みたいな、うめき声が起きている。誰かが扉を蹴り開けようとして、頑丈な扉に足を打ち付けて痛めたらしい。
なお、斯様に過剰な頑丈さを扉に施したのは、サラール本人である。大事有れば、この部屋は一種の小城塞となる。ダナンの地の者はともかく、領外の間諜が良からぬ事を考えないことも無いので、その備えのために扉や窓に鉄棒を仕込んでいるのだ。
「へっへーん。ウチらの初夜を、妨害しようたって無駄やでぇ」
サラールが勝利を確信した瞬間、空を切り裂く「ズッパーン!」という音がして、壁に三本の切り込みが入った。扉大になった壁板が、今度こそ室内に蹴り倒される。サラールは「今度は壁ン中にも鉄を入れておかなアカンなぁ……」と独りごちた。
「魔皇陛下、ご無事か!」
入ってきたのは、愛用の剣を携えたグロースであった。その後ろにラヴィンが控えており、あられもない姿のサラールと二郎の姿を見てとっさに両手で顔を覆う。ただし、指の隙間からこちらの様子は見ているようだった。
「なっ、なっ、何をしているんですかあなたは!」
ラヴィンの叫びに、サラールは「そりゃぁ、夫婦の営みに決まっているやろ。アンタも無粋やなぁ」と返すが、その言葉はラヴィンの堪忍袋的な何かを破裂させるのに十分な破壊力を持っていた。
ラヴィンはグロースを押しのけてベッドに近づき、おもむろに二郎の頭を抱え上げる。二郎の側頭部が、ラヴィンの意外とある胸に埋まる。
「こっ、こっ、これは、私のです!」
「ならアンタが第一夫人で、ウチが第一夫でエエやろ」
「何を言っているんですか! だいたいなんで女性が夫なんですか!」
「そりゃあ、ウチの氏族の風習やから」
もう、むちゃくちゃである。
グロースはすっかり気が抜けてしまったが、それでも隙は無い。うやむやのうちに撤収しようとした本件の主犯の一人、ブリンクの襟首をガッチリとつかみ、「少し話がある」と『いい笑顔』で言った。
後にブリンクは「絶対に殺されると思った」と、この時の事について述懐している。
サラールとラヴィンの口論は、物理的に二郎を間に挟んだまま夕刻から夜半過ぎまで続き、結局二郎は消耗し尽くして、二日ほど政務を休んだ。
サラールは手記のたぐいを残さなかったので、おおよそ口伝でしか『魔皇の夫』の事は知られていないが、この時の事は本人が大変気分良く、周囲にこう言っていたそうである。
「むっちゃ楽しかったわ!」
魔人族全体はともかく、サラールの未来は、大変明るいようであった。
というわけで、外伝でした。
二郎くんモテモテ(死語)ですなぁ。
ご評価コメントなどいただけるとありがたいです。何より励みになります。
あと、「このキャラをフィーチャーして欲しい」とかあると、執筆の参考になって書きやすいです。良ければ、コメントなどで、感想のついでなどにお話をいただけると幸いです。
それと、一応この『図書室の魔皇様』で、なろうに今(2016年7月9日現在)ある賞に応募してみました(タグを参照)。審査員に書評をもらえるぐらい見てもらえるとうれしいな。
では、今回はこれにて。
2016年7月9日 14時58分 斑鳩かかづ 拝
2016年7月11日 新作『ヴァルキリーストライカーズ ~目覚めればパンツ~』始めました。良ければこちらもお読みください。作者名からリンクたどれると思います。




