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図書室の魔皇様  作者: 斑鳩かかづ
第一章 聖戦篇
16/21

15 アリババと四十人の嫁(真実)

間が開きそうなので区切り投稿です。

(うるわ)しの神託騎士どのにおいては、ご機嫌麗しゅう」

「…………どうしたんですかブリンクさん」


 芝居がかった仕草で挨拶をする、最近ではすっかり『ただの遊び人』になってしまったブリンクを、ラヴィンは半眼になった表情で迎えた。場所は、『漂来王(ひょうらいおう)執務室(しつむしつ)』である。

 過去の経験からすると、この放蕩者(ほうとうもの)を自称するやり手の巡見使(じゅんけんし)は、このような態度を取るときに限って妙な問題を起こす事が多い。

 ましてや、近づくことすら嫌がっていたこの場所にわざわざやって来るとなれば、何かよからぬ事を画策(かくさく)していると思って間違いないだろう。それも、魔皇兄弟(まおうけいてい)が二人とも不在の時間を見計らってである。

 ブリンクは気にした風も無く、良く回る舌で口上を述べる。


「いやいや、この(わたくし)めは、これでも恋する乙女(おとめ)の味方のつもりでございます。つきましては我が主君のお役に立てるように、多少の恋の手ほどきなどをと思い、参上つかまつりました」

「えっ……と……」


 ブリンクの流れるような口上の前に、ラヴィンは返答に(きゅう)した。顔が上気するのが、自分でもわかる。

 ほんの少しだけ考えたあと、おずおずと、ラヴィンはブリンクに問いかけた。


「その……本当に相談にのってくれるんですか?」

「えっ?」


 空白。


「何ですかの今の『えっ?』っていう反応は!」

「いやいや、いやいや神託騎士どの、決して、決して取り乱しているわけではありません。そうそう、恋愛相談ですよ恋愛相談」


 いつにも増して饒舌(じょうぜつ)なブリンクの反応に、ラヴィンは顔から火が出るような気持ちだった。ブリンクがどういうつもりで魔皇不在の執務室にやってきたのかは未だに分からないが、ラヴィンは自ら罠を踏むようなまねをしてしまったらしい。

 顔を真っ赤にしているラヴィンに対し、ブリンクは()れ物でも触るような口調で、問いかけた。


「その……お相手は、魔皇陛下で?」


 ラヴィンはあふれる感情を飲み下すように黙り込むと、小さく、そしてそっとうなずいた。途端に、ブリンクの顔が見たことも無いような、難しい表情になる。ラヴィンには、その表情の意味が読み取れない。

 ラヴィンが、言葉を(つむ)ぐ。


「魔皇……ジロウは、卓越(たくえつ)した君主(くんしゅ)であると私は思います。(こう)に奉仕すること聖人のごとく、種族部族問わず博愛に満ち、そして自らが傷つくことを(いと)わない。そしてまた戦巧者(いくさこうじゃ)であり、将器(しょうき)あふれる才能がある。彼をして、まさにそれを『王器(おうき)』というのではないでしょうか」


 一度口にしてしまえば、ラヴィンがいかに柳二郎という人物を、高く評価しているのかが分かる。ラヴィンにとって王族などは『グリフ国王のヴォータン三世』ぐらいしか知らないが、彼女の中でヴォータン国王の評価は王族としても人間としても最低の部類に分類されている。

 実のところ『自分の下で領主補佐官をしている柳二郎』に、ラヴィンが違和感を感じない日は無いぐらいなのだ。


「彼こそ……彼こそ、まさしく王の(うつわ)。この地において、『漂来王』として、領土を安堵(あんど)し人々を率いてゆくべきなのではないでしょうか。その、私などでは無く……」

「ちょっとお待ち下さい」


 ブリンクが、この上なく真面目な表情で、ラヴィンの言葉を(さえぎ)った。こめかみに指をあて考え込むような仕草でしばらく凝固し、そして顔をあげると「(それがし)、急ぎの用事がありますれば、今はこれにて御免(ごめん)」と早口に言い立てて、その場を辞去(じきょ)してしまった。


「え……と……?」


 ラヴィンは口調まで変わってしまったブリンクの様子に戸惑い、ただ呆然と見送るだけだった。


    ▲▽▲▽▲▽


 翌日の早朝。

 ラヴィンは憤慨(ふんがい)の表情もあらわに、大股に『異界図書館』に歩み入った。静謐(せいひつ)かつ、ややもすれば神殿よりも荘厳(そうごん)に思える館内に足音高く歩み入り、早朝から貸し出しカウンターで本を整理している二郎へと早足で歩み寄る。


「おはようございますケイマン卿。こんな朝早くどうしたんですか?」


 さわやかな表情で挨拶する二郎への返答は、流れるような仕草で抜き放った細剣の切っ先だった。しゃらんと音を鳴らした(はがね)の切っ先が、ぴたりと二郎ののど元に突きつけられる。二郎は戸惑い顔だ。


「あっ、あっ、あなたという人は、な、なんでっ!」


 本物としか思えない殺気を放散(ほうさん)しながら、しかしラヴィンは、言葉がなかなな出てこない。怒りのままに行動したはいいが、自分でも制御できていないのだ。


「そこまでや」


 その激情を、西方(なま)りの商人言葉が(さえぎ)る。ラヴィンの喉元(のどもと)に冷たい鋼の刃が、ぴたりと添えられていた。

 もちろん、魔人族のサラールである。ラヴィンの背後に音も無く出現した今の彼女は、完全に『暗殺者』の顔をしていた。

 が、そんな、下手をすると大の大人でも失禁しかねない雰囲気をまとったサラールに、ラヴィンは向き直る。顔が紅潮し膨らんだ猫のように髪が逆立ち、そしてその瞳に、涙が盛り上がった。サラールをして「あ、これはアカン」と思わせたほどの、豹変(ひょうへん)っぷりであった。


 ——うわあああああああああああああああああん!


 その日の朝、『異界図書館』周辺に、少女の泣き声が響き渡った。

 なお、朝の(かね)のように響いたそれは『異界図書館』近隣住人の何人かを叩き起こす事となり、後日、ダナン領の史記に『神託騎士の割れ鐘事件』として記録されることになる。

 ラヴィンは剣を持ったまま床にへたり込み、わんわんと泣きわめいていた。


「どないなっとんのや……」


 完全に毒気を抜かれた表情で、サラールが呆然としていた。


    ▲▽▲▽▲▽


 程なく、今回の事件の『下手人』が捕縛された。捕縛したのはレーネで、いつぞやグリフ王国の間諜を縛り上げたように、革紐で『容疑者』を拘束している。今回は下手人の腕を後ろに縛り付け、その革紐でさらに両足首を縛り付ける形になっており、皇兄殿下は「強制正座か」と評し、魔皇陛下は「『石抱きの刑』じゃないんですから……」と言っていた。『異界図書館』の床は板張りなので、床に直接座らされた『容疑者』は、結構痛い思いをしているだろう。


「いやあご一同、出来れば言い訳の一つもさせてもらいたいのですが」


 『容疑者』ことブリンクが、表情だけはにこやかに言う。強制正座させられている状態では滑稽(こっけい)この上無いのではあるが、それでもなんとなく(さま)になっているように思えるのは、いかにもブリンクらしいかもしれない。


 この場には魔皇兄弟を始め、元魔皇討伐隊の面々と領軍教導騎士長のバ・ドム。そして、妖精族からムコ取りに来ているロマと、魔皇の護衛をしているサラールが居る。現在のダナン領における主だった人物達が、おおむね一同に会していると言っていいだろう。


 なお、ラヴィンはちょっと離れた場所にあるテーブルで、ロマに慰められているところである。


「いったい何がどうしたのだ?」


 この中では一番の新参となるバ・ドムが、周囲の面々に問いかける。彼はラヴィンの元に奉職して以来、ラヴィンを『主君』として敬意を持って当たっている。

 この頑固なほどの義理堅さは、グロースが彼をダナン領の騎士に推挙した理由でもある。ゆえにもしラヴィンが泣いている原因がこの『放蕩者(ほうとうもの)』にあるならば、彼は寸毫(すんごう)の迷いも無くブリンクを物理的に斬り捨てるだろう。


「いやいや教導騎士長どの、私は事実を言っただけの事でございますよ。言い方が多少悪かった事は認めますが、神掛(かみか)けて、私は女性を望んで泣かせるような真似(まね)はいたしません」

「確かに、『女がらみ』で貴様がしくじるというのは、あまり想像出来ん話だな。ワシ個人としては、何時(いつ)なんどき、何人居るか分からない情婦に刺されてもおかしくないと思っては居るが」


 神職のサムスがブリンクに、()めているんだか(けな)しているんだか分からないような事を言う。バ・ドムは頓狂(とんきょう)な顔をしており、自然と疑問が口をついて出た。


「なんだか知らんが、良ければ拙者にも教えてもらいたい。その『事実』とやらは、何が問題なのだ?」


 バ・ドムの問いに、魔皇討伐隊の面々が顔を見合わせる。自然と普段から一同を牽引しているグロースに注目が集まり、グロースは観念したように口を開いた。


「まあ、すでにケイマン卿に知れてしまっているのでは、今更ではあるか……。バ・ドム卿は侯爵であったから、貴族の婚姻や、複数の妻帯について説明する必要はありませんね?」

「そうだな。貴族にとって婚姻は重要な責務であり、家を守るために子を成すことは重要な義務だ。拙者の個人観では、長男と次男と、嫁に出す娘を合わせて、最低でも五人ぐらいは欲しいところだ」


 東方三国やダナン領に限らず、男尊女卑(だんそんじょひ)一夫多妻(いっぷたさい)は、社会構造における慣習として古くから根付いているものである。ただしレーネのように実力(物理)で社会に押し出している例もあれば、ラヴィンのように神威(しんい)によって表に出るような事例が無い事も無い。また平民の家庭では、主に経済的な理由により一夫一婦が普通であるが、『かかあ天下』のように狭義(きょうぎ)において女性が強い場合もある。

 ましてや貴族ともなると『家』の問題があるので、その辺りはもはや、百万言(ひゃくまんげん)(つい)やしても説明しきれないだろう。

 現に、グリフ王国には『血統審議院(けっとうしんぎいん)』という部所が王宮にあり、貴族同士の婚姻について届け出と認可が必要である。平民を正妻に迎えようとしたり、有力貴族同士が婚姻関係を結んだ結果王権を(やく)すような勢力になりそうになったりすると、婚姻が却下される事がある。『グリフ国王ヴォータン三世』はこの部所を、政治的に恣意(しい)を持って利用している。

 グロースが言葉を続ける。


「そこでバ・ドム卿に質問ですが、(けい)は、正室と側室は何人おられましたか?」

「む? 拙者は正室を二人、側室を四人持っていたが、それがどうかしたのか?」


 「なるほど」と言って、グロースはあごに手を当てて、考え込む()()をした。そして、強制正座させられているブリンクに、言葉の水を向ける。


「ブリンク。昨日までで、魔皇陛下の伴侶(はんりょ)は何人になっていた?」

(よめ)が四十人に婿(むこ)が一人だ」


 「はあ?」と、おそらくバ・ドムが生涯において、少なくとも他人には一度もさらした事の無い間抜け顔をした。片耳でこのやりとりを聞いていたらしいラヴィンが、再び「わあっ!」と泣き始める。

 グロースは心底困ったような表情をして、バ・ドムに言った。


「ケイマン卿は出自が(あま)だし、それに『神託騎士』でもあるから、男女の機微(きび)についてはまだまだ夢見がちな所がある。我々も全員独り身だし、言い訳させてもらえるなら、異界人の魔皇陛下はありとあらゆる面において規格外に過ぎる。このでたらめな伴侶の人数も理由があっての事だと我々は理解しているのだが、ケイマン卿が魔皇陛下に想いを寄せているのが丸わかりだったから、もうしばらく準備してから話そうと考えていたんだ」


 グロースが説明していたのだが、バ・ドムは別のことに気を取られていた。具体的には『男の甲斐性(かいしょう)で負けた……こんな子供に……』みたいな感じの衝撃を受けているように見えた。

 なお、ちょっと離れた場所ではサラールが、にやついた表情で「その『ムコ一人』はウチの事な〜」とお気楽そうに言っているのだが、おそらく誰も注目していないだろう。それほどバ・ドムの衝撃の受けようが、激甚(げきじん)であったからだ。


「……よし、我が主君に不敬を働いたこやつ(ブリンク)はとりあえず斬ろう」


 我に返ったバ・ドムが剣を抜こうとするのを、魔皇討伐隊の面々は全力で押しとどめた。

 サラールが愉快そうに笑っていた。


 つづく

次回『図書室の魔皇様()』で、きっちりまとめたいなぁ。

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