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図書室の魔皇様  作者: 斑鳩かかづ
第一章 聖戦篇
15/21

14 執務室の神託騎士様(煩悶)

 『漂来王(ひょうらいおう)執務室(しつむしつ)』と言えば、ダナン領の主都であるダーナにある、石造りの建物の事を指す。

 『漂来王の執務室』の機能としては、『執務室』兼『謁見室』というところだろうか。漂来王の決済が必要な書類が大量に持ち込まれ、また領民からの多くの陳情を聞き、漂来王が裁定を下す場所でもある。

 執務室は『魔皇の城』とは別の建物で、そちらは現在、すっかり『異界図書館(いかいとしょかん)』という名前が定着してしまった。『魔皇の弟子(でし)』クロウが日参しており、少しずつ蔵書の解読を進めている。現在は、錬金術や魔術の触媒などに通じる『バケガク(化学)』なる学術体系に挑んでいるらしい。


 執務室の表面上の様式は、中も外も中原(ちゅうげん)風の古式である。だが代々の漂来王の意向で内部の改装されることは多く、かなり多様な文化・建築様式が混じり合っている。

 なお、先代と今代の漂来王によっては、官吏(かんり)の詰め所が大幅に拡充された。先代の漂来王は官僚組織の構築と整理を行って、多種多様な種族や文化を抱えるダナン領の、総合的な領地運営能力を向上させたらしい。


 ちなみに、今代で官吏の詰め所と漂来王の執務室を、拡充の上で直接接続したのは、皇兄殿下こと柳太一郎である。

 (いわ)く「こうでもしないと何もかも間に合わん」という理由だったとか。

 一度その仕事ぶりをラヴィンは見に行ったが、皇兄殿下の前で数十人の官吏が大量の書類仕事をしており、その数十人分の仕事の全てを確認をし、間違いや不明瞭な点を指摘しながら、それでもなお一人で二十人分ぐらいの仕事をこなすその姿は、かつて二郎から聞いた『会計士一〇〇人分』という表現が、比喩(ひゆ)でもなんでもない事を証明していた。


 なおこの視察の(のち)、巡見使のブリンクは『漂来王の執務室』に近づくのをやめた。放蕩者(ほうとうもの)を自称する彼にとっては、よほど恐ろしい光景だったのだろう。


 多くの事件があった『枯れ野の平原』での一件から、はや三月(みつき)ほど()った。

 ラヴィンは漂来王の執務室で、獣人族のある部族の代表から陳情を受けていた。狼頭人身の狼人族(ろうじんぞく)の、オルバ氏族の族長である。狩人然とした精悍(せいかん)な姿には威厳があり、確かに氏族の(おさ)たる風格がある。


「つまり、縄張りの獲物が足りないため『成人の儀』が()り行えないのです」


 狼人族には、部族の若者が成人を迎える儀式として、狩猟を行う風習がある。狼人族は通常、野生の狼と同じように群れで狩りをするが、『成人の儀』の時だけは、単身(ひとり)で狩りをするのだそうだ。

 もちろん獲物が狩れないと、大人として認めてもらえない。ひいては嫁取りなども出来ない。

 だが、本来なら『獲物が無いからなんとかして下さい漂来王様』などということは起こらないはずなのだが、三ヶ月ほど前にその原因が彼らの縄張りにやって来ていた。


 そう、『東方三国同盟軍』である。


 不幸な偶然なのではあるが、東方三国同盟軍の通過、あるいは駐留した場所に狼人族の聖地と狩り場があり、三国同盟軍が食料調達のために、ほとんど根こそぎ狩猟可能な生き物を狩り尽くしてしまったのだ。

 もちろん三ヶ月程度で狩り場の生態系が回復するはずもなく、彼らの氏族は現在、色々と困窮(こんきゅう)している。

 このような被害や問題は少なからずダナン領に残っており、『火渡りの試練』以降しばらく床に伏せっていた魔皇に変わり、主に皇兄殿下によって支援施策の計画と立案、その履行と予算執行が行われている。だが、必ずしも十全に行き渡っているわけではない。ましてや『氏族のしきたり』のような細かいことまで対応出来るはずも無く。


 よって『ダナン領』、現在は『ケイマン神託騎士領』の『領主』となったラヴィンが、その陳情を聞いているわけである。

 とはいえ、異種族の多い土地である。ヒト族国家で育ったラヴィンに即答できるような陳情は、かなり少ない。


「領主様、少しよろしいでしょうか」


 ラヴィンが返答に困ったのを予想していたかのような間合いで、背後から声がした。そこにはもはや見慣れてしまった『黒衣の』二郎が、補佐官然とした(たい)で立っている。


 ちなみに二郎は、ダナン領の領民からは相変わらず『魔皇様』とか『魔皇陛下』と呼ばれている。太一郎も変わらず『皇兄殿下』で、ラヴィンの事は主に『領主様』だ。

 しかしながら、思考が一部非常に柔軟なダナンの領民は、言葉の『格』に(こだわ)らずに、ラヴィンを『領土最高責任者』として扱っている。『魔皇陛下』や『皇兄殿下』がラヴィンの下で働いている事についても、何も疑問に思っていないらしい。

 クロウの言によると、「元々『漂来王』という政治機構や慣習が存在するので、『グリフ王国人の神託騎士』が『領主』になっても、ダナン領の領民にとっては、たいして気にするような事じゃないのだと思います」とのこと。

 マールス教という狭い世界で生きていたラヴィンにとっては、つくづく『本当の世界というのはとても広いのだ』と思わせてくれる話であった。


 その『魔皇様』である二郎は、ラヴィンの耳元に口を寄せると、狼人族への対応策を二言三言ささやいた。ラヴィンは見かけ上は鷹揚(おうよう)(うなず)き(このような『偉そうな態度』は、主に皇兄殿下からの要請である)、狼人族の氏族長に言葉をかける。


「ここより西にあるポーラというヒト族の土地で、野生の山羊(やぎ)が大繁殖して農作物を荒らしています。肉食の獣もそれを追って、人里近い所まで降りてきているようです。害獣の駆除を()ねてもらえるのであれば、ポーラ近辺での狩猟の許可を出します。それでも良いですか?」

「領主様、感謝します!」


 狼人族の氏族長は、あぐらをかいた姿勢で両(こぶし)を床につき、深く礼をした。


「では、詳細をすぐに書類にするので、明後日に『公文書発行窓口』に書類を受け取りに来て下さい。ジロウ、割り符を渡して下さい」

「かしこまりました」


 『公文書発行窓口』は、皇兄殿下が施政の初期に作った部所である。かつては魔皇もしくは皇兄殿下、現在はラヴィンが陳情などで決めた事を履行するために必要な手続きを、書面にして発行し複写を保管する場所だ。

 この場合は領主からの狩猟認可とラヴィンの決済内容、別の陳情者であるポーラ地方のヒト族の村長数名、つまり先方の『窓口』になる人物の名前などのが書かれている。これに領主であるラヴィンの署名と印章がそろって、書類の出来上がりだ。割り符は、書類と引き替えにやりとりするものである。受取確認と書類を間違えないためのものだ。

 一見煩雑(はんざつ)に思えるが、下級官吏でも処理出来るような小さな案件を領主まで上げずに処理できるので、利便性は高い。特に人足の募集のような一時的な労働力の確保では、今までは考えられなかったような効率化が実現している。領民が日雇いの仕事が欲しければ、この窓口に来るのが通例になってきていた。


 二郎は「『冒険者組合(ギルド)』みたいなのを作ろうと思ったんですけどねぇ」と言って、苦笑いしていた。


 ラヴィンの常識では、冒険者とは『探検家』や『探索者』を指すのだが、二郎の言う冒険者は何か違うものらしい。後日「『魔王討伐隊』はまさに『冒険者』でしたよ?」と言われもするのだが、まったくしっくり来ないラヴィンであった。


    ▲▽▲▽▲


 その後いくつかの陳情を二郎の助けを借りながら無難にこなし、執務室の扉が閉じられた瞬間、ラヴィンは執務机に突っ伏し長〜いため息をついた。


「疲れた……」


 ブリンクあたりが見たら「(うるわ)しき女性がそのような姿を殿方(とのがた)の前でさらしてはいけませんよ」とか言いそうな姿だが、疲れたものはしょうがない。

 そこに、気遣いの行き届いた二郎が、香茶を()れてラヴィンの傍らに置いた。ラヴィンは()えられた砂糖壺から褐色の粉砂糖をざぶざぶと入れて、香茶を飲む。疲れた頭に糖分が染み渡るようで、ありがたい。


「砂糖が好きなだけ使えるってすばらしい……」


 ラヴィンが思わず、声に出して言う。

 グリフ王国に居たとき、砂糖は極めて高価な調味料だった。とにかく生産量が少なく、文字通りの王侯貴族しか味わうことの出来ない調味料だったのだ。

 ところがダナン領に来ると、砂糖が『ちょっとした贅沢品なぐらい』で味わえるのである。原因はもちろん『魔皇の千人の賢者』で、『異界図書館』の知識を元に『砂糖大根』『ビート』『テンサイ』なる名前の安定しない、噛めば歯が折れそうな固い根菜を栽培し、それを加工して砂糖を生産しているのだ。

 ラヴィンが今使った粉砂糖は、その砂糖の塊を石臼(いしうす)で丁寧に()いたものである。

 さらに、南方には『サトウキビ』あるいは『カンシャ』という、こちらも名前の安定しない筋張った植物があり、これからも製糖しているという。

 こちらは『黒砂糖』と呼ばれていて、なかなか滋味あふれる甘みの砂糖だった。二郎が料理書にあった、黒砂糖を使った『コクトウカリントウ』なる揚げ菓子を作ってくれたのだが、ラヴィンはこれが大好物になった。

 魔皇兄弟が漂来して以来発展してきた砂糖事業の、ダナン領の総生産量を考えれば、相応に外貨を稼ぐだけの輸出も可能である。だが隣接している領土と国交が無かったことと、何よりも既得権益を維持したい砂糖業者が、徹底的に妨害しているらしい。

 まあ、ダナン領の砂糖が輸出されるとおそらく砂糖の価格は十分の一ぐらいに下がるだろうから、大店(おおたな)の十や二十はつぶれるかもしれないとは、皇兄殿下の弁であった。


 現在ダナン領で生産される商品のいくつかは同じような理由で、商人が買い付けに来ても他国が領内に入れる時に非常に重い関税をかけて、水際で押しとどめている状態である。

 そのため他国他領では、交易商人による密輸が横行しているらしい。何せ、今のところ領内の関税などを廃したダナン領からの輸出品は、特に交易商人にとっては大きな利ざやが期待できるからだ。結果、自領の産業を守りたいダナン周辺領主と、既得権益を守りたい街商人と、交易商人の仲が急速に険悪化しているという。


 なお、この件に関しては皇兄殿下が、


「ふん、せいぜい『Capitalism(キャピタリズム)』の恐ろしさを教育してやるさ」


 などと、黒いオーラを発しながら発言している。『キャピタリズム』が何を意味するのか、ラヴィンにも魔王討伐隊の面々にも分からなかったが。

 二郎が「『資本主義』の事ですよ」と解説してくれたが、誰もが『資本主義』なる概念に対して、ピンとこない表情をしていたのを覚えている。


 そういえば、ダナン領の美味の源泉のほとんどは『異界図書館』からのものだということを、二郎が名誉の負傷(火傷と毒)から本復した時にラヴィンは初めて知った。

 『シャシン』なる緻密(ちみつ)かつ精妙(せいみょう)な絵画技術で、料理の調理から完成までの手順を記録した料理指南書があり、魔皇兄弟はダーナの料理人と顔をつきあわせて材料を探し、あるいは砂糖のように材料を作り、そして惜しげもなく公開した。

 結果、ダナン領では料理が進化し、同時に飢餓(きが)が減少した。砂糖大根が良い例だが、人間が食べられないと思っていたものを食べられるようにしたり、食べる習慣が無かったものを食品として見直したためだ。

 『魔皇の弟子(でし)』という呼称が定着したクロウによると、「我が師はとにかく知識を使うのがうまい」との事。『異界図書館』は知識の宝庫であるが、二郎はその宝を死蔵したり持ち腐れさせるような事無く、徹底的に使い倒すのである。

 その技能は、ラヴィンの補佐としても遺憾(いかん)なく発揮されている。陳情への対処方法も、二郎にとってはたいてい『どこかで読んだ話』なのだ。

 ただし『頭の悪い前例主義』(皇兄殿下が嫌っているらしい)ではなく、太一郎とも相談してダナンにおける現状に即したものに手配している。砂糖などの輸出を無理に行わないのも、『それをやれば街商人が暗殺者を大量に送り込んで来るだろう』という理由による。

 実体のダナン領は軍事的に極めて脆弱(ぜいじゃく)であり、サラールのような凄腕の間諜が何人か居たぐらいでは、どうにかなるものでもない。

 この辺りの事は正直、頭の痛い話ではある。


「そういえば、そろそろですね」


 そんな事を考えていると、二郎がラヴィンに言った。「何が?」と思う間もなく、建物に怒声が鳴り響く。


我輩(わがはい)、バ・ドムはタイチロー・ヤナギ皇兄殿下に一騎打ちを申し込む!」


 「あー」とラヴィンが脱力した。


 バ・ドム、元バリアス侯爵。現在は『ケイマン神託騎士領領軍(りょうぐん)教導騎士長(きょうどうきしちょう)』という微妙な役職を得て、ラヴィンの元に奉職(ほうしょく)している、身分としては領地を持たない法衣貴族(ほうえきぞく)である。


 バ・ドム・バリアス侯爵は、『枯れ野の平原』での敗北の直後、『グリフ王国ヴォータン国王』によってその場で『即時隠居』を言い渡され、職務も全て罷免(ひめん)された。

 ヴォータンにとっては『決闘に勝てば丸儲け』だったのが、バ・ドムが敗れた事で『バリアス侯爵領』をはじめ、彼の部下や権力の及ぶところ、全てがラヴィン・ケイマンに『奪われる』のである。しかもバ・ドムが死んでいればなんのかんのと理由を付けて誤魔化す事も出来たものを、バ・ドムは敗北した上に生き残ってしまった。

 もはや髪の毛一筋ほどの余地無く、バ・ドム・バリアス侯爵は決闘の結果を履行しなければならない状況である。


 ラヴィンは、この結果については、皇兄殿下が狙って誘導したと見ている。


 結果、ヴォータンが『自らの領土財産その他』を守るには、バ・ドムをその場で即時切り捨てるしか無かったのである。

 ただ、あまりに利己的な判断を即決で行ったため、東方三国同盟軍でのヴォータンの評価は(いさぎ)の悪さから下落し、国内のバ・ドム・バリアスの信奉者(主に騎士階級)からは、かなり具体的に不興を買った。バリアス侯爵家も家長を勝手に引退させられた上に役職を罷免され、相当反発したという噂である。


 そんなバ・ドム(無名)はというと、皇兄殿下と元千人長であるグロースの推薦(すいせん)で、当面はダナン領の領軍の教導を行う事になった。真面目な彼は『大半がヒト族以外』という軍をいくつかの兵科に分けて効率的に編成し、ちゃんと厳しく訓練している。

 そして、訓練が終わるとまっすぐこの『漂来王の執務室』にやってくるのだ。曰く「皇兄殿下と決着を付ける」ために。


 ある意味、たいへん疲れる御仁(ごじん)であった。


 なお、バ・ドムと太一郎の再戦は、ラヴィンが許可しないし太一郎も受ける気がまったく無いので、実現していない。たぶん今後も、実現する事は無いだろう。


 そんな騒がしくも平穏な日常を過ごしつつも、ラヴィンはある悩みを自覚しつつあった。

 気を抜くと、つい二郎の姿を目で追っている。耳元に顔を寄せられると、心臓の鼓動が跳ね上がる。


 自覚すれば、血流が頭や顔に集まってくるのが分かる。ラヴィンは、間違いなく二郎に恋していた。


 つづく

おそらく次回で一区切りになると思います。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

2016年6月26日 プロローグを追加。全面改稿

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