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図書室の魔皇様  作者: 斑鳩かかづ
第一章 聖戦篇
14/21

13 皇兄殿下の決闘(迫真)2

 ほどなく食事も終わり、決闘の準備が始まった。

 と言っても、公開議場に(しつら)えられた各国の貴人を始めとする見届け人の席が埋まって、といった手順は魔皇の火渡りと同じようなものなので、目新しさは無い。

 一応ヴォータン教皇も出席しているが、存在感を失って、まったく別人にすら思えてくる。


 この(のち)、教会では反ヴォータン派閥が息を吹き返し、ヴォータン教皇は大変な労力を支払う目に遭うのだが、それはまた別の話。


 もはや夕刻。東方三国同盟軍の大休止も終わり、これ以上は翌日に持ち越しになりかねない時間だ。

 が、皇兄殿下はついに、バ・ドム・バリアスの前に立った。バ・ドムは床几から立ち上がり、声を張り上げる。


「待ちかねたぞ! 決闘を前に(メシ)とはどういう了見だ! 今時の若い奴は常識も知らんのか!」

「おかんむりの所に恐縮(きょうしゅく)ではあるが、『好きなだけ』と言ったのはそっちだ」


 またもやビシッと音がしそうな勢いで、バ・ドムのこめかみに青筋が立った。ブリンクが小声で「ありゃわざと怒らせているな」とつぶやく。ラヴィンも、正直なところ同感である。

 確かに冷静さを(うば)えば、勝敗に多少の影響はあるだろう。しかし決定的かと問われれば、疑問は()きない話だ。どう考えても彼我(ひが)の戦力差が、その程度の奇策で(くつがえ)らせられるとは思えないのだ。

 それほど、グリフ王国の万人長は圧倒的だ。戦意や怒気や殺気が、まるで可視化されたように老将の周囲に漂っている。それを涼しい顔で受け流している皇兄殿下も、相当と言えば相当ではあるが。


 その時「そういえば」と、皇兄殿下が思い出したかのように言葉を(つむ)いだ。


「この決闘における、バリアス卿の要求を聞いてないな」


 ラヴィンが「あ」と、声を上げる。そういえば決闘の際に、バリアス卿から要求が出ていない。


「ふん、そういえば言い忘れておったわ。我輩(わがはい)が勝利すれば、神託騎士ラヴィン・ケイマンの身柄を、『王国騎士』としてもらい受ける。もちろんその権能も含めてだ。今更嫌とは言うまいな」


 その言葉に、見届け人席にざわめきが起こった。そして後方に居たヴォータン教皇が、急に生気を取り戻したような表情になった。


 ラヴィンがマールス教ではなくグリフ王国に帰属するのならば、つまり彼女の庇護下にあるダナン領も含めて、全ての権力と領土・資産が、『明確に』ヴォータン『国王』に帰属する事になる。魔皇兄弟の画策によって『何もかもが曖昧になった現状』が、単純化されてしまうのだ。

 そうなれば、東方三国同盟軍での利益配分など考えなくても良い。『グリフ王国の総取り』が現実化する。

 バ・ドム・バリアス侯爵も、伊達に貴族で万人長という地位に居るわけではないということだろう。政治的には、強力な一手と言えた。ヴォータン『国王』は、まさに快哉(かいさい)を叫びたかっただろう。他国の手前自重したが、顔の部分部分がにやけている。

 だが、対する皇兄殿下は、「なるほど」とまったく動じない。


「では、こちらはバ・ドム・バリアス卿の持つ全てをいただきましょうか」

「ふん、こんな皺首(しわくび)で良ければくれてやるわ」

「いやいや、『全て』というのは『バリアス卿の身柄と地位・権能の全て』ですよ。侯爵家の当主で万人長となれば、領土資産に配下を含め、人材も豊富でしょう。ダナン領は慢性的(まんせいてき)に、人材不足なのですよ」


 したり顔で、太一郎が言う。しかしバ・ドムは大きく鼻息をつくと、「勝てば好きにするがいい」と、侍従から両手持ちの大剣を受け取った。『もはや語る言葉は無い』と、その態度が示していた。


 ところで、皇兄殿下の装備である。太一郎は鎧のたぐいを一切装備せず礼服のままで、ラヴィンが持っていた細剣を借りて手に持っていた。城塞のように完全武装したバ・ドムとは、対照的だ。

 そして皇兄殿下は細剣を抜くとそれを傍らの地面に突き刺し、(さや)を持って正面に構えた。


「……何のつもりだ」


 怒りを含んだ、底ごもる声が周囲に響く。その凄まじい怒りに当てられたのか、枯れ野の平原が、今日もう何度目か分からない静寂に包まれる。


「いや、この程度の一騎打ち、これぐらいの得物(えもの)で十分でしょう」


 後に、千人長だったグロースをして「あの時のバリアス卿とは絶対にやり合いたく無い」と言わしめるほどの、本日最()の顔を、バ・ドムはしていた。そして怒りのままに大剣を鞘から抜き放ち、その鞘を投げ捨てる。


「バ・ドム、敗れたり!」


 そのバ・ドムと見て、皇兄殿下が言う。


「剣を戻すべき鞘を投げ捨てるとは、勝てぬと言ったも同然!」

「ぬかせ小童(こわっぱ)! ご託はあの世で言うがいいわ!」


 激しい怒気と濃密な殺気と共に、バ・ドムが剣を振り下ろす。これは死ぬ。誰もがそう思うような、激しい一撃だった。


 が。


 軽い、あまりにも軽い金属音が鳴った一瞬後に、バ・ドムの大剣が、文字通り宙を舞っていた。


 周囲から「は?」とか「え?」などの疑問の声が上がっても、まだ落ちてこない。バ・ドムの体は硬直し、皇兄殿下は鞘を上段に構えて一歩踏み込み、そして腕を振り上げた。

 細剣の鞘とはいえ、頭を直接殴りつけられれば死ぬこともある。大剣はまだ宙に浮いており、バ・ドムは太一郎の振り上げた鞘の先端を見上げ、敗北と死について腹をくくる時間を持てたほどだ。


 どっ、と重い音を立てて大剣が草原に落ちると同時に、太一郎が鞘を振り下ろす。鞘はバ・ドムの右肩を(したた)かに打ち付け、バ・ドムは膝をついた。


 数瞬後、平原が兵士達の歓声でどっと湧いた。『皇兄殿下の奇跡の勝利』が、驚愕と共に示されたからだ。


 後にグロースがラヴィンに種明かしをしたのだが、皇兄殿下が繰り出した技は『巻き上げ』という、皇兄殿下の故郷にある剣術修練『ケンドー』なるものの技なのだそうである。

 皇兄殿下のそれは、相手の剣の腹を横から軽く叩き、そのまま力をいなすようにくるりと一回転させ、相手の力をそのままに剣を跳ね上げる……当人(いわ)く「まあこけおどしの技です」との事。そう簡単に決まる物ではないのだそうだが、皇兄殿下はケンドーでこの技()()徹底的に修練したのだそうだ。

 バ・ドムの挑発については、彼の故郷(ニッポン)の古い剣豪、ムサシ・ミヤモトの逸話を参考にしたそうである。後にラヴィンは、その剣豪の逸話を異界図書館の蔵書から二郎に読み聞かせてもらうのだが、かなりえげつない人物という印象を受けたものだ。


 そして、挑発に挑発を重ねられたバ・ドムは感情的な——具体的には単調な一撃を放ち、その一撃を皇兄殿下のたった一つの技に(から)め取られて、敗北した。

 バ・ドムにとっては、浮かばれない話である。


 以後、太一郎は『皇兄殿下』以外に『鞘騎士(さやきし)タイチロウ』となど呼ばれるようになるのだが、後年、一騎打ちや決闘のたぐいを一切受けた事は無かったという。


 ともあれ、勝敗は決した。ヴォータン教皇、あるいはグリフ王国ヴォータン国王の野望はくじかれたが、三国同盟軍には勝利がもたらされた。


 『聖戦』は、皇兄殿下の一騎打ちで幕を閉じたのである。


 つづく

汚い皇兄殿下さすがに汚い。

やっと戦争終われました。

でもまだちょっと続きます。

最後までおつきあい下さると幸いです。

2016年5月10日 バ・ドムの一人称を我輩に変更。

2016年6月26日 全面改稿

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