12 皇兄殿下の決闘(迫真)1
『枯れ野の平原』は、今までとは異質なざわめきに満たされていた。
「え……決闘って……え?」
ラヴィンは狼狽えていた。ラヴィンの前に在る(おそらくは『元』を付けるべき)皇兄殿下こと柳太一郎に、老武将が怒りの眼差しを向けている。
グリフ王国練鉄騎士団万人長、バ・ドム・バリアス。またの名を『怒濤のバ・ドム』。
バリアス家は侯爵位を持つ、武人の名門である。バ・ドム・バリアスはその家長で、今回の聖戦では確か、グリフ王国軍の軍事的責任者だったはずだ。
それがなぜ、すでに何もかも決したこの状況で『魔皇兄弟に決闘』などを申し入れるのだろうか。
太一郎はこれ見よがしにため息をつくと、バ・ドムに向かって口を開いた。
「断る」
バッサリだった。バ・ドムのこめかみに青筋がビキッと音を立てたかのように浮き上がったが、それで逆上するようなことはなく、バ・ドムは『理屈』を口にする。
「貴様ら魔皇兄弟は、先ほどケイマン卿の騎士となった。なれば、騎士の責任と義務を負う事になる。決闘からの逃亡は不名誉であり、その責は主君であるケイマン卿にも及ぶ。不忠の誹りは免れまい。それでも逃げるか、賢しい異界人よ?」
挑発的な言葉だった。
ラヴィンは神託騎士と言っても、出自は尼である。なのでバ・ドムの理屈が通じるのかどうか今ひとつ判別できない。
だが、グロースが苦虫をかみつぶしたような表情をしているのを見て『あり』なのだと判断した。
そしてもちろん、ラヴィンの返答も『否』である。
太一郎は極めて優秀な官吏ではあるが、武人では無い。万人長などという武人と決闘などすれば、勇戦どころか瞬殺されてしまうだろう。
ラヴィンは決心し、神託騎士の名の下に決闘を断ろうとした。しかし口を開きかけたラヴィンを、太一郎が手を上げて制する。
「主君のためとあれば是非も無し。その決闘、承る。ただし、我が弟は試練を成したとはいえ、今は満足に歩くことも出来ん。決闘の場に立つのは、俺だけにしてもらう。それと、あいにく俺は馬上試合が出来ん。徒士での一騎打ちで、勝負を決したい」
「よかろう。おい! 決闘の準備だ! 武具を持ってこい!」
バ・ドムが、侍従に大声で指示を出す。すると、太一郎が確認するように、バ・ドムに問いかけた。
「準備に時間をもらってもいいのか?」
「良かろう、好きなだけ支度をすればいい。どうせ我輩の勝ちは覆らん」
「そうか」
と、皇兄殿下が言う。
この時ラヴィンは間近でその横顔を見ていたのだが、その表情を見て、『極めて嫌な予感』というものを感じた。
そして皇兄殿下は、やはり皇兄殿下であった。
「では、我々は食事にさせてもらう」
バ・ドムの居る辺りから、『ぶちっ』と何かが切れる音がした、ような気がした。
▲▽▲▽▲
——なんだこの状況。
肉の焼ける、いい匂いがしている。
鉄串に肉や野菜などの具材を刺して塩と香辛料などを振り、炭火で焼く。単純な料理だが、木炭で焼くと独特の風味があって非常に美味い。
皇兄殿下の故郷では、『バーベキュー』という料理らしい。外から火で炙ると同時に、わざと具材の間に隙間を空けた鉄串を伝わる熱で具材を焼くのが、コツの野外料理だそうだ。
問題は、その炭火が、先ほど『火渡りの試練』で使われた、具体的には『魔皇陛下の足を焼いた炭火』だということだろうか。
ラヴィンとしては、料理の美味さに微妙な気分を感じてしまう。
炭火を囲んでいるのは、ラヴィンと護衛を兼ねるグロースと、決闘を控えた皇兄殿下である。二郎は静養のため、少し離れた場所に設えられた、天幕の中で休んでいる。その傍らには、別の変装に切り替えたサラールが居るはずだ。
なお、ラヴィンに付き従っていた変装神官は、いつの間には居なくなっていた事になっている。東方三国同盟軍が帰還した後、おそらく「そういえばあの神官は誰だったのだろう」という話になるのだろう。
ところで。
炭は、高価な燃料である。平民や貴族でも、普段は薪で火を熾している。火渡りに使用されたのは、主にヴォータン教皇の料理人のために用意されていたものらしい。王族の特権と言えばそれまでだが、理不尽な量にも思える。
なお、現在は東方三国同盟軍の陣内でも炊事の煙が上がっている。太一郎が食事の準備を始めたために、軍全体が大休止となったのだ。
何せ枯れ野の平原に来てからこちら、教皇の返還に公会議に火渡りの試練にと、事件が多すぎて誰も彼も満足に食事をしていない。つくづく、人は食わねば生きていけないのである。
もちろんラヴィン達が囲む分に、一〇〇歩分の炭は多すぎる。そこで皇兄殿下が「無駄にするのも何だから、東方三国同盟軍の皆さんに使ってもらおう」と言って、また一騒ぎ起きた。
「聖人が渡った炭だから聖遺物だ」という主に教会の派閥の面々と、「御利益にあやかりたいから兵士に配布したい」という軍属の派閥で取り合いになったのだ。
結局は「半々にすればよかろう」という太一郎の言葉で、それぞれの代表がラヴィン達の分を残して根こそぎ持ち去っていったのだが。
ともかく、非常に弛緩した空気が枯れ野の平原に蔓延し、東方三国同盟軍の戦争気運は、最低まで落ち込んでいる。
その例外は、もはやたった一人の武将、バ・ドム・バリアスだけであった。
完全武装で床几に腰掛けており、いらだちが貧乏ゆすりになってカチカチと武具を鳴らしている。側付きの侍従は真面目な様子を装っているが、バ・ドムから微妙に距離を取っており、彼の周囲はそうとう嫌な空気になっているのだろう。
「いいのか、あれ」
と、肉にかぶりつきながら、グロースが言った。
「『好きなだけ支度をしていい』と言ったのは、向こうの方だからな」
自家製の『焼肉のタレ』なるものを刷毛で串焼きに塗りながら、皇兄殿下がさらっと言う。強心臓もここまでくると、呆れるを通り越して感心ものだ。
「ワシにももらえるか」
そこに、サムスが戻ってきた。彼は魔皇を癒やすために、天幕に居たのだ。
レーネはサムスと共に天幕へ入り、サラールと共にその場に残ったらしい。そう聞いてラヴィンは思わずホッとしたのだが、なぜホッとしたのか少しだけ疑問に思った。
それよりも、ラヴィンには確認しなければならない事があった。
「ジロウの怪我のほうはどうですか?」
「あまり良くないな。自ら毒を呷ったというやり方のせいかもしれんが、癒やしの奇跡の効きが悪い。あの魔人族は毒の加減は誤らなかったと思うが、今は三割生きていて七割方死んでいるような容態だ。使われた毒は、『都合の良い解毒薬』などは無い毒物らしい。魔術の毒消し薬ならあるいはと思うのだが……使えば『奇跡のタネ』が露見しかねん」
もちろん大衆の前で、魔皇の奇跡のタネを割るわけにはいかない。そしてダーナに戻るまでは、魔皇には自力で生きてもらわなければならないのだ。
皇兄殿下のこの時間の使い方は、そんな弟への信頼から来ているのだろうか。本当は一刻一瞬でも早く戻りたいと思っていると、ラヴィンは思うのだが。
何より、ラヴィンもそう願っている。
そういう意味では、バ・ドムの決闘の申し入れは、ラヴィンにとって極めて不本意であった。
「戻りました」
「いい匂いだな。異界じゃ肉を焼くだけでもこんなに美味そうになるのか」
さらに、クロウとブリンクが戻ってきた。二人は『魔王討伐隊』の窓口役として、各国首脳部といくつかの調整をしてきたのだ。
具体的には、『本決闘は聖戦に関わるものではなく、個人の私闘である』という、各国各派閥への内諾を取ることである。
魔皇兄弟はラヴィンの元に下りダナン領は『神託騎士ラヴィン・ケイマン』の庇護下に置かれた。そしてラヴィンはグリフ王国の出自ではあるが、第一の帰属場所はマールス教である。マールス教の教皇もグリフ王国の国王もヴォータンではあるが、額面通りの決闘を行った場合、『マールス教対グリフ王国』という構図になってしまうからだ。
理屈を取っていようとバ・ドム・バリアスの行動は、『王権と神権を割る』という意味において、グリフ王国とマールス教の双方にとってはかなり危ういものがある。『けんか両成敗』では無いが、ラヴィンにまで悪影響を及ぼす可能性も十分ありえる状況だ。
魔皇が身を焼いて勝ち取ったこの平穏は、まだまだ不安定なのだ。
「バ・ドム・バリアスは、愛国心が強く、部下の信頼の篤い、頑固な武人だ」
グロースが、相手を評価する。彼は元傭兵なので、人物評価は辛めながら実際的だ。
そして「ゆえに」と続ける。
「小手先の策や言葉や理屈では、そんな『愛国心が強く部下の信頼の篤い頑固な武人』は、止められないものだ。ある意味、皇兄殿下とは相性が悪い」
グロースが言う。その皇兄殿下は、のんきに食事中である。
「ま、なんとかするさ」
やはりのんきに、皇兄殿下が言った。
命がけの決闘が控えているとは思えない、気楽な雰囲気で。
つづく
皆さんにフラグが見えてるといいなぁ。
2016年5月8日 ちまちま矛盾点などを修正。
2016年5月10日 バ・ドムの一人称を「我輩」に変更。
2016年6月26日 全面改稿




