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図書室の魔皇様  作者: 斑鳩かかづ
第一章 聖戦篇
12/21

11 奇跡の価値(承認)

 静寂は続いていた。


 ——はーっ、はーっ、はーっ。


 ラヴィンの目の前に、浅く息をつく、『魔皇』と呼ばれている少年がいる。教皇に命じられた『火渡り一〇〇歩』を成し遂げ、何もかも消耗し尽くしたぼろぼろな姿なのに、目だけは力を失っていない。


 「なぜそうまでして?」と、ラヴィンは思う。


 彼は異界から漂来したという、究極的には、ダナン領と無関係な人間だ。それが、斯様(かよう)な命がけの試練に、なぜ挑む必要があるのだろう。自ら毒を受け、火に焼かれ、命を削ってまでして何を成し、何を得ようとしているのだろか。


 それとも、これが『君主』なるものの姿なのだろうか。

 あるいは、これが『聖人』なるものの姿なのだろうか。


 ラヴィンは無性に、二郎の前に(ひざまず)きたい衝動に駆られた。『王』や『聖人』や『神託騎士』というのは、彼こそふさわしいのではないか。そう思えたからだ。


 ダナンの地には、時折、王たる資質を持つ『漂来者』なる者が現れるという。だとすれば、この少年はまさに『漂来王』たる資格者に違いない。


「——では、始めますよ」


 二郎が小声で言った言葉に、ラヴィンは思わず「え?」と問い返しそうになった。その衝動を、二郎の柔らかな眼差しが押しとどめる。


 試練は成された。もはや、魔皇兄弟を断罪することなど、この場に居る誰にも不可能なはずである。

 しかし、二郎は見届け人達の座る方向に身体を向け、消耗を感じさせないような張りのある声で言った。彼の目指すところは、火渡りの試練の、その先にあったのだ。


「デリア王国! 鉄騎(てっき)兵団団将! アルフレッド・ダリ殿! デリア王国の代表として、(つるぎ)をお貸しいただきたい!」


 ざわりという気配がして、見届け人達の一角に視線が集まる。そこには青い魚鱗鎧をまとった、壮年の武将が居た。東方三国同盟軍の一角、デリア王国軍の軍事最高責任者である。

 デリア王国の将軍は、床几に座ったまま無言で腰の剣を差し出した。皇兄殿下が前に出て、最敬礼でそれを押し頂き、二郎へ手渡す。

 そして、流れるような所作で剣を抜き放つと片膝をつき、切っ先を持って柄の方をラヴィンに差し出した。


「わたくし、漂来者ジロウ・ヤナギは、神託騎士ラヴィン・ケイマン様に仕えたく存じます。ご承認いただけますれば幸いです」


 ——うおおおおおおおおお!


 怒号のような歓声が鳴り響いた。騎士が、兵士が、腕や武器を掲げて声をあげている。

 一〇〇歩もの火渡りを成した『魔皇』が、神託騎士に忠誠を誓うというのだ。いや、実体はもっと原初的なものだろう。彼らは奇跡を目の当たりにし、感動し感銘を受けていた。それが、一気に爆発したのだ。

 ただ一人、ヴォータン教皇だけが呆然とした表情をしていた。ラヴィンにはその理由が分からなかった。

 だがそれよりも、この儀式を成さなければならない。二郎が望んでいるのだ。それが、悪いことであるはずがない。

 以前、皇兄殿下が言っていた『その時』とは、今なのだろう。異端審問で弁護人として立つ事では無く、『神託騎士』としてこの場にあり、この剣を受け取るために。


 剣を受け取り、それを垂直に構える。周囲が再び、水を打ったような静寂に包まれる。


「神と、天使と、我が権能の下に、汝を我が騎士に(じょ)する」


 剣の腹で右肩を叩き、左肩を叩き、最後に軽く首を叩く。騎士の『首打ちの議』である。

 そして剣を返し、それを鞘に収める。これで、儀式は終了だ。

 その瞬間、さらなる歓声が鳴り響いた。先ほどが感動の歓声ならば、今のこれは承認の歓声だ。枯れ野の平原に居る二十万人が儀式を見届け、そして承認したのだ。


 歓声の中、二郎がわずかにふらつく。それをさりげなく皇兄殿下が支え、やわらかく床几に座らせた。二郎が座ってみて分かった事だが、足の火傷はやはりひどそうだった。ふと、火渡りなど命じた教皇に怒りを覚える。

 だが、事態はこれで終わらなかった。弟を床几に座らせた皇兄殿下が、再び見届け人たちの元へを歩を進めたのだ。その行動に、またもや静寂が広がってゆく。誰もが、皇兄殿下が何をしようとしているのかを見定めようとしていた。


「バルミット王国! 大万将(だいばんしょう)! カリスト・ベゼルネ殿!」

(おう)!」


 今度は東方三国同盟軍のもう一つの一角である、バルミット王国の最高軍事責任者だった。

 赤いサーコートをまとった、詩人に歌われそうな容姿の将官が、面白そうな笑顔を浮かべている。ベゼルネ大万将は腰の剣を鞘ごと引っこ抜き、「ちょっとした業物(わざもの)だ。貴様にくれてやる」と言って、皇兄殿下に放り投げた。受け取った皇兄殿下はそれを押し抱き、そしてラヴィンの前に立った。


 そこからは、魔皇と同じ展開だった。皇兄殿下は剣を抜いて跪き、その柄をラヴィンに向ける。

 だが、そこで横やりが入った。


「まて! そんな話があるか!」


 ヴォータン教皇だった。公会議で見せていた余裕はかけらほども無く、狼狽(ろうばい)が顔に出ている。

 それに対し、皇兄殿下は冷ややかに、見ようによっては見下すように、そして声には侮蔑(ぶべつ)をにじませて一気に言い放った。


「これは、教皇猊下ともあろうお方が()な事を。我ら漂来者は、ダナン領を代表して『魔王討伐隊』、ひいては討伐隊を率いた神託騎士、ラヴィン・ケイマン卿に()()すると申し上げておるのです。まさか()()()()()()()()()()()()教皇猊下に、否はありますまい」


 少し離れた場所で、「ぷっ」と噴き出す音がした。その『魔王討伐隊』の中に居る巡見使のブリンクが、笑いをこらえきれなかったのだろう。

 確かに、魔王討伐隊もこの聖戦も、『悪しき魔皇兄弟を討伐する』という教皇の勅命で発せられたものだ。ついでに言うと、教皇の勅命の中にはラヴィン達の暗殺も含まれている。つまり皇兄殿下は、「場合によっては色々言わせてもらうぞ」と、『極めつけに太い釘』を刺しているわけだ。

 ブリンクが笑うのも、むべなるかというところだろう。その脇腹を、神官のサムスが、自重を求めるように(ひじ)で小突いている。クロウは結果的に魔皇を害したヴォータンを(にら)み付けているし、レーネは聞く耳持たぬと言わんばかりの素知らぬ顔であった。ただ一人、グロースのみが何かを警戒するように、厳しい視線を周囲に巡らせている。


 太一郎に暗に黙らされたヴォータン教皇は、顔色を赤くしたり青くしたりしていた。その教皇に言葉を挟ませない機を狙って、「さらに」と皇兄殿下が言葉をつないだ。


「我が()は、デリア王国代表の剣をお借りして、ケイマン卿に仕える騎士になりました。さすれば、(わたくし)もバルミット王国の代表より剣をお借りしなければ、釣り合いが取れますまい」


 ここまでの口上を聞いて、ラヴィンはなんとか現状を把握することが出来た。


 グリフ王国の国民である神託騎士ラヴィンが、デリア王国とバルミット王国の両聖戦軍代表の剣で、魔皇兄弟を騎士に叙する。

 加えて、『魔皇』は教皇が命じた『聖マヌエルの試練』を成し遂げている。聖人以上の事を成したその証人と見届け人は、『聖戦』から発した二十万人の将兵だ。


 果たしてダナン領は、あるいは魔皇兄弟は、どこの国に帰属する事になるのだろうか?

 考えるのが馬鹿馬鹿しくなって、ラヴィンは考えるのをやめた。


「神と、天使と、我が権能の下に——」


 ヴォータン教皇に対しては、もうほとんど関心が無い。忠義、あるいは信仰に値すると思える階梯は、すでに通り過ぎてしまった。

 だから、出来ることをとっととやってしまう事にした。


「汝を()()騎士に叙する」


 『我が』の部分の声にちょっと力みが入ったが、ヴォータン教皇以外誰も気にしなかっただろう。その後は、やはりの大歓声。今回のはとりわけ、バルミット王国側の声が力強い。


 公式には、捕らえられた教皇はラヴィン達の活躍で帰還し、魔皇兄弟は神託騎士の元に下り、ダナン領は神託騎士ラヴィン・ケイマンによってマールス教の庇護に入った。もはや敵は存在せず、『聖戦』は東方三国同盟軍の完勝に近い形で終結を見た。


 誰もが、終わった、と思っていた。

 しかし、それをよしとしない者が居た。


「静まれええい!」


 歓声を圧する、怒声が響いた。見届け人の席ではなく、グリフ王国の騎士団の最前列からだ。


「ちっ、やっぱり出てきたかあのジジイ」


 グロースが、眉間(みけん)にしわを寄せてつぶやく。

 周囲の空気や雰囲気などをお構いなしに前に進み出てきたのは、見た目は老齢と言って差し支えない武人だった。体格は良くがっちりした板金鎧に身を包み、仕草や歩みに年齢を感じさせない。


 そして想定外の、とんでもない事を言い放った。


「グリフ王国練鉄(れんてつ)騎士団万人長(ばんにんちょう)、バ・ドム・バリアス侯爵である! この場で魔皇兄弟に、決闘を申し込む! 尋常に受けられよ!」


 つづく

2016年6月26日 全面改稿

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