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ポテトフライ

「ウチ!

圭ちゃんの家の子供になるーーーー♥」



「ワタクシも!!

ワタクシも、ここの子になりたいです!!」



『…。』



「「おかわりーー♪」」



…オイオイオイ。

まだ2話目だぞ?

何でオマエらって、そんなに飛ばす訳?



時は遡る。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




早朝。

目が覚めてしまった俺はスマホのアプリ画面を眺めていた。

4つ並んだデリバリーサービスのアプリ。

数日前に、そのうちの1つを俺は失った。



食事という低単価分野を扱っているので、デリバリーサービス事業は収益率が低い。

故に、参入企業の数は限られているし、たまに新規参入があってもすぐに撤退してしまう。

なので、俺達配達員が登録可能なデリバリーサービスは4社しかない。

メインではないとは言え、そのうちの1つから切られたのは痛恨事であった。

正直トラウマになっている。

俺のような持たざる者にとって収入源を減らされる恐怖は筆舌に尽くしがたい。

垢BANされたアプリを何度も消そうとして、何故か指が動いてくれないのだ。

消さなきゃ。

このアイコンを見る度に苦しくなるのに。

なのに消せない、見てしまう。

アカウント無効通知がフラッシュバックして胃がキリキリする。



『ぐぬぬぬ。』



鏡の中の俺は苦痛と不満を隠せていない。

頑張って笑おうと試みてから、そもそも笑顔が苦手分野である事を思い出して溜息を吐く。

まだ生配信はやめておこう。

あれ?

確か先週にTwitterで今日やるって告知してしまっていたか?

ああ、じゃあ中止のエクスキューズは必要だな。

垢BANの旨をボカしてtweetしておくか…


くっそ、あのタワマン家族め。

とんだ疫病神だ。

ああ言うハズレ籤には二度と関わらないようにしなくちゃな。



『くっそ!』



無意識にゴミ箱を蹴飛ばそうとしている事に気づき、慌てて己を抑止。

こめかみを一発殴って戒めてから、大きな息吹を繰り返す。

クールダウンだ、クールダウンしろ。



『ふーーーーーーーーーっ。』



よし、切り替えた。

あの忌々しい金持ち家族の事は、もう忘れる。



『アプリ起動。』



残った3社の配達アプリを順にチェックして、アカウントに問題がない事を確認。

うん、配達員としての俺の評判は悪くない。

垢BANされたあのアプリは4社の中では最後発。

恐らく今後シェアを独占する事はない。

いや、ないと願おう。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




通知音が鳴ったので画面を確認。



①中津(牛丼ピック)→②茶屋町 (ハンバーガーピック)→③中崎西に配達→④豊崎に配達



よし、①まで3分も掛からないな。

俺は靴を履くと扉を開ける。

開けた先が自転車の定位置。

バッテリーをセットすると、跨ったまま自宅に施錠、そのまま発進する。



大阪の真ん中には梅田駅なる巨大駅が存在する。

世界乗降客数ランキングで4位というから、やはり相当な規模なのだろう。

俺の住む中津という地域は、その梅田駅の北側に広がっている。

名前から分かる通り元は河原だ。

薄汚い倉庫・商店街・鉄橋・団地が立ち並び、俺の自宅は最もボロい。



『お待たせしましたー。

F4BBKをお願いします。』



  「はーい、お願いねー。」



『はい、受領しました。

行ってきます!』



ただ、フードデリバリーの拠点としては非常に利便性が高い。

何せ仕事が途切れない上に、選び放題なのだ。

(あのタワマンは2度と行かない!)


なので、この物件を取得出来たのは万に一つの僥倖だったと断言出来る。

もう少し資金が貯まるまでは、このペースでデリバリー業に邁進しよう。



『すみまーせん。

自転車通ります。』



何かのイベントがあるらしく、今日の茶屋町はいつもより人通りが多い。

ぶつからないように慎重に進まなきゃな。

よし、行列を抜けた。

マクドナルドまでの道は普段通りだ。



『失礼しまーす。』



…うん、大丈夫。

アレは運が悪かっただけだ。

俺なら残った3つのアプリで幾らでも稼げる。


切り替えよう!

切り替えよう!

さっくりと切り替えよう!!


昨日みたいな糞家族にさえ絡まれなきゃ!!



「あー♪

本当に居ましたー♪」



成人式を上品にしたみたいな豪華な和服。



『え?』



マクドナルド茶屋町店の前には諸悪の元凶が満面の笑顔で待ち構えていた。

トラウマがフラッシュバックする。



落ち着け。

男子たるもの、みだりに取り乱してはならない。

落ち着け俺、そして俺の胃。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「あの日の事を忘れられないんです!!」



それが女の第一声。



『…奇遇だな、俺もだよ。』



「思い出す度に涙が止まりませんでした!」



『…奇遇だな、俺もだよ。』



あの屈辱と憤怒を忘れる方法があれば教えて欲しいくらいである。



「良かった。

貴方も同じ想いを抱いて下さっていたのですね♥」



『あ、うん。

多分真逆なんじゃないかな。

知らんけど。』



胃がキリキリと痛む。

この女、どうしてこんなに屈託のない笑顔で笑えるのだろう。

いや、そんな事より、どうして俺の居所を把握してるんだ?



  「おーう、ドカちゃん。

  圭ちゃんを見つけたみたいやんけ♪」



「はい!

ネキお姉様のおかげです!」



爪楊枝をシーシー鳴らしながらやって来た阪神帽のフルアーマー猛虎装備は、しゃぶネキ!?

そうか、アンタの差し金か!!



  「うんうん。

  苦しゅうない苦しゅうない♪

  ウチは恋する乙女の味方や♥


  おーう、圭ちゃん。

  折角引っかけた女の連絡先聞き忘れるとかw

  意外にアホやなww


  安心せい♪

  この浪速のキューピットが

  身も心もくっつけたるさかいな。


  謝礼は叙々苑でええで~♪」



『えっと、まだ状況が把握出来てないんですけど。』



「申し訳ありません!

私がネキお姉様に我儘を言ってしまったんです!」



  「ははは、ウチも驚いたでww

  しゃぶ葉(梅田NU茶屋町)に並んどったら

  清純美少女に涙ながらに

  抱き着かれたんやからw

  最近はハニトラまでLGBT配慮かいな。

  とか思ったら♪

  すたみなすた子ちゃんやんw

  

  圭ちゃん。

  あんまり女を泣かしとったらアカンで?」



『えっと、泣かされてるのはこちらなんですけど。』



「ワタクシ、どうしても貴方に会いたくて…

最初は貴方が勤めてるお寿司屋さんに行ったんですけど…

そんな人は在籍していないって言われてしまって…」



成程、フードデリバリーの概念を知らないこの女からすれば、俺は寿司屋の丁稚に見えていた訳か。



「それで!

ネキお姉様の存在を思い出して!

案内をお願いしたんです!」



『よ、よく見つけたね。』



「えっへん♪

ワタクシ、Google検索を使えるんです!」



『あ、うん。

凄いね。』



まあな。

【しゃぶネキ】で検索したら、普通に目撃情報がガンガン上がって来るからな。

特に今日みたいにフルアーマー猛虎の日は盗撮画像がいつもより多く出回ってるから探しやすくはあるよな。



「そんな訳で!

ここに辿り着きました!」



『あ、うん、凄いね。

えっと、それで俺に何の用?』



「え!?

そ、そんな言い方酷いですぅ。(シクシク)」



1秒前までしゃぶネキと掌を合わせて笑っていた女は突然涙をはらはらと流す。

うむ、高速で転換する情緒はギャグと見分けがつかない



「アフォー!!! (ドガァッ!)」



『ぐべえ!』



「乙女の求婚をあやふやにするとか何事かー!!」



くっそ、情緒のみならず話の展開まで高速かよ。

脳が付いていけないわ。



『危ないなぁ。

もう少しで牛丼背負ったままひっくり返るところでしたよ。

ネキはもっと人間的な情緒を備えて下さいよ。』



「ウチほど人間臭い人間はおらんと思うけどな。」



(ピコーン)

そんな茶番の最中に受け取り口の数字が点灯する。

《B9R14》

よし、商品が完成したようだな。



『マクドの準備出来たみたいなんで。

俺はここで。


はーい、B9R14でーす。

チャックを閉めてっと。

じゃ、俺はこれで。』



「待てィ!

オマエが一番情緒ヤバいと思うで!

この異常者!」



そうかなあ?

俺はまともだと思うけどなあ、誰も賛同してくないけど。



「兎に角!!

恋する乙女の未来が掛かっとるんや!!

少しは真面目に向かい合わんか!」



『…こっちは生活が懸かってるんですけどね。』



結局、しゃぶネキに押し切られる形で、女にもう少しリソースを割かされることになった。

仕方ないだろ。

店側の目がある場所で揉めるのが怖いんだよ。

また垢BANされたら、今度こそ発狂するぞ俺。



『じゃあ、配達に区切りが着いたら戻って来るので、どこかで時間を潰しておいて下さい。』



「分かった!

このマクドにおるわ。」



『え?

しゃぶ葉は行かないんですか?』



「え?

圭ちゃんのカネで行くけど?」



『なるほど。』



さて、漕ぎ出すか。



③中崎西に配達→④豊崎に配達→⑤中崎 (アサイーピック)→⑥浪速町に配達→⑦天六(ガストWピック)→⑧長柄東に配達→⑨都島本通に配達→⑩国分寺 (ローソンピック)→⑪本庄東に配達→⑫天六(王将ピック)→⑬中崎に配達→⑭中崎 (おにぎりピック)→⑮神山町(ほか弁ピック)→⑯堂山町に配達→⑰曽根崎に配達→⑱茶屋町 (スタバピック)



「あーー!!!

圭ちゃん帰って来たーー!!!」



「お待ちしておりました!」



『あ、ゴメン。

まだ仕事中だから。』



2人が騒ぐが客が待ってるので漕ぎ出す。



⑲大淀中に配達→⑳福島(海鮮丼ピック)→㉑中之島に配達→㉒曽根崎新地 (コクミンドラッグピック)→㉓扇町に配達→㉔茶屋町(♀Wピック)



「おつかれー。」



「お疲れ様です。」



『いや、多分疲れるのは今からだと思う。』



茶屋町のマクドナルドで2人を拾った俺はアプリを切ってスマホをしまう。



「んー?

今日の仕事は終わりなんか?」



『いやー、今から始まる気が…』



何がおかしいのか2人はケラケラ笑う。

楽しそうで何よりだ。

これで俺が楽しめていれば最高なんだけどな。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「なあなあ、圭ちゃん。

ドカちゃん初マクドやってんて。」



「楽しかったです♪」



『そっか。』



俺はあの悪夢の夜を思い出す。

入口から垣間見えただけだが、洒落にならない豪勢さだったからな。

そりゃあ、あのレベルの家庭は娘をファーストフードには連れて行かないだろう。



『どう?

口に合った?』



「足りなかったですー♪」



うーん。

イマイチ言葉のキャッチボールが成立しないな。



『…その割に嬉しそうだけど。』



「だってワタクシには圭ちゃんさんが付いてますもの!」



『なるほどー。』



「それにネキお姉様は凄いお方です!」



「ふっふっふ。

ドカちゃんは見る目あるでー♪」



聞けば、この女にしゃぶネキがビックマック1口喰いを披露したらしい。

それで完全に脳を焼かれてしまったとのこと。


まあな。

アレは度肝を抜かれるわ。

生物としての格の違いを思い知らされるからな。


あー、Twitterでも普通にトレンドに乗ってるわ。

英語tweetなので詳細は不明だが、ロンドンで真似をしようとして顎を負傷した馬鹿がいるらしい。

どうして人類は愚行のみを模倣し合うのかねぇ…


それにしても。

Twitter上のネキ動画を見ていたら…



『…腹が減った。』



「ウチもや!」



「ワタクシもです!」



アレ?

働いていた俺の腹が減るのは当然の権利なんだけど、オマエらって食べてただけだよね?

どうして仲間みたいな顔をしてるの?



『何か軽く食ってこうかなー。』



「マクド!

ウチ、マクドの気分や!」



『今、退店したばっかりでしょう?』



「足りんかったんや!

なあドカちゃん!」



「はい!

Lサイズポテトと聞いたから期待してましたのに、何故か無くなってしまいました!」



…何故かも何も、宇宙には質量保存の法則があるからだろう。



「なー、圭ちゃん。

1本分けたるから、ポテト買って~♥」



『いつもながらネキの御配慮には心が温まります。』



「えへへー♥」



ネキと女は物欲しそうな表情で俺の袖を掴んだ。

どうやら完全にポテトの口になってるらしい。

買ってやったところで、大半を奪われて俺の口には殆ど入らない気がする。



「圭ちゃんさんはポテト(L)を幾つくらい食べられるのですか?」



『うーん、最近は家で揚げて食ってるかな。』



完全に失言だった。

女が何気なく尋ねて来たので、思わず口が滑ったのだ。



「「家で!?」」



一瞬、俺の周囲の空気が歪んだ。

春風がチリチリと鳴る。

ヤバい、身の危険を感じる。



「御自分でポテトフライを作られておられるのですか!?

ですか?ですか?」



キミ、随分喰いつくなぁ。



「ワタクシ! 気になります!!」



「ウチもー! ウチもー!」



結局、路上で執拗な尋問に遭い、俺の自宅にフライヤーが完備されている事を白状させられてしまう。



「なあ、確か圭ちゃんって中津やんな?」



『何で知ってるんですか!?』



「中津!

ワタクシ知ってます!!

梅田の手前の薄い駅ですよね!!」



うむ、ホームの幅が極端に狭い。

日本一危険な駅だ。


いや、そうではなく。

どうして俺の自宅住所がバレてるんだ。

ネキにだけは俺の拠点を知られたくなかったのだが。



「えー、だって。

普段使いしてるチェーン店の利用支店を観察してたらソイツの家なんて簡単に特定出来るやん?」



『…なるほど。』



俺は梅田でネキと遭遇する度に自宅を探られないよう警戒していたのだが、推理材料の隠蔽を怠っていたらしい。

(見送られる気配を感じた時は必ず遠回りで帰宅していた。)

ネキ曰く、やよい軒と天下一品を中津店で食べている時点で大抵の住所は特定出来てしまうとのこと。



…やれやれ、俺もまだまだ未熟だな。



「なあなあ圭ちゃん。

もうすぐ終電やし泊めてぇな♥」



『後10時間くらい余裕あると思うけど…』



「圭ちゃんさん♥圭ちゃんさん♥」



「圭ちゃん♥圭ちゃん♥」



やれやれ。

口は災いの元とはよく言ったものである。


或いは疲れていたのかも知れない。

俺は2人を自宅に招待するという愚を犯してしまった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



和装で歩かせるのは気が引けたのだが、女はスタスタと着いてくる。

あ、そうか。

着慣れているんだ。



「ワタクシ、芸術劇場より北には初めて来ました。」



『うん。

さっき渡った北野今市線が梅田の北限だからな。』



「確かに、人通りが減ってます。」



『中津は道が分かりにくいし、何より警察署と税務署があるから。

敬遠する人は多いよ。』



ネキがうんうん頷く。

そりゃあ、貴女みたいな常習犯はそうでしょうね。

大淀警察署の前を通る際、顔見知りの刑事らしき男と何やら雑談しているし。



「刑事さんとお知り合いなんて、ネキお姉様凄いです!」



「ふっふっふ♥

ウチの人脈も中々のモンやで♪」



『いや、捕まり慣れてるだけの気が…

もう、かっぱ横丁で暴れちゃ駄目ですよ。』



「ウェヒヒ♥ 前向きに善処しとくわ♪」



『あからさまに改悛の意見込みなき反応よ。』



2人に中津の地理を説明しながら、阪急中津駅を通過。

電車で来ても良かったんだが、ここのホームに女子を下ろす事にどうしても抵抗があったのでやむを得ない。

(たまに酔客が電車に接触して死んでいる。)



「ここが阪急の中津駅なんですね!

ちゃんと見たのは初めてです!」



『用事が無ければ降りない駅だからな。』



「じゃあ今度からここで降りなきゃですね♪」



『え?』



「居酒屋あるやん!

《いこい》って書いてるやん!!

行こう! 行こう!」



『もうすぐ高架下の耐震工事で閉店するそうです。』



「ギャー!!」



たかが鈍行の駅1つで、ここまで楽しんでくれるのだから案内人冥利に尽きる連中である。

俺は高架に沿って北上し続ける。

高架の下には米穀店、倉庫、自動車修理工場。

そして高架を潜り。

阪急電車の鉄橋と十三大橋の隙間にある連棟物件の端。


そう。

橋の袂に俺は住んでいる。




「隠れ家か!」



『うん、ここが俺の家。』



「これは分からんわー。」



『うん。

初見で辿り着くのは難しいかも知れない。』



この物件。

購入時に築年数不明と説明された。

当然再建築不可。

3戸で1棟だが、俺以外の住民はいない。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【回想】




『いやいや、築年数不明って。

不動産屋さんの貴方が分からない訳ないでしょう。』



「うーん。

でも私らだって戦後のゴタゴタを全て把握している訳でもないからねえ。

円蹴さんだって、闇市や戦災孤児の話をされても分からないでしょう?」



『いや、まあ、それはそうでしょうけど。

これ合法なんですか?

ってか、こんな所に建物を建てていいんですか?』



「その点は私らも首を捻ってるけど。

でも、固定資産税はちゃんと取られるから。」



『え?

こんなボロ家に固定資産税が発生するんですか?』



「税金を取る時の行政は緻密だよー。

橋の隙間を見逃してくれる程甘い人達じゃないから。


まあ、距離的には梅田に近いからねえ。

一等地と言えなくもない。」



『なるほどー。』



「この物件。

大阪市さんと阪急阪神グループさんが相当嫌ってるみたいだから、気を付けてね。

高度成長期の頃に色々揉めまくったんだってさ。」



『えっと、その2大巨頭に目を付けられるのは、かなりの不利益だと思うのですが…』



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



物件購入時にこんなやり取りがあったくらいだからなあ。

幸い、ガスも水道も通ってるし、防音と断熱はしっかりしてるが…

多分、建築基準無視してるんだろうなぁ…

前の持ち主は長年軽トラで焼き芋や蕨餅を売っていた人物とのこと。

俺は彼の為人を何一つ知らないが、享年が82であるとだけ小耳に挟んだ。

一体彼は何を思い、こんな橋の袂で起居していたのだろうか?

俺と同じく満喫していてくれたなら、これ程喜ばしいことはないのたが。



「香港映画の悪役がアジトに使ってそうやな。」



『否めませんね。』



「女攫ってエロいことしてそう。」



『いやあ、幾ら悪役でも…

こんな場所では流石に、その気になれないかと…』



「令和の悪党は情けないのぉ。」



そんな他愛もない話をしながらドアを開ける。

他人に見られたくないんだよなあ。



「「おおおーーー!!!」」



2人が歓声を上げる。



「中は綺麗やん!!」



『そりゃあ、俺が買うまでも普通に人が住んでましたし。』



「秘密基地やん!!」



『残念ながら、今その秘密も暴かれてしまいましたけどね。』



俺は女を振り返る。

ネキは兎も角、こんな豪華な和服を着ている女をこんな橋の袂に連れ込んで良いのだろうか?

如何なる法規にも抵触していないと思うが、社会通念上許されないのではなかろうか?

少なくとも俺が第三者なら眉を顰める。



『大丈夫?

無理しなくていいからね。

ちなみにスリッパの概念はない。』



目を丸くしている女に声を掛ける。

俺としては帰りたがってくれれば嬉しいのだが…



「まるで電気屋さんみたいです!」



残念。

初見で価値がバレてしまったか。

そう、俺はここ最近で厨房用品をマメに買い揃えている。



「こ、これは?」



『業務用フライヤー。』



「ぎょうむようふらいやー!!!!」



『さっきポテトの話をしてただろ?

これで揚げてるんだ。』



「自分であのポテトフライを作れるんですかー!?」



参ったな。

この女、リアクションを微調整して俺の機嫌を和らげようとしている。

女は馬鹿っぽい位が丁度良い。

そんな俺の価値観に合わせたキャラ調整。

もしも俺がインテリ好みであれば、そう言う引き出しを見せてくれていたのだろう。

怖いものだな。



『…マクドナルドのポテトを再現しようと試行錯誤していた時期があるんだ。

勿論、完全再現はしていないけど、あり合わせの材料でそれっぽさを醸し出す事には成功している。』



女が嬉しそうにウンウンと頷く。

ああ、俺が本質的に薀蓄好きだと見たから、相槌モードに入ってるのか。

やれやれ、口が疲れたらこの女に薀蓄係やらせてみよう。



「圭ちゃーん♥

この冷蔵庫大きくてすごーい♥

ヤクルト飲んでいい?」



『あ、うん。

飲み終わってから聞くのは止めような。』



「あ!

プリンあるー♪」



『あ、うん。

初挑戦だから自信は無いけど。』



「え!?

これ、圭ちゃんが作ったん!?」



ヤバい。

冗談めかしているが、ネキの眼が完全にロックオンモードに入ってる。

初対面の頃から気に入られ過ぎないように距離を置いてたんだがなぁ…



「プリン!プリン!プリン!

圭ちゃんはウチのプリン製造機やー!」



『違うけど食べていいですよ。』



「がおー♪

あ、ドカちゃんには分けたるな♥」



「わー♥

お姉様ありがとうございます♪」



ネキが食べ物を他人に分ける!?

凄いな、この女完全に懐に入ってる。



「はい、お姉様あ~ん♪」



「あーん。

じゃあ、ドカちゃんにもあーん♪」



「あ〜ん♥」



「「もぐもぐもぐ♥」」



『…。』



「「美味しい〜♪」」



そうか。

オマエらがそう言うのなら、そのプリンは成功作だったのだろう。

まぁ、食べ尽くされた今となっては俺に確かめる術は無いがな。



『あ、フライヤーの油を換えるから、ちょっとそこ通して。』



俺1人なら古い油も平気なんだがな。

流石に人様に食わせる以上、そうも言ってられん。



『よっと。』



俺は一斗缶の米油残量をチェック。

よし、まだ残りは潤沢だ。



『ネキ。

その後ろが冷凍庫だから。

中から業務用ポテトを出して。』



「やーん♥

ガチ厨房やん♪

圭ちゃん素敵よ。

はい、冷凍ポテト♥」



『あ、うん。

牡蠣フライは単価高いから、また今度1人で食うよ。』



「ちぇっ。」



油が適温に上がったので、冷凍ポテト1キロを揚げる。

心地良い油音と大量の蒸気。



「「キャー♥」」



分かるよ。

食料を揚げる時ってテンション上がるよな。

きっと人体は油分を欲しているのだ。

だからこそ、今から油を摂取出来ると確信したら、脳が報酬として快楽物質を分泌する。

その結果として俺達3人は満面の笑みで油音に聞き入っているのだろう。



『…。』



さて、マクドナルドと同温度・同時間で揚げた後、引き上げる。

そして油切り後、ステンレスボールに移し、塩を振る。

目の粗さと塩分比率はマクドナルドに合わせてある。

レイ・クロックが惚れ込んだ味。

世界を獲ったジャガイモ調理方法。

そう、あのフライドポテトに合わせたのだ。



「ヒョイパク♥ ヒョイパク♥」



「モグモグ、ああ!

この風味ですぅ♥」



『少し冷めてから食べた方がいいよ。

文明人なんだから。』



「ヒョイパク♥ ヒョイパク♥」



「モグモグ♥ モグモグ♥」



『…。』



ふむ、2人の食べっぷりを見るに、それなりの水準には達しているようだ。

俺も捨てたものではないな。



『塩が服に落ちるから気を付けて。』



「はい! (ポロポロ)」



注意しようとしてから、この女の名をまだ知らない事を思い出す。

何だったかな?

あれ?

そもそも、互いの自己紹介もまだだぞ?


塩が和服に降っている事を指摘したい。

何と呼び掛けるべきなのだろうか?


ドカちゃん?

ネキも変なあだ名を付けるよな。

流石に女性に対して、そんな失礼な呼称は好ましくないだろう。



『改めて自己紹介をしておくよ。』



「はい!」



女が自然に向き直る。

なるほど。

育ちの良さって、こういうTPOの弁え方なんだな。

俺も学ばなければ。



  「ヒョイパク♥ ヒョイパク♥」



『俺の名前は円蹴圭介。

見ての通り、この橋の袂に住んでいる。

君は俺を寿司屋勤務だと思ったみたいだが…

デリバリードライバーと言って…

まあ色々な店舗の丁稚をジャストインタイムで行っている者だ。

ああ、そんなに感心した目で見ない方がいい。

多分、一般的な丁稚よりも社会的地位は低いと思うから。』



  「ヒョイパク♥ ヒョイパク♥」



女は機嫌良く俺の斜に構えた自己紹介に頷いている。

ふーむ、自嘲に対してはこういう表情で受け止めるのか…

勉強になるな。

無論、この女の品の良い美貌あっての効果だろうが、頷き方には再現性があるな。



『ごめんな。

挨拶が遅れてしまって。』



  「ヒョイパク♥ ヒョイパク♥」



流石に皮肉が通じたのか女はくすくすと笑う。

そりゃね、名乗りもせずに他人様の敷居を跨ぐのはいい度胸だよね。



「こちらこそ挨拶が遅れた非礼をお許し下さい。」



  「ヒョイパク♥ ヒョイパク♥」



女を真似て機嫌良さげに耳を傾ける姿勢を取ってみた。

多分、厭味や威圧には映っていない筈。



「ワタクシは久井長閑と申します。

本日は苦楽園の自宅から参りました。

今度、是非招待させて下さい。

普段は母の命で花嫁修業(微笑)をしております。

それで全てです。

他には何も御座いません♪」



  「ヒョイパク♥ ヒョイパク♥」



『じゃあ、改めて宜しくな。

久井さん。』



「待って下さい。」



『ん?』



「ネキお姉様の自己紹介も伺いたいです♥」



  「ヒョイパク♥ ヒョイパク♥」



『ネキ。

ネキの大好きな自己主張タイムだよ?』



  「ヒョイパク♥ ヒョイパク♥

  ムッシャムッシャ♥ 

  ウギガジャブネギヤアアア♪」



『いや、食べ終わってからでいいから。』



  「御存じ、しゃぶネキ!!

  ヨロシクネキーーーーー♥」



なるほど。

これに勝る自己紹介などないな。



『「宜しくお願いします。(ペコリ)」』



  「ぐっちゃ♥ぐっちゃ♥ (鷹揚)」



まあ、何も分からんのも同然だが、互いのキャラやポジショニングは鮮明になった。

そういう付き合いになって行くのだろうな…



『久井さん。

いいかい?』



「はい!

でも長閑とお呼び下さい♪」



『分かった。

努力目標とするよ。


それで久井さん。』



「はい♪」



『その食べ方だとポテトの塩がお召し物に零れてしまう。

俺に女性の服はよく分からないのだが、それは晴れ着なんだろ?』



「…ワタクシ、昔からお茶を習っているのですが。」



『え?

あ、うん。』



「今日は春恒例の観桜大茶会の日なんです。

今年は各界から御来賓が来られるとのことで、建仁寺で催されるのですが。」



建仁寺?

京都?



『え?

そうなの?

じゃあ、ますます気を付けなきゃ。

えっと、そのイベントは何時から?

タクシー呼ぼうか?』



久井は何も答えず嬉しそうに微笑んでいる。



『久井さん?』



「もう終わっちゃった頃です♪」



相手も子供ではないので深く問い質しもしなかったが、どうやら茶道の重要イベントをサボってここに居るらしい。

親にはしれっと嘘を吐いて家を出たとのこと。

俺も中学の頃にそんな事をした記憶がある。



『…やれやれ。』



「怒ってますか?」



久井は殊勝な表情を作ろうとしていたが、言い終わる頃には、芝居を放棄して1人で笑っていた。



『誰も責めないんじゃないかな?

形式的には怒るだろうけどさ。』



「うふふ。

最近は毎日、形式的に叱られてるんです。」



『反省している?』



「形式的には♪」



つまり結局。

久井長閑とは、こういう女だ。

俺の好みが真面目人間なら、きっと真逆の言動を取っていたことだろう。



「モッシャモッシャ♪

グビグビ♥

圭ちゃーん、ビール飲んでもええか?

グビグビ、ぷはーっ♥」



『あ、うん。

俺が許可した後なら飲んでもいいよ。

どうせ俺、ビール嫌いだし。』



俺は冷蔵庫から黒ウーロン茶を取り出し、2人に注いだ。



「?

チェイサー?」



『各界から御来賓が来てくれたからな。

俺なりに点ててみた。

今日は存分に寛いでくれ。』



黒ウーロン茶を注ぎ終わった俺は、次のポテトをフライヤーに放り込んだ。

確かBBQソースがまだあった筈だからケチャップの横に並べるとするか。



「「…。」」



『ん?

どうした?』



女共は無表情でプルプル震えている。

とうとう脳に油が回ったのかな?



「ウチ!

圭ちゃんの家の子供になるーーーー♥」



「ワタクシも!!

ワタクシも、ここの子になりたいです!!」



なるほど。

やはり油分の過剰摂取は判断力を低下させるようだ。


その証拠にフライヤーの前に立っていた俺の判断力は著しく鈍り、秘蔵のカキフライまで振舞ってしまう程だった。



「「おかわりーー♪」」



俺の名前は円蹴圭介。

至って平凡な労働者だ。

ただ、他人様より胃袋がやや大きいらしい。



to be next dish ⇒

【名前】


円蹴圭介



【所持品】


ジェッター BE-ELHC 2022年モデル 27インチ・サンゴールド (Panasonic)


丸型七輪 (富士見産業)

業務用フライヤー10リットル (DIY HOME)




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



(あとがき)


本作を見つけて下さり感謝しております。

読了後、空腹を感じられた方はページ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで評価して下さると幸いです。

次のメニューに取り掛かる励みと致します。


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