↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/21

すたみな太郎!

挿絵(By みてみん)

配達員(デリバリードライバー)の俺達が心から憎んでいるのがタワーマンション(縦長屋)だ。


何せ、辿り着くまでに膨大な時間が掛かる。

敷地が広いので、駐輪してから入口までの距離が長い。

防災センターでの入館手続を強要される。

業者用の専用エレベーターの使用も強いられる。

しかもヘルメットやカバンの持ち方まで干渉される。

それでいて、配達報酬は一般的な住宅と何ら変わりない。


しかも、民度が低い。

彼らタワマン住民がどこまで自覚しているのかは知らないが、厄介者比率が異常に高い。

俺達、配達員がタワマンを激しく憎悪する理由である。


え?

大袈裟に言ってるんだろうって?


あのさぁ、疑うんならアンタもデリバリーやってみなよ。

それで1回でもタワマンに配達させられたら、俺達の気持ちがよく分かるよ。

俺の住んでいる大阪市内だと、ラト●ールとTh● Kitahamaが糞案件2大巨塔だな。

いや、疑うんならアンタも配達アプリを入れてやってみなよ。

発狂するぞ?


ん?

糞ツインタワーより更に酷いタワマンもあるよ?

大阪で一番高価らしくてさあ、俺ここだけは来たく無かったんだがな…


昼間に思いがけない出費があったから、涙を飲んで配達を受注しちゃったんだよ。

肉をタカられちゃってね。

その出費を補う為に、いつもは絶対に請けないタワマン案件を受注してしまったのだ。

馬鹿だねぇ、俺。


タワマンの最上階で46,200円分の寿司を頼む奴なんて、ロクな奴じゃないに決まってるからさぁ…

その時点で猛烈に嫌な気分だったのね?



『(ビンポーン) お待たせしましたー、お届けでーす。 』



詳細は後述するが、ここからの展開が本当に酷かった。




(中略)




「ワタクシ!!

この人のお嫁さんになります!!」



  「アンタ!

  何言うてるの!!!」



  「長閑(のどか)!!

  その男は誰なんだ!!」



  「頼むから!

  これ以上親に恥をかかせるな!」



「決めたんです!!

この人が私のど真ん中なんです!!」



  「「「長閑(のどか)ッ!!!」」」



…たまにあるんだよな。

宅配員の前で醜態を晒すファミリー。

あーやだやだ、こんな案件請けるんじゃなかった。



『46,200円になりまーす。』



  「「「ギャーギャーギャー!!」」」



「これは運命なんです!!」



  「「「ギャーギャーギャー!!」」」



『えっと、46,200円になりまーす。』



  「「「ギャーギャーギャー!!」」」



アホらしいので詳細は割愛するが、とてつもない時間を奪われた。

当然、次の配達先からは強烈なクレームが本部に寄せられ、俺の配達員アカウントは永久剥奪された。


時は遡る。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



俺の名は円蹴圭介(えんげるけいすけ)。

特に語る所もない、平凡なデリバリードライバーだ。

いや、ホント。

学歴も職歴もなく、親も早逝したからね。

俺より恵まれない人間なんて当然幾らでもいるのだろうが、俗に言う持たざる者に分類されるのだろう。

それが俺。

ただそれだけの男。


無理にキャラ付けするなら…

食欲が旺盛なことかも知れない。

恥ずかしながら最低でも人の3倍食べなければ満腹にならないのだ。

当然食費が嵩む。

兎に角カネが要るので、朝から晩まで飽きもせずにデリバリー仕事をしている。

言うまでもなく、その精勤は次の空腹に繋がる。

お陰で生活はかなり軌道に乗ったが、この逆永久機関を自嘲する日々。


だから、いつでも何かをガツガツ食べている。

食べている最中も次の食事を思案している。


親切な人達は俺の食べっぷりに喝采を送ってくれるが、この食欲はきっと生まれ育ちの貧しさに由縁するので素直に喜べた事はない。

もしくは前世がルクルスか何かで、この人生そのものが餓鬼道の罰なのかも知れない。


飢餓。

そう、俺はずっと飢えている。

俺の人生に目的があるとすれば、きっとこの飢餓感の根源に辿り着くことなのだろう。



『何故、俺は飢えているのだ?』



いずれにせよ食べることばかり考えているのが俺なのだ。


そんな俺なので、デリバリーの途中で花見の宴会を見かけて羨ましくなり、その翌昼はリフレッシュに充てる事に決めた。

今思えば愚かな選択だった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【大阪城公園】



嘘か真か3000本の桜が植えられているらしい。

ずっと肉を見つめている俺の視界の端にも薄紅色がチラついているので、桜が多いのは事実なのだろう。

俺が持って来たのは七輪だけ。

途中、《業務用食品館 中崎町店》で《米国産牛肉切り落とし500グラム割引済780円×7パック》と《瀬戸のほんじお®焼き塩100g瓶》を買ってから登城し、人の少ない場所で簡易BBQを始めた。

城内は喧騒で包まれていたが群衆を避けるのは簡単だ、桜から離れれば良いだけなのだから。



『はむはむ。』



『もぐもぐ。』



『むしゃむしゃ。』



桜に背を向け、塩だけ振った肉を無心に貪る。

網いっぱいに肉を敷き詰め、フライング気味に赤色が残った牛肉を頬張った。

ああ、別に憐れまなくてもいいよ。

こう見えて楽しんでいるから。



『昼ピークタイムに休憩するのは久しぶりだよなぁ。』



炭火に勢い良く焙られた肉がウンウン頷いてくれる。



『まあ、この量を食べきれば…

夜は頑張れるかな。』



牛肉のトレーは後5枚。

満腹には程遠いが、俺なりの花見を楽しめた。

これで後10年は桜を見る必要もなくなった。



『むしゃむしゃ。』



そんな事を考えながら顔を上げると、不躾にも覗き込んでる無礼者が居た。



「…。」



女だ。

長く美しい髪。

工場労働者だった亡母と真逆。

八つ当たりはしまいと強く自戒する。


相当に品の良い身なりだったので、大阪城ホールに出演した演者か何かだと思った。

ピアニストやらバイオリニストやら、そういう人種。

それが久井長閑に対する第一印象。



『もぐもぐ。』



「…。」



『ぱくぱく。』



「…。」



飽きもせずに、ずーっと俺を見てる。

何だろう?

火の使用を咎められているのだろうか?

いや、ここはギリギリ花見エリアだし七輪の持ち込みは問題ない筈だ。


それとも、食べ方が汚くて顰蹙を買ったのかな?

まあ、今日はカメラを回して無いし、咀嚼が粗雑になっているのかもな。



『もっちゃもっちゃ。』



「…。」



参ったな。

他人が何を眺めようがそいつの勝手だが、生憎俺は桜じゃない。



『むしゃむしゃ、ごくん。


…肉、食べますか?』



無論、俺の大事な肉を他人に食わせてやる気など毛頭ない。

こうやって無遠慮に鼻先に肉を近づければ、女でなくとも嫌がって逃げてくれると思ったのだ。



「ありがとうございます!」



『え?』



「ぱくっ♪

ぱくぱく、ごくん♪」



『ちょ、直接!?』



…普通、見知らぬ他人の箸先に口を付けるかね。

まあ、別にいいけどさ。




「(口元フキフキ)

御馳走様でした!」



『あ、うん。

それは、何よりです。』



まあ、春だからな。

加えて花見だ。

色々な奴が居るのだろう。

世界は広いな。



「美味しかったです♪

所作が綺麗だったから見とれてしまったんですよ♪」



そう言うと女は、勝手に俺の隣に座った。

嬉しそうに七輪を眺めている。



『…。』



「(わくわく♪)」



ん?

一切れだけとは言え、もう肉は食わせてあげたよね?

え?

それは催促なの?


いや、まさか。

小学生男子でももう少し慎ましいぞ。



『…も、もう1枚食べる?』



「はい♪」



女が火傷しないように、空中でヒラヒラと肉を冷ましてから口に運んでやる。



「ぱくっ♪

もぐもぐ、ごくん♪」



『…。』



「ワタクシ!

こんな食べ方をしたのは初めてです!」



『あ、うん。

俺もこんな食べさせ方は生まれて初めてだよ。』



「衝撃を感じてます!」



『あ、うん。

恥は感じてないの?』



「恥ずかしいですよー♪

知らない殿方とお食事をしたのは生まれて初めてですもの。

少し… 照れちゃいますね♪」



『あ、いや、そういうニュアンスではなく…

まあ、いいか。』



その後、女には4パック分もの肉を恵んでやった。

何故、俺の貴重な肉をくれてやったのだろう?

いや、答えは既に知っている。

この女が実に嬉しそうに肉を頬張るからだ。

普段なら俺が食料を他人に分けるなんてあり得ないのだが…



「申し訳ありません。

ワタクシが殆ど食べてしまいました。」



『…構わないよ。』



「でも…」



『今日は花見だしな。』



「え?」



『桜よりは眺めが良かった。』



「あ…。」



これは半分本音。

俺は花より女が好きだ。


無論、手間やカネが掛からない分、花の方が女より無難だが。

それをこの後、嫌というほど思い知らされる。


…次の花見は、桜を眺めよう。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「会食だったんです。

…お見合いも兼ねての。」



女が堀の北側に目を少し向ける。

聞けば、ホテルニューオータニの最上階で家同士の個室会食だったらしい。

家同士の歓談が済んだ後に若い2人同士でカフェでも、という流れだったそうなのだが…



「ワタクシが先方に失礼な態度を取ってしまっていたようで…

レストランだけで解散になってしまったのです…

それで、お母様に叱られて…」



『相手の男性が苦手なタイプだったとか?』



「あ、いえ!

そんな事はありません!

享尋さんも御両親様もとても親切にして下さったのですが…

食事が…」



女が僅かに唇を噛む。



『ああ、コース料理って量が少ないよな。

中途半端に出されるから、余計に腹が減るし。

その不満が顔に出ちゃってたんだろう。』



「え!?

どうしてそれが分かったんですか!?」



『あ、いや。

さっきの君の食べっぷりを見て分からない方がおかしいと言うか…』



そこから2人でしばらくコース料理への不満をぶつけ合う。

七輪の片付けを手伝ってくれようとするが、火傷されても困るので触らせない。

それにしても、この女。

フランス料理のフルコースを平らげた後に他人様の肉を2キロも貪ったのか…

いやあ、俺と同レベルの異常者がここにも居たなんてな…




『「それにしても…」』




同時に言葉が漏れたので思わず顔を見合わせる。

続きを紡ぐまでもない。




【それにしても腹が減った】



と俺達は感じたのだ。

考えても見てくれ。

俺は7パック(3.5キロ)を食べるつもりで、ここに来た。

経験則から、この量を食べれば今夜の配達を凌げると知っているからだ。

だが、この女に4パックを奪われたことにより、1.5キロしか食えなかった。

心身が飢餓を訴えていた。


いや、奪われた俺が足りないのは当然なのだが、この女まで何故そんな表情をしているのだ?

君、さっきフルコース食べたんだよね?

《鶉腿肉の赤ワイン煮込みとコンソメジュレのプレッセ ~茸のマリネとなめらかなフランス産マッシュルームのムースリーヌを添えて~》の味には満足してたんだよね?



「実はワタクシ…」



『あ、うん?』



「最近気づいたのですが、他人様より胃袋が大きいようなのです。」



『え?

何年生きて、今その自己認識?』



「それで…

最近、お母様にずっとお見合いをさせられているのですが…

食事が付き物ですので…」



どうやら、この女。

お見合いの度に食事が足りず不満げな雰囲気を浮かべてしまっているらしい。

分かる。

メシが足りないと腹が立つよな。

でも俺も男だから見合い相手さん達の味方。

男とメシ食ってる時に不満顔してんじゃねーよ!



「生まれて初めてなんです!!!

(ガシッ)」



『う、うお。

ぱ、パーソナルスペースェ…

(パシッ)』



「好きなように食べさせて頂いたのは!!

本当に生まれて初めてだったんです!!」



『い、いや。

俺もここまで好き放題されたのは生まれて初めてなんだが…』



「え?

うふふ♪

じゃあ、お揃いですね♥」



ん?

あれ?

この女、何でイーブンみたいな顔をしてるの?

あの肉、確か俺が買った筈だよな?

七輪も俺のもの、焼いたのも俺。

あれ? あれ?

公平性が著しく欠如していないか?


まあ、いいか。

犬に噛まれたと思って忘れよう。

どうせ今限りの縁だしな。

面白人間を見物出来たと思って自分を納得させよう。

(いや、俺は1ミリも面白くないのだが。)



『じゃあ、俺はこれで。』



「え!?」



『いや、そんなに驚かれた事に驚いているのだが…

俺も別件あるからさ。』



「はっ!

ご、ごめんなさい!

この後、お仕事でしたか?」



『あ、いや。

仕事は別にいいんだ。

俺、自営の配達員(デリバリードライバー)だから。』



「で、デリ?」



ああ、この女の文化圏には俺達は存在してないのかもな。

そりゃあホテルの最上階で見合いをするような家柄じゃ、そんなものかもな。



『ちょっと小腹がすいてさ。

肉、食い足りないんだよね。』



我ながら大人気ないのだが、厭味のつもりそう言った。

一言くらい構わないだろう。

コイツの所為で腹が減ってるのは事実なんだから。



「ワタクシもなんです♪」



『あ、うん。』



オーケー、オーケー。

キミは皮肉耐性ある人なのね。

羨ましいよ、まったく。



「貴方もお肉が好きなんですか?」



『ん?

いや、好きと言うよりも…

内なる衝動と言うか…

本能の命令と言うか…

あれ? 俺は何を言ってるんだろう?』



「同感です!!」



『え?』



「ワタクシ達、気が合いますね!!」



『あ、いや。

フィーリングって双方向であるべきかと…』



「ワタクシ、最近やっと言語化出来たのですけど…

お肉がいっぱい食べたいんです。

それも遠慮なく、ムシャムシャと!

さっきは恥ずかしくて言い出せませんでしたけど♪」



『あ、うん。

あれで遠慮してたんだ。』



「衝動がどんどん強くなって来てるんです。

それで…

とうとう今日限界が来て…

お肉の匂いに惹かれてお城に来たら…

貴方が居たんです!!」



『お、おう。

北海道のヒグマより直線的だね。』



「普段からお城でお肉を焼いてるんですか?」



『いや、今日の花見は特別イベント。

大阪城も殆ど来たことがない。

普段はバイキングを利用することが多くて、この後も顔を出そうと思ってたトコ。』



「ばい…  きんぐ…」



あー、そっかぁ。

上級国民家庭で大切に育てられた子なら、バイキング店なんて縁がないだろうな。

ビッフェと言い換えたらすぐに通じたので、世間を知らない訳でもない。

単に、住む世界が違うだけなのだ。



『いやいやいや!!

俺が今から行くのは底辺の巣窟だから!!

食べ物屋っていうより食の治外法権だから!

世界で唯一食べ物を玩具にしていい場所だから!!』



「ち、治外法権(ゴクリ)!?

お、玩具(ゴクリ)!? (ガシッ)」



あ、選択肢ミスった。

無意識で袖を掴んでやがる。

あのさあ、俺の着ている服は君の服の100分の1の値段だと思うんだけどさ。

お気に入りだから、そんなに強く引っ張らないで欲しいんだよね。



『分かった分かった。

じゃあ、店の場所を教えてあげるから。

興味があるなら今度自分で行きなさい。

それでいい?』



「はい、分かりました!!

決してご迷惑をお掛けしません!!」




絶対コイツ分かってないだろうなぁ…




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




【すたみな太郎 NEX ドン・キホーテ道頓堀御堂筋店】




「いらっしゃいませー。

何名様ですか?」



「2名です♪」



ほーらね。

あー、俺も流されてるなあ。

仕方がないので女と同席。

まあ、この手の食べ放題店なんて、初見はナビが必要かもだからな。



『えっと。

基本はホテルビッフェと同じね。

質は天と地だけど。

あそこのコーナーで肉を取って焼く。

世界一脂身が多い肉だから気を付けてね。

前髪焼けた奴とか居るから。』



「ほえー。」



余程カルチャーショックなのか、女はずっと周囲をキョロキョロしている。

まあ、セルバンテス以外のドン・キホーテを知らなかったらしいからな。

彼女にとってここは紛うこと無き異世界なのだろう。



『あんまりジロジロ見ちゃ駄目だよー。

こういう民度の低い店って喧嘩沙汰が多いからさ。』



「は、はい。」



何気なく周囲を窺うと、中国人観光客同士で軽い口論が発生していたり、レジ待ち時間の長さにクレームが入ったりで、あまり良くない雰囲気が発生している。

女は鈍感な性質らしく、特にそれらは気にならないようだ。



  「おーーーーーうッ!!!

  圭ちゃんやないかーーーッ♪」



それに加えて、低民度の体現者まで居た。

俺より多く、早く、そして汚く食う女だ。



『あ、しゃぶネキ。

どもです。』



  「あーーーーーーーーーーッ♥

  女連れやーーーーーんwww

  彼女できたん?

  おめでとー-----♪

  如何にも弱男から好かれそうな

  清純そうな子やーん♪」



『いや、案内しているだけだよ。

紹介するよ。

この人は【しゃぶネキ】。

主戦場はしゃぶ葉なんだけど、たまに焼き肉屋でも見かける。』



  「ヨロシクネキーーーーーッ♪」



「???

はじめまして。

久井と申します。」



  「やーーーーん。

  声も可愛いやーーん♪

  もう声優なったらー?

  キショオタの姫になれるで?

  ヨロシクねーーー♥」



『ネキ。

今日はしゃぶ葉に行かないの?』



  「いや、行ったよ?

  梯子肉してるだけ。」

  


『あっそう。』



結局、しゃぶネキは喋るだけ喋り、食うだけ食って俺のテーブルに伝票を置いて去って行った。



  「今度身体で払うわ♥」



ほーらね。

治外法権だろー?



「す、すごい所です!

ワタクシ圧倒されてしまいました!」



『うん。

これに懲りたら…』



「素晴らしいです!!!」



『え?

そっち?』



「ワタクシ!

この店が好き!!

世界に誇る日本の食文化です!!」



『いや、我が国の品格を著しく損なうからあまり見られたくないと言うか…』



まあ、気に入ってくれたなら何よりだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



さて、気を取り直して肉を食うか。

火力をMAXに調整してっと。



『じゃあ、焼いていくから、どんどん食べて行こう。』



「はい!」



大食漢の俺は素人さんを相手する場合、かなりペースを抑えるのだが…

この女に対してその必要性はないだろうな…



『苦手な物やアレルギーはある?』



「空腹アレルギーです!」



『Good!!

発症の心配は不要だ。』




【すたみな太郎 NEXT 平日ランチコース】



牛カルビ(旨醤油)→柔らかカルビ→鶏もも(旨辛)→焼用イカ→牛カルビ(旨醤油)→焼用ハンバーグ→牛レバー→タン塩(豚)→焼野菜キャベツ→濃厚壺漬けカルビ→白米→焼用ウインナー



『ふむ。』



「あの?

どうかされましたか?」



『ギアを上げていくぞ!』



「はい!」



焼用イカ→たこ焼き→牛カルビ(旨醤油)→サーモン寿司→濃厚壺漬けカルビ→ポタージュスープ→牛ホルモン→海藻サラダ→いなり寿司→うどん→焼用イカ→牛カルビ(旨醤油)→ポテトフライ→鶏もも(旨塩)→白米→タン塩(豚)→鶏の唐揚げ→水菜と大根サラダ→ラーメン



『ほう。』



俺がこの女に特に感心したのがラーメンコーナーでの振る舞いである。

俺はいつも通り、塩・味噌・醤油・豚骨と4種類全てのタレを混ぜてスープを作ったのだが、この女は味噌だけを抜いて3種類でスープを作った。

それも、さりげなく俺が視線を切った隙を突いてだ。

行動の理由は理解出来る。

味噌は味が強すぎて、他の3種の風味を塗り潰してしまうし、それを指摘するような行動をとれば俺の面子を損なうと考えたのだろう。

なるほど、断じて馬鹿ではない。



『ドリンクバーは問題なく使えてるね?』



「はい!」



『それは良かった。』



「…あの!」



『ん?』



「この柑橘系のジュースを飲み掛けのカルピスのコップに注いでも怒られないでしょうか?」



辿り着いたのか!?

初見で!?

その育ちで!?



『…ああ、問題ない。』




鶏もも(旨塩)→牛ホルモン→焼用玉ねぎ→焼用ハンバーグ→アップルポーク→パリ皮激辛焼き→鶏もも(旨塩)→豚肉→牛カルビ(旨醤油)→牛レバー→焼用イカ→牛カルビ(旨醤油)→チャーハン→牛カルビ(旨醤油)




『もぐもぐ。』



「ぱくぱく。」



『ひょいもぐ、ひょいもぐ。』



「ひょいぱく、ひょいぱく。」



内心舌を巻く。

この女、俺と全く同ペースで食している。

いや、驚くのはそこじゃない。

育ちが良い所為か、皿や机が全然汚れていないのだ。

俺が自らに食事風景配信を課し、やっとの思いで身に着けたテーブルフォームの遥か先にこの女は居る。

それも生まれつきにだ。



「あの。」



『ん?』



「ワタクシ、幸せです。

それも人生で一番幸せなんです。

全身がフワフワして不思議な気持ち♥」



『え?

そりゃあ牛肉にはセロトニンの材料であるトリプトファンを生成する作用があるから…』



「…幸せ過ぎて怖いんです。

こんな歓びを知ってしまったら、明日から笑えなくなってしまうかも知れません。」



『そうか。

後ろの中国人観光客も幸せそうだが、彼らは別の幸福を明日も見つけると思うぞ。』



そんな他愛のない昼食だった。

この女は俺と同じく微塵もデザートに興味を示さず、肉と炭水化物を丁寧に貪り続けた。



「はァ~♥

至福ですう♥」



『そうか、それは良かった。』



「ワタクシ。

この120分を人生最高の日として永遠に覚えておきます。」



『…もっと幾らでも楽しいことはあるよ。』



俺の心ない言葉に女の顔が曇る。

いや、知ってるよ。

君が咎も無いのに愉快ではない日常を過ごしている事は言動の端々から伝わってくる。

きっとお見合いとやらが順調に進めば更に人生の幅は狭められてしまうのだろう。



「うふふ、口元が汚れてしまいました。」



『…。』



純白のハンカチで頬を押さえるフリをして本当に拭ったのは涙。

やれやれ、今日俺が積んだのは徳か?罪か?

見当も付かないな。



『肉くらい、また食わせてやるよ。』



「ッ!?」



何故こんな事を言ったのか自分でも分からない。

ただ、わざわざ口に出したという事は、そうするべき場面だったのだろう。



「御馳走様でした。」



『…久しぶりに。』



「?」



『誰かとメシを食ったよ。

…悪くなかった。』



女が財布を持って無かったので会計も3人分払ってオシマイ。

スマホケースに挟んでいたICOCAで帰れるらしいので、難波駅で別れる。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【会計】



「店名」


すたみな太郎 NEX ドン・キホーテ道頓堀御堂筋店



「コース」


平日ランチコース120分



「人数」


3名


(俺・女・しゃぶネキ)



「料金」


1,958円×3=5,874円



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



やれやれ。

随分高いランチになってしまったな。

まあいいさ。

女を食わせるのも男の仕事のうちだ。


今夜は存分に走り回って肉代を稼ごう。

幾ら生活が安定してきたとは言え、エンゲル係数が100%を越えるのは流石に驕りが過ぎる。

何せ七輪肉+すたみな太郎3人前の浪費だったからなw

ちょっとやそっとの頑張りじゃ取り戻せないぞw


仕方ねーな。

いつもは受けないタワマン案件も我慢して受けるか!!





(そして物語冒頭)




さて、建物に到着っと。

相変わらず無駄にデケーなぁ。

タワマンの最上階で46,200円分の寿司を頼む奴なんて、ロクな奴じゃないに決まってるよなあ…

あー、嫌な予感がする。




『(ビンポーン) お待たせしましたー、お届けでーす。 』




インターホンを押すと大抵の客は無言で開錠するのだが、たまにプライバシーを垂れ流している馬鹿がいる。

…どうやら最上階に住んでるだけあって煙と同類らしい。



  「女はクリスマスケーキや!!

  アンタはイヴやのに予約が

  入っとらんねんで!?

  それやのに今日のお食事会抜け出して!!

  親に恥かかしな!!

  アンタ行き遅れるで!!

  絹江オバチャンみたいに

  行き遅れてポカホンタスなって!

  親戚一同の笑いものなるで!!」

  


  「お母様はいつも急かして!

  ワタクシだって!!

  ちゃんと考えてるんです!」



  「考えるのも決めるのもオトコノヒトの仕事や!

  女の浅知恵で勝手なことしなやッ!!

  結婚は家と家のモン!!

  アンタが1人で決めていい問題ちゃうわ!!

  誰に似たんやアンタは、ホンマにーーッ!!」



オイオイ、勘弁してくれよ。

インターホン越しに口論が聞こえる家庭の地雷率120%だぞ?

しかも次の配達は*熟成案件だぜ。

アプリにも急かすようなメッセージ入ってるし、正直ヤバいんだけどな。



*たらい回しにされて客が長時間待たされている注文。

店舗・顧客両方のヘイトが罪無き配達員に向く。




タワマンは大抵、エレベーターに乗るまでインターホンが2か所ある。

この手間が心底辛い。




『(ビンポーン) お手間を取らせます。 開錠お願いしまーす。』




  「アンタみたいなアホな子!

  どこの物好きが養ってくれるの!

  アホの癖に余計なことばっかりして!

  そんな子誰が貰って貰えるの!! 

  言うてみ!!」



  「わ、ワタクシにだって!!

  お世話をして下さる方は…

  い、居ます!!」



  「親に向かって口答えばっかりして!

  孝行はこんなにいい子なのに!!

  アンタはどうしてこんなんなったの!?

  それやったらな!!

  世話してくれる人、捕まえたんやったら!

  ここに連れて来ぃや!!

  親に見してみいッ!!」



マジかよ…

まだ続いてるのか…

俺は胃を摩りながらエレベーターに乗る。

最上階なので当然時間は掛かるが、配達報酬は横移動距離にしか加算されないので、エレベーターの昇降は1円の得にもならない。

くっそ、どうしてこんな依頼を受けちまったんだ。

昼に肉を食い過ぎて頭が回ってないのかも知れんな。


まあいい。

この配達を手早く終わらせて、次の熟成案件にすぐさま取り掛かろう。

梅田から本町…

大丈夫、距離的には問題ない。


最上階に辿り着いた俺は配達バッグを素早く開けて、寿司(北新地にてピック)を取り出す。

そして釣銭を再度確認。

よし、問題ない。

さあ、このドアだな。



『(ビンポーン) お待たせしましたー、お届けでーす。 』



  「ちょっと!!

  こんな時間にどこ行くの!!

  長閑(ノドカ)!!」



  「どうしてお母様はッ!!」



『え?』



両手が塞がっていたので、突然飛び出して来た住民に不覚にも反応出来なかった。

それどころか…



「キャッ!!」



ドアから飛び出した女が派手に転び、その両腕が俺の宅配バッグに…



『あ!!』



ヤバい!!

次の客に届ける予定のうどん(阪急東通りピック)が!!




《《《どぐちゃ!!》》》




『ぐわー!』



「ご、ゴメンナサイ!!」



俺の配達バッグから溢れ出るうどん汁。

勘弁してくれ…

頭痛を堪えながら、女と目が合うと…



「あッ!

貴方は昼間の!」



やれやれ、またコイツか。



『あ、どうも。』



「昼間は御馳走様でした!!」



『お粗末様でした。』



脳をフル回転させて状況を整理する。

どうやら、この女。

昼間の見合い失敗を叱責されていたようだな。

相手に失礼をした後で突如行方不明。

安い脂の臭いを漂わせながら帰還。

…俺が親なら殴り倒していることだろう。



「「「長閑ッ!!」」」



俺が女の手を取り助け起こしていると、家族らしき人物がドアから出て来た。

年齢感的に両親+兄弟かな?

女もかなり上質な服を着ていたが、背後の3人もザ・上級国民みたいな恰好をしていたので思わず感心する。

自宅でこんな大層な服を着ている奴って本当に居るんだな。


そして再開される醜悪な口論。

と言っても女の母親らしき和服の女がキーキー喚いてるだけだったが。

(…イントネーションからして京都人。)



「アンタは親に恥ばっかりかかせて!!

その寿司屋の丁稚はなんなんッ!!」



「生まれて初めて幸せを教えて下さった方です!!

ワタクシ!!

この人のお嫁さんになります!!」



『46,200円になりまーす。』



俺の正当な請求を無視して家族が揉め始めた。

胃が痛い。

配達アプリを見ると、本部が相当怒っている。

慌てて事情説明を打ち込むが、《一刻も早く次の配達に着手せよ》の一点張り。

雰囲気的にAIアシスタントっぽい。



「「「「ギャーギャー!」」」」



家族の会話を聞く限り、相当の資産家らしい。

そして、働かずに済む身分同士で婚姻を重ねる事が彼らの唯一の仕事っぽい。

やれやれ、良い御身分だね。



ピピーン(通知音)



『ん?

このタイプの通知音は初めて聞くな。』




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【アカウントが無効になりました】



「無効化の理由」



商品受け取り後に配達が完了されなかった為。


ご利用のアカウントは故意の不配達を行っていると判断されました。

その為、本サービスにおけるアカウントを無効に致しました。


こちらの決定事項が覆ることは御座いませんので、ご理解の程を宜しくお願い致します。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「こんなアホな娘に育って!!

アンタ、ホンマは貴子オバチャンの産んだ子やろ!!

いっつもいっつも親を困らせて!

泣きたい気分やわ!!」



…いや、泣きたいのは俺なんだがな。



『ふー。』



寿司を傘立てみたいな変なオブジェの上に置くと、俺はトボトボとタワマンを後にした。

人生中々上手くいかないよなぁ…


ん?

明日からどうするって?


そりゃあ、懲りずに労働するよ。

猿と人間の違いは労働するかしないかだけだからな。




to be next dish ⇒

【名前】


円蹴圭介



【所持品】


ジェッター BE-ELHC 2022年モデル 27インチ・サンゴールド (Panasonic)


丸型七輪 (富士見産業)




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



(あとがき)


本作を見つけて下さり感謝しております。

読了後、空腹を感じられた方はページ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで評価して下さると幸いです。

次のメニューに取り掛かる励みと致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。